「月刊flowers」(小学館)にて連載中の人気コミック『僕のジョバンニ』は、チェロをめぐる2人の少年の物語。作者の穂積氏はジョヴァンニ・ソッリマが作曲した“チェロよ、歌え!”にインスピレーションを受けてこの作品を書いたという(作中に登場するジョバンニ・バッツォーニのモデルは言うまでもなくソッリマだ)。

Giovanni Sollima, “Violoncelles, vibrez!”

ジョヴァンニ・ソッリマ氏の「チェロよ、歌え」を初めて聴いた時、そのドラマ性と静かに畳み掛けるようなミニマル・ミュージックの調べに魅了され「こんな漫画が描きたい!」と、筆を取ってしまった次第です。全く未知の世界だったチェロについて、勉強を重ねながら、そのあまりの深さに四苦八苦することもありますが何か迷った時、「チェロよ、歌え」を聴くと、不思議と次への指針を示されたような気持ちになります。一人でも多くの日本人にソッリマの音楽を聴いてほしい、そしてソッリマが毎年日本に来たくなっちゃうくらい、日本でのソッリマ人気が爆発してほしい、と心から願っています。

穂積
漫画家(月刊flowersにて「僕のジョバンニ」連載中)
100チェロ・コンサートのオフィシャル・サイトより

チェロの音が紡ぐ、二人の少年の魂の物語

鬼才ジョヴァンニ・ソリッマが挑む型破りなコンサート。 100人ものチェロ奏者が一堂に会する<100チェロ>について訊く。 unnamed-1

ソッリマは、クラシック音楽の中心的なレパートリーはもちろんのこと、バロック音楽やロック、ワールド・ミュージックなど、ジャンルの垣根を軽々と超えて活動する。技術の高さは折り紙付きで、あのヨーヨー・マも絶賛するほどの才能の持ち主である。

Giovanni Sollima, “Daydream”(Sogno ad occhi aperti)

だが、なによりもソッリマが型破りなのは、<100チェロ>という前代未聞のプロジェクトにチャレンジしているところ。100人ものチェロが一堂に会する。それだけでも耳を疑うようなアイディアだが、その100人のメンバーはプロもアマチュアも関係なし、国境も世代もキャリアを超えて、だれもが参加できる。

そして、100人はいっしょにアンサンブルを組むだけではなくクリエーションを行なう。100人といえば、標準的な編成のオーケストラよりもさらに人数が多いくらいの人数だ。そんな大勢がチェロというたった一種類の楽器でアンサンブルを組むのだから、尋常ではない。

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穂積氏を大いに魅了する、“チェロよ、歌え”の作者ジョヴァンニ・ソッリマとは、そして、この夏来日するソッリマのプロジェクト<100チェロ>とは? 前代未聞のプロジェクトについて、ソッリマに話を聞いた。

Interview:ジョヴァンニ・ソッリマ

──100人ものチェロが一堂に会する。いったいどうしてそんな途方もないアイディアを思いついたのでしょうか。ローマにある歴史的な劇場、テアトロ・ヴァッレの閉鎖がきっかけになったというのは本当ですか。劇場の閉鎖に反対した大勢のアーティストや市民たちが劇場を占拠して、勝手に劇場を運営したと聞いています。

2012年の冬のことです。当時、私はローマのサンタ・チェチーリア音楽院で教えていました。すでに一年前からテアトロ・ヴァッレの占拠は始まっていて、私はここでソロ・コンサートをするように頼まれました。ある晩、作曲家でチェリスト、プロデューサーでもあるエンリコ・メロッツィにバーで会いました。ワインのボトルを置いて、メロッツィは私にテアトロ・ヴァッレに出演してほしいと頼んできたのです。そこで、こう答えたのです。「どうしてひとりで出なきゃいけないんだ? この経験をみんなでシェアしたらすばらしいじゃないか」。そこで、まずはメロッツィとデュオをやろうと考えた。ワインをどんどんと飲み続けているうちに、話は大きくなって、デュオじゃなくて、カルテットにしよう、いやカルテットじゃなくて12人にしたらどうか。そうやってワインのボトルを空け続けて、ついにワインがなくなったときは「100人のチェロ」になっていました。もしワインがまだ残っていたら、もっと人数が増えていたかもしれませんね。

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──チェロというひとつの楽器だけでアンサンブルを組むのは珍しいですよね。ベルリン・フィルには12人のチェリストたちというアンサンブルがありますが、100人とは前代未聞です。いったいどんな人たちが集まったのでしょう。

実はチェロ・アンサンブルには古くからの歴史があるのです。16世紀や17世紀のヴィオラ・ダ・ガンバのコンソート(合奏)に始まって、フレスコバルディやダウランド、パーセルといった作曲家たちの音楽があり、その後、クレンゲルやゴルターマン、フランショーム、ヴィラ=ロボス、カザルスらによって、世紀を超えて受け継がれてきました。<100チェロ>の参加者はまったくばらばらです。年齢は6歳から75歳まで。プロもいればアマチュアもいる、学生もいれば初心者もいる。2日前にチェロを買ってYouTubeで勉強したという人までいましたよ。実に多種多様な参加者で、信じられないくらいエキサイティングなグループができあがりました。

Giovanni Sollima & 100 Cellos, “Hallelujah” by Leonard Cohen

Giovanni Sollima & the 100 Cellos: “Bourrée” by Johann Sebastian Bach

──その100人でなにを演奏したのでしょう。

メロッツィと私はレパートリーを作り出す必要性を感じました。<100チェロ>ではオリジナルの楽曲と既存の楽曲のアレンジをレパートリーにしています。最初は集団即興からスタートしました。まずは劇場で、次にストリートで。フラッシュモブ・パフォーマンスをしたり、私たちはいろいろな場所に繰り出しました。真の目的は、人々が音楽や文化に接したり学んだりする権利を守るため、チェロの魅力をみんなに広めるため、そしてテアトロ・ヴァッレをはじめとするイタリア文化の発信地の危機的な状況をどうにしかしたい、ということでした。私たちは劇場でいっしょに寝泊まりし、すべてを共有したのです。たくさんのチェロの教師たちが、生徒を連れて参加してくれました。みんなボランティアです。集まったのはイタリア人だけじゃありません。バロック、クラシック、ロック、ジャズ、現代音楽など様々なバックグラウンドを持ったチェリストたちが集まりました。それからの3日間は嵐のようでした。公開リハーサル、ソロ・パフォーマンス、少人数のアンサンブル、作曲コンテスト、そして<100チェロ>のファイナル・コンサート。歌手やソリスト、ポップスからもゲストを迎えました。だれもが打ち解けて、圧倒的なエネルギーと熱意に溢れていました。これは新しい一年に向けて「バッテリーをチャージ」したのだ。そんなふうに感じたので、次の年も同じことを繰り返して、今に至っているのです。

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──<100チェロ>プロジェクトは、日本でも参加者を募って行われますが、なぜプロもアマチュアも公開で募集するのでしょうか。プレーヤーの技術の差が問題を引き起こしませんか。

<100チェロ>はあらゆるレベル、あらゆる経歴の人にオープンな、真の愛の結晶なんです。プレーヤーのレベルの差など気にしません。もちろん、レベルが違うことによる難しさはありますよ。だから、いろんなプログラムを準備して、とても難しいパートもとても簡単なパートも用意しているのです。2012年から現在に至るまで、開催場所にもよりますが、だいたい20人ほどの決まったメンバーがいて、ありがたいことに彼らが新しいチェリストたち、特に若い人や子供たちの指導役に回ってくれています。また、マリオ・ブルネロを始め、大勢の著名なチェリストたちがこのプロジェクトに参加してくれました。

──これまでの<100チェロ>のリハーサルはどのように進行されるのでしょう。オーケストラのリハーサルみたいな感じでしょうか。指揮者はいますか。

そう、リハーサルは最初からオーディエンスに公開していて、これが本当に楽しい! たくさん試行錯誤しながら進めています。いわばシンフォニーオーケストラと巨大なロックバンドの融合のようなものですね。指揮は私とエンリコ・メロッツィが担当しています。

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──100人のチェリストはパートごとに分かれるのでしょうか。たとえば音域によって、ソプラノ、アルト、テナー、バスみたいに?

まさに基本はその通り。弦楽四重奏のように4パートがあったり、場合によっては5、6パートに分かれます。ソロ・パートもたくさんあります。

──<100チェロ>のレパートリーはクラシックにとどまらず、すべてのジャンルにおよびます。そしてソッリマさん自身のオリジナル曲もありますね。楽曲を選ぶうえで大切な点はなんでしょうか。

やはりドラマティックなフレーズがある楽曲が必須です。ロックやフォーク、そして私やメロッツィの新しい楽曲と、古典的な音楽が交互に演奏されてストーリーになるように構成しています。

──<100チェロ>はヨーロッパでなんども開催されていますが、どのような反応がありましたか。また、この夏の日本公演ではどんなことが起きると思いますか。

<100チェロ>では、いつも熱狂的な反応が届きます。これは特定の曲や音楽についてだけではなく、このプロジェクトの社会的、文化的、政治的な意義への熱狂なのでしょう。私が思うに、このプロジェクトではたとえクラシック音楽を演奏していても、ある意味でクラシックのコンサートの確立された型を壊しているようなところがあります。だからこそ、さまざまな人の心に響いているのではないでしょうか。日本には歴史と先進性、伝統とモダンが理想的に混じり合ったすばらしい文化がありますよね。だから、きっと日本でも同じような熱狂が訪れると期待しています。       

Giovanni Sollima & the 100 Cellos, “Another Brick in the Wall” by Pink Floyd

Text by Yoichi Iio

ジョヴァンニ・ソッリマ

鬼才ジョヴァンニ・ソリッマが挑む型破りなコンサート。 100人ものチェロ奏者が一堂に会する<100チェロ>について訊く。 music190318-cello-main-1200x1804

1962年イタリア・シチリア州パレルモ出身。音楽家一家に生まれたソッリマは、パレルモ音楽院で、Giovanni Perrieraからチェロを、父エリオドロ・ソッリマから作曲を学んだ。優秀な成績で卒業後、シュトゥットガルト音楽大学とモーツァルテウム音楽大学で、チェロをアントニオ・ヤニグロに、作曲をミルコ・ケレメンについて学んだ。これまでクラウディオ・アバド、フィリップ・グラス、ヨーヨー・マなど多くの巨匠と共演。アメリカではパティ・スミスとのコラボレーションも行い、ピーター・グリーナウェイ監督の映画『レンブラントの夜警』には、ソッリマの作曲した“チェロよ歌え!”、“Spasimo”が随所に使用されている。2013年と2014年の2年続けてイタリアの<La Notte della Taranta>フェスティバル(13万人動員)のディレクター/指揮兼コンサートマスターを努め、近年は<100チェロ>というプロジェクトも行っている。

EVENT INFORMATION

ジョヴァンニ・ソッリマ 100チェロコンサート

鬼才ジョヴァンニ・ソリッマが挑む型破りなコンサート。 100人ものチェロ奏者が一堂に会する<100チェロ>について訊く。 100cellos_1000_2

2019年8月12日(月・祝)
開演18:00(開場17:15)
すみだトリフォニーホール 大ホール
全席指定 6,000円/中学生以下3,000円
すみだ区割(区在住在勤)4,800円、すみだ学割(区在住在学の小・中・高校生)1,000円
100チェロコンサート 公式HP

RELEASE INFORMATION

来日記念盤『We Were Trees』

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ジョヴァンニ・ソッリマ
featuring:モニカ・レスコヴァル、カレイドスコープ・ソロイスツ・アンサンブル、パティ・スミス
2019年6月23日発売
2,700円(+消費税)

解説:松山晋也/VIVO-474
代表曲「チェロよ歌え!」の新録を収録。
詳細はこちら

INFORMATION

『僕のジョバンニ』

鬼才ジョヴァンニ・ソリッマが挑む型破りなコンサート。 100人ものチェロ奏者が一堂に会する<100チェロ>について訊く。 unnamed-1

穂積 (著)
小学館「月刊flowers」にて連載中
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