美術館やアートギャラリー以外で偶然アートに出会えたら──構えることなく新たな感覚の蓋が開くかもしれない。

90年代のストリートカルチャーからインスピレーションを受け、デコラージュ技法で作品を生み出す現代アーティストCHRISのエキシビション<Love is a battlefield(It’s hard to see Love)>が、日の出埠頭の舟運施設「Hi-NODE(ハイノード)」にて、12月26日(日)まで開催されている。

この展示は<東京2021パラリンピック>閉会式のショーディレクションを手掛けたことも記憶に新しいクリエイティブ・ディレクター小橋賢児が、今年10月にスタートした新たな才能のプロデュースを目的とした「ART BASE ZERO」の新プロジェクト「ART BASE ZERO next」の第一弾。

今回は、小橋がCHRISを起用した理由や、「ART BASE ZERO」のスタンス、CHRISへの展示のコンセプトについてインタビューを敢行。2人の出会いの必然性が理解できる内容にもなっているかと思う。

対談:CHRIS × 小橋賢児

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小橋賢児(左)/CHRIS(右)

ストリートから生まれていく次の時代のアート

──まず小橋さんに伺いたいのですが「ART BASE ZERO」を発足された理由と、派生としてのこの「ART BASE ZERO next」の関連性を教えてください。

小橋賢児(以下、小橋) もともと別にアートギャラリーとかアート業界に入っていきたいという思いがあったわけではないんです。しかし、自分が手掛けているプロジェクトで、例えばマーチャンダイズでデザインを頼んだアーティストが、翌年、世界的な美術家になったりしている状況を見たりしている中で、自分も結構アートに影響されていたり、周りにアーティストがいたりしていることに気づきました。

しかも既存のアート業界の文脈からきている人だけじゃなく、例えばストリートやファションからアーティストになっている人もいる。歴史からアートを掘って、「アートってなんのためにあるの?」って言ったら、自分自身が対峙して何かに気付いていくことだなと。じゃあ、別に絵画だけがアートじゃないなって。

それこそ自分がやっているエンターテインメントも含めて、100年後、200年後、何百年後には「これがアートだ」って言われる可能性もあるわけで。自分自身がそうやって動いていくと、アートって言われる垣根は業界には一見あるんですけど、でも実は垣根ってないなと思ったんです。

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──なるほど。小橋さんの中でアートが再定義されたと。

小橋 アートって美術家だけがやるものじゃなくて、食もそうだし、働くこともアートだし、“人生のアート”みたいなものを、自分なりの視点で紹介していきたい。僕はエンターテインメントを主にやってますけど、エンターテインメントは翻訳言語だと思ってるんです。その翻訳言語の中で違うジャンルから違うジャンルの人たちに伝わるような橋渡しをできるような役目を、それをゼロ地点として捉えて“BASE ZERO”みたいな。

そこにアートをかけて「ART BASE ZERO」を立ち上げたという経緯ですね。それを今年の10月に発足しました。そのときは1年ぐらいかけてアーティストを自分なりの視点でプロデュースしながら、展示を作っていったんですけど、アート業界に入りながらやってくと、いろいろな見えない分断というか、決まりごとみたいなのがあって。でも、時代ってカウンターカルチャーという全然違うところからやってくる。それを常に繰り返しているなと感じたんです。

いきなり真正面から「これがアートです」っていうと、歴史的に振り返っても批判の的になるみたいな。それこそアンディ・ウォーホル(Andy Warhol)でさえも抽象画が中心だった時代に大量生産っていう、社会をそのまま切り取ってそれをアートにしたわけで、当時は相当批判されたわけですよ。でも、批判を買ってでも世に出れる人ってよっぽどの人で、誰もがそうじゃないと思う。そういう中で、世に出れない人たちや、逆に既存のマーケットに合わせて、自分のアイデンティティを社会に合わせてしまうアーティストも少なくはないと思うんですね。そうするとやっぱり新しい才能とか新しい価値とか、新しい気付きは生まれていかない。

そういうものってどこから生まれるかというと、ファッションも偉大な革命家もストリートだなと。ストリートってほんとにフラットで、地方から来た人もお金のある人もない人も、ストリートの中で出会って、次の時代のカルチャーが生まれていくと思って。そんなネクストを自分たちなりの視点で紹介できるという点で、「ART BASE ZERO next」を作ったんです。

──そこで今回はCHRISさんという存在に出会ったんですね。

小橋 まさにCHRISさんっていうのはいわゆる美大を出て美術館出身っていうアートとは違う──僕も通って来た道なんですけど、90年代のカルチャー、ここから生まれた文化ってめちゃくちゃあると思っています。A BATHING APE®のNIGOさんとかUNDER COVERのジョニオ(高橋盾)さんや藤原ヒロシさんとか、世界に羽ばたくカルチャーがいっぱいあって。で、ファッションの意味ではそうだったんだけど、アートっていう意味でいうと海外ではKAWSとかも出てきてたりするんですけど、まさにあの時代にNIGOさんと一緒にいて。でも、日本からはまだアートという文脈ではそこまで世に出てきていなかった。

ただ、最近ではグラフィックアーティストから、現代アーティストとして活動しているVERDYさんとかMADSAKIさんもいて。ちょうど彼らとはまだ世界に行く前に仕事してたんですね。CHRISさんに出会った2〜3年前から今も含めてなんですけど、そういう匂いというか、「ああ、こういうとこから世界に羽ばたく人、また出てきそうだな」と思っていたんです。で、CHRISさんのお話と、制作過程も訊きながら、この深さって既存の現代美術の人たちは気付いてないけど、ここからすごいうねりになるんじゃないか? ということを感じて一緒にやらせていただくことになりました。

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乗船場の待合室「Hi NODE」から生まれた作品

──ちなみにこの場所にスペースを作られた理由は?

小橋 元々、ここのスペース(Hi-NODE)全体をアドバイザーとして作ってたんですけど、乗船場ってただ待つだけになっちゃうのはもったいないと。人々がここで待って旅立って、いろんな人の人生の交差点になる。これ、お客さんにとってだけじゃなくてアーティストにとっても交差点になるべきなんじゃないかなと思って。ここに来る人、ここから出る人がここで展示する人のクリエイティビティに出会えたらいいなと思って。船を待っている間に景色だけじゃなくて、ここの空間の景色も変わっていったらいいなと思って、スペースを作った後から提案させていただいたんです。

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日の出船着場前に位置する「Hi-NODE」
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作品のモデルとなった「日の出船着場」

──CHRISさんはこの場所をテーマとして、そこから作品のコンセプトをどう組み立てていったんですか?

CHRIS ここを見に来たときに、待合室で船を待っていると自然とカップルたちがここで待っててっていう妄想が僕の中で始まりました。Hi-STANDARDが好きで「Hi NODE」の「Hi」って書き方が非常に似ていて(笑)。自然と曲が頭の中で流れながら、ここにいるカップルがいちゃいちゃしながらも、痴話喧嘩が始まり……みたいな妄想が膨らんでいったんです。そこで、これは愛しかないなと思いました。なので、船着き場っていうところが自然とそういうストーリー性を感じさせてくれたというか、そういうところからコンセプトが始まっていきました。

──面白いですね。時間があったらあったで揉めそう、みたいな。

CHRIS いつの時代もカップルってめんどくさいな、というか(笑)。男女問題って一生解決しないだろうなと思いながら、もう妄想が止まらなかったですね。

──そこでハイスタの“Love is a Battlefield”が脳内再生されたと。

CHRIS もともと大好きな曲なので、繋がってきました。

──今回の作品のポイントとしては?

CHRIS 大きい2つの作品とあと4つの作品があるのですが、作品のポイントとしては全ての作品の背景がこの船着場なんですね。そこで、ここにいるカップルたちでストーリーを組み立てました。なんかイチャイチャしてる人もいれば、大喜びしていたり、口説いていたり、さまざまな場面を想像しました。やはりここにもHi-STANDARDの“Love is a Battlefield”が収録されている4曲入りのミニアルバムそれぞれの楽曲の、場面を描いてみました。

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“LOVE IS A BATTLEFIELD (IT‘S HARD TO SEE LOVE) ”
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左から“THIS IS LOVE”/“CATCH A WAVE”/“MY FIRST KISS”/“CAN’T HELP FALLING IN LOVE”

──ハイスタを少しでも知っている人には分かりますね(笑)。

CHRIS そうですね(笑)。僕は比較的90年代のファッション雑誌なんかを蒐集していて、アーカイブをたくさん持っているのですが、今回は、雑誌ではなく、”LOVE”という文字が書かれている辞書のページに色を着剤し、貼って破いて、自分なりの愛、を表現しました。変なことで拗れたり、好きなのに喧嘩になってしまうことも含めて全て愛だなと。愛を語りたくてこういう方法を取りました。

──この特徴的なデコラージュという手法がしっくりきたのはどんな経緯だったんですか?

CHRIS アーティストと名乗りだして10年経ちますが、最初は油絵などを描ていましたが、アパレルからアーティストに転向して早いうちから注目してもらえる機会があって、「あ、俺はいけるな」なんてだいぶ天狗になったのが僕のスタート地点で、天狗になったままアメリカに家族ごと移住して。カリフォルニアに400軒ぐらいギャラリーがあって、自分に合いそうなギャラリーに片っ端から会いに行ったけど、どこにも受け入れてもらえず。伸び切った鼻がポキっと折れて、半年ぐらい絵が描けなくなってしまったんですね。

そのときに向こうのフリーマーケットで、70年代、80年代ぐらいのアメコミを見つけて、「あ、かっこいいな」と。なんか油絵じゃなくて、違うこともやってみようかなと。ずっと空白のキャンバスが何個か置いてあったんですけど、そこに紙をペタペタ貼ったりしてたんですね。で、絵が描けないストレスをぶつけたくて、ちょうどめくれかけてる紙をビリっと破いたらその破れ目がすごくかっこよく見えて。よく考えたら、ビンテージブームのような古着が流行った時代があって、ジーパンのヒゲや、味がすごく好きだったので、絵画的な道ではなく、素直に自分が通ってきたストリートで経験したカルチャーを作品に入れてったらいいんじゃないかなって。その破れ目を見て感じて、じゃあやってみようと始めたのがデコラージュのきっかけですね。

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裏原宿のカルチャーから見出されたアイデンティティ

──自分が知ってる90年代のファッションに感じた何かと通じていたと。

CHRIS 迷ってたときには僕の場合、90年代に立ち返って、小橋さんがおっしゃっていたようなNIGOさんとかジョニオさんとか、皆さんがどうやってやってたのかなというのは思って作ったりはしますね。

──当時のストリートファッション、いわゆる裏原的なものからどんな影響を?

CHRIS 裏原からの影響はほんとに大きくて、僕の半分以上が裏原でできているんじゃないかと思うぐらい影響はたくさんあるので悩んじゃいますけど、でも一番は自信をもたせてくれたというか、裏原が僕のアイデンティティなんですよね。というのも、日本社会にいると人と顔が違うんで、入学式とか大嫌いだったんですよ。指をさされて「あ、外人がいる!」って言われてもその場を笑って繕わなくちゃいけないんですよ。

「俺、日本語喋れるよ」みたいなことが嫌で嫌で。外人って呼ばれることがコンプレックスだったんですが、裏原宿のファッションを着ると、僕の顔じゃなくて「あ、APE着てる」とか、その感覚が僕にとってはスーパーマンに変身するような感覚に近くて。ようやくそのコミュニティの人に受け入れてもらえる。だからある意味、僕にとっては裏原宿のカルチャーが僕を救ってくれたり、アイデンティティを作ってくれました。アーティストをやるときって、いろいろ取り繕ったり、かっこつけたようなものを作ろうとしたこともあったんですけど、最終的には自分がどういう人か考えたとき、素直に僕の半分以上は裏原宿からできてる、なんかそういう要素が作品にも出てきました。

──人と接する時のツールでもあるし、共通言語ができたんですね。

CHRIS そうですね。それもあり、小橋さんも同じようなカルチャーの先輩として通ってこられたので、おそらく、タイミングや波長が合い、自然とこういう展示に繋がって行ったのかなと思います。

小橋 裏原の人たちは貪欲に──これは日本の良さだと思うんですけど、それがヨーロッパとかアメリカっていうボーダーがなくて。それこそヒロシさんなんかも、最初に<LONDON NITE>で優勝して、その賞金でロンドンに行って、当時のSeditionariesマルコム・マクラーレン(Malcolm McLaren)とかあのへんのパンクの文脈を学び、帰りにニューヨークでヒップホップを学び、両方持ってきてDJやって、Seditionariesにアディダス合わせちゃうみたいな。そして、それを見たNIGOさんが衝撃受けて。世界の人たちから見て、そういうミックスしちゃうところ、調和しちゃうところが日本人の特性だと思うんですよね。裏原という場所にはそんなあらゆる人たちが集まって、「でも、俺が好きだからいいじゃん」っていうミックスが深く掘られたんだと思いますね。

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ストリートというギャラリーで偶発的に出会い、広がっていくアート

──今回、作品と同じ絵がプリントされたフーディとTシャツを限定で出されるそうですが、アパレルとして出す理由は?

CHRIS ふだん複製画を作るときって紙にシルクスクリーン刷り、エディションも100分の1ぐらいでやることが多いのですが、僕はずっと複製画はやってきてないんです。毎回、エディションナンバーサインを手描きして、これ自体を作品、複製画として出してるんですね。結構、みんなシルクとかを買っても投資目的や、買ってもダンボールに入って暗いところに保管されて終わっちゃうことが多いみたいで、僕としてはどんどん着てもらい、ストリートに出ていって、ストリートをギャラリーとして捉えた方が面白いなと思っています。

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──アートをストリートに持ち出すということですね。最後に「Hi-NODE」ではいまアプローチされていることを広げていくのか、このサイズ感でやっていくのか、この先どう考えてらっしゃいますか?

小橋 僕はあまり「アート」「アーティスト」というところに限らず、「これもアートでいいじゃん」「人に気づきを与えるものがアートじゃん」ということを独自の切り口でできればいいと思っていて。狙うのではなくて、こういうことをやっていくうちに偶発的にぜんぜん違う角度の人が拾っていく、ような出会いの方が面白いなと。僕のフィルターを通していままで関わってなかった、もしくは全然アートの文脈でなかった人が出会っていくということを実現していきたいなと思っています。

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PROFILE

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CHRIS(クリス)

2012年よりアーティスト活動を開始。独自の視点で収集した膨大な量のアーカイブを素材に、デコラージュ技法で制作。自身のバックグラウンドである90’sのカルチャーをミックスした作品を発表し続ける。国内外で多数の作品を発表し、アパレルブランドとのコラボレーション実績も多い。
[収蔵]
ロムアルドデルビアンコ財団(イタリア)
[個展]
2019「ALTER EGO」/ un petit GARAGE(東京)、2018「STAR TOURS」/ Good Vibes Only Gallery (⾹港)、2016「LANDMARK」/ BROOKLYN OUCH GALLERY(ニューヨーク)、2014「Pop Camouflage」/ Code and Canvas Gallery(サンフランシスコ)
[アートフェア]
2018〜2021「アートフェア東京」(東京)、2017「中之条ビエンナーレ」(群⾺)、2016「UNTITLED ART FAIR」(マイアミ)、2016「富⼠の⼭ビエンナーレ」(静岡)、2016「⻘参道アートフェア」(東京)、2014「Artbeats SF Art Fair」(サンフランシスコ)

Instagram

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小橋賢児(コハシケンジ)

The Human Miracle株式会社 代表取締役/クリエイティブディレクター
1979年8月19日、東京都生まれ。88年に子役としてデビューし、NHK連続テレビ小説「ちゅらさん」など数多くのドラマ、映画、舞台作品に出演し、2007年に俳優活動を休止。米国留学、世界中を旅した後、映画、イベント制作を開始。12年、車いすの男性との旅をドキュメンタリーで追った映画「DON’T STOP!」で監督デビュー。以降は、「ULTRA JAPAN」などの大型海外イベントを日本で実現させ、クリエイティブディレクターも務めてきた。17年からは未来型花火エンターテインメント「STAR ISLAND」の総合プロデュースを務め、内閣府主催「クールジャパン・マッチングフォーラム2017」の審査員特別賞を受賞。また、国内のみならず、サウジアラビアの建国記念日での開催や、80万人が訪れるシンガポールを代表するカウントダウンイベントでも開催。19年の東京モーターショーでは、500機のドローンを使用した夜空のスペクタルショー「CONTACT」をプロデュース、「第6回JACEイベントアワード」最優秀賞・経済産業大臣賞(日本イベント大賞)を受賞。東京2020パラリンピック競技大会では、閉会式のショーディレクターを務めた。その他、地方創生、都市開発に携わるなど常に時代に新しい価値を提供し続けている。

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INFORMATION

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CHRIS×Hi-NODE Exhibition “Love is a battlefield (It‘s hard to see Love) ”

2021年12月4日(土)~12月26日(日)
OPEN 9:00/CLOSE 21:00 ※会期中無休
会場:Hi-NODE(ハイノード)TOKYO HiNODE PiER 東京都港区海岸二丁目7番103号

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