近年アイスランド出身の音楽家ビャルニ・フリーマン・ビャルナソン(Bjarni Frímann Bjarnason)を帯同し、オーケストラルスタイルで新たな世界観を体現しているビョーク(björk)。4月開催の<Coachella 2023>(以下コーチェラ)でも同様のスタイルでパフォーマンスを披露。また800機以上も導入したドローンをステージ上空で発光させながら、生き物のように流線型を描かせる演出も話題となった。

ビョーク独自の世界観を演出しているのは、その演奏スタイルや最新テクノロジーを駆使したステージングだけではない。彼女のパフォーマンスが披露されるたびに話題となるのがステージ衣装の一つであるマスクだ。今回のコーチェラ出演に向けても、ビョークは新しく二つのマスクを製作。妖艶でいて、有機的な魅力も感じられる「Bergmál」と「Ossein」の2種類のマスクを2週にわたり披露している。ビョークが公演で着用するマスクのデザインを手がけているのは、ヴィジュアルアーティストとして世界を股にかけ活躍するJames Merry氏。彼はコーチェラでのライブに限らず、長年にわたりビョークの共同クリエイティヴディレクターとして活動を続けてきた。

James氏は、この二つのマスクのデザインを実現する過程において、ビョークの日本公演での来日中に3Dプリンティングする手法を採用。そのテクニカルなプロセスを相談した相手が、以前より氏とともにビョークのクリエイティヴに携わる菅野薫氏だ。そして、菅野氏が3Dプリンティングのエキスパートとしてプロジェクトに招いたのが、石川県金沢市を拠点とする職人集団・secca inc.である。

この度Qeticではビョークがコーチェラで着用した二つのヘッドピースの製作過程をめぐり、James氏にメールインタビューを実施、そしてsecca inc.の代表である上町達也氏と菅野氏による対談を敢行。ビョークのクリエイティヴを具象化する彼らが共有する価値観に迫った。

▼目次

INTERVIEW:James Merry

対談:菅野薫 × secca inc. 上町達也
Interviewed by 大石始

INTERVIEW:James Merry

「Bergmál」「Ossein」
二つのマスクが彩るビョークの世界観

──コーチェラの1週目にビョークさんが着用された「Bergmál」について教えてください。このマスクは「音波、生物学的スパイラル、ソニックブーム」といったものに着想を得たそうですね。過去のインタビューでは「音を視覚化する」ことこそがビョークさんの表現方法の真骨頂だとお話されていました。今回は改めてその「音の視覚化」に意欲的に臨まれたという認識でしょうか?

James そうですね。このマスクを作る上で、頭から外側に放射していく様子が見て取れるスカルプチャーにしたいと思っていました。空気中で音波が凍っているようなイメージです。作品を3Dソフトウェアで作り上げていく際は、毎回かなりの時間をかけています。面白いと思うものができるまで、特定のフォルムや形をあれこれいじりながら考えていくんです。そうしていると、偶然発見する要素と意図的に作り上げた要素が混ざったデザインができることが多くあります。

「Bergmál」のヘッドピースは、「螺旋(スパイラル)」を深掘りしていった作品です。マスクの軸を中心に回転していき、何度も折り重なるようにぐるぐると縁が連続していくような形状を作りたいと思っていました。その形を作り上げた時に、それが音波のように見えることに気づいたんです。ビョークの音の世界観にぴったりマッチするということがわかっていたので、その方向へとさらに追求していきました。

──このマスクのタイトルでもある「Bergmál」という言葉は、ある種アイスランド特有の価値観を反映しているようにも感じています。Jamesさんは「Bergmál」という言葉や価値観にどのような考えをお持ちですか? レイキャヴィークに住まれている中で、その価値観を実感することはあるんでしょうか?

James 「Bergmál」は、私のお気に入りのアイスランド語の言葉の一つです。 英語では文字通り「山の言葉」と訳されますが、それはまるで山々が互いに語り合っているかのように、エコーが谷を下って跳ね返る様子から来ています。その言葉から醸し出されるイメージが大好きなんです。アイスランドに移住してから約10年が経ちますが、学習する言語、読む本、聴く音楽を通じて、今でもアイスランドの文化がいろんな形で私に影響を与えてくれていますね。

ビョークのクリエイティヴを彩るプロフェッショナル ── James Merryインタビュー〜菅野薫・secca上町達也対談 interview230915_bjork_jamesmerry_secca_1

コーチェラ1週目にビョークが着用した「Bergmál」の3Dデータ

──続いてコーチェラ2週目にビョークさんが着用された「Ossein」についてですが、こちらは「魚の骨、蘭の花、植物の雄しべ、軟骨」から着想を得ていますよね。「Bergmál」に比べると、実際に目に見える形のものを着想源にされていますが、そこには明確に区別する意図があったのでしょうか?

James このマスクの形状は、3Dで彫刻する段階で数々の実験を繰り返した成果であり、結果的にこれまでに彫刻してきた作品の中でも最も複雑なものの一つとなりました。この形状が実際に3Dプリンタでプリントアウトできたことにも驚きました。リファレンスやインスピレーションの段階でとても気にしていたのが、マスクそのもののテクスチャーでした。軟骨や魚の骨のように、非常に有機的な透明感のあるものにしたかったんです。

──なるほど、では意図して区別したわけではないのですね。このマスクはインスピレーション源からもその特徴がはっきりと表れていますが、水中で生物が発光するさまを再現するために、特定の紫外線をあてることで青色に変化するのも特徴のひとつかと思います。「水中で生物が発光するさま」とはどのようなイメージだったのでしょうか?

James 当初マスクにいくつかのLEDライトを組み込んで、その光が水中の海の生き物のようにマスクの中で動き回ったり点滅したりすることを考えていました。ですが、スカルプトモデリングの早い段階で、それをするには、多くのデザイン要素を犠牲にしなければいけないと気づいたんです。なので、LEDライトを組み込む代わりに、UVライトを照射すると色が変化する素材を採用することにしました。これまでに刺繍の作品を多く作ってきましたが、初期の刺繍作品でUV糸を使った作品を作っており、その糸は特殊なステージライトの下で光るものでした。今回マスクを3Dプリントする際にも、その手法を使ってみたいと思ったんです。結果的にとても良いものができたので、この手法を採用してとても良かったなと思います。このことで、マスクがより有機的で、まるで生物が発光しているようなイメージにすることができました。LEDライトを使っていたら、もしかするともっと“ディスコ”っぽいものになっていたかもしれませんからね(笑)。

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Photo by Santiago Felipe

コーチェラ2週目に披露された「Ossein」の完成作品。UVライトを照射することで青く光る

──この二つのマスクはseccaチームとともに作り上げられています。彼らが具象化した完成形のマスクを実際に手に取った際、Jamesさんはどのように感じられましたか? seccaチームへの印象とともに教えていただけますか?

James 本当に圧倒されました! 彼らの細心の注意を払った職人技と美しいテクスチャーを生み出す能力の高さは、私の想像力を遥かに超えていましたし、予想だにしない方法で作品たちに息が吹き込まれたと思います。(ビョーク来日公演の際、)金沢にいる彼らに会いに行ったのですが、それもとても素晴らしい経験でした。友人としても職人としても、彼らと知り合うことができてとても楽しい時間を過ごせましたし、そこで彼らと一緒に作り上げたものにとても誇りを持っています。

──今回はこの二つのマスクを彫刻していく上で、3Dプリンティングを採用されていますね。こうした新しいテクノロジーをビョークとのデザインプロジェクトの中に取り入れて挑戦している背景には、どのような考えがあるのでしょうか?

James マスクを作り始めてから、デザインを進化させたいという思いから、意図せずに常に異なる媒体を選び続けてきました。最初はすべて刺繍でしたが、ワイヤーとビーズ細工を使い始め、次にシリコン彫刻、そして金属細工に銀細工と、どんどん新しいものに挑戦していったんです。3Dでスカルプトを実践したり、自分で作り上げた現実世界のマスクをARフィルターにプログラミングしたりしていた私にとって、3Dプリンティングに行き着いたのはごく自然な流れでした。

何かを作る時、物理的な世界とデジタルの世界を切り替えながら製作するということをとても楽しんでいます。そんな中で、この二つの領域は相反するものではなく、お互いに補完し、強化し合えるということに気づいたんです。最近新たにいくつかマスクを作ったんですが、その時はリアルとデジタルの領域を行ったり来たりしながら製作していきました。非常に伝統的な銀細工師の手法を用いながら手作業でデザインしていき、それを3Dのスカルプトソフトウェアにデータを入れて手直ししてから、再びリアルな世界に戻し具象化したんです。

「Ossein」の色違いである「Honey Ossein」もsecca inc.が3Dプリントを担当。
ワールドツアー周遊中であるビョークはリスボンでの公演でこのマスクを着用している

──「テクノロジー×アート」という文脈でいうと、今生成AIを活かしたアートが世界中で人気を集めていますが、一方でその存在意義自体に疑問を投げかける方々も多くいらっしゃいます。これまでもテクノロジーが発展する中で、ご自身のアートに影響を及ぼす機会は良し悪し問わずあったと思いますが、テクノロジーがアートと共存していく未来について、Jamesさんはどのように考えていますか?

James 私たちは最近まで必ずしも”AI”と呼ばれていなかったあらゆる種類のソフトウェアやテクノロジーの統合機能として、ここ数年AIと共に生きていると思います。だけど、それを脅威と考えるよりも、むしろチャレンジのひとつのように捉えています。もしコンセプトや美学がAIやアルゴリズムによって簡単に複製できるのであれば、私はむしろそれを進化させる推進力として利用したい。機械では決してできない、これまでにない新しいものを創り出したいと思っています。

それに、私がこれまで見てきた“AIアート”の99.99%は、誰かが工夫しているものを除けば、かなり均質化されたものばかりですし、とても醜いものに見えます。2021年に、AIモデルを使用してビョークの限定版レコードのアートワークを作成しましたが、すごく興味深いものだと感じました。とはいえ、あれからもテクノロジーは大きく進歩しています。最近は画像のサイズ変更や色付けなど、調整するためのソフトウェアとしても使用しています。

アーティストがツールやテクノロジーを駆使する際に、その人特有の使い方を見つけていきながら、時にはグリッチさえも受け入れて、媒体の性質をアートワークの一部にし、独自の世界に取り込んでいく。私はそんな瞬間にとても惹きつけられるんです。

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対談:菅野薫 × secca inc. 上町達也
Interviewed by 大石始

クリエイションがもたらす情感を損なわないseccaの創意工夫

──まずは今回のマスクの製作プロセスについてお話を伺えればと思います。コーチェラの1週目・2週目と、2種類作られています。製作に入られた際は、Jamesさんからデザインが提示されているところから始まったんでしょうか?

菅野 プロジェクト全体のアートディレクションと、マスクのデザインはJamesが担当しています。Jamesから3Dのデータでしっかりデジタル彫刻された具体的なデザインが提示されて、我々はそれをどうやって物理的な3Dプリントで実現するか、ビョークやJamesの求めるクオリティでどう実現するかを担いました。僕はテクニカルディレクターとして関わり、seccaチームがプロダクションを担当してくれて、存分にクラフトマンシップを発揮してくれました。ライブパフォーマンスの中での強度など実装としてしっかり調整しなきゃいけない部分は元々のデザインを損なわないかたちで調整して、プリントアウトして磨き上げていくというようなプロセスをたどっています。

──Jamesさんから3Dデータが送られてくる段階で、それぞれのマスクのコンセプトは決まっていたんでしょうか?

菅野 どちらかというと、最初から具体的なデザインのイメージをいただいていて、それをどうやって実現していくかというところから始まりました。コンセプトをビョークと直接話していたのはJamesですが、Jamesのデザインから十分コンセプトの大事な部分は理解出来ました。とてもデジタルデザインにはみえない、すごくオーガニックな印象を受けますよね。生命体に近いというか、自然のものに近いインスピレーションを受けたデザイン。ビョークとのこれまでのプロジェクトの経験からも、このデザインを最新のテクノロジーで実装していたとしても、それを感じさせず、極めてオーガニックに見えるように製作しなきゃいけないと感じていたので、当初からそこらへんをちゃんとseccaチームと認識をすり合わせながらスタートしたと思います。

上町 特に理解が深まったのは、Jamesさんが我々の拠点でもある金沢にわざわざ来てくれたことがきっかけです。面と向かって話を伺ったことで、僕たちもどういうクオリティに落とせばいいか、どういうことを提案したらいいかをつかめた感覚はありました。このプロジェクトに対する彼の姿勢もそうですが、僕たちに対する振る舞いも本当に丁寧に積み上げる方でした。やりとりの中で、日頃からアイスランドの自然の美しさを敏感に観察されていることがインスピレーションの源泉になっていることもわかりましたし、自然の中の美しさがそのまま自分自身を表している、ということをコスチュームで体現しようとしているんだということも伝わってきました。何かを身につけるというよりは、皮膚の一部に感じられる。そういうコスチュームをJamesさんやビョークさんは求めていたわけなんですよね。

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──Jamesさんが金沢までいらっしゃったタイミングでは、3Dプリンタで試作品をプリントできていたんでしょうか?

上町 そうですね。Jamesさんが金沢に来るまでに具体的な議論を重ねて、データを調整し、サンプルとなるものをseccaチームでプリントした状態でした。事前にいただいたラフのデータを解析する中で、物理的に再現が難しい箇所が多いことに気づいたんですね。厚みが0.3mmしかなく、ライブ中に動き回ったら割れてしまうと思う箇所もありました。僕たちも日常的に3Dモデリングを活用して作品を制作していますが、画面上で美しいと思っていた箇所が、実際の空間で手にとって見てみると、そのイメージとかけ離れていて、そのギャップを埋める作業を行い、またプリントして確認するといった作業の連続です。Jamesさんが金沢に来てくれて、実際にテストプリントしたサンプルを見ながら意見を伺い、どう魅せたいかという具体的なイメージを共有しながらチューニングアップできたことで確かな調整をすることができました。例えば「そう見せたいならここの厚みはキープして、別の箇所を厚くしよう」というやりとりをしつつ、どこが譲れなくて、どこが妥協できるのかというさじ加減を議論しながら詰めていったんです。

────菅野さんはInstagramで、「Jamesから送られてくる3Dデータはどこをとっても美しく、とにかくseccaがすごかった」と書いていますが、seccaの皆さんのすごさを実感されたのはどんな場面でしょうか?

菅野 上町さんからお話もあった通り、データを見た際に素材や形状との関係から、マスクの強度について実現が難しいと感じる部分はあったんですが、それに加えてそれぞれのマスクがどうやって顔に固定されるのか工夫が必要そうな部分がいくつかあったんです。というのも、どちらのマスクも理想的な絵面から逆算されて作られたデザインだったので、このままだとそもそもマスクを顔に着けることが物理的に難しい部分もあるんじゃないかと想定されました。そんな中でも、seccaチームはあくまでも最初に得たインスピレーションと、そのデザインの良さを全く損なうことなく、むしろそれを良くする形で実装まで持ち込んでいる。その点においてseccaの創意工夫が素晴らしいなと感じていました。

また、このマスクはただ3Dプリンタでプリントアウトすれば完成というものではなくて、しっかり手触りの触感や透明度などの外観の質感を理想的なものにするためには、職人的な手作業が相当程度発生します。それは今日明日学べば出来るというものではないわけです。ビョークやJamesという世界最高峰のクリエイティヴな人が発想するデザインやコンセプトを一切損なわずに実現するというのは、熟練のエンジニアさんでもなかなかできることではありません。もっと言えば、デジタルエンジニアリングの能力と職人的な手作業の能力が両方必要になってくる。経験値や作品に対しての理解はもちろん、精神論にはなりますが極限まで諦めない力も必要になってくる。seccaチームはトータルにおいて完璧だったので、今回は上町さんたちのおかげで実現したと思っています。

────以前上町さんは、普段seccaが工芸品を製作する中で、作品としての表現と、日常の中で使われるプロダクトとしての機能性を両立することを追求しているとおっしゃられていましたね。今回のお話はそれに通ずる部分があるのではないかと思いました。

上町 その究極的なものかもしれないですよね。例えば、量産前提の日常で使う食器だと、使っていただく人やシーンが多様であるため、手に取る一人ひとりに満足いただけるように、多様な欲求に対してどうしても平均的なデザインに落とし込むことがあります。今回はビョークさんのためだけに作ったので、彼女がいかにベストの状態でパフォーマンスに集中できるかに注力し、マスクがノイズにならないことを最も意識しました。もしマスク自体が折れたり、壊れたり、パフォーマンス中に外れてしまったりするようなことが発生したら、ライブに来られている方の時間や体験価値も含めて、一度何かが崩れてしまう。それが一番恐れていたことで、ひょっとすると公演後にも影響しかねないですから。

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「心を動かすかどうか」
James Merryとseccaの共通言語

──菅野さんは2015年の“Mouth Mantora”のMVで初めてビョークと関わって以降、“Quicksand”のストリーミングライブのVR映像を制作されたり、トークイベントや雑誌で対談されたりと、ビョーク自身のクリエイティヴや考えについて触れる機会も多くあったと思います。その中で印象に残っていることはありますか?

菅野 まずはクリエイティヴな判断に対して、非常に丁寧で、ちゃんと時間と手間をかけるということです。一番最初にお手伝いした“Mouth Mantra“のMVも口の中を映像化するという極めて難易度の高いアイデアを実現するまでに丁寧に手間をかけてちゃんと検討をして実現していた。2016年に東京で開催された<Björk : Digital VR>展でお手伝いした“Quicksand”のライブ映像も、ライブカメラでストリーミングしたものはリアルタイムで配信されたんですが、その後アーカイブ作品を公開するまで、かなり丁寧に検討したり、たくさんのクリエイティヴなやりとりが発生したりしたのを覚えています。

もう一つ印象的だったのは、対談中にアートとテクノロジーとの関係性についてビョークに質問した時の話です。彼女は新しいテクノロジーを取り入れることはすごく好きだと話してくれたんですが、その例にピアノやバイオリンといった現代では当たり前となった伝統的な楽器を持ち出して話してくれたんです。「ピアノやバイオリンも誕生した時は最新テクノロジーだった」と。ピアノに関しては、その技術自体が楽曲のタイトルになるほど主題として扱われていました。けれど現代では、ピアノが使われていることが音楽の主題になることはあまりないですよね。テクノロジーは当初それを使うこと自体が喧伝されたり、一つのテーマになり得たりもしますが、いつの間にかテクノロジーは消えて、音楽とそれがもたらす感情だけが残るわけです。彼女は「感情表現をするにあたって、バイオリンをこう弾けば感情を表現できるという演奏方法や表現は、長い歴史の中で培われてきました。言ってみれば、バイオリンとは昔のコンピューターみたいなもの。アーティストがしなければいけないことは、自分たちが生きる時代ならではの、当たり前のように使っているツールをあえて使って表現すること。テクノロジーに心を入れるのがアーティストの仕事だと思う」という言い方をしていました。それが一番印象に残っています。

björk: mouth mantra

björk : quicksand [VR] (360°) live stream, tokyo, japan [surrounded]

菅野 そういうビョークのテクノロジーに対しての姿勢は、seccaチームが得意とする3Dプリンティングのような最新の技術を使ったクリエイションでも同じことが言えます。seccaをチームに誘った理由の一つは最新テクノロジーでものづくりすることに長けていながら、あまりそれが最終的な成果物の前面に押し出されていないこと。裏側に新しい技術があることはそのデザインが成立したプロセスを読み解くと当然わかるんですが、テクノロジーの介在がデザインより前に出てくることがないんです。それがビョークとのこれまでのコミュニケーションの中で得た僕の感覚とすごく合うなと思いました。

──とても重要で興味深いお話ですが、以前上町さんにインタビューさせていただいた際も、テクノロジーを使用することが目的なのではなく、あくまでも表現するためのツールなのであって、何を実現するかが重要だ、というお話もされていましたね。

上町 はい。僕たちも意識していることは全く同じで、やっぱり心を動かすかどうか。そこが価値を生む最も重要なポイントだと思っています。なので、心を動かすために体験が必要で、体験のためにインターフェースとして物が存在しているという順序でものごとを捉えています。僕たちは過去の人がやってきたことを学んで活かしているわけですが、ただ過去の人と同じことをやったとしてもあまり価値を生めない。時代も変わっているし、受け手の感性も変容しているわけで、新しい体験や今にフィットした体験、その人だけに届けたい体験を追求すると、必然的に過去の人が選択できない手段の中にヒントがあることが多いんですね。例えば3Dプリンティングも江戸時代にあったとしたら、職人やアーティストたちに必ず使われていると思います。過去の人が選択できなかったツールが僕たちの目の前にあって、その先に過去の人が到達できなかった着地点があるのであれば、積極的に試すべき。そうした姿勢で取り組んでいます。

今回Jamesさんと共同で作業してみて感動したのは、お互い違うアイデンティティや価値観を持っていたとしても、クリエイションを通して非言語で繋がれるんだということ。僕が英語をカタコトでしか話せないので、言語でコミュニケーションを取るのは難しかったんですが、何を美しいと思うのか、何に感動するのかという点においてはすごく息が合っていたなと思います。今回の活動の裏で得た大きな気づきだったかもしれないですね。

菅野 僕は関わる仕事の9割以上でプロジェクト全体のクリエイティヴディレクターを担っていますし、seccaももちろんそうで、普段は署名が入った自分たちのアイデアとクリエイションで戦っています。ただテクニカルディレクションや3Dプリンティングだけを受託している会社というわけでは決してありません。ただ今回のプロジェクトは我々がリードするのではなく、ビョークがクリエイティヴディレクターで、Jamesがアーティストでありデザイナーなわけです。上町さんの気づきは、自分たちではなく他の誰かがリードするチームの中での取り組みならではですよね。ビョークという稀代のアーティストのクリエイションをサポートする、彼らのやりたいことをどう実現するか。普段と思考のプロセスは違いますが、ビョークとJamesのやりたいことを真摯に受け止めて、ビジョンをしっかり認識した上で我々が実装をお手伝いしていくわけです。それが新鮮でとても楽しかったです。今回僕らが共通して意識していたビジョンは、クリエイションを通して受け手にどんなエモーションを届けるかということ。僕の知っているseccaはそれを表現することに長けていて、世界に誇る才能と実績もある方々だと思っています。この事実を多くの人に知ってもらいたかったんです。

今回のような世界的なアーティストのプロジェクトに、彼らのような日本で長く受け継がれる伝統技術を熟知して最先端のテクノロジーを扱うような職人が参画していることはすごく珍しいことですよね。普段のメインワークである自分たちの仕事とは違うアプローチで、世界的なプロジェクトに参画したseccaの素晴らしさを伝えることで、普段とは違う角度から光が当たればいいなと思います。こういう仕事でも、世界から評価されるような仕事をする人たちであるということを理解してもらえれば、彼らに対する認識も広がっていく。これから彼らの製作物や仕事に興味を持つ方々も増えるはずですし、僕もそれを心から願っています。

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Photo by Santiago Felipe
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Photo by Santiago Felipe

Text:竹田賢治
Interview:大石始、竹田賢治
英語翻訳:Junko Otsubo

CREDIT

photos by @santiagraphy

mask design & 3D sculpt @james.t.merry

mask production @secca_kanazawa

3D printing support by DMM.make

mask technical direction @suganokaoru

producer : reiko kunieda

conductor @bjarnifrimann

orchestra : hollywood string ensemble

björk dress @noirkeininomiya

headpiece @james.t.merry

bodysuit @solangel

led sound reacting dress @claradaguin

silver skirt @weishengparis

makeup @isshehungry

bjarni frímann top @maisonvalentino

skirt @weishengparis

bjarni yellow outfit @rickowensonline

styling @eddagud

PROFILE

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Credit:Tim Walker

James Merry

James Merry is a visual artist from the UK, now based in Iceland where he has worked with Björk since 2009 as a frequent collaborator and co-creative director on her visual output. He is primarily known for his hand embroidery and mask-making, and has collaborated with institutions such as the V&A, Gucci, The Royal School of Needlework, Tim Walker, Tilda Swinton ShowStudio and Opening Ceremony.

James Merry

ビョークのクリエイティヴを彩るプロフェッショナル ── James Merryインタビュー〜菅野薫・secca上町達也対談 interview230915_bjork_jamesmerry_secca_26

菅野薫

クリエーティブ・ディレクター/クリエーティブ・テクノロジスト

1977年東京生まれ。2002年電通入社。ストラテジープラニング部門におけるデータ解析技術の研究開発職や、電通総研での主任研究員としての研究開発業務を経て、2013年クリエーティブ部門へ異動。デジタルテクノロジーと表現という専⾨性を活かして国内外のクライアントの商品サービス開発、広告企画制作など、幅広い業務に従事。エグゼクティブ・プロフェッショナル職(役員待遇) / エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクターを経て、電通から独立。

2022年1月クリエーティブ・ディレクター・コレクティブ(つづく)を設立。経営戦略や事業戦略の立案から、広告制作、プロダクト・サービス開発をはじめとしたデザイン、エンターテイメントの領域のクリエーティブ・ディレクションを中心に活動をしている。

2回のJAAAクリエイター・オブ・ザ・イヤー受賞をはじめ、広告・デザイン賞の最高峰であるカンヌライオンズのチタニウム部門のグランプリや、D&ADの最高賞であるBlack Pencil、5回のACC グランプリ(総務⼤⾂賞)、⽂化庁メディア芸術祭エンターテイメント部⾨⼤賞など数多くの賞を受賞。

菅野薫

ビョークのクリエイティヴを彩るプロフェッショナル ── James Merryインタビュー〜菅野薫・secca上町達也対談 interview230915_bjork_jamesmerry_secca_24

上町達也

1983年岐阜県可児市生まれ。
金沢美術工芸大学卒業後、株式会社ニコンに入社し、主に新企画製品の企画とデザインを担当する。
資本主義経済によって加速した価値の異常な消費サイクルに疑問を抱き、手にした人の心を動かす持続的な価値を目指したものづくりをカタチにするため2013年食とものづくりの街金沢にてsecca inc.を設立。

seccaでは独自の視点でこれからの問いを見定め、それらに対応した新たなモノと体験を生み出すことによって新価値の造形を目指している。
現在、secca独自の経営を推進しながら、各作品のコンセプトメイキングを主に担当する。

金沢美術工芸大学非常勤講師/上海同済大学招待講師 他。

secca inc.

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