まず簡単にニコラス・レイの遍歴についてご紹介したい。フランク・ロイド・ライトの下で建築を学び、ニューヨークで左翼演劇活動に関わる。ラジオ番組や宣伝映画の制作を経て、RKOに入社。1947年に監督した『夜の人々』でデビュー(公開は1949年)。1950年代に入り、『大砂塵』(54)や『理由なき反抗』(55)を監督して大ヒットとなる。『暗黒街の女』(58)を最後にハリウッドを離れ、ヨーロッパに活動の場を移す。『北京の55日』(63)の撮影時に心臓発作を起こして以降は、撮影の第一線から退く。1972年にニューヨーク大学の講師に就任してからは、学生との共同制作に取り組む。ヴィム・ヴェンダースやジム・ジャームッシュ、ジャン=リュック・ゴダールなどヌーヴェル・ヴァーグやニュー・ジャーマン・シネマ以降の監督たちにも多大な影響を与えており、特にヴェンダースは1978年に『ニックス・ムーヴィー水上の稲妻』をレイと共同監督で製作、その死の直前の姿も作品の中に残している。1979年6月16日、肺がんで死去。
そんな偉大なる功績を残してきた巨匠の遺作が2011年の第68回ヴェネチア国際映画祭では生誕百年を記念して、『ウィ・キャント・ゴー・ホーム・アゲイン』として再構成・デジタル復元版され、同時に『あまり期待するな』も上映され話題を呼んだ。彼が晩年に授業の一環として学生たちとともに製作した『ウィ・キャント・ゴー・ホーム・アゲイン』は劇映画、ドキュメンタリー、現代アートが混然一体となった先鋭的な傑作ながら、長らく上映機会がなく、幻の映画となっていた。本年のヴェネチア映画祭でお披露目されたデジタル復元版上映を経て、現在新宿K’s Cinemaにて公開中となっている。
今回公開されているのは、1976年の時点で編集されたヴァージョンにもとづきデジタル復元されたもので、ニコラス・レイ生誕100年にあたる2011年のヴェネチア映画祭でプレミア上映され、日本では、同年、第12回東京フィルメックスにてニコラス・レイ生誕百年記念として、妻スーザン・レイ監督作『あまり期待するな』とともに上映されたもの。本編は、その当時の政治状況を反映したドキュメンタリーという当初の製作意図を残しながらも、ナム・ジュン・パイクのヴィデオ・アートにも影響を受けた、過激な実験映画へと変貌を遂げている。
上映はマルチ・スクリーンで、複数の映写機を用意して学生たちの作品をコラージュにしてスクリーンに同時に投影する方式をとった。映画祭出品にあたってはリアプロジェクション投影したものを再撮影することで1本のフィルムにまとめている。8mm、16mm、35mm、ビデオと、あらゆる規格で撮った9万フィート以上の素材を、リアプロジェクション映像から統合されたイメージと一緒に35mmフレームに収めた。90分の上映時間のなかで、見る側は3~4時間分の映像を見ることになる。この複数のイメージにより、我々のものではない人生や考えを直線的に反映し、他人の物語と、それに影響された我々の個々の物語とが同時に展開する。この映画は政治状況と当時の文化を彼らの日々の生活や感情、個人や共同体のスピリットの影響を通して記録した新しい形の“ジャーナリスティック・フィルム”だ。
作品には一貫したストーリーは存在しない。学生とともに映画をつくる様子とフィクションとが、モザイク状にコラージュした映像と音響の破片によって構成され、鑑賞のたびに見え方、聴こえ方が変転する、万華鏡のような目眩く「教育」映画。未体験の観賞体験をいまこそ。また<爆音映画祭>などを運営するboidの通販サイトではニコラス・レイの関連アイテムも多数販売中。昨年大きな反響を呼んだ時代に口髭を生やすECサイト<Qetic Store>との共作<爆音袋>もまた近々発売されるとかされないとか??? 新着情報に乞うご期待!
映画『We Can’t Go Home Again』
製作・監督:ニコラス・レイ / 脚本:ニコラス・レイ、スーザン・レイ / スタッフ:スティーヴ・アンカー、リチャード・ボック、ピア・ボード、チャーリー・ボーンスタイン、ダグ・コーエン、ダニー・フィッシャー、スタンリー・リュー、ルーク・オパール、ヘレン=カブラン・ライト/キャスト:ニコラス・レイ、リチー・ボック、トム・ファレル、ジル・ギャノン、ジェーン・ヘイマン、レスリー=ウィン・レヴィンソン/1973-2011年/アメリカ/カラー/93分/BD
Release Information
Now on sale! Artist:V.A. Title:ニコラス・レイ読本 We Can’t Go Home Again 編:土田環 著:ジム・ジャームッシュ、セルジュ・ダネー、 ベルナール・エイゼンシッツ、青山真治ほか A5判 206ページ ¥1,890(tax incl.) |