映画を作っている中で、私は、ある意味、深い形で子ども時代について掘り下げ続けているような気がする

子どもたちは、人形で遊びながら物語を空想し始める。『レディ・バード』(2017年)『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019年)と、少女たちの野心と葛藤を軽やかに描いてきたグレタ・ガーウィグは、新作『バービー』で遊び心に満ちたキャンディ・カラーのおもちゃの世界を見事に作り上げた──まるで子どもたちが人形に触れるまばゆい感情の風景そのままに。

 

※本記事は映画『バービー』のいくつかのシーンに対する具体的な言及を含む内容となっております。あらかじめご了承下さい。

INTERVIEW:
グレタ・ガーウィグ(Greta Gerwig)/映画『バービー』

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プラスチック製の人形を通して語られる
“家父長社会に生きる現代女性の実存的な悩み、
母親が直面するジレンマ”

米国で公開されるやいなや女性監督として歴代最高の興行収入記録を打ち立て、ガーウィグは、名実ともにマンブルコア(インディーズ映画)界のスターからハリウッドの寵児となった。

本作の共同脚本も担った公私にわたるパートナーのノア・バームバックとともに、現在、13歳の継息子、4歳の次男、5ヶ月の三男と暮らす──小さな赤ん坊を抱きしめることで日々リチャージングされているという──彼女は、「自分自身が子どもを持ったことで、より(子ども時代を掘り下げるという)その主題とつながりを感じている最中なんです」と明かす。「この映画で、子どもが遊ぶ感覚が私たちにとってどのくらい重要なのかを織り込みたいと考えました。幼少期の遊びの真剣さと重要性、そしてそれが私たちをどのように立ち戻らせるのかを探りたかった

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ピンクの平和な楽園バービーランドは、いつも晴れやかで陽気で完璧だ。人形の世界にはお金も暴力もセックスもない。バービーたちはあらゆる職業に就くことができ、お互いを慕い合い、すべてが女性たちの手で運営されている。大統領は黒人女性、医者はトランス女性で、プラスサイズのバービーもいれば、障害を持ったバービーもいる。慈愛と喜びに満ちた空間を築く上で、ガーウィグは「全体的に希望を抱かせるようなキャスティングにしたかった」と語る。

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1959年に誕生したバービーが、現在に至るまで、どのように成長し、どのように変化していったか、その発展を見るのは素晴らしいことだと感じます。いまでは、さまざまなボディタイプの、あらゆる種類のバービーが存在しています。私は映画にそれを反映させたかった。

世界中の観客が、このバービーの世界の中で自分自身を見出すことができるということが、本作のキャスティングをする上で重要なことでした。それからキャスティングした全員が、楽しい資質を持っていることを望んでいました。面白くて才能もあってダンスも上手であるとともに、誠実であってほしかった。

バカにするのではなく、真剣に取り組んでいるからこそユーモアが生まれる。そんな心からの誠意を持って演じてほしいと思いました。なので、キャスティングの際に私が探したのは、とても面白く、とてもハートフルで、ユニークな輝きを持った人たち。その真心が、私が本作で通そうとしていた芯でした

 

ガーウィグは、毎日パーティで踊り明かす多彩なバービーたちの賑やかで楽しい世界を、人形が生誕した50年代のミュージカル映画を参照しながら作り上げた。

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本作では、今まで経験したことのない、信じられないような人たちがたくさん集まってくれました。通常、映画のキャストはもっと少人数になるものですが、今回はまるでブロードウェイのミュージカルのようで、本当に素晴らしいキャストに恵まれました。

また、私はキャスティングした役者たちとともに、バービーランド全体をダンサーで埋め尽くしたいと考えました。なぜなら、踊っていないときであっても、ダンサーの方たちは独特の存在感、身体的なあり方があり、他の人たちとは違う身のこなしがあるからです。通りを歩くとか、ビーチで日光浴をするといった動きにも振り付けが欲しかった。なので、彼らには小さなビネットのような振り付けがなされています。そのようにすることで、ある種誇張された世界観をさらに高めたかったのです」

Barbie Movie Clip – Looking Good Barbie (2023)

煌びやかな役者たちが人形の世界に命を吹き込んでいるが、とりわけライアン・ゴズリング扮する頭が空っぽなケンが、幾度となく笑いを掻っ攫う。女性たちが支配する中で、ケンたちは何ら目的意識を持たず、ビーチで無為な生活を送り、ただバービーたちの気を引こうと競い合っている──付属品である彼らはそれしかプログラミングされていないのだ。「ケンは、本当に忘れ去られた存在のように思えました(笑)」とガーウィグは笑う。「ライアン・ゴズリングと私はお互いに、彼もストーリーを語られる必要があるキャラクターだと考えました

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プラスチックのユートピアでは、誰も老いることも死ぬこともない。しかし、ある日、典型的なバービー(製作も兼任するマーゴット・ロビー)は、突然、死について考え始める。たちまちヒールに沿ったアーチ型の足は平らになり、太ももにはセルライトが出現する。

どうやらその原因は、バービーと一緒に遊んでいる人間グロリア(アメリカ・フェレーラ)の感情が投影されているためだとわかる。バービーは、現実でグロリアが抱く恐れや不安の反映なのだ。人形世界のバービーと、人間世界でそれを所有する持ち主を結びつけることで、ガーウィグは、一見、浅薄な題材の中で、家父長社会に生きる現代女性の実存的な悩み、あるいは母親が直面するジレンマに取り組んでいるのである。彼女は常に映画で母娘の関係について探究してきたが、グロリアとその娘サーシャ(アリアナ・グリーンブラット)、そしてグロリアとバービーを通して、そのテーマに再び触れている。

 

ある意味、バービーというのは、おそらく最も深みとはかけ離れた題材のように見えるかもしれない。しかし、だからこそ、そこに奥深さが見出せれば面白いのではないかと考えました。

プラスチック製の人形を通して、人間とは何なのか、人間であることについて語る方法を見つけることができれば、それは踏み込んでやってみる価値があることだと思ったのです。子どもたちが遊ぶとき、彼らがどれほど真剣に受け止めているか、そしてどれほどそれが大きな意味を持つかを考えると、この映画も楽しくて笑えて美しいものにしなければならないと同時に、本当に真剣に取り組んだものでなければならないと感じました。それは子どもたちの遊び方からインスピレーションを受けているからです

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旧約聖書の『創世記』と重なる“バービーとケンの冒険”

しかし、バービーは、人間世界も「フェミニズムと平等な権利に関するすべての問題が解決された」状態だと信じていたが、足を踏み入れると、バービーランドとは正反対であることに気づく。そこでは、男性ばかりが権力と富を支配する一方で、女性は過小評価され、従順で美しいままあらゆる期待に応えなければならない。

自分は少女たちの見本となるアイコンだと思い込んでいたバービーは、Z世代のサーシャからその一因を作った──有害な美の基準を永続させ、フェミニズムを後退させた──存在だと責められる。実際、1970年代の第二波フェミニズム以降、プラスチックでしか成し得ない身体の曲線を持ったバービー人形は、少女たちに非現実的な理想を設定したとしばしば非難もされてきた。

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私の母親がバービーをあまり好きじゃなかったので、もともとバービーに対する反論が頭の中にありました。バービーの存在を知った頃から、必ずしもバービーと遊ぶべきではない意見、好きになる必要がない理由も認識していたのです。大人になったいま振り返って、そういったあらゆることを本作で調和させようとしたのだと思う。そのすべてが映画に詰まっています

 

家父長制で回る現実世界に触れたことで、バービーは自己喪失に陥る一方で、ケンはインセルのような傾向を強めていく。以前、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』の音楽を担当したアレクサンドル・デスプラは、その素晴らしさを「クラシックをモダンに解釈したこと」だと評していたが、『バービー』もまた単なるおもちゃのライセンス映画ではなく、既存の箱から昔馴染みのキャラクターを外に出し、フェミニストの視点で現代の新たな物語として語り直している。

興味深いのは、ガーウィグが本作でバービーとケンを、あたかもイブとアダムのようになぞらえていることである。『2001年宇宙の旅』(1968年)のオマージュから始まる本作において、バービーランドはエデンの園のアナロジーであり、そこから追放されたバービー(とそれについてきたケン)は、周囲からの好奇の視線に晒されたことで──彼女は客体化され、即座にストリート・ハラスメントを受けてしまう──、まるで人類の始祖ふたりが禁断の果実を食べた後のように、生まれて初めて恥を覚えるのだ。

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ガーウィグは、バービーとケンの冒険に旧約聖書の『創世記』を重ねた。故に、本作では神の代わりに、バービー人形の創造主であるルース・ハンドラー(レア・パールマン)が現れるのだろう。思えば、『レディ・バード』ではフランスの哲学者/神学者のシモーヌ・ヴェイユの言葉がシスターの台詞に引用されていたが、ガーウィグの映画には神学的なテーマが見受けられる。その関連を尋ねると、虚を突かれたような反応を見せながら、彼女は「まさにその通り」と微笑して深く肯首した。

 

私の作品には、神学的なテーマが常に存在していると自覚しています。もともとカトリックの高校や教会に通って育ったという背景を持っているために、そういった要素が見受けられるのだと思います。それから宗教的な思想家にとても心を動かされた経験も反映されています。私は、彼らの自分では持ち得ない世界の見方や深遠な知性をずっと探し求め続けているような気がします。

私が育った伝統の中で触れてきた物語が、いま私が語るすべての物語を形作っているのだと思う。なぜなら、私は常に物語の本質というものを見出そうとしているからです。ある種物語というのは、心理学という学問ができる以前の心理学のようなもので、それは私たち人間の奥深いところに触れさせてくれるものだと思うのです。なので、そうですね、神学の本を読むのが実は私の趣味なんです(笑)

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グレタ・ガーウィグ映画において一貫して描かれる
ヒロインの“主体性”、“自己実現”

主演と共同脚本を務めた『フランシス・ハ』(2012年)以降、一貫してガーウィグは、女性同士の友情や母娘の愛情に焦点を当て、異性間の恋愛(結婚)の成就を目的とするのではなく、ヒロインの主体性や自己実現を描き出してきた。

特に革新的なストーリーテリングを試みた『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』では、メタフィクションを導入することで、原作の物語を維持しながらも、生涯未婚だった原作者が本来望んだとされる結末をも鮮やかに描いてみせた。

『バービー』もまたロマンスを必要としない(バービーはセクシュアライズされた人形である一方で、当然、性器を持たず、明らかに性的関心が欠如している)。ケンあるいはグロリアの夫もただ彼女たちのそばにいるだけの存在であり、バービーもグロリアも男性に依拠しないのだ。そのことを問うと、彼女は自身の物語の核となる考えを返答した。

 

私は、人がどのようにしてより人間らしく、より自分らしくなれるのかという問題にいつも関心を持っています。人は、人生の多くの段階で、それまで自分のアイデンティティの中心であると確信していた考えを捨て去らなければならないときがあると思う。それは8歳でも18歳でも80歳でも起こり得ることで、様々なタイミングで人生を通してずっと起こり続けることではないかと思います。

私はいつも人々が、自分が築いてきたアイデンティティと自分自身がぶつかってしまう瞬間に関心があるのです。そのとき、おそらく人生で底が抜けたような感覚に陥る。それは、私にとって、物語を語る上で強く惹きつけられる魅力的な瞬間で、そこで人はどうするのかを描き出したいのです

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ガーウィグは、女性たちが直面する人生の混乱を優しく描く。彼女は、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』の作家志望の主人公と自身との間に類似性を見出したように、本作でも被造物である人形に自身を重ねたと言える。バービーは、創造されるのではなく、創造する側になることを望む。それはまるで、当初は「マンブルコアのミューズ」と呼ばれ、様々な映画への出演を経て、映画作家へと転身を遂げたガーウィグ自身のようだ。『バービー』は、完璧なグレタ・ガーウィグ映画である。

憧れの理想像としてではなく、女性であることの試練や苦難、課題や矛盾を表現するキャラクターとしてバービーを脱構築するとともに、これまでのポップカルチャーにおける男女の役割を反転させ、男性であるケンを女性の注目と承認に依存するキャラクターとして滑稽に扱った。巧みに誇張された風刺は、観客を笑わせるという目的を装って、社会の問題を浮き彫りにする。キャンディ・コーティングされた大掛かりなファンタジーの中で、ガーウィグは、女性の客体化や性差別、そして家父長的な性別規範の解体に堂々と挑んでみせた。

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Text by 常川拓也

映画『バービー』日本版本予告 2023年8月11日(金)公開

Barbie The Album

INFORMATION

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映画『バービー』(8月11日(金)公開)

キャスト:マーゴット・ロビー「ハーレイ・クインの華麗なる覚醒」、ライアン・ゴズリング「ラ・ラ・ランド」、シム・リウ「シャン・チー/テン・リングスの伝説」、デュア・リパ、ヘレン・ミレン「クイーン」
監督・脚本:グレタ・ガーウィグ 「レディ・バード」「ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草物語」
脚本:ノア・バームバック「マリッジ・ストーリー」
プロデューサー:デイビッド・ヘイマン「ハリー・ポッター」シリーズ「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」
 
《STORY》
どんな自分にでもなれる完璧で<夢>のような毎日が続く“バービーランド”で暮らすバービーとボーイフレンド(?)のケン。ある日突然身体に異変を感じたバービーは、原因を探るためケンと共に〈悩みのつきない〉人間の世界へ!そこでの出会いを通して気づいた、”完璧”より大切なものとは?そして、バービーの最後の選択とはー?
 
配給:ワーナー・ブラザース映画
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