ーー平坦な道のりではなかったというわけですね。
そうだね。でも、ある日のこと、いつものようにCDを持って外に立ってたんだけど、その日はあまりにも人が出てこないから本を読んでたんだよね。そしたら、誰かが自分にぶつかった……それがなんとあのパフ・ダディだったんだよ(笑)。
ーーそれは、すごい奇跡ですね。結局、彼にはデモテープは聴いてもらえたんですか?
その時はあまりにもびっくりしてしまって「あ、ごめんなさい」と、しかいえなかった。でも、ずーっとその会社の前でダディが出てくるのを待ってたんだよ。しばらくして出てきたから車まで駆け寄ってテープを渡そうとしたんだけど、受け取ってもらえなかったんだ。「めっちゃいいから聞いてよ!」って言ったんだけどね(笑)。でも、何年か後に実はニューヨークのクラブでパフ・ダディと再会してさ。「調子いいみたいじゃないか、今度、一緒に何かやろうぜ!」って言ってくれたんだよ。彼は俺がレコード会社の前で待ってたことなんかもちろん覚えてなかった(笑)。でも、ダディには今度会ったらこの話をしようと思ってるよ(笑)。
ーー自分が憧れていた存在にたどり着くことができたなんてすごいことですね。でも、アーティストとして自立するための道のりは厳しかった?
考えてもみてよ、そもそも北米にはアジア人のポップ・スターなんていないんだ。カナダからやってきたどこの馬の骨とも知らないヤツがいきなりオフィスにきて「これ、俺の音楽なんだけど聞いてよ」なんて言ったって、笑われるのが関の山だった。人種の偏見みたいなものを克服できたのは、どこまでも自分がやっている音楽っていうものを愛していたことだし、自分自身の作るものに対して自信があったからだ。「これはいいものだ」って確信があった。だから、レコード会社の前に立ち続けたんだ。そうしなかったら、きっと自分を拾ってくれたマネージャーには出会えなかっただろうし……そもそも、僕はソングライターっていう職業があることすらしらなかったんだよ(笑)。
ーー職業作曲・作詞家になろうとは、最初から思っていなかったということですね?
そうだね。そもそもそんなこと考えもしなかった。歌を書いて、歌って、人前でパフォーマンスするのが夢だった。でも、そういう職業があるんならやってみようか、って思ったんだ。音楽を愛していることには変わりはないから。僕の人生はすごくドラマチックなんだよ。家族から借りたお金も尽きようとしてるぐらい貧乏だったのに、オーストラリアのプロデューサーから急に電話がかかってきて「こっちきて、仕事しない?」とか言われて、当時付き合っていた彼女と別れる羽目になったり。でも、そのおかげでキャリア・アップもできたんだけどね……。
ーーオーガストさんが経験してきた人生のドラマが、楽曲にも反映されている気がします。今回のアルバムの曲はどこで書かれたものですか?
ははは(笑)。確かに僕の楽曲は人生経験そのものから生まれているといってもいいかもしれない(笑)。今回のアルバムの曲は、ほとんどトロントで書いた。実家の地下にスタジオがあって、そこに友達を呼んで作り始めたんだ。僕はかなりセンシティブなタイプだから、楽曲っていうものを「自分の内にこもって」書く。でも、お金が絡んでくると他の人のために書かなきゃいけないとか、いろいろな問題が出てくるんだよね。実はアルバム・タイトルの『the fall out(=外へ落ちる、の意)』も音楽から僕自身が「こぼれ落ちる」という意味でつけたんだ。「これが俺の歌いたいことなんだ!」って思いながら曲を書けたのは最高だった。
ーーオーガストさんのインスピレーションの源泉はどこにあるのでしょうか?
ほとんどは、さっきも言った通り自分の個人的な人生経験だね。例えば“Versions”って曲だと……僕の彼女ってもう、何時間もかけて外に出かける準備をするんだよ。本当にそれが嫌なんだよね(笑)。今ってインスタグラムとかフェイスブックに写真を撮って載せるってこともあって死ぬほど時間をかけて化粧したりするじゃない? それって意味あるのかなって思って。僕は、朝起きて隣で眠ってる自然な女の子の顔を見るのが好きなんだ。それを描いたのが“Versions”だね。
ーー音楽的な面では、オーガストさんの音楽は美しいメロディーやハーモニーが特徴的ですが、これは何に起因するものなのでしょうか?
もともと、R&B育ちだから、いやがおうにもメロディーやコーラスの響きには惹きつけられてしまう。別にEDMとかが嫌いってわけじゃないんだけど。コンピューターじゃなくて、生の楽器をシンフォニックに使いたかったし……音楽ってリサイクルされていくものじゃない? 70年代に流行っていたディスコって音楽が今、EDMにとって代わられていて。トレンディーな音楽を作れってプレッシャーをかけられることもあるんだけど、結局のところ、トレンディーな音楽を作っていても本当にその作曲者が真剣に取り組んでいれば「クラシック」になる可能性だってあるんだよね。オーセンティックな今の「August Rigo」を見せられるように、このアルバムでは努力したよ。
ーーアルバムの中で一番好きな曲は……?
この“Versions”だね。自分は基本的にバラードを歌うことが得意だから、あんまりアップテンポな曲って作らないんだけど。この曲は自然にするっと出てきた。だから、とっても嬉しかったんだ。
ーーオーガストさんはピアノ、ギター、ドラムを操ることでも知られていますが、一番得意な楽器と今後やってみたい楽器を教えてください。
作曲においては昔から親しんでいるという意味でピアノだね。今は、コンピューターで基本的になんでもできるようになっているから、だからこそ、生の楽器を大切にしたいと考えている。今後うまくなりたい楽器は、ギターかなぁ。とにかく自分はプリンスに憧れていて。この間もコンサートを観てきたんだけど。本当に完璧って言っていいほど、ギターも歌も上手いし……もう、ため息をつくしかないよ。
ーープロデューサーとして曲を書くときは、アーティストごとに書き分けをして曲を作りますか?
いいや。ほとんどの場合は予想もしなかった形で使われる。例えば、ワン・ダイレクションに曲を書いたときはそもそもあの曲が彼らに使ってもらえるなんて思ってもみなかった。でも今、振り返ってデモテープを聞いてみると、確かに彼ら5人それぞれの歌声に似せて、僕も歌っているみたいに感じる。正直なところ、誰のところにどの曲がいくのか全くわからないんだ。僕にできることは単純にいい曲を書き続けることだね。そうすれば誰が歌おうと、その価値は薄れない。いい曲は、いい曲だからね!
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