アンドロイド「オルタ」とのオペラ作品など先鋭的なプロジェクトを多数手がけてきた作曲家の渋谷慶一郎氏が、渋谷駅の東口地下広場を舞台にした映像作品 『BORDERLINE by Keiichiro Shibuya feat. Alter3 and Stephanie Poetri』 を発表した。

気鋭のバレエダンサー飯島望未と88rising所属のシンガー、ステファニー・ポエトリを迎え、オルタ3との共演が実現した本作。すべての歌詞をAIで生成するなど実験的な要素を盛り込みながらも、普遍的な魅力のある一曲だ。

今回、Qeticでは 『BORDERLINE』のコンセプトについて、そしてAIと音楽の関係性について、渋谷慶一郎氏に話を聞いた。

Keiichiro Shibuya – BORDERLINE feat. Alter3 and Stephanie Poetri

INTERVIEW:
渋谷 慶一郎

━━『BORDERLINE』はAIが歌詞を生成し、シンガーのステファニー・ポエトリ(Stephanie Poetri)さんとアンドロイドのオルタ3が歌い、そこに飯島望未さんのダンスが重なるという、渋谷さんのこれまでの作品のなかでも一際ハイブリッドな内容です。制作は渋谷区エリアマネジメントからのオファーをきっかけにスタートしたとのことですが。

アンドロイドとの仕事を始めて約5年が経とうとしていますが、当初はまるで理解されなかったことがようやく時代に合ってきたようで、最近ではハイブランドや海外のアーティストなど様々なコラボレーションのオファーが来るようになりました。

今回は渋谷からアートや文化を発信したいという意向とともに、アンドロイドでなにか作ってくださいというオファーを貰いました。渋谷の再開発の一端として新しい文化的なプロジェクトが走るというのは面白いと思って、今回のアイデアを提案しました。

アンドロイドがAIで生成された歌詞を歌う。例えばM.I.Aの新曲“Popular”のMVにアンドロイドが出演したり、ケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)“The Heart Part 5”ではDeep Fakeを使っていたりとクリエイティブな分野にテクノロジーを使うことも世界的に普及し始めていますが、表現にAIを用いることについては正直まだ世間とのズレも感じています。

普段の僕たちの生活にもすでにあらゆる場面でAIが浸透しているのに、そのことをあまり自覚していない人が多い。例えばファッション業界では、ブランドがシーズンごとにコレクションを発表すると「変わり映えしない」という批判が増えてきている。それは無意識にAIに基づいた変化のダイナミックさに慣れてしまっているからだと思います。それくらい人間の脳はAIに侵食されているんです。だから、人間だけで生み出せない表現や変化を作りたければ有効な手段だとは思いますね。

━━なるほど。渋谷さんはオルタの開発者である池上高志教授との2018年の対談で「抽象性の高い表現への人々の関心が薄らいでいっているから、具体性のあるアンドロイドとのコラボレーションを思いついた」と語っていました。そこから現在までの間に起こった変化とはどのようなものだったのでしょうか。

象徴性とかシンボリックなものに対する要求というのは上がり続けていると思います。ゼロ年代は、例えばエレクトロニカというジャンルを筆頭に音楽における音色という要素について人々が反応していたんだけど、今はそれに乗ってくる人は激減しています。要するに、2010年以降にウェブの世界が非常に発達したことで情報量が膨大になり、抽象的な美学だけでは時代に太刀打ちするのが難しくなってきている。

なので、逆にゼロ年代に作っていたものが新鮮なんじゃないかと思って『ATAK026 Berlin』という2008年の音源を再構築した作品をリリースしたりしています。ファッションであれば1990年代リバイバルぐらいで止まってるけれど、音楽はゼロ年代リバイバルするべきなんじゃないかという気分もあります。

━━オルタ3のニューラルネットワーク(NN)は池上高志教授の研究分野である「複雑系」がバックグラウンドにあるわけですが、人間には構造が把握できない存在に人々が触れていくなかで、わかりやすさを求める傾向のさらに向こう側に抜けていく、例えば複雑なものをそのまま受け入れる土壌やリテラシーが作られることはあり得るでしょうか。

どうだろう、人間が馬鹿になる傾向は加速していますからね(笑)。浅い消費と摂取を繰り返すループは歯止めが効かないんだと思います。一周して複雑なものに対して落ち着いて対峙するというふうに人間がなるかは、僕はあまり自信ないです。

でも、僕自身は大衆を嘆いて終わるような軟弱なインテリではないので、自分が作りたい音楽を作るなら、それを今どんなフォーマットで世に出すべきかということを考えればいいだけです。

複雑系のアート的な強みはコンピュータシミュレーションなので、非常に抽象的な世界をコンピュータ上でアウトプットする分にはいくらでもできます。しかし、アンドロイドのように手足とかネジがある、頭があるという具合に現実は仮想世界よりも愚鈍なので、メディアがアンドロイドのようなリアルな物体に移ると多くの労力が必要です。

━━なるほど。そうした挑戦を共にできる渋谷さんと池上教授はどういった部分で通じ合っているのでしょうか。

池上さんと僕は、15年以上前にソニーコンピュータサイエンス研究所のオープンラボで出会って、その場で意気投合しました。その半年後には共同名義のインスタレーションをICC(NTTインターコミュニケーション・センター)で発表していました。

彼と出会って僕も複雑系について勉強する中で、これは音楽に応用するのに最適な科学だと思いました。例えば、バイオリンの音を五線譜の上で表現する場合は音符でしか表せられないわけですが、弦と弓がこすれる音や微妙な音程のズレやノイズの可能性の拡張とか。これはゼロ年代の初期のエレクトロニカが感覚的にやっていたことですけど、もっとシステマティックに出来るなと思ったし、実際そういうところから始めたと思います。

━━ 一連のオルタとのコラボレーションには複雑系を音楽に応用するという一面があったことが理解できました。その上で、今回の『BORDERLINE』がどのように作られていったのかお伺いしたいのですが。

僕とオルタが一緒にやるだけではなくて、他にパフォーマーをいれようというアイデアがありました。飯島望未さんは人間とアンドロイドの中間のような印象があるし、彼女自身のパーソナリティが面白いのは知っていたのでお願いしました。

コンテンポラリーダンスは日本だとアンダーグラウンドな印象ですが、例えばパリでは音楽やセノグラフィー(舞台芸術)など色々な文化を繋ぐハブのように機能しているんです。

━━歌は88rising所属のステファニー・ポエトリさんが担当していますが、彼女を起用した経緯は?

たまたま88risingの方と会う機会があって、このプロジェクトの話をしたら「こういうプロジェクトこそ日本から発信する意味がありますよね」と言われて、シンガーを紹介してくれる流れになったんです。

━━歌詞はAIが担当したということですが、そう言われなければ気がつかないほど、ある種の作家性がみえる詞に仕上がっています。AIにどのようなインプットをした結果、こういった内容になっていったのでしょうか。

歌詞生成に使ったのはオープンAIのGPT-3というものです。チャット形式でテキストが生成されるんですが、「渋谷」というテーマに関連して「地下」「終わり」とかいくつかキーワードを入れて生成されたのがあの歌詞です。

AIに歌詞を作らせることになったのは、実際に作詞家に発注している時間がなかったというのもあって(笑)。時間的な制約があるなかで、気に入らない歌詞が上がってきた場合、人間相手だと修正のやりとりにかなり時間をとられてしまいます。その点、AIは15分もあれば出来上がるし、こちらが書いたテキストの続きを書かせる、といったこともできるというリアルな事情もありました(笑)。

あと今回、作詞家のクレジットを「AI」では味気ないからAI自身にどんな名前がいいか聞いたら「Cypher はどうか」という答えが返ってきたので採用しました。

※Cypher:「暗号化」「象徴的な文字の組み合わせ」または「ゼロ」といった意味を表す単語であるとともに、ラッパーやダンサーが円になって自分のスキルをフリースタイルで見せ合うという事を意味するスラングでもある

━━Cypherというネーミングしかり歌詞の内容しかり、センスを感じますね。

もうすぐAIの「フリースタイルダンジョン」が可能になると思います。人間がやることとAIができることの差はこれからより明確化していくので、これからは人間ができることをやろうよというのは強まると思います。

━━なるほど。例えばここ15年ほどでJ-POPにも浸透した「オートチューン」という技術がありますが、渋谷さんはオートチューンのトレンド化についてはどう見ていますか。

ちょっと遡ると、1998年ごろにPro Toolsが普及してボーカルのピッチを後から容易に修正することができるようになったんですけど、同時にCDの売り上げ低迷が始まっていったんです。当時、大学出た頃で僕自身、アレンジャーとしてのキャリアを重ねているのにアルバム当たりの予算は抑えられていき、ギャラも下がったからよく覚えています(笑)。だから下手な歌を補完するという意味でのオートチューンはやはりうまくいかない。四苦八苦しながら歌う「無理やり」も含んだダイナミズムというものが人間は好きなんだと思った記憶があります。表現としての過剰なオートチューンは各自好きにやればいいと思いますけど、僕自身は流行り過ぎたものは見送るので使わないですね。

━━そういう意味では『BORDERLINE』は人間とテクノロジーがそれぞれの得意分野が持ち寄られて融合した作品と言えますね。最後に、この曲のテーマである「渋谷」について思いを教えていただけますか。再開発が著しいエリアですが。

僕は渋谷生まれ、渋谷育ちなのでよくわかるけど、チーマーが入り浸っているセンター街の近くでブライアン・イーノ(Brian Eno)の展示をやってたり、ハイとローが分裂しているのではなくて、どちらも往来できるのが良かったんです。

今はローが増えすぎて、マス化の一途であまり面白くないなと思ってましたけど。今回の『BORDERLINE』のようなプロジェクトをオファーしてくれるのは、渋谷も捨てたもんじゃないなと思いました(笑)。またハイ、ローミックスな過剰な街になって欲しいですね。

Text:三木 邦洋
Photo:鈴木 親

渋谷慶一郎
東京藝術大学作曲科卒業、2002年に音楽レーベルATAKを設立。作品は先鋭的な電子音楽作品からピアノソロ、オペラ、映画音楽、サウンド・インスタレーションまで多岐にわたる。2012年、初音ミク主演による人間不在のボーカロイド・オペラ『THE END』を発表。同作品はパリ・シャトレ座を皮切りに世界中で公演。2018年にはAIを搭載した人型アンドロイドがオーケストラを指揮しながら歌うアンドロイド・オペラ®︎『Scary Beauty』を発表。2020年には映画「ミッドナイトスワン」の音楽を担当、映画音楽賞を受賞。2021年8月東京・新国立劇場にて新作オペラ作品「Super Angels」を世界初演。2022年3月にはドバイ万博にてアンドロイドと仏教音楽・声明、UAE現地のオーケストラのコラボレーションによる新作アンドロイド・オペラ®︎『MIRROR』を発表。同年4月には映画「xxxHOLiC」(蜷川実花監督)の音楽を担当。8月にはGUCCIのショートフィルム「KAGUYA BY GUCCI」の音楽を担当し、出演。最近ではBMWとのコラボレーションも大きな話題になった。また、今年4月から大阪芸術大学にアンドロイドと音楽を科学する研究室「Android and Music Science Laboratory(AMSL)」を設立、客員教授に就任。人間とテクノロジー、生と死の境界領域を作品を通して問いかけている。

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BORDERLINE

・作曲:渋谷慶一郎
・作詞:Cypher (AI)
・ヴォーカル:アンドロイド・オルタ3、Stephanie Poetri (88rising)
・映像出演:渋谷慶一郎、アンドロイド・オルタ3、飯島望未
・オルタ3製作監修:石黒浩
・オルタ3プログラミング:今井慎太郎
・GPT-3 プログラミング:池上高志
・コレオグラフィ:小㞍健太