世界30カ国の街角で捨てられた段ボールを拾って、かわいくカッコ良い財布につくり変える。「不要なものから大切なもの」をうみだす注目の段ボールアーティスト・島津冬樹(しまづ・ふゆき)の活動に迫ったドキュメンタリー映画『旅するダンボール』が公開される。
劇中で島津は、とある段ボールの源流を辿って旅をしながら、様々な人と出会う。それは段ボールの向こう側にある物語に触れる旅でもあった。この旅を経た島津は、「段ボールはあたたかい」と嬉しそうに語る。しかし、段ボールがあたたかいとは、いったいどういうことだろう? なぜ彼は段ボールに惹かれるのか? 段ボールの向こう側にある物語とは?
本作の主人公である島津に、映画や段ボールの魅力はもちろん、「本当に好きなものに出会う」ための秘訣や、影響を与えた映画について語ってもらった。
Interview:島津冬樹
モノを捨てると、記憶からも消えてしまう
ーー完成した映画を観て、率直にどう感じましたか?
自分が伝えたかった段ボールの奥行きというか、段ボールにはタイムラインがあるということを伝えられたと思っています。常々、財布づくりやワークショップ以外で伝えなければいけないものがあると思っていたんです。そのひとつが、誰がつくって誰が捨てたのかという、段ボールの源流を辿っていくことでした。
ーー映画の冒頭で「二度ともらえないものに対する恐怖がある」と言っていたのが印象的でした。
モノより思い出ってよく言うけど、結局、モノがないと思い出が戻ってこないと思うんです。ささいなもの、たとえばWi-Fiのパスワードであっても、それを見た時にホテルの情景が思い浮かぶことがありますよね。でも捨ててしまうと記憶からも消えてしまう。それが怖いんです。モノがなくなった時、それを覚えている人が誰もいない、というのは寂しいですよね。
ーーそういう意味でも、段ボールを里帰りさせてデザインした人に財布を渡すという行為は、すごく価値のあることですよね。劇中でのそのシーンは、段ボールづくりに関わった人々の人生を肯定する展開になっていて、すごく素敵でした。
そう思います。「段ボールはあたたかい」という言葉が出てくるんですけど、そういうものが撮りたかった。あのシーンは素敵ですよね。
ーー島津さんは小さい頃、植物に興味があったそうですね。でも段ボールは植物ではない。植物と段ボールにはどんな共通点があると思いますか?
今まで好きになったものを振り返ってみると、「自然か人工物か」というよりも、「同じ形でバリエーションがあるもの」なんです。貝殻とか飛行機とか、キノコとか。
ーーああ、なるほど!
だから植物だったら何でもいいわけではなくて、僕が好きなのはランやユリなんです。ランもユリも、あの形で世界中に豊富なバリエーションがある。貝だったら、イモガイという種だけで何千種類もデザインがあるんですよ。飛行機も同じ形だけどエアラインごとにデザインが違う。僕にとっては、そういったものの延長に段ボールがあるんだと思います。
どの段ボールを財布にするか、それが問題だ。
ーー映画のなかでいちばん苦労したことは何ですか?
客観的に自分を見ることがいちばん難しかったです。自分を裸にするというか、自分のルーツが何なのか、子どもの頃何が好きだったのか。そういうことに向き合うことが大変でしたね。段ボールアーティストとしての活動を9年やっていても意外と気付かないことがたくさんあるんです。なぜ自分はこれほど段ボールが好きなのか。それが今回ようやく「あたたかさ」だと言語化できました。この映画でやっと自分を知ることができた気がします。
ーー劇中では段ボールの財布をつくる過程も描かれていますが、どの作業がいちばん難しいですか?
拾うこと(笑)。それから、自分のストックのなかからどれを選ぶかもかなり難しいです。やっぱりどれも好きで拾っている段ボールなので、それを財布にするというのは、結構勇気がいることなんです。本末転倒だけど「これ財布にしちゃっていいのかな……」という葛藤が毎回あって、いつまでも決まらない(笑)。
ーー段ボールを拾う際、街を歩いていて「あのへんに段ボールがありそうだな」ということはわかるんでしょうか?
ほぼ予想がつかないですね。収集車が来る時間との戦いでもあるんです。いつ回収されるかわからない。さすがに資源ごみとして出されている家庭のごみは拾わないので、お店のあるところを中心に狙うんですけど。
ーーお店の段ボールって、深夜に一気に回収しますよね。
そうなんです。だから夜な夜な街を歩き回ってます(笑)。築地は良い段ボール拾いスポットだったんですけど、築地場内がなくなってしまって困ってます……。
ささいなことでも突き詰めていくと、その先に見えるものがある
ーー映画『旅するダンボール』はとても面白い映画で、エモーショナルなシーンもありました。しかしやっぱりいちばん印象的だったのは、段ボールについて語る時の島津さんの表情です。島津さん、めちゃめちゃ嬉しそうに語りますよね(笑)。それが少し羨ましくもありました。というのも、現代では「やりたいことがわからない」「情報や選択肢が多すぎて、自分が本当に欲しいものがわからない」という人が少なくないと思うんです。どうして島津さんは、それほどまでに好きなものを見つけられたんでしょうか?
ささいなことでも突き詰めていくと、その先に見えてくるものがあると思うんです。重要なのは続けること。続けないとその先は見えない。僕も最初から段ボールを見てマニアックに喜んでいたわけではなくて、ただの財布の材料として集めていた。でも続けていくうちに面白く思えてきたんです。
ーーどこかのタイミングでその魅力に気付くんですね。
自分で驚いたんです。一ヶ月くらいで壊れると思っていた段ボールの財布が、一年経ってもじゅうぶん使えているということに。段ボールってこんなに丈夫でおしゃれなグラフィックなのに、なんで当たり前のように捨てられちゃうんだろう? そう思った時、すべての段ボールがもったいなく思えてきました。その感覚を誰かと共有したくなったんです。
ーー本格的に段ボールにハマったのは財布をつくってから一年後くらいだったんですね。
そうですね。それが大学二年生の頃でした。ちょうどその頃、初めての海外旅行でアメリカのNYに行ったんです。当然のことながらNYにも段ボールは落ちているわけで、それがやけにおしゃれに見えたんですね。「NYにも段ボールってあるんだ」という当たり前の事実に気付いて、世界中の段ボールで財布をつくったら面白いんじゃないか、と思うようになりました。
津島さんに影響を与えた映画とは?
text by 山田宗太朗
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