任天堂のサウンドエンジニアとして『MOTHER』(鈴木慶一との共作)や『メトロイド』『光神話 パルテナの鏡』『スーパーマリオランド』『ドクターマリオ』など数々の作品にかかわった他、“めざせポケモンマスター“を筆頭に『ポケットモンスター』の楽曲を数多く手がけてきたレジェンド・たなかひろかず。彼のチップチューンを中心とした楽曲を制作する名義・Chip Tanakaでの通算3作目となるフルアルバム『Domani』が完成した。

今回のアルバムでは、『Domani』(=明日)をテーマに、コロナ禍を生きる人々と砂漠で逞しく生き残るサボテンを重ね合わせ、人々の想いや憧れの力を作品に詰め込んでいる。コロナ禍以降初めて制作されたアルバム『Domani』の制作過程について、Chip Tanakaに語ってもらった。

INTERVIEW:
Chip Tanaka

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コロナ禍で変化した制作スタイル

──今回の『Domani』はコロナ禍に入って初めて制作されたアルバムとなりますが、Tanakaさんはコロナ禍をどんなふうに過ごしていたんでしょう?

やっぱり、どこも出ずにずっと自宅にいましたね。外食も控え、なるべく家で食べていたし、コンビニで水を1本買うのも「こわいな」と思うくらいで。2020年はホント慎重に暮らしてました。音楽に関しては、いつも通り制作を続けてました。ただ、困ったのは、以前は家で夜につくったものを必ずiPhoneに入れて、通勤のタイミングにチェックしていたんですが、それができなくなったことで。(Chip Tanakaは『ポケットモンスター』関連のデジタルゲーム、カードゲームなどで知られる株式会社クリーチャーズの代表取締役社長を務めている)今はその時間が散歩に変わりました。あと、コロナ禍以前はライブのたびに短い新曲を増やしていき、それを何度もシェイプアップして完成させていったのですが、それがなくなって、家でどっしりと構えて曲をつくったのは久しぶりのことだったかもしれないです。

──環境が変わったことで、制作する音楽にも変化はあったと思いますか?

これまでは絶対に、ライブで楽しむお客さんを想定し、リズムの強さや、音の抜き差し、重低音で驚かそうとか、とにかく音を体験してもらう感覚を大事に意識してました。けれど、今回は家でCDやレコードを聴くような環境を意識して曲を作っていきました。それが1番の変化だと思います。「ライブで映えるように低音を綺麗に出そう」とか、そういうことをあまり意識せずにつくっていったというか。今回もいつも通り、1~3小節くらいの曲のタネになるものを聴き直しながら、リズムをつくり出すか、メロディをつくり出すかと考え、進めていきました。で、ある日、世界中がパンデミックに覆われている中、砂漠で逞しく生きているサボテンのイメージが頭に浮かびました。

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人間が持つ「こうなりたい」と「生き物の未来」が繋がった瞬間

──なるほど。6曲目の“Cactus Chant”はまさにサボテンがタイトルになっています。

そうですね。これまでも、Chip Tanaka名義の楽曲には声ネタっぽい音を使ってメロディを表現していましたが、今回は「サボテンが歌っていることにしてみよう」とイメージしました。サボテンが新型コロナウィルスにかかることはないけれど、サボテンだって厳しい環境の中生きているよな、と思ったんです(笑)。それと、人間が未来を見ているのと同じように、サボテンだって未来を見ている。そのイメージから『Domani』というタイトルが出てきました。ちなみに、“Cactus Chant”の一部は昔ライブでやっていて、<FUJI ROCK FESTIVAL’18>に出たときにも実は、演奏していました。それを今回、進化させ曲に仕上げました。

──コロナ禍を生きる人々を、過酷な環境で生きるサボテンになぞらえたのですね。

野生で生きているサボテンって結構枯れたりしてますよね。でも、3分の2は枯れながらも、残りの3分の1が生き残って、未来に種を繋いでいこうとしている。そういうことを考えたのが最初のきっかけでした。そこで、サボテンや砂漠をテーマに決めて、まずはサボテンの本を何冊か買ってみたり。同時に、「砂漠にいる生き物って何だろう?」と調べて、“Fennec”ができました。そこから、フェネックが作中に出てくるサン=テグジュペリの『星の王子さま』(作品中での表記はキツネ)を読み返したり、サン=テグジュペリの伝記を読んだりしていたら、今回表現したいことと、サン=テグジュペリの生涯に共通点、共感できる所が多いな、と気づいたんです。サン=テグジュペリは小さい頃、空に憧れて、作家でもありパイロットでもあり、彼の最期も飛行機で飛んだまま遺体も見つからない状況がずっと続いてた、とか。彼の生涯に、人の想いの強さ、人間が未来に対して持つ願望、夢、希望のようなものを感じて、そこに「生き物の未来」が一気に繋がっていった感じでした。

サボテンが旅をしながら進む作品

──なるほど。数珠つなぎ的にイメージが広がっていったんですね。また、今回のアルバムは特に、聴いていて最初から最後まで旅をしているような感覚になる作品だと思いました。

ああ、本当ですか。たとえば1曲目の“GO→JUMP↑”は、楽曲もタイトルも、マリオの冒険にも通じるゲームミュージックの要素を全面に出したものですけど、あれもサボテンをイメージしています。もちろん、サボテンは走らないですけどね(笑)。可愛いキャラクターのイメージでつくっていきました。でも、この曲だけでは『Domani』というイメージにはなかなか繋がりません。そこで、アルバムを通したときにイメージに近づくように、あっちに行ったりこっちに行ったりしながら楽曲を繋げていきました。

Chip Tanaka / GO→JUMP↑ from 3rd album “Domani” (Release: Nov. 17th, 2021)

──“Pacific”で海に行ったり、“Rainy Ride”で雨が降っていたり、“Sandstorm”で砂嵐に巻き込まれたりと、サボテンが色んな場所を冒険していくようなイメージが浮かびます。

“Pacific”はサン=テグジュペリが空に憧れていた、空を飛ぼうと思ったイメージを重ねました。サビでギターをパーンと切り込ませ、広がりを持った雰囲気の曲に仕上げていきました。他にも、たとえばメランコリックな“Hourglass”(=砂時計)は、今までになかった雰囲気でロック系8ビートの曲です。これは『MOTHER2 ギーグの逆襲』のときにつくった、どせいさん(『MOTHER』シリーズに登場する架空のキャラクター)のコーヒータイムの曲に近い雰囲気があるのかな、と思っています。色んな作家によってその人の癖がみえる曲があると思うのですが、僕にとってあの曲は、そういう自分の癖が出た曲では?と思っています。あと、今回コロナ禍になってから、中学や高校の頃に聴いていた音楽を聴き返していた時期があったんですよ。僕は中学時代、BOØWY、Tレックス(T.Rex)などグラムロックにハマりました。同時にピンク・フロイド(Pink Floyd)も好きで。特にオルガンのシンプルなコード進行で、曲が展開していくパターンに憧れ、そのときの感覚でつくったものが、どせいさんの曲でもあるし、今回の“Hourglass”でもあるのかな、と思います。自分が初めて「綺麗だな」と感じ、自己陶酔できるロックってこういうタイプの曲だった気がします。

──この曲は、じっくり聞くと後ろに色々な音が隠されているのも面白いです。

不協和音がいっぱい入っているんですよね。リズムも、ひとりのドラムのようでいて、そこに三連っぽいものも混ざっているし、コードではない、効果音のようなものもずっと入っている。それでいて、スコーンと真ん中だけはシンプルなアルペジオで、ノスタルジックな曲にしてみました。

──では“Shadow Dance”はどうですか? この曲は民族音楽的な要素が感じられます。

これまで僕のアルバムには四つ打ちの曲が多かったと思うんですけど、“Shadow Dance”は「今回はそういう曲が少ないな」と思ってできた曲でした。この曲は、一見ラテンチックでもあるんだけれど、上モノはアフリカっぽい雰囲気で。モロッコとか、ああいうアフリカの上の方のサハラ砂漠の風景でサボテンが歌っているのをイメージしました。その後“Sandstorm”があって、12曲目の“Decolor”は嵐の後にラストの“1912”に繋げていくための曲として、今までになくヘビーな歪んだギター音を入れました。とにかく「出し惜しみせずにやりきろう」「頭に浮んだイメージを正直に音にしよう」と考えていました。

──その後“Voyage”を経て、最後はエピローグ的な雰囲気の楽曲“1912”で終わります。

1912”はこれまで自分がつくってきた曲とは全然雰囲気が違うけど、でも自分がずっと好きだった、サイケデリックロックやプログレに近い感覚がある曲です。この曲は、僕の曲では初めてギタリストに参加してもらっています。

──西田修大さんですね。

本当は他の曲でも弾いて欲しかったのですが、西田くんホントに人気者で(笑)。今回はこの曲と、“Hourglass”だけお願いしました。西田くんとは、彼がDAOKOちゃんのライブでギターを弾いているのが初めで、その後、昨年11月に鈴木慶一さんの『MOTHER』のライブ(鈴木慶一 ミュージシャン生活50周年記念ライブ)で共演して。その楽屋で音楽の話を色々としたんです。その時点で僕はアルバムにギターを入れたいと思っていたので、「何かあればお願いしたい」と伝えていて、今回参加してもらいました。西田くんのギターってすごく感覚的でパッションを感じるんです。ギターソロじゃなくても、印象的なフレーズで空間を埋めるのもすごく上手いと思うんですよ。そんな魅力を、“1912”でもばっちり入れてくれて、とても嬉しかったです。

──“1912”という曲名はどんなアイデアで出てきたんですか?

この曲名は、サン=テグジュペリがまだ少年だった頃、初めて飛行機に乗せてもらった年から取っています。この経験を経て、彼は飛行士に憧れていくことになるんです。その一瞬の出来事が、彼の夢、未来に繋がって、そして最後には、自らの命を落とす原因にもなってしまう。その数奇な運命や、何かに憧れる力想いの力なども踏まえて、アルバムのテーマにも合うな、と。ちなみに、今回のジャケットのイメージも、“1912”に特によく表れているテーマから連想していった感覚です。砂漠や未来、サンドストームのようなものも含めて、アルバムを表現するものでありつつ、ちょっと儚さもあって、でも未来もある雰囲気で。色味もそれを意識していて、砂漠の色に加えて、温かさを感じる焚火や、花火、光といったイメージをモチーフにしました。その集大成的な曲として“1912”を最後に持ってきました。

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自分のルーツが全て混ざったアルバム『Domani』

──それにしても、全編通して聴くと、今回の作品も「この曲はこのジャンルだ」と一言では言えないような曲ばかりです。Tanakaさんの曲はなぜそういう曲が多いんでしょう?

無理してそういうふうにしているわけではないんですけど、そうなるんですよね(笑)。よく知り合いにも「何でこんな展開になるの?」と聞かれることがあるんですけど、僕の場合はどうしてもそうなってしまう。ただ、その中でも、コロナ禍で聴いたプログレッシブロックやアメリカのSSW70年代の音楽の影響は、今回のアルバムならではの要素です。自分のルーツでもあるレゲエの要素も、ゲーム音楽の要素も入っています。その全部が混ざってできたものが、今回のアルバム『Domani』の音楽だ、という感じですね。

──コロナ禍での変化によって、これまでの作品にはない側面が入ることになったなと。

そうですね。ただ、もちろん、毎回違うものをつくろうと思っているわけですけど、同時に、作り終わったあとはいつも同じように「もっとできたのでは?」とも思います。ポケモンの音楽もそうでした。もちろん失敗したとは思ってないけれど、10~20年経ってみんなが「この曲好きです」と言ってくれたときに、やっと「よかったのかなぁ」と思えたり(笑)。作曲に関して「自分はいつでも途中」なんだと思っています。ライブもDJプレイもそうで、つねに進化しているし、どんどん移り変わっていく。僕自身を振り帰っても、任天堂でサウンドエンジニアをしたり、ポケモンの曲をつくったりした後、60歳を越えて初めて個人名義の活動を始めて、「アーティストとしてやっていくのってなんて大変なんだ」と今更ながらに思ったりする──。そんなふうに、「あぁもっと行けたはず」「次はもっとこうしよう」という「途中」が、ずっと続いているのかな、と。約40年前の『メトロイド』や『パルテナの鏡』の音楽を改めて聞き返し「おぉ、頑張ってるやん、よう考えてるなぁ」って思ったりしてます(笑)。それはようやくそう思える、ということなんですよね。

──なるほど。

今でも忘れられないんですけど、中学生の頃に初めてコンサートを観に行って。そのとき僕が1番感動したのが、会場に入ってチケットを切ってもらった後、通路と会場の間にある防音の扉の間に入ったときのことでした。つまり、重い扉をひとつ開けて、もうひとつ扉を開く間の狭い空間で、大音量でこもった低音だけが聴こえてくる、あの瞬間のことです。ひとつ目の扉を開くときに音質が変わって、またもうひとつ扉を開いたときに、いよいよ会場の音が聴こえてくる。「ドンドン」と音が漏れてきて、「ああ、はじまる。早く観たい!」と思うあの瞬間に、僕は1番ワクワクしたんです。本番の音よりも、むしろそのときに感動しました。(笑)

──「何かがはじまる瞬間のワクワク感」に興奮したんですね。

はい。僕はそれがずっと忘れられないんです。これは、自分が大事にしている音楽との距離感とも繋がる話なのかな、と思います。音楽って、鳴っている音だけではなくて、その手前の予兆みたいな音が大事だと思うし。僕の場合、音楽の仕事をするようになってからも、それがずっと変わらないんです。昔はマルチトラックレコーダーで、各楽器ごとにレコーディングしてましたけど、その時も、完成した音源よりも、ミキサーでドラムやギター、ベースを一音一音混ぜていくときの、「何かができあがっていく瞬間」に1番興奮していました(笑)。

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今も昔も根本は変わらないゲーム音楽の世界

──これからの活動については、どんなことを考えていますか?

『Domani』は作業しながら死ぬほど聴いたので、もう新しい作品をつくりたいです。例えば、あくまでアイディアの1つで前からずっと言っているんですけど、すごく情けないジャケットで自分なりにレゲエを解釈したアルバムをつくりたい(笑)。ジャマイカの人たちのレゲエアルバムのジャケットって、「何でこんなものにしたの?」というものが結構あるじゃないですか。僕はあれが本当に素敵だと思っていて、自分なりのそういうレゲエアルバムをつくってみたいな、と思ったりもしています。

──田中さんはゲーム音楽界のレジェンドのひとりでもあります。今のゲーム音楽の広がりについても、感じていることがあれば教えてください。

今はゲーム機だけではなく、スマートフォンなどでも、みんながゲームをできるようになっていますよね。でもそれは、ただスペックや通信速度が変わったことで引っ張られて、根本の部分はずっと変わっていないのかな、とも思っています。ただ、昔はゲーム好きだけがゲームをやっていたのに対して、今は子供から大人まで、本当に幅広い世代がゲームを楽しむようになっていて。こんなふうになるとは、当時の人たちは誰も想像しなかったと思います。もちろん、大抵の物事がそうであるように、よくなったところもあれば、大変になったところもあると思います。たとえば、僕らの時代はある種の粗さを許されていたのに対して、今の人たちはそれが許されないようになってきていて、大変そうだなと思ったりとか。昔は、人のダイナミックレンジが、もっと広かったと思うんです。とはいえ、ゲーム音楽そのものの本質は、昔も今も変わっていないと思います。

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Text:杉山 仁
Photo:中村寛史

PROFILE

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Chip Tanaka

2007 年より「大人ブランコ」「Acerola Beach」「Chip Tanaka」といくつかの名義にてDJ、ライブ活動を開始。2017年、自身初となる1stアルバム『Django』をChip Tanaka名義でリリース。2020年7月に2ndアルバム『Domingo』をリリース。オリジナルアルバム以外に、2020~21年は作り溜めた楽曲を4EPの形で連続配信した『WorksGaiden』シリーズや、作曲家 たなかひろかず のプライベートデモ集『Lost Tapes』もリリース。また2020年、DAOKOとのコラボも行っている(楽曲「帰りたい!」)。2018年には60歳にしてフジロックにデビュー。スウェーデンやオーストラリアでもパフォーマンスを行っている。
ライブ実績:RED BULL MUSIC FESTIVAL TOKYO 2017 DIGGIN’
IN THE CARTS、GREENROOM FESTIVAL、FUJI ROCK FESTIVAL
2018、GANKE FES 2019等

HPInstagramTwitterYouTube

RELEASE INFORMATION

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Domani

2021年11月17日(水)
POCS-23018
¥2,750(tax incl.)デジパック仕様
Track list
01. GO→JUMP↑
02. Pacific
03. Third Sunrise
04. Wonderful World
05. Fennec
06. Cactus Chant
07. Hourglass
08. Rainy Ride
09. Moon Drop
10. Shadow Dance
11. Sandstorm
12. Decolor
13. Voyage
14. 1912
All songs written by HIROKAZU TANAKA
*未発表音源のDLができる「田中の手紙3」封入(期間限定 2022年5月末まで)

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