日本でも音楽映画は年に何本か公開されているが、最先端のシーンの動きを汲んだ作品となると、どうしてもインディペンデント作品が多くなってしまう。ハリウッドでようやくLGBTQをテーマにした作品が主要賞レースに乗ってきたように、映画は製作に時間がかかるため、現実からは少し遅れてやってくるのだ。

今回は、現代日本の音楽シーンをたどる作品のなかでも、よりポップに観られる作品を選んだ。また、内容的に色褪せない作品、音楽映画としてある種の転換点になりそうな作品でもある。

『Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018』(2019年)

宇多田ヒカル8年ぶりのライブ、国内ツアーとしては実に12年ぶりとなる『Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018』が、Netflixで2019年6月26日より配信予定。

圧倒的な歌唱力と世界最高峰のバックバンドによる演奏を聴いていると、やはり音楽家は音楽の技術で勝負してほしいという気持ちになってくる。派手な演出も流暢なMCもなし。それでいて、ほぼすべての観客が圧倒的な満足感を得たライブ。

さまざまな著書や論考で指摘されているが、宇多田ヒカルの登場は日本の音楽シーンを変えた。彼女は2010年に音楽活動をいったん休止するが、その影響はJ-POPのみならず、海を越え、ジャンルを越えて様々なアーティストに波及している。現代の音楽シーンを知る上で、宇多田ヒカルをスルーすることはどう考えても不自然だ。

ややネタバレだが(まあ、とはいえ調べればすぐに出てくることなので問題ないと思うが)、中盤に挟まれる又吉直樹との共演は非常にユーモラスで笑える。ビヨンセのコーチェラフェスティバルにおけるアクトを記録したNetflixの『HOMECOMING』といい、宇多田ヒカルの本作といい、今後、重要なアーティストの重要なライブはこのように映像化されることが当たり前になるのではないだろうか。

となると、ライブの持つ意味合いも変わってくる。本作が配信される頃には元号が平成から令和に変わっているが、平成を象徴する音楽家のひとつの到達点は目撃しておきたい。

『大和(カリフォルニア)』(2018年)

神奈川県大和市を舞台に、ひとりの少女がラップに打ち込みながら語るべき言葉を獲得していく物語『大和(カリフォルニア)』。日本におけるもっともフレッシュなヒップホップ映画であり、なおかつ、タイトルが示唆するように、この国の置かれている状況に対してクリティカルな問いを投げかける映画でもある。

主権国家にありながら、その内側に米軍基地を抱えている日本。よく知られている通り、米軍基地は沖縄だけでなく、日本中のあらゆるところにある。神奈川の大和市がそのひとつだ。「ここまでが大和で、あっちはカリフォルニア」という少女の声は、映画全編に響き渡り、わたしたちの生活にまで届く。

他のヒップホップ映画とは決定的に異なる点がいくつかあるが、そのひとつは、主人公のラップが決してうまくないということ。愛すべきダメラッパーを主役にすえた作品は『サイタマノラッパー』などがあるが、『大和(カリフォルニア)』にはビート(曲)すらない。

にもかかわらず、本作は「この国のヒップホップ映画の決定版」と評価されている(大和田俊之)。なぜか? 本作には、音楽になる前の、音や声にならない言葉、しかしヒップホップというアティテュードの根底にあるものを描き出そうとする試みがあるからだ。その帰結としてポエトリーラップ風のフロウが生まれることも興味深い。

『私たちのハァハァ』(2016年)

2019年現在、アメリカやヨーロッパではラップミュージックやR&Bが音楽のメインストリームを形成しているが、日本ではロックの人気が根強い。大型フェスは全国のどこかでほぼ一年中開催され、それらのフェスで主役を張っているのはロックバンドだ。

2010年代のロックシーンを牽引したバンドはいくつかあるが、そのひとつとして、クリープハイプの存在は重要だ。彼らの独特で強烈なスタイルはその後多くのフォロワーを生んだ。

松居大吾監督による『私たちのハァハァ』は、福岡県北九州市に住むクリープハイプファンの女子高生4人が自転車で東京のライブに向かう青春映画。本作が独特なのは、アーティストを描いたのではなく、そのアーティストのファンを描いたという点にある。

もちろんクリープハイプのメンバー本人たちも登場し、ドキュメンタリー風に撮られてはいるものの、厳密にはドキュメンタリーではない。フィクションとノンフィクション、映画とMV、あるいは映画と現実といった境目を行き来する不思議な映画。このバンドによる『クリープ』という曲のMVが映画の後日談になっているという構成もふくめ、音楽映画の新たな境地を開いた作品。

Text by Sotaro Yamada