2023年9月にツアーで日本国内を回ったUKダブ界のレジェンド・プロデューサー、エイドリアン・シャーウッドAdrian Sherwood)。彼の活動は止まることを知らず、共に国内ツアーを回ったアフリカン・ヘッド・チャージ(African Head Charge)の最新作『A Trip To Bolgatanga』のみならず、スプーン(Spoon)やパンダ・ベア&ソニック・ブーム(Panda Bear & Sonic Boom)といったUSオルタナティヴシーンの大御所の作品を丸ごとダブワイズした作品を発表し続けている。

そんな彼が制作を進めているという自身の次作は、ドルビーアトモスDolby Atmos)を活用したサラウンド・サウンドの作品になると語る。彼が来日したその前週には、イギリスでドルビーアトモスを使ったサラウンドシステムで行う世界初のダブ・ショーを開催し、大盛況で幕を閉じた。そしてここ東京でも、ドルビーアトモスを使用したまったく新しい体験を届けるダブ・ショーの開催を予定しているという。

Qeticでは、絶やすことなくダブの研究を続けるエイドリアンにインタービューを実施。聞き手は日本のレゲエ・クイーンPUSHIMの最新作『Dialogue』や新鋭のレゲエバンドASOUND、レゲエディージェイのホープZENDAMANの作品プロデュースでも知られ、ジャマイカと東京を拠点に置くプロデューサーレーベル〈MEDZ MUSIC〉のプロデューサー/ベーシストのCHALLIS、A&RのMaasa Sanoが担当した。

INTERVIEW:Adrian Sherwood

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──〈On-U Sound〉は1979年に設立されていますよね。僕(CHALLIS)が生まれた年でした。

本当に?(笑)実は80年の終わりに始まってるんだけどね。

──40年間以上ダブに携わっているエイドリアンさんは、ダブの何に惹きつけられたのでしょう?

ダブのことを“シーン”だと思ってない。ジャマイカのラブソングやヴァージョンがすごく好きで、とにかくレゲエのファンなんだ。ジャマイカのユニークなところは、良いリズムが何百個もあって、そのうちの1〜2個はダブ・ヴァージョンだったりする。俺がすごく好きなのは、そうしてヴァージョンが進化していくこと。「ダブ・ミュージック」って言う人がよくいるけども、自分にとってはジミ・ヘンドリックスだってダブだ。それをリバーブやディレイを使って工夫する過程が、とにかく好きなんだ。すごく楽しいよ。最近はあまりやる人がいないけど、ライブミックスは計算されていないからこそ、毎回フレーバーも変わる。

──僕のレーベルの音楽のステムデータがいっぱいあるんですよ。それで最近僕もダブを作ることをしていて。

卓は何を使ってるの?

──色々あるんですけど、ALESISを使ってます。

ALESIS! イギリスに大きい卓を持ってるよ。明日はMIDAS VENICEの小さいのを使ってやるよ。イギリスだと1,000ポンドで買えるけど、日本だとそこまで高くないかも。昔のRoland SDE-1000とSDE-3000D、あとYAMAHAのSPX990、それにEVENTIDE。それで新しいスプリングリバーブを加えると、7,000ドルくらいですごくアナログな良い音のセットアップが作れるよ。全部書いてあげようか(笑)?

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──最近のスプリングってなんですか?

イギリスで買ったんだ、それも1,000ポンドくらいだよ。名前を忘れちゃったけど、メールで連絡をくれれば教えるよ。これからイギリスのエンジニアを起こすのは可哀想だからね(笑)。明日のライブで使うEVENTIDE H9とEVENTIDE SPACEは最高だよ。

──これをiPhoneで操作できるんですか?

そう。iPadでもいい。H9とSPACEは小さいからね。Bluetoothをオンにして、H9の電源を入れてから自分のプリセットを入れてプレイするんだ。次のページにいったらデジタル/アナログ・ディレイとかスプリング・リバーブが入っていて……もうクソ最高だよ。それしか必要ないんだ。アドバイスをするならばH9とSPACEを買って、日本だとすごく安いSDE-1000とかをディレイ用に1万くらいで買う。スペースエコーのペダルだけでも良いね。明日はEVENTIDEのディレイ、SDE-3000、SPX990、H9、SPACEそれと、最近一番のお気に入りでErica SynthsのZEN DELAYを使う。機材は日本から安く買って全部揃えたんだ、最高に良い音を作るよ。観にくるでしょ?明日はいま言った機材しか使わないし、それしかいらないんだ。

──わかりました。ちなみにいまALLEN&HEATHっていう卓を使っています。

いいね。それで十分だよ。チャンネル数は?

──24チャンネルです。

32の方がいいよ。リターンするときに2つは必要だからね。さっきのセットだとエフェクトだけで10個はチャンネルを使う。それでステムだと22個は必要になるからね。もっと研究したかったら……内田直之さんって知ってる?日本で一番良いエンジニアで、あの人はアナログをすごく理解してるんだ。

──ありがとうございます。ダブを作る時っていうのは、基本的に感覚でやってるんですか?

音楽はどうであれ音楽でしかない。ドラムやベース、ピアノにボーカルが重なって……それで結局はフィーリングだ。何度も練習するしかない。

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──それがライブでは毎回違ってくるわけですよね。

そう。3つのパスに4つのミックス、それをパソコンに読み込ませて、最初の16小節をクロスフェイドさせたりして、その中で一番良いミックスを作る。それを数個作って、例えばシンプルなミックスとクレイジーなミックスを作ったら刻んでブレンドして、最終的に形にしていくよ。たまに1つのミックスで完璧な時もあるけどね。ミュージシャンの仕事が終わって曲がすでにできているから、それからは自分の時間だね。

──エイドリアンさんはプロデューサーとしても活躍されています。プロデュースにおいて、最も大事にしてることってなんですか?

バンドのレコーディングをしているとして、“誰のためにやっているのか”で変わってくる。バンドのためにやっていたとしたら、まずバンドを満足させなくちゃならない。

──エイドリアンさんが満足するのはどういう時ですか?

まず、良いレコーディングになってる時はやっぱり嬉しいよ。演奏もそうだし、あとはトーンが合っていること。そしてパフォーマーが満足していることかな。今はレコーディングもデジタルになってるけど、バンドのために良いスタジオを取ってレコーディングをすると、結果的には後から手を加えずに済んで予算が抑えられる。デジタル・レコーディングであっても、そこにライブパフォーマンスの要素を入れるんだ。君はベーシストだよね?打ち込みじゃなくて自分で弾いた方が好きだし大事だと思うよ。ちなみに君はジャマイカに行っているようだけど、どんなアーティストと演奏をしているの?

──アール・チナ・スミス(Earl “Chinna” Smith)と一緒に演奏していて、彼に全てのベースラインを教えてもらいました。

チナ! 最高の友達だよ。チナの“Fade Away”は人生で聴いたなかでも最高のレコードだ。よく彼のジャマイカの家に行くよ。

Earl “Chinna” Smith – Fade Away

──彼が僕のメンターなんです。 

彼はダイアモンドみたいな存在だよね。君はどんな曲を作るの?

──これが最近作った作品です。(PUSHIM“いつも君を観てる太陽”をプレイ)

いいね。しかも日本語で歌っている。グレゴリー・アイサック(Gregory Isaacs)の“Slave Master”のリディムだね。素晴らしいよ。グレゴリーがロンドンで初めてショーをやったのは1973年で、その時俺は15歳だった。それから彼の音楽を聴き始めたんだ。グレゴリーはその時給料をもらえなかった。それでツアーの最中に“Thief A Man”って曲を作って《Thief a man, you’re just a part of Babylon’s plan》《Give mi my gun, say, mi waan my gun》と歌っているよ(笑)。

PUSHIMいつも君を観てる太陽

Gregory IsaacsSlave Master

Gregory IsaacsThief A Man

──ロッカーズですね(笑)。あとはスライ(・ダンバー|Sly Dunbar)とも交流がありました。

そうだね。彼は俺の最初のアルバムでもプレイをしているよ。君がスライとベースを弾いたこともあるのかい?

──そうです。その時のキーボードはフランクリン・バブラー・ウォウル(Franklyn “Bubbler” Waul)でした。

フランクリン? 次に会った時に、俺からの愛を伝えておいてね(笑)。CHALLISが作る曲はすごく良いよ。ちゃんとしている音楽を作るんだね。俺にとっての最上の褒め言葉は「ちゃんとしてるよ」だよ。

──ありがとうございます。近年、スプーンやパンダ・ベアなど、オルタナティヴなロックなどレゲエ以外のジャンルをダブにする仕事を手がけてらっしゃいますよね。

レゲエはずっと好きだけど、もちろん他の音楽も好きだ。スプーンは複雑なコード進行だったり、骨の折れるような構成のレコードを作るかなりハイレベルなミュージシャンのバンドだよね。俺はミュージシャンじゃないけど、周りに素晴らしいミュージシャンたちがいて、あのダブレコードを一緒に作ってくれた。パンダ・ベア&ソニック・ブームもそうさ。これらの作品は、例えばアフリカン・ヘッド・チャージのレコードとも全く同じようなものだよ。同じテクニックが使われているし、音の温かみやアプローチは一緒。違いはダブ作品を作るために雇われているという部分。そこでお金ももらえるから、自分のレコードに全て費やすのさ(笑)。

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──レゲエ以外のジャンルをダブにするにあたって一番の楽しみを感じる瞬間は?

音をマジで最高にする瞬間だよ!(笑)スプーンの作品を最初に聴いた時はやっぱりロックのレコードだと思った。作品はものすごく良い。それから、音の配置を少しづつ変えていって、鮮やかで暖かい音にしていく。俺はレゲエが好きだから、レゲエのテクニックを使って魔法をかけていくんだ。

──これから新しい自分のアルバムを作っていくと思うのですが、どのような作品になりそうですか?

最近、俺はドルビーアトモスを使っているんだ。すごく楽しいよ。とても複雑だからエンジニアにやってもらっているけど、アナログのステムを大胆に聴かせることができる。スピーカーを10個くらい配置して聴くと信じられないくらいサイケデリックになるよ。

作品はドルビーアトモスで作ってる。その作品は「エイドリアン・シャーウッドとリー・ペリーがイカれたサラウンド・サウンドで出会う」といったものになるだろうね。〈On-U Sound〉からは来月、Creation Rebelの新譜が出る。その次はきっと俺の作品になるだろう。ただ、別に急いでいるわけじゃないんだ。最高にクールな作品を作りたいから。今はストリーミングで採算を取るのが難しいから、気軽にリリースできないよね。

Adrian SherwoodOn​-​U In Space(feat. Lee “Scratch” Perry, LSK, African Head Charge, Creation Rebel)

──エイドリアンさんが映画館などの空間でプレイするライブが観れるかもしれないと。

先週の木曜日、ロンドン・ハックニーにあるEartH Theatreで初めてアトモスを使ったショーをやったんだ。とても美しい場所だったよ。世界初のサラウンド・サウンドのダブショーになったよ。凄まじかった。音に360°囲まれながら、ヴィジュアルも蠢いている。お客さんも盛り上がったね。それと、スピーカーが12個あるからめちゃくちゃ熱かった(笑)。今はそのショーをドイツやパリ、東京でも実現させたいね。

──とても楽しみです。ドルビーアトモスを使った音楽イベントを思いついても、ダブをやろうという発想にならないと思うんですよ。でも、ダブこそドルビーアトモスと相性が良いと思います。

そうだね。でも、俺は音をバンバン回すよ。音をもっと強く、原始的にしていくのさ。ドルビーアトモスのことを聞いたとき、このシステムは俺のために存在していると思ったよ。40年前にも似たような環境のスタジオで、より空間的なダブをプレイすることを試みたけど、それは広まらなかった。だけど今はドルビーアトモスがある。サイケデリアには最高な環境だよ。

──新しいダブの可能性を感じます。

ダブを作る作業はチェスと同じようなもので、何手も先まで先を考えなくちゃいけないんだ。それに作ったミックスを6時間ぶっ通しで聴き直すような作業もする。ダブを作るのはシンプルなプロセスじゃない。ドルビーアトモスのための音を作るのには何週間もかかったよ。その結果として、観客だけじゃなくて、Appleのボスみたいな人たちからも最高の反響を得られたわけだ。19歳の時からダブを作り続けてきて、こうして歳を重ねてきた。でも俺はまだ年老いたとは思わないし、今が俺のピークさ。

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聞き手/MEDZ MUSIC(CHALLIS/Maasa Sano)
写真/changsu
通訳/エイミー藤木
編集/船津晃一朗

INFORMATION

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A Trip To Bolgatanga

2023.07.07(金)
African Head Charge

国内盤CD Tracklist
1. A Bad Attitude
2. Accra Electronica
3. Push Me Pull You
4. I Chant Too
5. Asalatua
6. Passing Clouds
7. I’m A Winner
8. A Trip To Bolgatanga
9. Never Regret A Day
10. Microdosing
11. Flim 18(Bonus Track)

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