コカ・コーラ×オリンピック×VERDY
いよいよ開催が目前に迫る2020年の東京オリンピック。この一大イベントに向けて、長年オリンピックのワールドワイドパートナーを務めてきたコカ・コーラ社が、「Girls Don’t Cry」や「Wasted Youth」といった自身のストリートブランドや、国内外のブランド/リテーラーとの仕事を通じて東京のストリートカルチャーのキーパーソンとして知られるグラフィックアーティスト、VERDYとタッグを組んで「コカ・コーラ 東京2020オリジナルピン」を制作した。
コカ・コーラはアムステルダム1928大会以来、現在まで継続してオリンピックにかかわり続けている、企業として最長の歴史を誇るパートナーとして知られている。1964年に行われた1度目の東京1964大会でも、道路標識やガイドマップ、観光案内、日英会話集を提供。また、1992年からは聖火リレーの支援も行い、これまでに参加した聖火リレーの総距離は40万8768km。これは日本から地球の裏側=ブラジルまでの距離(約1万7000km)よりも、地球から月までの距離(約38万km)よりも長い。つまり、今回のコラボレーションは、オリンピックを支え続けてきたコカ・コーラの歴史と、東京のストリートシーンで活躍するグラフィックアーティストによる異色のコラボレーションとなる。
ピントレーディングの歴史と2020年
では、なぜ「ピン」なのか。これにはコカ・コーラがかかわってきたオリンピックでのピントレーディングの歴史が関係している。ピントレーディングとは、1896年のギリシャ1896大会から審判/選手/大会役員などを判別するために導入されたバッジを、出場選手が友好の証として交換したことに由来する、オリンピックの名物イベントのひとつ。1980年代頃からはこのピン交換が一般の来場客の間でも人気になり、大会ごとに多くの観客が参加する、ピンバッジの交換会/交流会として人気を博している。コカ・コーラは1988年のカルガリー1988大会から、ピントレーディング専用スペース「コカ・コーラ ピントレーディングセンター」を提供。世界各地から様々な人々が集い、ピンを通じて交流を深める機会を支えてきた。
Photo by official
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今回のキャンペーンでは、VERDY氏が東京2020オリンピック仕様のオリジナルピンをデザイン。「交換するときに楽しいもの」をテーマにデザインを進め、アルファベットをモチーフにした印象的なデザインのオリジナルピンが完成した。コカ・コーラでは、「『東京2020オリジナルピン』付4本パックキャンペーン」として、東京の一部店舗でこのピンが手に入るキャンペーンを展開。開始後すぐに予定本数を終了して大きな話題となった。
▲グラフィックアーティスト・VERDYがデザインを手がけた「東京2020オリジナルピン」
果たしてこのオリジナルピンは、どんな想いで生まれたものだったのだろうか? マーケティングの部署でインターンを経験後、コカ・コーラに入社。2017年からコカ・コーラオリンピック専門チームのマーケティング部署に所属し、オリンピック関連のプロモーションや体験型イベント、パートナーシップの構築を担当している桜木谷薫さんに、ピントレーディングの魅力や、VERDYさんとのピンの制作風景、2020年のオリンピックに向けての想いを聞いた。
INTERVIEW:桜木谷薫(コカ・コーラオリンピックチーム)
──桜木谷さんが、コカ・コーラのオリンピックチームとして大切にされているのは、どんなことですか?
これはコカ・コーラ社が大事にしていることでもありますが、自分が消費者だったらこういうものがあるといいな、という「お客様目線」を大切にしています。コカ・コーラは90年以上オリンピックとかかわっていますが、2020年の東京オリンピックについても、我々の製品を通して、色々な方にオリンピックの楽しさや、オリンピックにかかわる機会を提供したいと思っています。コカ・コーラ社は一般の方々に向けた聖火ランナーの募集キャンペーンも行ないましたし、2020年も様々なキャンペーンの準備を進めているところです。
──その施策のひとつが、桜木谷さんが担当されているピントレーディングにまつわる企画なのですね。そもそもピントレーディングとは、どんな魅力があるものなのでしょう?
ピントレーディングは、オリンピックの会場で誰もが参加できる、「観客が参加できる一番人気のある非公式競技」とも言われています。年齢も性別も人種も関係なく、様々な方が楽しめるもので、たとえ言葉が通じなくても楽しめますので、多くの方々に「オリンピックに参加する」体験をしていただける方法だと思っています。その「誰もが楽しめる」という部分は、コカ・コーラ社が大切にしていることとも繋がっていることだと思います。
──なるほど。ピントレーディングなら運動が苦手な方も参加できそうですし、会場に集まった世界各国の方々とのコミュニケーションツールにもなりそうです。
実は1年前に、2020年の東京オリンピックに向けて招き猫や富士山のような日本の要素をデザインしたピンを4パターンつくり、社内向けに配ったのですが、そのときには全国2万5000人ほどの社員に、4つのデザインのうちから2つをランダムに配布しました。そうすると、お互いのピンを見て「あれ、自分のところにそれはないよ?」と盛り上がったりするんですよ。そんなふうに、ピンを交換することで、会話が弾んだり、様々な方々とコミュニケーションを取ったりするきっかけになるのも、ピントレーディングの大きな魅力です。
──では、今回、ピンのデザイナーとしてVERDYさんを起用した理由と言いますと?
私たちは、ピンへの関心が高いのは、若い方が多いと考えているんです。最近はファッションでバッグや帽子やデニムジャケットにピンをつけてパーソナライズされる方も多いですから、そうした方々に向けて、ピンを通したオリンピックへの参加を提案したいと思いました。そこで、若者のファッションシーンで人気のある方として、VERDYさんにお声がけをしました。
VERDYさんは柔軟にアイディアを考えていただける方で、ゼロから一緒に色々なアイディアを出していただきました。VERDYさんのデザインはタイポグラフィが特徴的だと思っていたので、私たちとしては、まずはその魅力を生かしていただきたいと思っていました。また、ひとつだけで完結するものではなく、コレクションすることで魅力が増すものにできたら、と考えていました。そこでVERDYさんと相談し、アルファベットをつかうアイディアが出てきました。アルファベットなら、自分のイニシャルに当てはまる方もいらっしゃるでしょうし、親近感があって「もうひとつ集めたい」と思えるものになると考えたんです。
──なるほど。ピンを手にした方が、そこに自分だけの意味を加えられる、と。
自分のイニシャルでも、何か別の意味を加えていただいてもいいですし、自分が持っているピンのアルファベットと同じイニシャルの方と交換してもいいと思っています。VERDYさん自身も、サンプルを見せたときに「すごく可愛い!」と言ってくださって、とても嬉しかったですね。「今ここでつけていい?」と、非常に喜んでいただいたのが印象的でした。
──制作にあたって苦労したことはありましたか?
VERDYさんのデザインを、ピンとして形にする過程にも様々な試行錯誤がありました。たとえば、イラストのアウトラインの部分を、そのままピンのエッジに合わせるのか、それとも淵にメタル部分を残すのかということも、何度も話し合いながら決定しています。また、弊社でつくっているピンは、厚みがあって高級感が感じられるものにしています。これは「劣化しにくいものをつくりたい」という想いからですね。オリンピックの記念としてピンを持ち帰っていただいて、それを5年後、10年後に見たときに、「そういえば、東京2020オリンピックのときにはこんなことがあったな」と感じていただけたら嬉しいと思っているので、そのためにも、長く持っていられるような、クオリティの高いものにしたいと思いました。
──思い出を振り返るものにするために、色々な工夫がされていることが伝わってきます。桜木谷さんはこの取り組みを通じて、どんな魅力を体験してもらいたいと思いますか?
オリンピックには、競技を会場に観に行ったり、家で中継を見て楽しんだり、もしくは外に出掛けて様々な場所で観戦したり、聖火リレーを観に行ったり、実際に聖火リレーを走ってみたり――と、色々なかかわり方が考えられると思います。そのひとつとして、ピントレーディングを活用していただけたら嬉しいです。モノは時間が経っても残りますし、それを交換することで、ピンが人の手を通して様々な場所にわたっていくのは、とても面白い体験だと思います。ぜひピンをつかって、オリンピックを楽しんでいただけると嬉しいですね。
たとえば、長野オリンピックの際には、45万人ほどの方がコカ・コーラのピントレーディングセンターを利用してくださいました。リオでジャネイロ大会でも、会場ではピンの交換が約5万回ほど行なわれたそうです。そして、ピントレーディングセンターでピンを交換していただくと、「そのピン、何ですか?」「これは、うちの孫がね――」と、様々な方向に話が弾んでいきますし、交換するピンごとに、そのピンだけのストーリーが生まれます。そういった人の繋がりが会場で5万回起きていたというのは、すごいことですよね。
──つまり、オリンピックでピンを交換することは、会場に集まった世界各地の方々が、お互いを知ることや、お互いの思い出をシェアすることにも繋がっていくのですね。
そう思っています。ピンコレクターの方々は日本に3万人ほどいらっしゃると言われていますが、そのピンのひとつひとつが、それぞれの物語を持っています。たとえば、今私がつけているものの中にも、実はコカ・コーラの社長がつけていたものが、色々な方の手にわたり、自分のもとにやってきたものがあります。今回VERDYさんにお願いをしたピンは、新しいデザインのレアなピンになっていると思いますし、手に入れた方ごとに、様々な入手方法があり、その方だけの思い出が生まれると思いますので、ぜひ会場のトレーディングセンターに持ってきていただいて、その物語を世界の方々とシェアしてもらえたら嬉しいです。
また、今回のオリンピックで初めてピントレーディングを体験する方もいるでしょうし、会場で「やってみたい!」と思う方もいらっしゃると思うので、私たちの方でそういった方々に向けた企画も準備中です。こちらも楽しみにしていただけると嬉しく思っています。
Text by 杉山仁
Photo by Kohichi Ogasahara
桜木谷薫
1989年生まれ。2012年に日本コカ・コーラでインターンをした後、入社。ライセンス&マーケティングアセット担当を経て、現在は東京2020オリンピック アセッツ&パートナーシップマネジャーとして、オリンピック関連のマーケティングに従事。
VERDY
VK DESIGN WORKS所属のグラフィックアーティスト。パンクロックや原宿カルチャーを自身のルーツに持ち、Wasted Youth、Girls Don’t Cryなどのプロジェクトを手掛ける。現在は東京を拠点にし、ストリートシーンを中心に国内外で活躍。
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