やけた視界から幸せそうな家族がこちら側に向かってくる—— まるで夢に誘われているような、そんなオープニングから始まった本作。全編通しても、あまりにも美しく人間味に溢れており、まるで作り話かのようであった。しかしこれは、天才的物理学者であり、筋萎縮性側索硬化症(略称:ALS)を発症しながらも強く生きようとした「スティーヴン・ホーキング」と、その妻「ジェーン・ホーキング」が、出会い愛し合い、そして別れるまでを描いた、実話に基づく物語である。

『博士と彼女のセオリー』予告編

スティーヴンの才能を買っていた彼の担当教授が案内した研究室や、ロンドンの勉強会場。その他にも、この映画にでてくる部屋は入り口が狭く、奥に伸びているような作りに感じた。それは初見、窮屈そうに見えるのだが、後々、終わりのない末広がりの部屋に見えるのであった。勉強に本腰を入れられてないスティーヴンを心配した先生が彼を研究所に招待されたとき。私たちには何の変哲もない見えた場所が、将来を定めてきれてない彼に“研究テーマ”という次なる指針を示した。彼が仲間に連れられ、ロンドンの専門的な勉強会に訪れたときは、これから世に名を知らせるきっかけになる、理論を彼は見つけ出したのだ。それらは、徐々に彼を閉じ込めていく器ともいえる身体が、彼を窮屈にさせているように見える一方で、それでも偉大な説を唱えることを成し遂げたという、彼の人生そのものにどこか重なるようにも思えた。

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時間とは万人にとって抗えないものだ。だからこそ月日は平等に積み重なり、そこには奇跡が生まれる可能性もある。しかし、この物語は奇跡なのだろうか。この物語には、簡単に奇跡などでは片付けられない「博士」と「彼女」の、只ならぬ苦労と苦痛とが伴い、それでも笑顔で生きようとする努力が確かにあったと知れる。決して彼女は一度も弱音を吐かないような強い人間ではなかったし、強がらずに自身の心境をきちんと彼に伝えることができていた。そこには夫婦の愛などというより、一人の人として、互いの信頼の深さを感じた。しかし、スティーヴンが思い通りに動かない身体を必死に震えさせ、その彼の努力に心を震わせていた彼女を見て、やはりこれは愛の物語などだと、気付かされる。

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主人公スティーヴンを見事に演じきり、アカデミー賞主演男優賞を獲得したエディ・レッドメインの演技は言うまでもなく素晴らしく、妻・ジェーン役のフェシリティ・ジョーンズも、彼を支える複雑な心境を見事に演じきった。また、主役二人の脇を固める、友人ブライアン役「ハリー・ロイド」、ジョナサン役の「チャーリー・コックス」などの若手英国俳優たちも一様に魅力的で、今後の活躍に期待したい。

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(text by Qetic・Rina Kawarai)

博士と彼女のセオリー

3月13日(金)TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー
監督:ジェームズ・マーシュ
出演:エディ・レッドメイン(第87回 アカデミー賞主演男優賞受賞)、フェリシティ・ジョーンズ、チャーリー・コックス、他
配給:東宝東和
(c)UNIVERSAL PICTURES