2022年11月、福岡を拠点に自身もDJとして活動する写真家のCAYO IMAEDAが、ヒップホップ・プロデューサーにフォーカスを当てた写真集『DAILY OPERATION』を発表した。黒を基調としたミニマムなデザインのハードカバーで、精悍に装丁されたこの本には、日本とNYで活躍する15人のプロデューサーの姿が収められている。
この本を手に取るとその存在感に驚くだろう。影の立役者として語られることの多いビートメイカー/プロデューサーたちの姿を重厚なハードカバーに収めた背景には、CAYOの絶対的な確信が感じ取れる。彼ら以外に成し遂げることができないその偉業を静かに切り取り、惜しみなく編纂し、シンプルかつ大胆なレイアウトでまとめ上げられている。ブックデザインは〈SOUL NEWS PAPERZ〉のSPECDEEが手がけた。
16FLIP、BUDAMUNK、BOHEMIA LYNCH、Cedar Law$、CRAM、dhrma、EL moncherie、ENDRUN、Fitz Ambro$e、GQ、GRADIS NICE、ILL-SUGI、MASS-HOLE、MoneyJah、SCRATCH NICE
トーンはどこか冷たい空気を放っていて、一貫して生々しい。プロデューサーたちの音楽を知っているリスナーからすれば、写真をから無限の世界を覗き込めるはずだ。それらの写真は森羅万象から音を抽出して自らのアイデンティティと紡ぎ合わせ、ひとつの物語を生み出してきた瞬間に連なっているから。
その一瞬を切り取るべきなのは、確信を持つCAYOに他ならない。彼女は本写真集をなぜ制作することになったのか。そこには、数多の出会いを通して、音のように振動してきた衝動の連続がある。本記事では、そんなCAYOのインタビューをお届けする。
INTERVIEW:CAYO IMAEDA
──まずはヒップホップやカルチャーへの出会いをお伺いしても良いですか?
中学生のときに先輩の車で聴いたのが初めてです。思い出せるのはギャング・スター(Gang Starr)やトライブ(A Tribe Called Quest)とか。田舎だったけど、演歌歌手の等身大のパネルが置いてあるようなレコード屋にヒップホップのコーナーが一応あって。でも本当に有名なやつしか置いてない。ナズ(Nas)とか。
高校の近くにレコ屋があって、大体3時間目になったらレコ屋が開くんです。だから大体3時間目に抜け出してレコ屋に行ってレコードをチェックしてから、また学校に戻ったりしてましたね。俯瞰して見れば、女子高生が毎日制服で11時くらいにレコ屋に来て、とにかく新しく入荷されたものを試聴機で聴いてたんだろうなって(笑)。
──すごい光景ですね(笑)。
高2くらいまではテープに好きな順番で曲を並べて配ったりしていたんですけど、その後ターンテーブルでレコードを繋げられることを知りました。それからDJを始めました。ターンテーブルは高くて買えないから、安いレコードプレーヤーで聴いてたんですけど、高3のときにタンテを持ってる友人の家に通って、自分のレコードを持って練習したりして。
──最初はどんなレコードをかけてたんですか?
20歳くらいの時に買ったレコード振り返ったとき、結構ジェイ・ディー(Jay Dee|J Dilla)のレコードがあって。それで「私、この人のこと好きなんだ」って気づきました。だから結構ジェイ・ディーの曲はかけてましたね。
──いまでも思い出に残ってる一枚はありますか?
いっぱいあるな。それまで90年代のニュースクールみたいな曲ばっかり聴いていたけど、〈ローカス(Rawkus)〉があった時、当時リリースしていたレコードに衝撃を受けました。ハイテック(Hi-Tek)の初期音源は記憶に残ってますね。もう持ってるのに、中古屋に行って安いから何枚も買っちゃうみたいな(笑)。
──“救出”してたんですね。DJでクラブに出始めたのはいつですか?
高3のときに何回かクラブでやって、あとは18歳の頃から。高校を卒業してから美容師の専門学校行ってたんですよ。母親が美容師だったから、美容師になると思い込んでたんです。しかもちょっとストイックな、有名な学校に入っちゃって。でもそれ無視してDJして。
──DJを続けていく中で、大きい出会いがいくつもあったとお伺いしました。FREEZさんやDJ GQさん、BASEの存在です。
あのとき、あの場所にいた人たちはみんな大きい存在です。BASEで働くことになる前、DJでBASEに出演したときガンガン音出してたんですよ。そしたら、カノさん(FREEZ)が向かいの卓でずっと音を下げてた。それで何回かブースに来て「もうちょい下げて」みたいな(笑)。DJ終わってブースを降りたら、カノさんが歩いてきた。「あー、怒られるわ」って。そうしたら一言「働いて」って。でも私、一滴も酒を飲まないんですよ。酒も作れないし、飲めないから無理ですって言ったんだけど、そんなのは関係ないって。酒作るのも濃ゆければ良いと思ってましたからね。薄いよりも濃い方が良い、そういうバイブスでやってて。
平日からかなり音を出してたし、みんなでひたすらDJとか、B2Bしてました。BASEにはカーテンがあって、その裏に狭い空間があるんですよ。とにかくその場所から始まる。ある時期にはみんな幽霊が出るって話ししてて。ある日、DJをやっていたら血だらけの男性が目の前に立っていてダルいなと思っていたら、ふつうに生身の人間だったり……すごいいろんなことがありました。あの場所で色んな意味で相当鍛えられましたね。
──そのときからカメラはやってたんですか?
カメラは26くらいから始めました。BASEの店員を辞めてから、仕事でブライダルの写真とか撮ってたんですよ。でも当時、DJはDJ、写真は写真、全く別のものとして捉えていたんです。
そのとき、90年代のNYで写真を撮ってた女性の日本人フォトグラファーのYURI SHIBUYAさんという方が、MIYUKI HIRAIさんというフォトグラファーとThe Northe Faceのツアーで全国を展示で回っていたんです。その展示でコモン(Common)の超ヤバい写真が、超デカく飾ってあった。それでふと、私これできるんじゃない?って。カメラも持ってるし、音楽もある。もはや私にしかできないと。周りにすごい人いっぱいいるし。それから写真と音楽が重なり始めました。
──最初の写真集を作ることになったのはいつくらいだったんですか?
BASEがなくなったとき。私はずっとBASEで写真を撮り溜めてたんですよ。それでSQUASHというグラフィティショップ兼ギャラリーで、オーナーのユースケさんが「(その写真を)展示して本作れば?」と言ってくれたんです。それから、SQUASHで初めて展示をしたり、本を作ってもらった。
でも、撮り溜めていたときも、何かのためには撮ってなくて、ただ撮りたいから撮ってた。ただカメラを持ってその場所にいく。構えすぎると向こうも構えちゃうから、自然体で撮るようなスタンスですね。そのときも写真でやっていこうとかはあまり思わなかったですね。そのときの写真集はほぼデジタルでした。
──フィルムに移行したタイミングってどこだったんですか?
AKIRA TAKATAさんという、もう亡くなってしまった方なんですが、スケーターやライターを撮ってらっしゃるフォトグラファーがいたんです。私の弟がスケーターで、その人の写真ヤバいから展示を観に行こうって言われて熊本まで行ったんですよ。そこでくらったんです。全然別物だったから。デジタルって画像だけでプリントにならないこともあるじゃないですか。AKIRA TAKATAさんはフィルムで撮った写真を自分で手焼きで焼いてたんです。
それで、そのときに本人に聞いたんですよ。そうしたら「このカメラ買いな」って。私もそれ鵜呑みにして「明日買います!」って(笑)。それがCONTAX T3だったんです。今はかなり高くなってるけど、そのときは6万くらい。それで「T3が欲しい」って色んな人に言ってたら、カメラ好きのおじさんが「これ3万であげるよ」って(笑)。 で、「あの人と同じカメラだ!」 と思って、それ一択。今も使ってますね。フィルムで撮影した写真は自分でプリントするようにしています。
私はまだまだプリントを全然操れないんです。色々と不確かなんですよ。だけど操れないのもたまによくて。思ってるのと違うのが上がってきた時、たまにめちゃめちゃカッコいいモノになってたりするんですよ。
──CAYOさんは暗室も持っているんですよね。
始めは大学がやってた週一の暗室講座みたいなのに通ってたんですよ。今はもう大学とかで暗室作業とかを教えないらしくて、その暗室が閉まってしまうと。設備を捨てるなら欲しいって言ったら、国の持ち物だから渡せないと……それからは想像にお任せします。それから、CONTAXといい、自分が欲しいと思ったカメラがすぐ手に入ったり、何かとカメラ運だけはよくて……。
──運と行動力が結びつきまくってますね(笑)。2016年には東京のフォトグラファー、Goro Kosakaさんと展示をやっていますよね。
GoroさんがBASEに遊びに来てて、自分で作った作品を置いていったんですよ。それを見つけて、同じ年代でなんかめっちゃ似ているものを撮っているなって。その人と展示したら絶対おもしろいと勝手に思っていたんです。その気持ちを抱えたまま3ヶ月くらいハワイに行っていて、帰ったら絶対Goroさんと一緒に展示しよう、と。面識はなかったんですけど、さんどろん(Kieth Flack)づてに電話番号を教えてもらって「展示したら面白いと思うんですよね」って話して、2017年に福岡のSQUASHと沖縄の波の上MUSICで展示させてもらいました。
the others cayo imaeda goro kosaka
それから、2018年から1年くらい、写真を教える仕事でバリ島に行ったんですよ。2019年に帰国して、今回出したプロデューサーの写真集『DAILY OPERATION』で動こうとしたら、コロナが流行ってしまった。
──なぜプロデューサーにフォーカスした写真集を出そうと思ったんですか?
まずバリ島にいるとき「本を作りたい!」って思って。サンデーマーケットといって、日曜の朝に子供たちが自分のいらないものを売るフリーマーケットに行ったんですよ。そこで超いい絵本見つけて。買って家で見てたら、多分80年代くらいのブルックリンかブロンクスの図書館の押し印が押してあって。80年代に出ていた絵本をバリで白人の女の子が売っていて、私が日本に持って帰った。その物語がめっちゃヤバいなと。本を作ったらこんな風に旅させれるんだと思って。だから、日本に帰ったら本を作ろうって思った。絶対ハードカバーで作りたくて、それに似合う内容にしたかった。それに似合うのはプロデューサーたちしかいない。そこで初めて何かのために写真を撮ろうと思いました。
──ハードカバーに似合う内容として、ビートメイカーとプロデューサーに繋がったんですね。それで2年間、撮影してきたと。
物事が出来ていく過程が好きなんですよね。職人も好きで。何かに向き合う人の姿に魅力を感じます。クラブでライブを撮影していて、空気が変わる瞬間みたいなのがあるんですが、ビートを作っている時もそういう引き寄せられる瞬間があるんですよね。あとは単純に人が何かに集中している姿は全部かっこいいです。この本を作ったことで、よりヒップホップと写真が好きになりました。
これからLAに行きますけど、帰ってきたらいろんなところで展示だったり、今回一緒にやったデザイナーのSPECDEEに写真をシルクで刷ってもらったり、レーベルの〈SOUL NEWS PAPERZ〉と色々とやりたいですね。
この日の取材は三軒茶屋で行われた。取材の翌日、CAYOはLAに飛び立つ。その後、彼女のInstagramには、彼女が撮影したLAアンダーグラウンドシーンのレジェンド、エヴィデンス(Evidence)の写真がアップされていた。なぜ彼女はエヴィデンスを撮影できたのか──直感を疑わず機運をたぐりよせてきたCAYOは、『DAILY OPERATION』の個展をHELLRAZORが運営するギャラリー・RAZEにて開催する。場所は三軒茶屋で、期間は4月1日(土)から4月8日(土)まで。その秘密を、自分の目で確かめてほしい。
個展では、〈SOUL NEWS PAPERZ〉のSPECDEEによるシルクスクリーンやデザイン技術が集約。『DAILY OPERATION』の世界が展示会場・RAZEに拡張されている。なお、4月1日はレセプションとして16時にスタートし、写真集でも大きな存在感を放つ16FLIPとDJ SCRATCH NICEのDJプレイも堪能できる。さらに同日夜には三軒茶屋・PATROLでアフターパーティーが開催。ゲストDJとして16FLIP、DJ SCRATCH NICE、DJ GQ、DJ SHOE、ZONOが出演するほか、〈SOUL NEWS PAPERZ〉からDBK、GERMM、KRZT、SPECDEE、YUDAIが一夜をメイクする。ぜひお見逃しなく。
取材・文・写真・編集/船津晃一朗
感謝/さんどろん、AI.U、ヘンリーさん
INFORMATION
DAILY OPERATION-photo exhibition-
CAYO IMAEDA×SPS
Support by HELLRAZOR
○日程
2023.04.01(土)〜04.08(日)
04.05(水)close
○場所 RAZE
〒154-0004
東京都世田谷区太子堂5-15-3.
R-ROOMS 三軒茶屋 1F B室
Tel:03 6875 5067
OPENING RECEPTION
04.01(土)18:00〜21:00
GUEST DJ
16FLIP
SCRATCH NICE
DAILY OPERATION AFTER PARTY
○2023.04.01(土)22:00〜
○場所 @patrol_soundbar
〒154-0004
東京都世田谷区太子堂1丁目15
13TOKIWAYAビル 3F
GUEST DJ
16FLIP
SCRATCH NICE
GQ
SHOE
ZONO
and
SOUL NEWS PAPERZ(DBK.GERMM.KRZT.SPECDEE.YUDAI)