The 1975のニュー・アルバム『Being Funny In A Foreign Language(邦題:外国語での言葉遊び)』のリリースから約1カ月、同作を引っ提げての待望のツアー、<At Their Very Best>がついにキックオフとなった。『Being Funny In A Foreign Language』は全英初登場1位を獲得、各国のクリティックからも高い評価を得ており、まさに万全の状況下でスタートしたツアーだったが、これまた早くも「ツアー名に恥じない、紛れもなくThe 1975のベスト・ツアーだ」と絶賛の声が寄せられ始めている。

The 1975はいかにして彼らの極み(at their very best)たるパフォーマンスに到達したのか。ここでは彼らの『Being Funny In A Foreign Language』リリース前後のアクションを、ライブの時系列で振り返ってみることにしよう。

『Being Funny In A Foreign Language』は、The 1975が自分たちの「新時代の幕開け」と位置付ける重要なアルバムだ。そんな同作のナンバーが初めて披露されたのは、光栄にもここ日本のサマーソニックだった。前作『Notes On A Conditional Form(邦題:仮定形に関する注釈)』(2020)のツアーがパンデミックでキャンセルされて以来、実に約2年半ぶりのステージとなったサマーソニックを前にして、マッティ・ヒーリー(Matty Healy、Vo./Gt.)は「正直ナーバスになっている。本当に久々だから、ライブの感覚を思い出さなきゃいけないし、全く新しいことをやるわけだから」と語っていた。

しかし、蓋を開けてみればThe 1975のサマーソニックは彼らの現在地の充実がうかがえる素晴らしい出来栄えとなった。マッティがMCで「これはベスト・ヒット・ショウだよ」と何度か繰り返していたように、そのセットリストは過去4枚のアルバムからヒット曲を満遍なく網羅したファン・フレンドリーな内容で、新曲は既にシングルカット済みの “Happiness”と“I’m in Love with You”の2曲のみ。同セットはサマーソニックの翌週に出演したレディング/リーズ・フェスティバルにも踏襲されていて、8月には彼らの新時代は未だ完全には始まっていなかったこと、言わば「移行期」の真っ只中にあったことがうかがえる。

The 1975 – Looking For Somebody To Love – at Pryzm, Kingston

では、The 1975の新時代の本当の始まりはいつだったのか?……と考えると、やはりそれは『Being Funny In A Foreign Language』のリリースを記念し、10月13日、14日の両日にわたってロンドンで開催されたプレミア・ライブだろう。会場となったライブハウス「Pryzm」にはチケットを求めてファンが殺到、徹夜組を含む長い長い列が出来た。そんなプラチナ・チケットを手に入れたファンの前で、彼らが新たに披露した新曲は“Looking for Somebody(to Love)”、“Part of the Band”、“Oh Caroline”の3曲で、“Happiness”と“I’m in Love with You”も含めて新作の約半分に該当する5曲がプレイされた。

中でも圧巻だったのが“Looking for Somebody(to Love)”だ。このハイエナジーなポップ・チューンはThe 1975のカムバックを待ちわびていたファンの渇望感、そして久々の小規模ギグに奮い立つThe 1975のパンキッシュなモードと見事に合致。一瞬でオーディエンスをクライマックスへと導く同曲のバンガーとしての実力に、The 1975自身もここで自信を深めたのだろう。現在のツアーでも恒例のオープナー“The 1975”に続く2曲目に定着しており、会場を温める着火剤の役割を果たしている。

The 1975 – Happiness (Later with Jools Holland)

もちろん、<At Their Very Best>ツアーに向けた準備は『Being Funny In A Foreign Language』のリリース前から着実に進んでいた。同アルバムには「メロディーとストーリー」にフォーカスしたサウンドから、愛について未だかつてないほど率直に歌った歌詞、モノクロで統一されたビジュアル、そしてシックなスーツを基本とするメンバーのファッションに至るまで、徹底的にコントロールされ、抑制の効いたコンセプトが横たわっている。彼らの中には理想の形がはっきりと存在し、それを元にして<At Their Very Best>ツアーも綿密に構築されたものになると、ファンも予想していたのではないか。

The 1975 – I’m In Love With You in the Live Lounge

<At Their Very Best>ツアーの構築性を真っ先に予感させたのが、彼らがTVやウェブ番組で見せたスタジオ・ライブの数々だった。The 1975は『Being Funny In A Foreign Language』のプロモーションで「BBC Live Lounge」や「Later with Jools Holland」といった人気番組に出演し、そこでのパフォーマンスの素晴らしさが大きな話題に。メンバー4人にサックス、キーボード、ギターのサポートを加えた楽団的編成を活かした演奏は、一言でいうならシアトルカル。チェンバーポップ風のアレンジが効いた“Part Of The Band”を筆頭に照明や演出も非常に凝っていて、ライブというよりもパフォーマンス・アートを観ている気分にさせられるものだった。

The 1975 – Part Of The Band in the Live Lounge

パフォーミング・アートという意味で最も完成度が高かったのが、VEVO UK提供のスペシャル・ライブだろう。1曲毎に演出をガラリと変えて撮影された全3曲(“Part of the Band”、“Looking for Somebody(to Love)”、“Oh Caroline”)で、グレーのスーツやバンドの間をパフォーマーが入り乱れる構図には、どこかデヴィッド・バーン(David Byrne)の『American Utopia(アメリカン・ユートピア)』のステージを彷彿させるものがあった。

ちなみにThe 1975はかつて“It’s Not Living(If It’s Not With You)”のMVでトーキング・ヘッズ(Talking Heads)の『ストップ・メイキング・センス(Stop Making Sense)』をオマージュしており、デヴィット・バーンの作り出す少しシュールな世界はマッティのお気に入りのモチーフと言えるかもしれない。

The 1975 – Looking For Somebody To Love (Official Live Performance) | Vevo

また、これらのスタジオ映像が次々にアップされる中で特に評価が高まっていった曲が“Oh Caroline”だ。もちろんアルバム音源の段階でも良曲ではあったのだが、じわじわと熱を高めていくドラマ性や、セクシーとすら言えるグルーヴ感覚はライブ・バージョンで初めて明らかになったものだった。

“Oh Caroline”だけではない。『Being Funny In A Foreign Language』のナンバーは総じてライブで大きく飛躍、発展していく。同作は「NOコンピューター」を掲げて可能な限り生音で、彼ら自身の演奏でレコーディングされたアルバムだった。つまり、彼ら自身のプレイヤー・スキルやバンドの阿吽の呼吸、ちょっとした即興のセンスといったものが、今まで以上にライブ・パフォーマンスに直接反映されるのだ。そもそもThe 1975は確かな体幹を感じさせる実力派のライブ・バンドであり、そんな彼らの真価が発揮されるアルバムであり、ツアーだということなのかもしれない。

The 1975 – Oh Caroline (Official Live Performance) | Vevo

ちなみに、『Being Funny In A Foreign Language』のリリースから<At Their Very Best>ツアーが始まるまでの間には、もう一つ注目すべき動きがあった。新作収録の“About You”がTik Tokを中心にちょっとしたバズを巻き起こしたのだ。同曲は彼らの初期の名曲“Robbers”の続編的ナンバーで、“About You”の歌詞も、“Robbers”のモチーフになった恋人達の「その後」を暗示する内容になっている。「僕が君を忘れたって思うの?」と歌うマッティと、「朝、あなたがいないと寂しい」と歌うキャリー・ホルト(ギターのアダム・ハンの奥さん)のデュエットが、Z世代の甘酸っぱいノスタルジーを刺激したのだろう。

ツアーでも“About You”はコーラスで大合唱が巻き起こる重要曲となっているようだ。現在、SpotifyでThe 1975の人気曲1位、2位を占めているのが“About You”と“Oh Caroline”であることからも、この2曲がシングル曲以外でライブのキーとなる新曲だと言えるかもしれない。

そして11月3日、満を持してスタートした<At Their Very Best>ツアーだったが、初日の米コネチカット公演の幕が上がるやいなやファンは騒然となった。何とステージに現れたのは巨大な「家」! 螺旋階段や電柱からソファやテレビ、本棚や古めかしいランプ等がぎゅっと詰め込まれた室内まで、まるで懐かしのホームドラマのワンシーンのようだ。その一方、The 1975のトレードマークである長方形を想起させる窓枠の形や、外から差し込む光の生み出すグラフィカルな模様には、The 1975のこれまでのライブ・ステージとの連続性も感じられる。

先日、twitchで生配信されたNYマディソン・スクエア・ガーデン(MSG)公演を、ご覧になった方も多いかもしれない。その生配信でわかったことは、<At Their Very Best>ツアーが2部構成であること、第1部が『Being Funny In A Foreign Language』からのナンバーを中心としたコンセプチュアルなセクションだということだ。そしてこの1部は、The 1975のライブ史上最もシリアスで、演劇的な作り込みがなされた内容だったんじゃないだろうか。マッティは家の中をウロウロしながら何度も酒を煽り、タバコを吹かし、窓から外を眺め、椅子に座り込でみたりとまさに誰かを「演じる」ようにして歌う。それでいてその歌や演奏は、どこまでもストイックで冴え冴えと響くのが凄い。そして徐々に空気が張り詰めていく中で彼は屋根の上によじ登り、「死ぬのは怖い」(“I Like America & America Likes Me”)と絶叫する。

その後もボンベから酸素を吸ったり、自慰を暗示するパントマイムをやったかと思えば、生肉を齧りながらおもむろに筋トレを始め、ついにはブラウン管TVの中に頭から吸い込まれていく。ほぼマッティの一人芝居で体現されるそれは、まるでメンタルが機能不全に陥った男が見るシュールな悪夢のような世界だ。ロック・スターというクリシェが陳腐化して久しい現代、そんな世界を生み出して演じることができる人物は滅多にいないし、彼が「現代最高のフロントマン」と呼ばれるのもそれ故だ。<At Their Very Best>ツアーの第1部は、マッティ・ヒーリーの抱える問題やパラノイアを高次元のアートに昇華したセクションと言えるかもしれない。

そんな「問題作」たる第1部から一転、第2部はアンセム満載のエンターテイメント・ステージへと鮮やかに反転する。マッティも憑き物が落ちたように晴れやかな表情で登場し、“If You’re Too Shy (Let Me Know)”、“Somebody Else”、“The Sound”、“Sex”……とお馴染みのナンバーが次々とスパーク!

MSGを埋め尽くしたオーディエンスの熱狂は、画面越しにもひしひしと伝わってくる。1部と2部のコントラストの素晴らしさ、ストーリーティングの成熟、そしてライブ・バンドとしてのフィジカルな強度。その全てが過去最高だ。MCでマッティは「僕たちはどんどん良くなってるんだよ」と言っていたが、The 1975はまさに今、自分たちのベストを日々更新し続けていると確信できるMSGの生配信だったのだ。

だとすれば、来年の単独来日ツアーで日本のファンが目撃するのはさらに磨き上げられたThe 1975の最高のステージだ。今年8月のサマーソニックでThe 1975の新たな始まりの予感を共有し、来年のツアーでその極みを体験できるという、なんとも贅沢な時間の流れの中でThe 1975と私達は並走しているのだ。

Text:粉川しの

RELEASE INFORMATION

Being Funny In A Foreign Language

The 1975

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EVENT INFORMATION

At Their Very Best

神奈川・ぴあアリーナMM
2023年4月26日(水)
2023年4月27日(木)
OPEN 18:00/START 19:00
TICKET SS席¥17,000 S席¥12,000 A席¥8,000(税込)※未就学児入場不可
一般プレイガイド発売日:10/29(土)  
<問>クリエイティブマン 03-3499-6669

愛知・Aichi Sky Expo(愛知県国際展示場)ホールA
2023年4月29日(土)
OPEN 17:00/START 18:00
TICKET SS席¥17,000 S席¥12,000 A席¥8,000(税込)※未就学児入場不可
一般プレイガイド発売日:10/29(土) 
<問>キョードー東海 052-972-7466

大阪・大阪城ホール
2023年4月30日(日)
OPEN 17:00/START 18:00
TICKET SS席¥17,000 S席¥12,000 A席¥8,000(税込)※未就学児入場不可
一般プレイガイド発売日:10/29(土)  
<問>キョードーインフォメーション 0570-200-888

協力:ユニバーサルミュージック
制作・招聘:クリエイティブマン

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