『壮麗な雪山で続いてゆく、負の連鎖』を描いた、スイス在住のミヒャ・レビンスキー監督による新作映画『まともな男』(原題:NICHT PASSIERT)が、現在劇場公開されております。

本作はスイスのアルプスを舞台に起きた、とある衝撃的な事件を通して繰り広げられる人間模様を描いたストーリー。「まさか!?」と時々に起こるハプニングは、そのストーリー構成や後味の悪さすら感じられる、人の深層心理にある闇などは、近年日本の映画、ドラマでも顕著に見られる“イヤミス”的な雰囲気も感じられる一方で、ある種コメディーのようにも見えるなど、見方によって多様な雰囲気を味わえる不思議な作風であります。

レビンスキー監督は2005年『Herr Goldstein』で監督デビュー、ロカルノ国際映画祭で金豹賞など多くの賞を受賞しました。2008年には、初めての長編作品『Der Freund』でスイス映画賞作品賞に輝き、アカデミー外国語映画賞にも出品、さらに2010年の『Will You Marry Us?』はスイスとドイツで16万人を動員する大ヒットを記録と、その作品群には常に高い評価を得ています。そして2016年、6年ぶりとなる新作映画『まともな男』は、スイス映画賞最優秀脚本賞をはじめ数々の賞に輝いています。

レビンスキー監督は映画の公開に合わせて日本にも来日、舞台挨拶でも自身の作品をアピールされました。今回はこの映画にてメガホンを取ったレビンスキー監督に、来日の感想や作品に描いた自身の意図などをうかがいました。

Interview:ミヒャ・レビンスキー

【インタビュー】とある雪山で起きたショッキングなひと時『まともな男』を名匠ミヒャ・レビンスキーが語る matomo-14-700x467

ジャンルが曖昧である作品

——日本に来られた感想は、いかがでしょう? またもともと日本には、どのような印象を持たれていましたか?

実は日本のことをあまりよく知らないまま来日しちゃったんですけど(笑)。ただ、東京は世界で最も大きい都市の一つだ、ということは知っていました。だから来てみると、イメージしていたのとは全く違う感じですね。ずっと静かで落ち着くから、すごく心地いい。ここに住んでいるみなさんはどう思われているのでしょう? 韓国やベルリンなんかに行ったら、もっとうるさいですよ(笑)

——いや~どうでしょうね……住んでいると「すごい都会」とか、「世界的に大きな都市」という感覚があまりありませんが……もう一日くらいブラブラしてみることをお勧めしますよ(笑)。

すごく感動したのは、このインタビュー会場の中でも、みなさんがすごく静かにしていて、声のトーンも割と落ち着いた感じで話されていることで、すごく心地がいいです。

——それは何よりです。この作品は、邦題の『まともな男』というタイトルにも皮肉が込められ、あらすじだけでもすごく心をつかまれたんですけど、主人公の「ちょっとした保身」から、すべてが悪い方向に転がっていくというのがものすごく面白くて、結構笑える印象を感じました。もともとこの作品はコメディーとしても捉えられるものなのでしょうか?ストーリーには深刻なテーマもありそうですが……。

この作品は、意図的にコメディーか、そうではないのかをわからないようにしているんです。例えば実際に試写会で見ていただいたときに、最初に3人くらいが笑い始めて、それを機に一気にみんなバーッと笑い始めて、コメディーになる感じというか。そのときの場の雰囲気や見る人によって、そういった面が変わってくると思います。

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——テーマからすると、すごくヒューマンドラマにもなるし、スリラーにもなる、と様々な見え方があります。ご自身では、もともとコメディー作品的な反応を狙って作られたのでしょうか?

実は最初の想定としては、ブラック・コメディー的な位置づけで撮ろうと思っていました。だけど撮影が進むにつれて、出演してる女の子たちも、キャスト陣も真剣に演じていて、シーンを撮るたびに「これはコメディーか? 違うのか?」というディスカッションもすごく活発にしていたんです。だから撮っているうちに、そういった面で少しずつ変わったところはあります。

私自身は、ジャンルが曖昧であることは良いと思っているんです。というのは、いろんな映画があって、ジャンルがはっきりわかるようなものだと、見ている人も展開がわかってしまい、予測できてしまうじゃないですか。だけどジャンルがわからないことによって、最後まで楽しんで見ていられるという利点があります。

——主人公・トーマスのキャラクターは、仕事の上司にへつらってみたり、その軋轢に苦しんだりというキャラクターでこういうタイプの人は意外と日本のサラリーマンの中でもよく見られることもあり、日本のドラマにも似たようなキャラクターが見られることがあります。例えばスイスやドイツのサラリーマンも、社会的なものとしてこういった立場の方がいる傾向にあるのでしょうか?

実は今日知ったことなんですけど、この映画が日本ですごく反響があるということなんです、「そういうことって、あるよね」と共感してもらえるというか。スイスの人にも、実はそういう一面も誰もが持っているのではないかと思います。でもそれに対して自覚が無いんじゃないかという感じ。だからどちらかというと、この作品をスイスで見ると、多分向こうの方はギョッとするというか「こんな奴、マジでいるのか?」という感じでしょう。

——実際にこういう人のモデルみたいな方が、監督の周りにはおられますか?

いや、モデルがいるわけではないです。ただトーマスを構成している一部は、私の中にいるんです。もし自分にこういう性格がなかったら、絶対こんな主人公は描けなかったでしょう。

閉ざされた空間でのストーリー

——監督自身は、前作から6年のブランクの後に今作を手掛けられており、そのブランクの理由にはお子さんができたということがあるそうですが、今回映画では父親としてのトーマスが、娘の友達や、娘との関係などといった面について描かれている箇所があります、もともと寝かせていた脚本に対して、子供さんができたことで執筆が進んだとか、そんな影響みたいなものを受けたことはあったのでしょうか?

いえ、脚本に反映されているものは、特には無いと思います。ただ私の娘は、まだ7歳と小さいけど、娘に対して「必ずしもみんなに対して、いい顔をする必要はないんだよ」ということや、「Nein(ドイツ語:「嫌だ」)ということを言ってもいいんだよ」ということを伝えています。それを奨励するわけではないけど、心掛けている。そういった面は、もしかしたらこの映画とリンクする部分があるかもしれませんね。

——この作品では、トーマスの家族が冬の余暇にスキーに行くという行動がストーリー展開のキーになりますが、例えばこれはキャンプでも、夏のビーチでもよかったかもしれない。でもあえて雪山に行くという構成にしたことには、何かこだわりがあったのでしょうか?

閉ざされた空間であるということが一つあります。トーマスはここで起こった問題を一人で抱えて、なんとかしよう、やり過ごそうとする。でも、これがもっとたくさんの人が周りにいる空間だとしたら、例えば責任や罪というものは彼一人の中、とか、少ない人数の中に留まらない可能性が出てきます。だからそういう閉ざされた空間として、雪山がいいと思ったんです。まあ全部が全部、綿密に計算されているわけではなく、役者が「いやもう、夏しかないんだって」と言ったら、キャンプになったかもしれないですけどね(笑)。

【インタビュー】とある雪山で起きたショッキングなひと時『まともな男』を名匠ミヒャ・レビンスキーが語る matomo-10-700x467

——レビンスキー監督のプロフィールには、音楽家という格好でも活動されていたという経歴を拝見しましたが、今回の映画の中では、音楽というものをどう位置づけられて考えているのでしょうか?

今までは、映画の中ですごく音楽は大事でした。でも今回の映画は、初めて「音楽があまり重要ではない」作品となりました。音楽ってすごく感情的で、エモーショナルなものだと思うんですけど、今回はあまり音楽が無い。それが逆にまた作品の性質になっている感じだと思います。

——普段は、映画の中の音楽というものをどのように考えられているのでしょうか?

音楽というものは、ほかの芸術、例えば絵画などに比べると、もっと近いものだという認識が一つあります。それともっと情緒的というか。ダイナミックでもあるし、それと長さというものも決まっている。絵画であれば、パッと見る人も、じっくり見る人もいる、本だったら全部通して読む人とか、自分で調節できる。でも映画における音楽というのは、映画を見ている人全員にとって、同じだけのものを聴かなければいけない。そういったところに、音楽とは特殊なものだという印象を、私は持っています。

——その意味では、ご自身の中でも、音楽とは特殊なものと、捉えておられるのでしょうか?

もちろん。今でも友達と音楽を楽しんで、楽器を演奏したりすることもありますし、音楽を聴いているときは、もう考えていることが全部消えてしまい、音楽しか聴こえない。そんなかなり濃密な時間というか、瞬間というのを感じられるものです、私にとっては。

【インタビュー】とある雪山で起きたショッキングなひと時『まともな男』を名匠ミヒャ・レビンスキーが語る matomo-29-700x467

『まともな男』

新宿K‘s cinemaほか全国公開中!

出演:デーヴィト・シュトリーゾフ、マレン・エッゲルト、ロッテ・ベッカー、アニーナ・ヴァルト、マックス・フバッヒャー、ステファヌ・メーダー、ビート・マルティ
監督、脚本」:ミヒャ・レビンスキー
製作年:2015年
製作国:スイス
日本公開:
2017年11月18日〜(新宿K’s cinema)
2017年12月9日〜(大阪 シネ・ヌーヴォ)
上映時間:1時間32分
配給:カルチュアルライフ
後援:スイス大使館
カラー/シネマスコープ/5.1ch
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STORY 中年会社員のトーマスは、休暇に家族とスキー旅行に向かった。しかし、妻とは長く倦怠期が続いており、娘は反抗期。成り行きで上司の娘であるザラも連れて行くことになる。コテージに到着後、娘たちは地元の青年セヴェリンに誘われてパーティーに出かける。迎えにきたトーマスが目にしたのは、街角で悲痛に暮れるザラの姿だった。彼女はセヴェリンにレイプされたと告白する。保護者として事態の収拾にあたるトーマスは、穏便に済ませようと小さなウソを重ねていくが、彼を取り巻く状況はゆっくりと混沌へ向かってゆく──。

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photo by ヨコマキミヨ