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現代フラメンコ界最高峰のギタリスト、フアン・マヌエル・カニサレス(以下、)。4月11日(水)にリリースされたアルバム『洞窟の神話』や、今年9月の日本公演のプロモーションのために来日したカニサレスさんに話を聞くことができた。

“カニサレスさん”と書いたのは、普段僕が彼のことをそう(あるいは“フアンさん”とも)呼んでいるから。実は2013年に知り合ってから、彼の来日の際にはたびたびお会いしている。この日も和やかな雰囲気のなか、新しい作品と来日公演への想いを語っていただいた。そして、尊敬する憧れの巨匠(マスター)に眼を輝かせるギター少年にひととき戻ってしまった僕の様々な質問にも、優しく丁寧に答えてもらうことが出来た。

Interview:

【インタビュー】フラメンコ界最高峰ギタリスト・カニサレスが語る、2018年来日公演とフラメンコの歴史や真髄について qetic_pickup_kani_00009-1200x823
左)インタビュアー・鈴木大介 右)カニサレス photo by Plankton

新作『洞窟の神話』は、カニサレスさんが前作『魂のストリングス〜クエルダス・デル・アルマ』以来8年ぶりにオリジナルのフラメンコを収録したアルバムだ。アルバムのタイトルは、古代ギリシャの哲学者プラトンの「洞窟の比喩」からインスピレーションを得ている。

一聴して気づくのはフラメンコだけが醸しだす独特な深淵で奥深い味わいと同時に、カニサレスさん自身によって多重録音されたギターの織りなすアンサンブルの妙味。

一般に“・ギター”というと情熱的にかき鳴らすラスゲアード奏法や、ピカードと呼ばれる右手の力強い速弾きを思い起こす方が多いのではないかと思うのだけど、今回の新作ではさらなる新境地として、彼が識るあらゆる奏法やギター・サウンドの可能性が網羅されている。

鈴木大介(インタビュアー。以下、鈴木)「今回の素晴らしいレコーディング、おめでとうございます。これまでの作品以上に、フラメンコ音楽であるのと同時に、ギター同士のアンサンブルによる対位法的な部分や、ラスゲアードのみではなく、クラシックのような弾き方で爪弾くコード(和音)奏法なども非常に多く用いられている気がするのですが……?」

カニサレス「ありがとうございます。そうですね。フラメンコというのは、芸術的な要素だけではなく、本能に突き動かされて生まれている部分も多いと思うのですが、一般的な音楽のセオリーをもっと意識的に取り入れることで、さらに幅広い表現ができるのではないだろうか、という“挑戦”の部分がそのようなことの背景にはあったと思います。」

鈴木「ハーモニーのバラエティ(種類)も、多彩で雄弁なだけではなくて、ある種の深みや奥行きがさらに増していると思います。」

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photo by Plankton

陰と陽を体現したアルバム『洞窟の神話』

カニサレス「今回の『洞窟の神話』というアルバムは、プラトンの洞窟の比喩に由来していまして、自分の中で太陽の光というのは、クラシック音楽やジャズなどのセオリーを象徴するものであり、洞窟の中の淡い光こそがフラメンコによって象徴されているものであると捉えています。アルバムの全体を通じて、Bmajor7が太陽のコード、F#sus4がフラメンコを表すコードとして繰り返し出てくるんです。この二つの象徴的な和音は、アルバム6曲目の“雪の砂漠”(フラメンコ風ハバネラ)の最後には一緒に鳴らされます。アルバムのはじめの方に入っている曲も、そのようなコンセプトから、ポリコード(調性を複合した和音)のような瞬間が聞こえてくるのではないかと思います。“妖艶な美”という題名のソレア・ポル・ブレリアにもこのコードが出てきます。」

今回カニサレスさんはプラトンの比喩に現れる、洞窟の外のあかりによって洞窟の奥に照らし出される様々な物の影の神秘性や妖しさをフラメンコ、洞窟の外で輝いている太陽に照らされた世界をクラシックやジャズの世界に見立てた。影の揺らめく世界では物事や行動の微細なディテールは時には闇にまぎれてしまって説明され得ないものとなるのに対し、白日のもとでは、どんな奥義も理論づけられ、誰にも明らかなようにはっきりと理解することができる。

ふたつの世界を自由に行き来することができるカニサレスさんにとって、その融合やブレンドのバランスを計ることはとても重要だ。もし洞窟の中の世界をサーチライトで明るく照らし尽くしてしまったら妖艶な美しさは消えてしまうかもしれない。かといって、伝統を重んじながらも時代の新しい潮流や価値観とともに活きた芸術を創造するアーティストとしてのカニサレスさんは、自身がその多岐にわたる活動によって培ってきたクラシックやジャズの理論も頼もしいツールとして手放すわけにはいかない。

【インタビュー】フラメンコ界最高峰ギタリスト・カニサレスが語る、2018年来日公演とフラメンコの歴史や真髄について qetic_pickup_kani_00006-1200x766
photo by Plankton

カニサレスさんは、もちろん十代の頃からフラメンコ・ギター・コンクールの優勝などで頭角を表していたのだけれど、そのキャリアの最初期、18歳の頃にエル・ウルティモ・デ・ラ・フィラという人気ロックバンドのメンバーに抜擢されて活躍していたことがある。その後、「神」とまで言われたギタリスト、パコ・デ・ルシアのグループのメンバーとなって脚光を浴び、僕もその時初めて彼の初来日での生演奏に触れることができたのだった。

ギタリストとして、伝統的なフラメンコを演奏するだけでなく、クラシック音楽やジャズの理論にも精通しているカニサレスさんだからこそ、というライフ・ワークがある。それはフラメンコからも多分に影響を受けているスペインの、ピアノやオーケストラのためのクラシック音楽作品をギターに編曲し演奏することだ。

1999年にイサーク・アルベニスの作品集を発表したのを皮切りに、エンリケ・グラナドスやドメニコ・スカルラッティ、そしてマヌエル・デ・ファリャの作品集を発表、いずれも高い評価を獲得した。

2011年にサイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルと演奏したホアキン・ロドリーゴ作曲“アランフエス協奏曲”の伝説的な成功は、この一連のクラシック音楽の演奏プロジェクトを、とりわけ世に知らしめることとなり、以後、世界中のオーケストラと同曲を共演している。

現在のカニサレスさんにとっては、フラメンコと同じくらい、クラシック音楽も彼の音楽の血肉になっているのだと思う。

鈴木「あなたは以前、マヌエル・デ・ファリャの作品を演奏していると“ファリャが生きた時代、つまりおよそ100年前のフラメンコが聞こえてくるようだ”とお話しされていましたよね。その影響が今回のアルバムにも出ていますか?」

カニサレス「この部分は、というように明確な訳ではないのですが、知らず識らずのうちに影響は出ていますよね。例えるなら、雨の中を歩いている時に、傘をさしていても自分では気づかぬうちに洋服が濡れてしまっているようにね。」

鈴木「そのためかどうかわかりませんが、今回の『洞窟の神話』では新しさと同時に骨太でフラメンコという大きな樹の幹がさらに空に向かって伸びたような伝統性を感じるのですが。」

カニサレス「(先ほどのプラトンの比喩の話から)太陽の光、つまり明快な音楽理論を全て洞窟(=フラメンコの世界)に持ち込んでしまうと、その本来の良さは失われてしまうでしょう。私はそれを失わずに新しい光をどのように持ち込むか? ということにいつも気を配っています。フラメンコへの尽きないリスペクトがある以上、フラメンコの伝統は絶対に重んじなくてはいけないと思って作曲しています。フラメンコの伝統の中に生きる、という軸を中心を見失わないようにしています。」

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フラメンコを楽しめる大小のホール。その楽しみ方の違いは?

ところで日本人である私たちにとって、フラメンコを楽しむ会場というと、コンサート・ホールや劇場がある。本国ではそれだけではなくて、“タブラオ”(舞台のあるバル、レストランの通称)と言われる薄暗い場所も共存している。今日、果たしてフラメンコが息づく場所としては、どちらが主流なのだろう。

カニサレス「私が活動しているような劇場型の方が全体としては多いと思うけど……。タブラオはスペインの街では主として旅行者向けにあることが多いので、そういうところでは、傾向としては“プーロ”といって、民族的なものを感じさせるフラメンコを上演している事が多い。それに対して劇場型の方は、常に何か新しいものを創造して表現しようとするので、劇場型のフラメンコはモダンな潮流を取り入れているものが多いということが言えます。」

鈴木「カニサレスさんのように、劇場での公演が主体で、なおかつ“アランフェス協奏曲”や自作の協奏曲“アル・アンダルス”はじめ、オーケストラとの共演が多い中で、大きな会場の大勢の聴衆に伝わるような音楽へと自身を導いていくという意識は持たれたことがありますか? 例えば今回の新譜を聴かせていただくと、非常に音楽の輪郭線がはっきりしているというか、曖昧模糊とした部分が少ない、というか……このような作品だったら、大きな会場でも隅々まで届くものになっているような気がしたんです。」

カニサレス「そうおっしゃってくれて嬉しいです。おそらく、作曲する時に、なるべく音域を幅広くとって、オーケストラ的な響きを想定しているからではないかと思います。大きな箱(会場)にも耐えうるような曲作りをしているつもりです。」

ギターというのは指先で奏でる親密な楽器だからこそ、ギタリスト、特に(エレクトリックではない)アコースティックなギターの奏者にとっては、会場を包み込むように響く大きな音楽創りがとても意義深いテーマだし、乗り越え甲斐のある試練でもある。

鈴木「ファリャのオーケストラ作品“三角帽子”をあなたはギターで演奏していますよね。その反対に、あなたのギターのための曲がオーケストラで鳴っているところが想像できてしまうほど、今作に収録されているフラメンコ作品はシンフォニック(交響曲的)です。」

カニサレス「それは意図してないんですけど、それもきっと(さっきお話ししたように)“雨に濡れちゃっている”のでしょうね。」

Qetic編集部

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