私事で恐縮ですが、台湾の音楽について発信をはじめて約5年が経ちました。Qeticで記事の寄稿をはじめさせていただいてからは約4年でしょうか。「台湾の音楽をもっと広めたい!」という熱量は衰えない一方で、「台湾のアイデンティティをあえて強調せずとも良い音楽があることも広めたい」という気持ちもあり、すごく、とっても、かなり、試行錯誤しています。

というわけで今回は、、夏が終わる前にじっくり聞いていただきたい、選りすぐりの4作品をお届け。台湾インディーズ音楽の人気がいよいよ押し寄せる前に、是非チェックしてください!

全ての苦難を制圧する怒涛のエモロック 待望の新作
/ 『瓦合 The Clod』草東沒有派對

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台湾のインディーズリスナーではほぼ知らない人がいない、草東沒有派對 No Party For Cao Dongによる待望の2ndアルバム『瓦合 The Clod』。前作で1stアルバムの『醜奴兒 The Servile』(2016)は、Two Door Cinema Clubのようなダンスパンク、Closure In Moscowを彷彿とさせるオルタナ、あるいはグランジを土台としたサウンドと、無表情と激情を使い分けて現代社会への憂い、虚しさを歌うという構図が衝撃をもたらした。2018年ごろのライブでは時折「暗いサカナクションみたいだな…」と感じたものだ。

このたび7年越しにリリースされた本作は、気鋭のプロデューサー・Itun Chou(周已敦)を迎え、サウンド面が大きく変化。メタル・エモパンク的なアプローチで重力が増したギター、ベースに、技巧的でありながらひけらかさないBirdman(黃士瑋)のドラムが融合し、全体的にドラマチックに仕上がっている。さらにアクセントとして挟まれる打楽器がポップで、さまざまなリスナーに受け入れられる1枚となった。

2020年ごろから界隈で新アルバムの噂がありつつ、コロナ禍でさまざまな苦難と挫折があり、2023年5月20日に待望のリリースとなった本作。幽玄なシンセサイザーと2本のギターが絡み、その後叩きつけるようなドラムが印象的なインストゥルメンタルの#1“苦難精算師 Intro”は文字通り多くの苦難を吐き出し、心を震わせる生命体のもがきがインストゥルメンタルサウンドで表現されている。4分5秒という短い間で次々と変わる曲の表情を支えるSam(世暄 / vo&ba)のベースプレイに注目してほしい。

間髪を入れずにはじまる#2“缸 Pool”は現代の生活をプールになぞらえ「1,2,3でプールに飛び込んで欲望に向かって泳ぐのは誰か見てみよう」と無表情に不平を言い、最後は「プールをぶちこわし、大海に出よう」と、解放への切望で締めくくる。#3“空 Space”はストレートなパンク・サウンドで、自己への欲望を切実に訴える。「大人になる前に、自分を成長させたい/世界が飲み込まれる前に、自分を解放したい」。ジェットコースターのような展開を経て、#4“人洞山 The Human the Hole and the Mountain”は、引き続きダウナーだが音も歌詞も攻撃的ではない。マストドンやTOOLの優しい寄りのトラックを思い出す人もいるかもしれない。

前半だけでもわかるように、音楽的アプローチはこれまでと大きく変わりながら、バンドとしてのスタンスは不変。私たちを惨めで、自嘲的な気分に浸らせるのが本当に得意だ。

11曲中9曲でメインボーカルをとるのはWood Lin(巫堵、vo/gt)だが、Chu Chu(筑筑、vo/gt)が歌う#6“白日夢 Daydream”#10“芽 Shoot”は、2019年に同名の心霊ホラーゲームのエンディングテーマとして作られた『還願』と同様に慎重に音楽的要素が重ねられ芸術的な雰囲気で、アルバムに緩急をもたらしている。

話は1stアルバムに戻るが、『醜奴兒 The Servile』収録の代表作“山海”“大風吹”は、静かなイントロから徐々に盛り上げてシンガロングを誘う…というレイアウトだった。しかし本作のリードトラックは冒頭からの温度がそのまま進んでいくという特徴がある。

床に横たわりながら外を見つめ悲しみに浸り、その悲しみにふさわしい傷を探す自己を俯瞰するエモロックの#7“床 Lie”。青春を支えていた世界の崩壊と去りし人への愛情、その後の人生を示唆するポップパンク#11“但 Damn”。前者は意識が内へ向かい、後者は外へ向かうが、ともにこのアルバムを支えるリードトラックである。余談だが“但 Damn”は、これまで台湾のバンドを聴いてきた人なら、ジャパニーズ・ポップパンク化する前のFire.EXに似た憂いを見出す人もいるかもしれない。

7月に東京・名古屋・大阪で行われた来日公演では、Perfume“Spending All my time”のメタルカバーを披露するなど遊び心も満載の彼ら。今後さらに大きい存在になることが期待される本作を是非チェックしてほしい。草東沒有派對の航海は続いていく。

特におすすめ:
#1『苦難精算師 Intro』 
#4『人洞山 The Human the Hole and the Mountain』 
#6『白日夢 Daydream』 
#11『但 Damn』

東南アジアとの境界&こだわりのビート。台湾サイケが世界をふわふわ爆走中
/『Tao Fire 道火』 Mong Tong

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横浜、神戸の中華街で形成される華僑のコミュニティがあるように、台湾では東南アジアからの移住労働者が形成したエスニック・グループがあり、週末になると台北駅周辺も東南アジアの人々で賑い、音楽シーンもあるという。「しかし一般的な台湾人の僕たちが、普段、移民のコミュニティと関わることはほとんどありません。彼らとの距離の遠さを、新アルバム『Tao Fire 道火』の制作を通して表現できたと思います」と、Mong Tongは語る。

2017年に結成された、ホンユー・ジュンチーの兄弟による音楽ユニット、Mong Tong。これまで70年代に中華圏で流行していた電子琴音楽と西洋のロック・サイケデリックミュージックに影響を受け、『秘神 Mystery』(2020)、『台湾謎景 Music from Taiwan Mystery』(2021)、『怪譚之四季故事 Four Stories of Four Seasons』(2022)など台湾の伝統文化とオカルト伝承にインスパイアされた音楽を発信した彼らは、2021年以降は視野を東南アジアにシフトしてきた。

2022年12月にインド音楽の要素とアンビエントを融合させた4曲入りEP『印 Indies』をリリース。そして、2023年6月30日にの4枚目のフルアルバム『Tao Fire 道火』をリリースした。電子音楽と西洋のロック、東洋の生音が巧みに融合し、彼らこだわりのビートを強化した13曲から成るフルアルバムで、DE DE MOUSEが好きな人にもおすすめ。

#1“Mystery Death 秘神之死”では、台湾の伝統的な文化『布袋劇(ほていげき)』の口上がスラッシュメタルのリフで見事に死を遂げ、1stアルバム『Mystery 秘神』で構築した世界の終わりと未来への期待を示唆。冒頭からこの組み合わせは暴力的とも言えるが、全体をまとめる台湾歌曲由来のリズムや打楽器の音色がコミカルな印象を残す。そしてベースの繰り返しがまるで湿気のようにまとわりつき、ポンチャックのようにも聞こえる#2“Tropic Sub 熱帯亞”が新しい世界へ誘う。その後#3“Areca 檳榔”#4“Forest Show 森林木”では次々と東南アジア、台湾の音やモチーフが連なる。

中盤からはアルバムの流れが加速していくが、アジアのにぎやかな葬儀文化のキーボードサウンドをフィーチャーし、伝統音楽の北管(ベイグァン)を参考にした#8“Naihe Bridge 奈何橋”、民俗芸能「車鼓陣」の音楽をサンプリングした#9“Fire Wind Wheel 風火輪”では伝統音楽の要素と強いビートの融合が感覚に作用し、Mong Tongワールドへ没入できること間違いなし。続く#10“Gold Earth 金土”から最後の#13“Rainmaker 祈雨”まで、これまでとは一味違う奥深さを味わえるだろう。

Mong Tongはライブの力で台湾を超えていく。対日本でいえば、2022年11月に幾何学模様のPRE-FINAL SHOWで初来日後、2023年8月に山口と東京で開催されたイベント<美麗島 Underground>に落差草原 Prairie WWWW百合花 Liliumとともに出演。本作を中心としたセットリストで、音源から大きくアレンジを加えたライブでオーディエンスの心を掴み、2023年の日本のシーンにも名を挙げた。その後8月後半にはオーストラリアでのツアーも経験し、11月からは江ノ島発のバンド・maya ongakuと共にEU/UKを巡回するツアーもはじまる。

世界をふわふわ爆走中の彼らを捕まえてインタビューができたので、今後公開予定。是非期待されたい。

特におすすめ:
#3『Areca 檳榔』
#8『Naihe Bridge 奈何橋』
#9『Fire Wind Wheel 風火輪』
#13『Rainmaker 祈雨』

TAO FIRE 道火 (LP)/MONG TONG ディスクユニオンで取り扱い中

愛の微細な表情。インディーズの枠にとどまらない高品質でポップなR&B
/ 『The Journey of Love』 午夜午夜

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ライフステージの変化とともに、仕事との向き合い方が変わることがある。ミュージシャンも決して例外ではない。

台湾のシンガーでポップスシーン出身のオリビア・イェン(閻韋伶 / Vo)を中心に、チェン・グァンイー(Dr./ 陳冠毅)、チェン・ガンハオ(Gt. / 陳冠皓)、リュウ・フォンウー(Ba / 劉鳳武)の4人による午夜午夜 Midnight Midnightが、2023年7月に3曲入りEP『The Journey of Love』をリリース。メンバーはジャズ、フュージョン、ジャズなど様々なバックグラウンドを持つが、全員に共通する好きなアーティストとしてHYBS、Olivia DeanなどのモダンなR&Bサウンドを筆頭に、Men I Trust、Yussef Dayesなどを挙げている。

全体を通した印象は、以前オリビアがポップシンガーとして歌っていた時のクールな表情から変わり、温かみのある仕上がりになっている。「以前は音楽を制作するとき、自分だけのことを考え、まわりの方と距離を取ろうとした時期もありました。でも結婚してからは私の気分は大きく変わりました。癒しのエネルギーを感じ、人生の明るい側面を感じられる音楽を作りたいです」と、オリビアは語る。

この変化から生まれた『The Journey of Love』は異なる愛のステージをコンセプトとした作品で、歌詞は全てボーカルのオリビアによるもので、楽曲はメンバーで話合いながら進められたという。#1“The perfect you”では幼い頃、誰かに初めて恋をするときの感覚がストレートなサウンドメイキングで表現されている。#2“Rounding”ではオリビアの囁くようで芯のあるボーカルが前に出て、愛の複雑かつ純粋な側面を表現。こなれたセッション風のイントロが心地よい#3“Flat Soda”には、過ぎ去った愛をガスの抜けたソーダにたとえ、「心の底にしまっておき、そのままにしておいた方が良いという感情もある」というメッセージが込められている。

この記事のために取材を申し込んだところ、レコーディング最終日のエピソードについて答えてくれた。

その日、私は少し体調を崩しており、声の調子も良くなく、様々な方法を試しましたが解決できませんでした。その時ふと、自宅で寝転んで歌ったときに、すごく上手く歌えたことを思い出したんです。なので私は横になって再び録音することを提案し、試してみることにしました。驚くほどうまくいき、録音を終えました

本作のプロデューサーは、Shi Shi(孫盛希)の『Someday or One Day』のピアノ・ストリングスアレンジなど数々の台湾ポップスの名作品に参加する名プロデューサー、ウィル・チェン(錢 威良)が参加。これにより、オリビアの中低音の良さが活きた上で各楽器がシンプルかつ丁寧に配置され、良い音が丁寧に鳴る完成度へと仕上がっている。台湾インディーという枠組みにはまらない、秋の訪れにも相応しい作品だ。

夏の終わりのカタルシス 来日ツアーにも注目
/ 『夏季悲歌 (haruka nakamura Remix) 』 FourPens 四枝筆樂團

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この記事を読んでいる方でharuka nakamuraを知らない人はいないと思うが、彼が台湾のインディー・ポップバンドとコラボレーションしたことをご存じだろうか。

その名もFour Pens 四枝筆樂團。2011年に国立台湾芸術大学で結成された、ソングライターのBibo(康秉豐)、女性シンガーのCandace(小四)、キーボーディストのSunny(咨咨)によるフォーク/インディーポップバンド。

“夏季悲歌 Summer Tragedy”は2016年にリリースされた夏の終わりをテーマとしたラブソングで、レコードのA面にオリジナル・バージョンが、B面にはharuka nakamuraによるリミックス・バージョンが収録されている。

リミックス・バージョンは原曲のオーガニックな温かさを活かしながら、ビートアレンジとしっとりとしたピアノの音色が体感温度を少し下げ、フレーズの感じ方がより大きな単位に変化。波のように去来するCandaceのボーカルとハーモニーが切なく連なり、夏の終わりに少し湿り気を帯びた風の温度が下がっていく瞬間を呼び起されるようなサウンドだ。

「台湾・フォーク」というキーワードを聞くと、つい土着のアコースティックサウンドをイメージしてしまうが、Four Pensのサウンドのルーツは西洋から来ている。ソングライターのBiboはLucy RoseやBon Iver、Of Monsters and Menなどの西洋のインディーポップ、フォークサウンドが好きだという。CandaceとSunnyは欧米の音楽に加え、台湾のポップ・ミュージックも聴いている。そして3人とも日本の音楽にも親しみを持っているという。

この3人の音楽性が重なることで、パキっとした西洋のサウンドをベースに、中国語歌詞を良く鳴らす台湾ポップスの優しい歌心があり、日本や台湾のリスナーにとって普遍的にも聞こえるという、独特の構造がある。特にEP『世界末日前的浪漫』収録の#1“冰山』”は彼らのスケールの大きさを味わえるので特におすすめだ。

9月には韓国のピアニスト・シンガーのKimpommeと4都市6か所を巡るW来日公演があり、これを記念してFour PensがアレンジをしたKimpomme作曲の“Another Season”がSoundCloudにアップされている。ツアー情報とともにぜひチェックしていただき、夏の終わりと秋の訪れを感じてほしい。

取材協力: Tomo (Caravanity) – Mong Tong 「道火 Tao Fire」

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