近所のレコード屋さんに行って新しいレコードを買い込むと、ウキウキのあまり家に帰る足どりが小走りになってしまう……とは来年50歳を迎えようというDJ、アンドリュー・ウェザオールから出てきた言葉である。様々なカルチャーに触れ、刺激を受け、感動することこそが、自分の音楽や人生におけるモチベーションであると彼は明言する。音楽も本もアートもまだまだ知らなくてはいけないものが多すぎて、自分の人生に残された時間では、そのすべてに触れることができないのが悔しいのだとか。我われがアンドリュー・ウェザオールという人間に強烈に惹きつけられるのは、彼がいまもなお貪欲なリスナーであり、音楽をはじめ様々なカルチャーにロマンティックなまでの憧れを抱き続けているからかもしれない。
今回は先日開催された<エレクトラグライド2012>のために来日したアンドリュー・ウェザオールとヨーロッパ・ツアーから帰国したばかりの瀧見憲司氏による対談をお送りする。実はこのふたりは今はなき音楽雑誌『remix』誌上において、8年前に対談をおこなっており、今回はそれ以来となるひさびさの顔合わせ。ほぼ同じ時代を生き、また自ら楽曲制作もおこなうDJであり、プロデューサー、レーベル・オーナー、元雑誌編集者など数多くの共通点を持つこのふたり。話題はお互いの音楽制作について、音楽との向かい合い方、現在のシーンについてなど、お互いに長きにわたり真摯に音楽と向き合ってきたからこそ語り合えるとても濃密で興味深いものとなった。もちろんバレアリック、セカンド・サマー・オブ・ラヴなどふたりにとって欠かせないトピックについても語られている。またこの対談を読んだうえで、ウェザオールの新作『ルールド・バイ・パッション,デストロイド・バイ・ラスト』を聴くとより深く作品を味わえることだろう。まずはご一読いただきたい!
スペシャル対談 : Andrew Weatherall × KENJI TAKIMI
瀧見憲司(以下 T): 最新作の『ルールド・バイ・パッション,デストロイド・バイ・ラスト』を聴かせてもらって、あなたの初期の作品、すなわち20年前くらいの作品のテイストに近い感覚を感じたんだけど?
アンドリュー・ウェザオール(以下 A): 確かにね。僕もそう思う。20年前にもこうしたサウンドのイメージはあって、何度かトライしているんだけれど、その頃はまだそのイメージを満足のいくものに仕上げる力量が自分になかったんだ。その頃とまったく同じような音を目指したわけではないけれど、でもたしかに『ルールド・バイ・パッション,デストロイド・バイ・ラスト』には20年前と同じスピリット、フィーリングが根底にあると思う。
T: その頃のスピリット、フィーリングっていうのは、つまりロックとダンス・ミュージックを融合させるってことでしょ?
A: その通りだ。ただ”ロック”ではなく、”ロックンロール”だな(笑)。僕は”アンドロール”の部分こそが重要だと思っている。これによってロックよりももっとセクシーでスウィングのあるものという意味、ニュアンスが出るからな。僕は音楽を聴きはじめた10~11歳くらいの頃、まずは50年代のロック・ミュージック、つまりロックンロールにハマったんだ。そこが自分の出発点だとも言える。だけど、同時にディスコ・ミュージックの影響も受けたんだ。巷でパンクが流行っているからって、他のジャンルの音楽が耳に入ってことないわけがなくて、ダンス・ミュージックの影響も大いに受けて育ってきた。 耳に飛び込んでくる様々なサウンド、リスナーとしてそんな混沌自体を楽しんでいたような気がするな(笑)。
T: なるほど。ちなみにこれは是非あなたに訊いてみたかったことなんだけど、DJが作る音楽は、結局は優れたミュージシャンが作る音楽に勝てないんじゃないかっていうジレンマというのはないかな? 僕が音楽を作る時にいつも意識していることでもあるのだけど。
A: うん、たしかにそうした側面もあるだろうね。でも僕は違うと思うんだ。バンドの場合は曲を作る過程で多くの人と関わる。また歌詞もあるからダイレクトにリスナーにコネクトしやすい。それに対してDJはもっとパーソナルな環境で制作を行うことが多いし、サウンドもインストゥルメンタルが中心だ。そういう違いは確かにあると思う。しかしだからといってDJの作る音楽が人の心を揺さぶらないかと言ったら違うだろう。クラブで聴いたインストのサウンドが人の心に残り、10年経ってもかつての情景を呼び戻してくれるなんてことは全然あり得ることだろ。重要なのは、人に何かしらの感情を喚起させるということなんだ。それがバンドであろうが、クラブ・ミュージックであろうが、それは関係ない。重要なのはフィーリングだ。DJだろうがロック・バンドだろうが、生まれてくる音楽に優劣はないよ。
T: 言い方を変えるけど、例えばバンドやロック・ミュージックはクラブ・ミュージックほどにテンポやリズムに厳密じゃなくてもよかったりするでしょ。一方でDJはテンポ、リズム、小節数といった視点から逃れられないというか、常にそうした制約の中で制作をおこなっていると思うんだ。実際にあなたもリズムからトラックを作ると言っていたので、そうしたこととの折り合いはどのように付けているのかなと思って。
A: なるほどね。それに関して言えば、僕はスローなトラックも速いトラックも作る。通常は120BPMくらいが平均だと思うけど、僕の場合は90BPMくらいの曲もあれば、130BPMの曲もある。だけどそれを制約に感じたことはないよ。それは僕が色んなタイプの音楽から影響を受けているからかもしれない。クラブ・ミュージックからの影響も大いに受けているけれど、そこに固執しているわけではなし、そうできないんだ。新しいアルバム『ルールド・バイ・パッション,デストロイド・バイ・ラスト』 に関しても、インストルメンタルなものから、歌モノまで色々あるわけだけど、それはどうしても滲み出てしまう個性であり、自然な成り行きのようなものなんだ。テンポやリズムといった制約よりも、自分がやりたいってアイディアを活かしたいって気持ちのほうが勝ってしまうんだよ。
T: なるほど。DJは色々な時代やジャンルの楽曲を自分なりに再編集することでプレイをしたり、曲を作ったりすると思うんだけど、一方でそうやってDJ自身が生み出す音楽というのは、それらの時代を彩った最高峰の音楽を越えるのは難しいのかな……なんて考えてしまうことがあるんだけど、どう思う?
A: ふむ。それを乗り越えるには、曲の構造に関する固定観念を忘れなきゃいけないのかもしれないな。ここにバースがきて、ここにコーラスがきて、っていうのを完全に忘れて、「自分自身の曲を作る」必要があると思う。僕自身もそういった困難を抱えていた頃があった。これは歌ものの楽曲なのだろうか、ダンス・トラックなのだろうか……っていう具合に悩んだりしたわけだけど、最終的には、よし自分のトラックを作ればいいんだと開き直った。その上に合う歌でものっければいいやってなってね。そのぐらい開き直ったんだ。そうやって作ったものが、イージーなものなのか、優れた楽曲なのかなんてことは聴き手が判断することだからね。ごく一般的なソングライティングの構造なんかは忘れてしまえばいいんだよ。そうやって作った楽曲が優れたソングライティングの曲よりも人々の心を揺さぶることがあるというのがクラブ・ミュージックの面白さであり、可能性であるとも言えるからね。例えば、パブリック・イメージ・リミテッド(P.I.L.)の曲なんかがいい例だ。彼らの1作目(『First Issue』) はモロにダンス・ミュージックに聴こえるが、そこにバースやらコーラスの一般的な構造なんてない。グルーヴがあり、その上でジョン・ライドンが歌ってる。 それが最高にかっこいいってわけだ。僕の場合、ヴォーカルをのせてみてうまくいかなかったら、インストのままにするし、逆もしかりだ。とにかくダンス・ ミュージックにヴォーカルをのっけたりする場合は、通常のソングライティングの定石は忘れるべきだね。それがかっこいいのかどうか、それを嗅ぎ分けるセン スが大事だと思うよ。
T: じゃあ、いわゆるそうしたソングライティング、トラック・メイキングを行う時のモードと週末のDJワークっていうのは分けて考えているのかな?
A: いや、全て繋がっているよ。DJの 方がうまくいったら、月曜朝、スタジオに入ったときに、アートを作るだけの充分なインスピレーションがあったりするものだ。例えば他にも、アート・ギャラリーを訪問していい絵に出会ったり、最高に面白い本を読めた時なんかも、全部、芸術としての音楽を作る原動力になる。絵だろうが、書物だろうが、全てがインスピレーションの小さなかけらとなって、自分の作品を作るきっかけになっている。それらを全てバラバラに考えることはしないよ。加えて、スタジオに色んな方法で表現出来る設備が整ってるのはとてもラッキーなことだ。何かしらのインスピレーションを得て、それをすぐに自分の創作に持ち込める環境があるということは何よりも素晴らしい。僕は時に曲を作り、絵も描き、文章も書く。そうしたすべての活動がクリエイティヴに繋がっていて分け隔てることはできないな。
T: そういったプロセスの中で、めちゃくちゃいい音楽に出会うこともあると思うんですけど、「これは作れない、これには敵わない」と、呆然とすることはない?
A: そんなのしょっちゅうさ(笑)。だけど、それが前に進む力でもあるんだ。逆にもし現状に満足していたら、足を止めちゃうでしょ(笑)。その感覚こそが僕を前進させるし、完全に満足することなんてないよ。いまだに音楽を聴いてブっ飛されることも頻繁にあるし、興奮するし、僕を激しくインスパイアしてくれる。もし、音楽を聴いて「あ、これよりもうまく作れるな」って思ったとしたら、僕は作らないだろうね。常に自分をインスパイアしてくれるのは、他の誰かの極上の作品なんだ。
T:
相変わらず色々なアーティストのリミックスを手掛けているけれど、自分がやったリミックスで最近のお気に入りって何かな?
A: エンペラー・マシーンのリミックスはすごく楽しめた。トラック自体はすごくダークでヘヴィなものなんだけど、スタジオワークはとても楽しい雰囲気で進められた。よく笑ったしね。あとマッドネスのリミックスも最近やった。これも作るプロセスが楽しかったし、周りの反応も面白かった。「マジかよ!? アンドリュー・ウェザオールがマッドネスをリミックスしちゃうの? そんなのありえねーよ!」 みたいにね(笑)。そんな風に周りの人を驚かせるのがすごく好きなんだ。
T: リミックスのオファーを受ける基準はどういうものなのかな? 忙しくなければ全部受けたりするのかな?
A: さすがに全部ではないさ(笑)。なんだろうな……。別に曲自体をすごく好きになれるかどうかみたいな基準ではなくて、曲を聴いたときに、ハンドルできるエレメント(ベースラインとかドラム)をひとつでも感じたときに、やろうって思うのかもな。あとはギャラだね(笑)。
T: だはははは。僕は最近のあなたのリミックスの中だとカット・コピーの”Sun God”がすごく好きで、実際によくかけてるんだけど、あのリミックスはあなたとしてはどうだった?
A: おー! そりゃ嬉しいよ、ありがとう! 原曲がものすごく好きだったんだ。ある意味、とても特殊な曲で、原曲にはトゥーマッチなくらい色んな要素が詰め込まれていた。あまりにも多くのエッセンスがあったから、削ぎに削ぎ落して、2ヴァージョンにして、かつミニマルに仕上げることにしたんだ。
★超貴重なスペシャル対談はまだまだ続く!
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