店員さえ眠る退屈な田舎町のガソリンスタンドで、ジーンズを履いた若い女性が前髪をなびかせて踊っている。

ユニクロのダメージジーンズCMを見て驚いた。

夢幻的な空間を助長するように流れる楽曲が、ドニー&ジョー・エマーソンの“Baby”であったからだ。

ユニクロのCMと言えば、過去にPerfumeや、海外からはファレル・ウィリアムスなど、売れっ子ミュージシャンの楽曲が起用されてきたが、“Baby”は今から38年前に田舎町のティーンエイジャー兄弟によって作られた、決して有名とは言えない楽曲。少なくともリリースから何年も、いや何十年もホコリの中に埋もれた楽曲だったのだ。

UNIQLO JEANS 17SS Japanese

農場で音楽に目覚めた兄弟

1960年代、ワシントン州フルートランドでエマーソン兄弟(兄ジョニー・弟ドニー)は、5人兄弟の長男次男として父親が経営する広大な農場で育った。一番近くの小さな町から車で1時間半のホームタウンは、見渡すかぎり自然が広がり、どこまでも一本道が続く田舎町の象徴としてガソリンスタンドが点在するだけの町。レコードストアも、ナイトクラブも映画館さえ存在しない“何も無い町”だった。

周囲から孤立した環境で暮らす彼らは、人手の足りない父親の為に、学校から帰宅すると、トラクターにまたがり農場に出て仕事を手伝う。仕事が終われば、テレビを見て何もない退屈な一日を埋め合わせる毎日を送っていた。

そんな兄弟が音楽に出会ったのは、父親が購入したラジオ付の新しいトラクターが切っ掛けだった。

1977年、教会で演奏される賛美歌以外にライブミュージックを聴く機会もなく、レコードさえ持っていなかった彼らは、ラジオから流れてくる音楽に心を奪われた。そこにはテレビで見るポップミュージックにはない、新しい世界があったのだ。以降、彼らは一日に8時間以上もトラクターの上でラジオを聴き続け、ついには楽器の練習を始めるまでになっていった。

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初めてのギターで練習するドニー courtesy of the Emerson family

スターを目指した兄弟はコテージで夢を見る

楽器を手にした兄弟は、夢中で練習を始めると、より音楽の世界への憧れを抱くようになる。さらに、弟ドニーは楽曲制作において、天才的な才能を持っていた。演奏に没頭するドニーに、兄ジョーは朝から晩まで付き合い続け、兄弟は毎日の様に曲を作り始めた。

あまりに熱中する息子達の姿を見た父親は、彼らの才能にいち早く気がついた。もともと厳しい農業の仕事を彼らに継がせるべきか迷っていた父親は、息子の才能を信じ、敷地内に練習場としてコテージを建てたのだ。

この練習場は兄弟の創作意欲をより駆り立てる事となった。2人は深夜までコテージで楽曲への試行錯誤を続けると、地元のパーティーで演奏をする事も始めた。だが、兄弟にとってコテージで過ごす時間は特別なものだった。パーティー会場で演奏するよりも、立派なスタジオで練習するよりも、一番自由な空間であったからだ。

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父親が建てたコテージ Photo by David Black

翌年、小さなコテージで本気でスターを目指す息子を見ていた父親は、彼らのレコードをリリースするアイデアを思いつく。そして父親は、彼らの為に借金を組んで$100,000の大金を投資。コテージをレコーディング・スタジオへと変えたのだ。

ドニーは何も考えず、マイクに向かって歌い続けた。ジョーはドラムを叩き続け、1年半の間に70曲を制作。その中から8曲を選びアルバムを完成させた。
ドニー17歳、ジョー19歳の事だった。

Donnie & Joe Emerson – Baby

1979年、ドニー&ジョー・エマーソン名義でアルバム『Dreamin’ Wild』は、2000枚のプレスでリリースされた。とは言っても、音楽業界の流通事情などまったく知らずにリリースされたレコードは母親がセールスマンとして地元住民に売りさばくのが関の山だった。ポップスターへの夢だけが先行して、父親も兄弟も現実的な戦略など何も考えていなかったのだ。幸い地元のラジオ局が彼らを「ロックンロール農夫」として売り出してくれたが、レコードはヒットする事もなく、残ったのは多額の借金だった。

そして、いつしか兄弟はスターへの夢を忘れ、ドニーはスタジオミュージシャンで生計を立て、ジョーは父親の農場を継ぎ、父親は土地を売って借金返済に当てる事となった。
まるで時間が止まったように静かな町でスターを目指した兄弟の夢は、その町の静寂と共に散っていった。

29年後に起きる奇跡の発掘までは…。

名曲“Baby”が辿り着いた未来

2008年、レコードコレクターのジャック・フレッシャーはワシントン州スポケーンのアンティークショップを訪れていた。フレッシャーはそこで風変わりなレコードを発見した。ジャケットにはエルビス・プレスリーを模範したかのような衣装を着ている2人組みがプリントされていた。そのレコードこそが、ドニー&ジョー・エマーソンの『Dreamin’ Wild』だったのだ。フレッシャーは5ドルでレコードを購入し、針を落とすと衝撃を受けた。

静かなイントロから甘い声で愛を歌う楽曲は哀愁に満ちた夢幻的なバラードだった。彼はすぐに収録曲の“Baby”の虜になったのだ。フレッシャーは“Baby”を自身のブログで紹介すると、瞬く間に拡散。すると2012年、USインディ界の奇才として名高いアリエル・ピンクは“Baby”をカバーし、広く音楽ファンに愛される楽曲となったのだ。

Ariel Pink’s Haunted Graffiti – Baby (Donnie & Joe Emerson) (Live in Sydney) | Moshcam

さらに、彼らのコテージでレコーディングされた『Dreamin’ Wild』は、ワシントン州のレーベル〈Light In The Attic Records〉が33年ぶりに再リリース。今年に入り、ユニクロのCM曲にも起用され、ドニーとジョーの“Baby”は世界中で流る事となったのだ。

現在、兄弟はレコード・ジャケットにプリントされている若き日から時を経て、還暦を目前に控えている。そして、ドニーは2人の子供に恵まれ、ジョーはあのコテージの近くで独身生活を続けている。

スターになる事を夢見た兄弟は、自分たちを取り巻く環境の変化を田舎町から喜んでいる。

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2014年 両親とドニー(左)、ジョー(右)Photo by David Black

ユニクロ、ダメージジーンズCMの気になるあの曲!名曲“Baby”が辿った数奇な運命とは? usa12_01-700x433 – “Baby” – Live at Light In The Attic’s 10 Year Anniversary Concert

(再リリースを記念してライブを行った兄弟)

Light In The Attic Records

井川智太

井川智太

コラムニスト

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