麦や芋などの豊かな風味を楽しめる本格焼酎(単式蒸留焼酎)。その魅力は、アメリカやヨーロッパで活躍する人気バーテンダーの目にどう映るのか。本格焼酎=“SHOCHU”世界進出の可能性を探るユニークな切り口のイベント<欧米バーテンダーセミナー>が、9月30日、「日本酒造組合中央会」が運営する『日本の酒情報館』で開催。その内容は、焼酎に慣れ親しむ日本人にとっても発見の連続だった。
輸出量は日本酒の17分の1。知られざる本格焼酎の現状
日本酒や本格焼酎、泡盛などの生産者団体である「日本酒造組合中央会」。その理事を務める宇都宮仁氏が語った日本の酒類業界を取り巻く現状は意外なものだった。“SAKE”の呼び名で世界的に人気な日本酒と本格焼酎の国内出荷量は、どちらも約40万リットルとほぼ同じだという。しかし輸出量に目を向けると、本格焼酎は日本酒のわずか17分の1と少ない。その一方で、欧米ではテキーラやメスカルの消費量が増加し、ブームが訪れている最中。同じ“蒸留酒”のジャンルである本格焼酎も、欧米で人気を集める可能性が十分にあると宇都宮氏は説明する。
さらに海外でテキーラの人気に火が付いたきっかけがマルガリータ(リキュールとライムジュースを用いたカクテル)だったことから、宇都宮氏は「焼酎が海外で親しまれるきっかけはバーにある」と話した。アメリカやヨーロッパのバーテンダーを対象にした焼酎カクテルコンテストが開催されるなど、実際にバー業界での注目度はすでに高まりつつあるという。
「心を動かされた」。人気バーテンダーの蒸留所レポート
そんな好機を活かすべく、本イベント前に開催されたのが、海外を拠点に活躍する5人のバーテンダーの招聘ツアー。宮崎、鹿児島、熊本にある蒸留所を5日間かけて廻り、本格焼酎や日本の発酵文化、カクテルのペアリングに使う食材について学んでもらうという内容だ。本イベントの主軸となったのは、バーテンダー5人が語る招聘ツアーのレポート。全員が「印象に残った蒸留所を一つに絞れない」と異口同音に前置きする様子に、本格焼酎の造り手に対するリスペクトが感じられた。
パリのバー『IVY』のヘッドバーテンダーであり、英国の焼酎カクテルコンペディションで優勝した実績もあるオリバー・アードレーはこう語る。
「発酵技術に興味を持っているので、これまでも『IVY』ではカクテル用の自家製甘酒を作っていました。私が普段から用いているのは湯煎をして酵素を追加するという現代的なやり方なので、今回訪れた蒸留所で採用されていた伝統的な製造方法はとても勉強になりましたね」
東京・浅草で生まれ、現在はアメリカで日本をテーマにしたポップアップバー『カガノ』を経営するクリスチャン・スズキが注目したのは、造り手の背景だ。
「記憶に残っているのは、宮崎県の古澤醸造にいた女性の杜氏です。男性が手がけていることの多い焼酎業界で一人活躍しているところに感銘を受けました。そんな彼女が手がけている焼酎の名前が“ひとり歩き”というところも素敵です」
アジアの食をコンセプトにしたバー『大丈夫』を経営するシャロン・ヤンは、本格焼酎が秘めた可能性に興味を持ったようだ。
「私はアジア人とアメリカ人のミックスなので、『大丈夫』で提供するカクテルでは自身のルーツを活かしています。そのため日頃から麦焼酎や芋焼酎、梅酒などを積極的に扱っているのですが、それでも今回のツアーではアジアのお酒の多様性を再認識させられました。驚いたのは、製法や材料の組み合わせ次第で焼酎は4000通りの作り方ができることです。バラエティ豊かな表情を見せてくれるお酒なのだということを知りました。とても心を動かされた5日間でしたね」
本格焼酎×スパイスリキュール。固定観念覆るカクテルを披露
このレポートに続いて、サンフランシスコにあるバー「ABV」に所属するケンドラ・ハダと、ロンドンの「ザ モルト ラウンジ&バー」のヘッドバーテンダーであるマッテオ・バッソがカクテル作りを実演披露。カクテルコンペディション焼酎部門で優勝した珠玉の一杯が振る舞われた。
ケンドラが手がけたのは、日系4世という自身のルーツを4種類の素材で表現した“Yonsei’s Joy(4世の喜び)”。ベルモット(スパイスや香草で風味づけしたワイン)とアマーロ(薬草を漬け込んだ酒)、洋梨のリキュールに、宮崎県の小玉醸造が手がける芋焼酎「杜氏潤平」をかけあわせた一杯だ。リキュールの豊潤な苦味と芋焼酎のコクが意外なほど相性よく、飲み終わりにはスパイスのすっきりとした香りが鼻に残る。本格焼酎が苦手な方でも楽しみやすそうな仕上がりだ。
マッテオは「焼酎の風味をいかに際立たせるか」にこだわったカクテル“Otsukaresama”を披露。大分の二階堂酒造が手がける麦焼酎「吉四六」と福岡県産のごま焼酎「紅乙女」、三和酒類が手がけるカクテル用スピリッツ「TSUMUGI」、そしてアクセントとしてピーチリキュールを用いている。本格焼酎の香ばしさと桃の豊潤さをかけあわせた新鮮な味わいと、その相性の良さに驚かされた。“味の架け橋”として桃ジャム入りのマカロンを提供する計らいも粋だ。
「個性的なカクテルと相性がいい」。本格焼酎の可能性と課題
日本人なら当然のようにロックやソーダ割りで飲みがちな本格焼酎だが、海外で活躍するバーテンダーは本格焼酎にどのような可能性を感じているのだろうか。クリスチャン・スズキはこのように語った。
「アメリカのバーで店頭に立つ際に感じるのが、お客さまのカクテルの好みが両極端なことです。飲みやすいものか、個性的なもののどちらかが求められることが多いんです。本格焼酎はどちらのニーズにも合わせやすいお酒ですが、特に後者を求める方に人気ですね」
今回のツアーでは蒸留所だけでなく、醤油や黒酢などの生産者のもとも訪れたという。オリバーが話したのは日本の発酵文化とバーの相性の良さだ。
「僕がヘッドバーテンダーを務める『IVY』ではカクテルと食事のペアリングも提案しているんです。特に大事にしているのが、いかに斬新さや新しさを味わいに取り入れるか。だからこそ日本の発酵文化はさまざまなシーンで活用できると思いました。特に今回のツアーで教えてもらった醤油の作り方はぜひパリに持ち帰って試したいですね」
焼酎カクテルがバー業界で注目を集めている一方で、課題もあるとクリスチャン・スズキは語る。
「焼酎だけでなく他の蒸留酒も同様ですが、造り手の方からよく聞くのは、自分が手がけた酒に砂糖やシロップ、リキュールなどを加えられることに苦手意識を感じているということです。我々バーテンダーがやるべきは、そういった事情を理解しつつ、カクテルは焼酎を今まで飲んだことのない方にもチャレンジしてもらえるポジティブな手段であるということを伝えることだと思います。そうした活動の結果、ストレートで味わうためだけでなく、カクテルにも適した焼酎をいろいろな蒸留所に作ってもらえたら嬉しいですね」
日本発の本格焼酎が世界的に評価されている事実に誇らしさを感じる一方で、「ロックやソーダ割で飲むもの」という固定観念を覆された本イベント。さまざまな楽しみ方ができる酒として“SHOCHU”がグローバルスタンダードになる未来も、そう遠くないかもしれない。
Text:山梨幸輝
INFORMATION
日本の酒情報館
開館時間|10:00~18:00
休館日|土・日・祝日・年末年始
場所|東京都港区西新橋1丁目6−15 日本酒造虎ノ門ビル 1F(https://japansake.or.jp/JSScenter/)