日本においてヒップホップが一過性の流行やブーム、消費される商品だけにならないのは、BESGRADIS NICEのようなプレイヤーが創意工夫を忘れずに音楽を作り続けているからだろう。したがって、1978年生まれの東京のラッパー・BESと、昨年、10年間を過ごしたNYから帰国した1984年生まれのビートメイカー・GRADIS NICEの共作『STANCE』は“ブームバップ”と説明されてしまうのかもしれないが、そうした分類は本質的な話ではない。

そもそも、客演のラッパー、5lackがライムを連射する“RAP ATTACK”の俊敏なキックとスネアのコンビネーション、酒を主題にした“WATAS POOL”のパーカッションのように細かく刻まれるハイハットとスネア、あるいは、街角に立ち商売したかつての経験を事細かにつづる“CORNERS”のリズムの細分化やビートの配置は巧妙で、そう簡単に分類できるものではない。

「街の動きに合わせるつもりはない/時代遅れか?/まあしょうがない/俺に出来る事を探すのみ」(“LIKE THIS”)。BESは決意と諦念を往復するそんな詩を歌うが、流行のモードが常に音楽的に斬新とは限らない。それもまたひとつの真実だと確認した上で本作に向き合うと面白い発見があるはずだ。

インタヴューは約1時間、レーベル〈WDsounds〉のLil Mercyも同席して、2人がかつて同じ時間を過ごした東京・池袋のクラブ、BED付近の喫茶店で行った。『STANCE』については無論、GRADIS NICEのNYでの経験や、BESのラップ・スタイルの構築の話は非常に興味深かった。BESによる、ヒップホップとレゲエの融合とBusta Rhymes、The RootsやCommonなどのコンシャス・ラップについての言及は、本人のラッパーとしての進化ともシンクロしている。ともあれ、まずは2人の出会いの話からだ。

INTERVIEW:
BES&GRADIS NICE

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ラフにタフに鳴らすヒップホップ──BES&GRADIS NICE、インタヴュー interview231005-bes-gradisnice-4

──お2人の出会いは?

BES たぶんBED(池袋にあったクラブ)の<セクソ(THE SEXORCIST)>(00年代後半からBEDで行われていた東京のヒップホップの伝説的なパーティ)のときですよね?

GRADIS NICE たしか<THE SEXORCIST>っていうパーティ名が決まる前ぐらいだったと思います。

BES じゃあ、だいたい15年前ぐらいですね。<セクソ>の黄色いフライヤーに出演者の名前がブワーーーッて載っていて、フロアにも出演者しかいないころを思い出します。

GRADIS NICE そうですね。でも、そんなにしゃべってはいなかったです。

BES 俺も人とあんまり話すほうではないんで。GRADISくんが出ているビート・バトルにも遊びに行っていました。

──GRADISさんは、K-MOON Xの名義で、GOLDFINGERS KITCHEN(ゴールドフィンガーズ・キッチン)に2008、9、10年と出場していますね。

BES だから、付き合いは古いし、ビートを提供してもらったことは何度もありますけど、2人で1枚のアルバムを作るのは初めてです。

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──どういう流れで作ることになりましたか?

BES 最初EPを出したくてMercyくんに相談していて。「じゃあ、〈WDsounds〉でやりましょう」と言われ、「じゃあ、お願いします」って(笑)。

GRADIS NICE 僕はMercyくんに「誰とやりたい?」って訊かれて、「BESくん!」と即答しました。

Lil Mercy それでGRADIS NICEがBESくんにビートを送ってくれて、BESくんとビートを決めて行ったんですよね。制作過程で新しいビートも聴きたいって連絡して完成へと向かって行きました。

──GRADISさんはなぜ今回BESさんとやりたかったんですか?

GRADIS NICE BESくんはリズムもすごいしリリカルじゃないですか。ラップを聴けば、ラップをめちゃ研究しているのがわかる。

BES あざす。若いときは韻の数とかも数えていましたから。2小節のなかに3つの母音を散りばめて韻を踏んでパンチラインをたくさん作ったり。例えば、Big Pun x Fat Joe“Twinz(Deep Cover 98)”のBig Punの畳みかけるラップがあるじゃないですか。ああいうのもやりたかった。ZeebraさんとREC(録音)したときにその狙いがバレたっすね。スタジオでレコーディングの準備をしていたら、「あれだろ、Big PunとFat Joeのあの曲の感じをやりたいんでしょ?」って言われて。

Big Pun x Fat Joe – Twinz(Deep Cover 98)

ZEEBRA – Back Stage Boogie feat.Bes,565&Uzi

GRADIS NICE 僕はSWANKY SWIPE『Bunks Marmalade』(2006)で日本語のラップをちゃんと聴くようになったかもしれない。なぜなら全部がグルーヴィーだったから。また、当時も今もKRUSHさんのドラムのグルーヴや鳴らし方は普通の日本人とは思えないですね。僕らが作っている音楽は雰囲気が重要だと思います。キックの音が丸いとか、そういう音ひとつひとつの質感が大事。そういう個性のある質感を持っているビートメイカーがすごいと思います。

──GRADIS NICEさんは1999年ころにDJとしてキャリアをスタートして、2002年に大阪でCoe-La-Canthというグループを結成、00年代中盤以降はヒューマン・ビート・ボックスのグループ、INCREDIBLE BEATBOX BANDとして国境を超えて活躍されます。その後、NYに移住して、2022年に帰国しました。NYへ行ったのは、やはり本場の環境で音楽をやりたかったからですか?

GRADIS NICE それが大きいですね。10年ぐらいいました。行った当初は金がなくて半分ホームレスみたいな生活していましたけど、基本は金を稼いで、家で音楽を作って、ビート・バトルに出る。そういうサイクルで生活していました。

──どこに住んでいましたか?

GRADIS NICE ハーレムやクイーンズにも住んでいましたけど、一番長いのはブルックリンのフラットブッシュでした。

BES フラットブッシュだったんですか!

GRADIS NICE ジャマイカ系のコミュニティなのでレゲエがめっちゃ流れていました。

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ラフにタフに鳴らすヒップホップ──BES&GRADIS NICE、インタヴュー interview231005-bes-gradisnice-9

──NYでの印象的な出来事はありましたか?

GRADIS NICE 向こうのビート・バトルで優勝したことですね。審査員はSki BeatzとGhostface Killahでした。それがきっかけで、Ghostfaceのマネージャーと知り合って「ビートを送って来い」と言われて、僕のビートでGhostfaceがヴァースをレコーディングしたらしいんですけど、実際にリリースされるかはわからないです。

BES アメリカのラッパーは、アンリリースドでアルバム何枚分とかある人もいますよね。

GRADIS NICE そうです。何百曲も作ってアルバムの完成度を高めていくんですよ。いずれにせよ、僕が知るアメリカのヒップホップはすべては実力勝負ですね。Instagramのフォロワーが2人だろうが、ビートがヤバいかどうかで判断される。

──BESさんはNYに行ったことはありますか?

BES 1回だけ、1998年に1ヵ月ぐらい行きました。クイーンズやブルックリンに行きましたね。ブルックリンの奥の方まで行ったら、スミフン(Smif-N-Wessun)“Wrekonize remix”のMVみたいな風景で高いビルが1個もなかった。街中のマックのブレイズの兄ちゃんがストッキング被ってるし、道端のおっさんに「わあぁ!」って驚かされたり、傷のある上半身の裸のヤツに「カモーン!」って声かけられたり、まあそういう体験でした。

“SKILLS” Vol.2 GRADIS NICE|Beat Making

Smif-N-Wessun – Wrekonize

──BESさんはNYのヒップホップにどんな影響を受けてきましたか?

BES 最初聴いていたNYのヒップホップはSHOW & AG、Mobb Deep、ビギー(The Notorious B.I.G.)とかだと思う。その後、Cypress HillやGoodie Mobを聴いて手探りだった時期に、SWANKY SWIPEのEISHIN(ビートメイカー)がWu-Tang ClanやMETHOD MAN『TICAL』を聴かせてくれて、NYに戻してくれて、それからはNYのヒップホップばかり聴いてましたね。ウータンのマークが入っているレコードは一時期全部買っていて。それで失敗もしました。「これはさすがに聴けねえな」っていう内容のものもありましたよ(笑)。

──具体的にラップのフロウで影響を受けたりした人はいますか?

BES すごく簡単に説明すると、レゲエのリズムを日本語に応用したかったんです。だから、Busta Rhyme(ブルックリン/イースト・フラットブッシュ出身)は神様だと思います。だって、“Dangerous”とかヒップホップって言ってるけど、レゲエじゃないですか。最初はサラっとしていてほしいですけど、耳にベタ~とこびりつくようなだみ声だったり、煙たいかんじだったりが好きですね。そういうのにすごい影響を受けましたね。

Busta Rhymes – Dangerous

──ele-kingの仙人掌との対談(https://www.ele-king.net/interviews/005642/)でもヒップホップとレゲエの融合の話はしてくれましたね。

BES 自分のラップのスタイルを作って行く初期の実験段階ではいろいろ試しましたよ。レコード屋で新譜を買ってきて、DJがインストをジャグリング(2枚使い)して、ONE WAY(一つのビート/トラックで複数の人が歌い、ラップすること)でテープを作ったり。ルーツ・レゲエのテープを買って聴いて、ヒップホップのフックで使われているレゲエの曲を学んだり。Amigo Gunshot Crewさんたちが出ているようなレゲエのイベントにも行きましたね。

──そういう基盤があってラップしてきたBESさんですが、特に本作『STANCE』に関してはどういう意識でビートにアプローチしようと考えて制作されましたか?

BES いまは当然SCARSの『THE ALBUM』(2006年)のときみたいな生活をしているわけじゃないですから。だから、いちばんは、これまでの人生で得たもの、失ったもの、気づいたこと、そしていまの生活と希望を、もらったビートでいかに歌うかですよね。本当の話です。酒について歌った“WATAS POOL”も実話ですよ。酒もあんまり飲み過ぎると死ぬぞ、という警告をギャグも込めて歌っている。“WATAS POOL”を聴いた人から変な噂が流れたのか、森田(貴宏)さん(FESN代表)から「お前、いまアル中なの?」って言われて、「いやいやいや、昔の話ですよ(笑)」って。

BES x GRADIS NICE “WATAS POOL”

──昔の出来事をいま曲にして多くの人が聴くと、そういう誤解も生まれるんですね(笑)。あの曲は昔の経験をいま曲にしているわけですよね。“CORNERS”もまさにそういう過去の経験の話です。

BES あれも実話です。これはすぐに書けました。中で書き溜めたリリックもここには入っているので。ここでやりたかったのは、The Loxのような感じじゃなくて、The Rootsのような視点でコーナーについて歌いたかったんです。俺はバリバリのギャングスタじゃないから、事実ではあるけど、客観的な視点を含めて書いて歌いたかった。

──俯瞰した視点を入れるということですね。

BES そうです。でも。ある方からは「お前はドラッグについて歌うといちばんいいな」って言われちゃったりして(笑)。「ドラッグ芸人だ」みたいな。

──なるほど……。

BES ははははは(笑)。たしかに、当時やっていた仕事をこれほど事細かにラップしたのは“CORNERS”が初めてです。「スニッチャー実刑からむと口を開く」って歌っていますけど、本当にいろいろありましたし、よく当時あんな仕事をしていたなという思いを込めて書きました。ただ、それだけではなくて。例えば、バリバリのギャングスタは「KEEP IT REAL」が信条だから絶対弱いところは見せないじゃないですか。でも、そういうラップじゃなくて、弱いところも、ダメなところも、上手く行かないところも見せてラップすることで違う表現をできるラッパーに変わって行くわけじゃないですか。それがやりたかったですね。そこには人生の教訓も入っていますし。例えば、Commonが耳の聞こえない女の子に紙芝居をみせて、想いを伝えるMVがあるんですけど、ああいうイメージもありました。

──なるほど。

BES 頭のなかにいままで自分がやってきたことと、それにたいしての向き合い方の変化が潜在的にあって、そういうのが表現されているんでしょうね。

Common – Come Close(Official Music Video)ft. Mary J. Blige

──BESさんは近年、本当に精力的にラップをして、作品を残して行っていますよね。ハングリー精神を感じるというか常に挑戦している印象があります。BIMやMETA FLOWERといった若いラッパーとも制作していますし。

BES ラップはいつできなくなるかわからないし、できるうちにやっておこうという気持ちはあります。元々は、好きで始めたラップと音楽で食って行ければいいと思っていましたけど、いまは続ける限りは続けていく。そういう気持ちです。だから、いまでもラップの仕事が来るとテンションが上がります。頑張ろうって。最近はできるだけ表現が似ていても、言葉が被らないようにしようとか、違う書き方をしようとか、そういうことを考えていますね。だから最近本でも読もうかなと思っています。中にいるときに、たくさんもらったので。

Meta Flower feat. BES “FLOW”

BES “Make so happy” feat. BIM

──5lackとやっている“RAP ATTACK”は本作のなかでいちばんアグレッシヴな曲です。

BES この発案はMercyくんですね。ラップをガンガンはめて、高め合って行く感じの曲にしようと。

Lil Mercy この2人がやるのであれば、とにかくラップの曲が聴きたいというシンプルな理由ですね。このビートであれば、そういうラップが乗れば完璧な曲ができると思ったので。

──5lackのヴァースはいくつか録ったラップを重ねて繋ぎ合わせているようでさり気なく斬新かなと思ったのですが。

BES うん、何本か録ってますよね。こういうアプローチする人は珍しいです。

GRADIS NICE 新しかったですね。

Lil Mercy あと曲順に関しては、俺も意見を言わせてもらって、その意見も反映させてもらった感じですね。

──2分半ぐらいある“OUTRO”ではいろんな人たちのネーム・ドロップをしていくのが印象的でした。

BES 昔はけっこうありましたよね。SEEDAの『花と雨』の最後もラップが入りつつ、ビガップもしていくアウトロじゃないですか。そういうヒップホップのアルバムの最後っていまあるようでないし、やる人ってあまりいないじゃないですか。Mercyくんの名前を3回ぐらい言ってますからね。

一同 ははははは。

──そして、最後はやはりIKB(池袋BED)で締めています。

BES 俺はあそこで出会った人たちとともに培ってきたものでいろいろできて広がっていまここにいますから。

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取材・文/二木信
撮影/Banri Kobayashi

BES&GRADIS NICE
『STANCE』

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BES&GRADIS NICE
2023.05.31(水)
WDsounds

1. CLIMBING
2. RAP ATTACK feat. 5LACK
3. INTERLUDE 1
4. WATAS POOL
5. LIKE THIS
6. INTERLUDE 2
7. CORNERS
8. INTERLUDE 3
9. STANCE
10. INTERLUDE 4
11. OUTRO

ALL LYRICS:BES(except TRACK 2 BES & 5LACK)
ALL BEATS:GRADIS NICE
TRACK 5, 7, 9, 11 MIXED BY MET as MTHA2
TRACK 2, 4 MIXED BY NAOYA TOKUNOU
TRACK 3, 6, 8, 10 MIXED BY GRADIS NICE
ALL MASTERED BY NAOYA TOKUNOU
RAP RECORDED BY DOPEY AT SMILE OFFICE(except track 1 Nasoundra Palace Studio)

ALBUM LOGO & LAYOUT DESIGN:show5(WANDERMAN TOKYO)
FRONT&BACK ILLUSTRATION:JELLY FLASH
PHOTOGRAPH:TEPPEI HORI

LABEL/PROJECT MANAGEMENT:WDsounds

配信はこちらSWANKY SWIPE STORE

BES&GRADIS NICE “STANCE” IN TOKYO at 渋谷WWWX

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2023.10.06(金)
at WWW X
OPEN 19:00/LIVE START 20:00
ADV ¥3,500/DOOR ¥4,000
チケット発売中:https://eplus.jp/sf/detail/3932460001-P0030001

LIVE
BES&GRADIS NICE
TWICE AS NICE(GRADIS NICE & DJ SCRATCH NICE)
LIVE GUEST ARTISTS:B.B.THE K.O, B.D., BIM, ISSUGI, PAX, 仙人掌

DJ
HOLIDAY
MASS-HOLE feat. BOMB WALKER

PA
NAOYA TOKUNOU

BES&GRADIS NICE“STANCE”TOURスケジュール
8.25 山形SANDINISTA
8.26 盛岡SIXTH
9.9 富山JUNGAL
10.6 渋谷WWWX
10.7 高崎
11.4 大阪TRIANGLE
12.1 広島
12.2 山口
12.10 名古屋

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