ダースレイダーが“病気”をテーマにした半生記『イル・コミュニケーション − 余命5年のラッパーが病気を哲学する−』を出版した。本書は脳梗塞、糖尿病、慢性腎不全、代謝性アシドーシスを患い、左目を失明したダースレイダーが、ネガティヴな認識が付きまとう“病気”を、ヒップホップの思想から再定義しようと試みた一冊だ。

彼はあとがきで「脳梗塞で入院した時の4人部屋でいっしょになった患者の皆さんのおかげで病院をフッドとして、病人をホーミーと考え、病気をレペゼンするラッパーとしての立ち位置を見つけることができました」と述べている。今回はそんなダースレイダーに著書の話題を中心に広く話してもらった。

ヒップホップを通過すると薬は“ドープ”

「そんな真顔にならずに」 『イル・コミュニケーション − 余命5年のラッパーが病気を哲学する−』でダースレイダーが伝えたいこととは? interview240117-darthreider-002

──“病気”をテーマにした半生記を執筆しようと思ったきっかけを教えてください。

出版社(ライフサイエンス出版)さんから「医療業界じゃない人の病気体験を書いてほしい」というオファーをいただいたからですね。編集の方が僕の音楽やバックグラウンドを追ってくれていて、おおまかな骨組みも考えてくださったので、「それなら書けそう」と書き下ろした感じです。

──それは心強いですね。

そうですね。僕はすぐに脱線しちゃうタイプだから、最初に考えていただいたおおまかなストーリーからどんどん逸脱してしまうんですよ。でもその度に「じゃあこういう形にしましょう」と新しい方向性を提示してくれて。何度かやり取りしてこの形になりました。

──ヨーロッパで生まれ育ったダースさんが、ヒップホップを知り、ご両親の死を経験し、自身も病人になり、その目線から最終的に日本社会論に帰結していく構成はすごく刺激的でした。

僕にとって父の死と、その際に生まれた病院への不信感は、自分が病気と向き合っていく上で触れないわけにはいかなかったんです。それに世の中的にもなんとなく「病院に行くのやだな」って共通認識があるじゃないですか。けど自分が当事者として病院に行かざるを得ない身になって見えてきたものがあったんですよ。この経験はいろんな人に当てはまるし、僕の成長譚としても読んでもらえるかなと思いました。

──「病院に行くのやだな」って感覚はめちゃわかります。あと自分は鬱病&不眠症で10年近く投薬治療しています。だからたまに「睡眠薬を飲むやつは心が弱い」みたいな発言を聞くと「うっ……」ってなります(笑)。

病人あるあるですよね。ただヒップホップを通過すると薬は“ドープ”なんですよ。ヒップホップが好きだと「お前、ドープだな」って言われたら嬉しいじゃないですか(笑)。

──それは嬉しいっすね(笑)。

でしょ? 僕も結構なギャングスターがビビる量の薬を毎回処方されてて。薬が入ったビニール袋は“パケ”じゃないですか。つねにすごい量のパケを持ち歩いてるので、その意味だと僕は“ハスラー”なんです。しかもこっちは合法で、全部自分に使ってるっていう(笑)。

──それはくそドープっす。

あと僕は病院が地元なんで「どこよりもドープが流通してるんだよね」ってマウントが取れるとか(笑)。大量の薬を持って病院から出てきたり、毎日薬を飲まなきゃいけなかったりっていうのは世間的にはマイナスかもしれないけど、ギャングスタラップの語り口にすれば全部イケてることにできる。

──見方/語り方を変えることで病人自身のマインドセットも変わっていくる。

そうそう。僕がいつも派手な服を着てるのも同じことなんです。

コミュニケーションを促す架け橋になりたい

──毎日薬を飲むことへの葛藤って、ほとんどの人には伝わらないだろうなと思って普段はあまりしないんですよね。

それって「ここで病気や薬の話をすると変な空気になっちゃうな」って判断だと思うんです。つまり日本では病人ってそういう扱いなんですよ。でも僕は天気の話みたいに自分の状況を気軽に話せるようにならないとダメだと思う。だって潜在的には誰もが病気になる可能性があるから。病人なんて当たり前なんですよ。なのに、なぜかマイノリティ的な状況に置かれてるっていう。

──満員電車で優先席を譲ってもらえなかった話はびっくりしました。

おそらくみんな病気や、その先にある死を見ないようにしてる。そのほうが心の秩序が保たれるから。ごく稀に悪意を持って席を譲らない人もいるけど、基本的にはシャットアウトしてる感じがする。そういう人も知り合いが体調悪そうだったら席を譲ると思う。つまり問題は知識不足、情報不足、コミュニケーション不足なんです。僕がこの本を書くことによって、そこのコミュニケーションを促す架け橋になりたいという気持ちはありましたね。

──本書には、ダースさんが幼少期を過ごしたヨーロッパは社会全体で病人をケアしていたと書かれていましたね。

そうですね。やはりヨーロッパ社会で生活したという経験は自分の人格形成にものすごく大きな影響を与えていると思います。まずは自分が何者であるかをそれぞれが主張して、そこからみんなが「じゃあどうしようか」と議論してバランスを取っていくという順番なんです。日本の場合は、「みんながこう思ってる」「なのになんでお前は従わないんだ」「なんでお前だけできないんだ」という感じじゃないですか。もしくは「ここはお前が主張する場ではない」とかね。

──ヨーロッパではいろんな人種、宗教、思想が混在しているから、日本的スタンスだと社会が成立しないのかもしれませんね。

そうですね。生活のスタイルはもちろん、食べ物とかも全然違いますし。そういった人たちがみんなで暮らしていくためにはどうしたらいいんでしょう?っていう感じなんですよ。同時に僕の中には「和を以て貴しと為す」的な視点もある。「じゃあどっちが良いの?」と聞かれても、それは時と場合によりますよね。ただ順番としては、個があって全体があるというのが基本的な僕の考え方ですね。

──「時と場合による」っていうのはむちゃ大事だと思います。最近は性急に「0か100か」と立場の表明を求められることが多いけど世の中そんな単純じゃないよって。

そうですよね。だから僕みたいな人は日本社会だとすごく浮くんですよね。それでも僕は「こう思います」と主張すべきだと思っています。そのスタンスとヒップホップは相性が良いんですよね。ヒップホップはアメリカのマイノリティが「俺たちはここにいるぜ!」「俺たちはこうやって生活してるんだ」っていうのを声高に主張したのがそもそもの発端だし。ちなみに同調圧力(Peer Pressure)って言葉はアメリカにもあるんです。

──意外です。ヒップホップばっかり聴いてると同調圧力とは無縁の社会に思えてしまう(笑)。

自分の名前の由来だけで何曲を作っちゃうようなカルチャーですからね(笑)。でも実はアメリカにも同調圧力を強いてくる場面は当たり前にたくさんあって。その背景を知った上でヒップホップを聴くと勇気がもらえるんですよ。

僕らは病気という体験を経ている。前の自分に戻ったのではない。

──あと印象的だったのは、ダースさんが入院中のさまざまなことをゲーム的に捉えていることでした。

本にも書きましたけど、子供の頃からいろんなルールを作って、学校帰りに脳内でゲームしてましたね。「ポケモンGO」が出てきた時、ついに自分の想像が現実になっちゃったと思いましたし(笑)。受験勉強もゲームを攻略する感覚でやってました。想像力で現実を塗り替えちゃうんです。

──これもある種のマインドセットですよね。

あー、そうかもしれないです。

──さらに僕にとってすごく重要だと思ったのは「僕は病人に成った後に元に戻れるとは考えていない。あくまで、病気に成った後の自分に成るのだ」という一文です。

軽い病気でも重い病気でも体験した事実が重要だと考えています。苦しんだり、考えたりするじゃないですか。退院するとよく「帰ってきたね」と言われるんです。もちろん善意で言ってくれてるのはわかるけど、「帰ってきたね」「戻ってきたね」は「病気をする前のあなたに戻ったね」というニュアンスなんです。でもそうじゃない。僕らは病気という体験を経ている。前の自分に戻ったのではない。

──苦しんだり、考えたりすることで、それまでにない視点を持つことができますからね。

そう。僕は体験が人生を豊かにすると考えているので、病気の期間と、その次の期間を立体的にちゃんと説明すべきだと思いました。

──これは取材ですけど、こういう話ってSNSやメッセージのやり取りではできないじゃないですか。最近改めてリアルなコミュニケーション、対話の重要性を痛感しているんですよね。

ファミレスでの数時間にわたる他愛もない会話とかね(笑)。建設的な要素が一個もなかったり、人によっては酔っ払って何を言ってるかわかんない状況だったり。でもそこにも価値があった。あと直接会って話すと、一緒にいる時の表情や所作、ちょっとした機微、周りの会話、ノイズを共有することも体験ですからね。

──本書にあった「ふわっと」したコミュニケーションですよね。弱ってる時はこの「ふわっと」が本当に重要なんです。

そこに反応していただけたのは嬉しいです。ひとくちに友達と言っても、いろんな温度感のやつがいるじゃないですか。親身になって「ぐいっと」関わってくれる人もありがたいけど、「まじでなんも考えてないな」ってやつの「ふわっと」した感じがすごく助けになることがあるんですよね。

──ほんとそうなんですよ。現実の関係性からじゃないと生まれ得ない安心感というか。

実はこの「ふわっと」と「ぐいっと」はわかりづらいと編集さんから一回削除されたんですよ。それもわかるけど、僕としてはすごく重要な表現だったので粘りました。

──今日お話ししてどんな状況でもユーモアは大事だなと感じました。

病気って笑えないとされてることが多いじゃないですか。実際、「生き死に」が関わってくるので、真面目に捉えることは一切否定しません。ただ水木しげる先生の画のような感覚というのかな。シリアスだけどちょっと笑っちゃう感じ。僕はそんな視点もありなのかなと思う。

だから本の最後に落語のオチとしてうなぎの話を入れました。ちなみにうなぎってeel(イール)じゃないですか。本のタイトルの「イル・コミュニケーション」とライミングしてるんですよ(笑)。病人に気を使う人たちの張り詰めた感じを病人の側から少し解きほぐしたい。「そんな真顔にならずに」って。真面目で優しい人ほどそういう顔になりがちなので。この本が良いコミュニケーションを生むきっかけになったら嬉しいですね。

Text:宮崎敬太

INFORMATION

「そんな真顔にならずに」 『イル・コミュニケーション − 余命5年のラッパーが病気を哲学する−』でダースレイダーが伝えたいこととは? interview240117-darthreider-001

ダースレイダー

1977年、フランス・パリ生まれ。ロンドン育ち、東京大学中退。ミュージシャン、ラッパー。吉田正樹事務所所属。2010年に脳梗塞で倒れ、合併症で左目を失明。以後は眼帯がトレードマークに。バンド、ベーソンズのボーカル。オリジナル眼帯ブランドO.G.Kを手がけ、自身のYouTubeチャンネルから宮台真司、神保哲生、プチ鹿島、町山智浩らを迎えたトーク番組を配信している。著書「武器としてのヒップホップ」(幻冬舎)「MCバトル史から読み解く日本語ラップ入門」(KADOKAWA)など。2023年、映画「劇場版センキョナンデス」「シン・ちむどんどん」(プチ鹿島と共同監督)公開。

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イル・コミュニケーション
―余命5年のラッパーが病気を哲学する―

2023年11月30日
著者名:ダースレイダー
判型:四六判並製
ページ数:256頁
¥2,200
 
<目次>
Intro はじめに
第1章 ごまかすな!
第2章 病院への不信感
第3章 躍進と急停止
第4章 脳梗塞
第5章 片目のダースの叔父貴
第6章 病院という人間交差点
第7章 ド派手な病人
第8章 5years―死神は人生の友達―
第9章 HIPHOPの逆転の哲学―すべては流れ、言葉は箱―
第10章 ビートたけしの挑戦状
第11章 ラッパーの葬式
第12章 集中治療室
第13章 満期5年―5年後の自分に会いにいく―
第14章 イル・コミュニケーション―病気を哲学する―
Outro おわりに

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