5年足らずだろうか。かつてはレイダー・クラン(Raider Klan)と呼ばれるクルーに属したのちにソロへ、アグレッシヴなラップ・スタイルで支持を集めたラッパー、デンゼル・カリー(Denzel Curry)は、長い時間をかけて、自らの感情が奏でる音に耳を澄ましていた。地元フロリダからLAに居を移し、パンデミックに伴った自己隔離によって独り。彼はその音を現実で奏でるための構想を練り上げていった。
幼いころから親しんだ日本のカルチャー──『カウボーイビバップ』をはじめとするアニメ、黒澤明作品など──への憧憬と共に、ロバート・グラスパー(ロバート・グラスパー)、サンダーキャット(Thundercat)、ケニー・ビーツ(Kenny Beats)、T-ペイン(T-Pain)、アンナ・ワイズ(Anna Wise)、スロウタイ(slowthai)……たくさんの仲間の力を借りて、その音はついにヒップホップにジャズ、ネオソウル、ドラムンベースなどが織り交ぜられた色とりどりの音楽となった。『Melt My Eyez See Your Future』。デンゼル・カリー史上、最も混沌とした音楽であり、うつ、PTSD、性、人種といった様々な社会的/政治的な問題を深掘りし、これまでで最も彼の内面を詳らかにしたそのアルバムについて、そして<コーチェラ(Coachella)>のステージにX-WING(アルバム収録曲のタイトルでもある)型のDJブースを置くほどのカルチャー愛について、Zoomを繋いで話を聞いた。
Denzel Curry – Walkin – Live at Coachella 2022
INTERVIEW:Denzel Curry
──私は2019年に日本の恵比寿LIQUIDROOMで行ったライヴを観て興奮していました。今日は話を聞くことが出来て光栄です。
2019年が初来日でそれ以来行っていなんだよね。ありがとう! ガンダムを見にあのモールにまた行かなきゃな。どこかのモールに行ったら、大きなガンダムが展示されていたんだ。アニメのテーマパークにもまた行きたいね。
──あなたが日本の漫画やアニメ、映画などの文化を愛していることはすでに多くの人に知られています。最新作では黒澤明監督『椿三十郎』を元にした“Sanjuro”や、“Zatoichi”など、時代劇からの影響が濃いですね。“Walkin”では自らをZel Kurosawaと呼んでいます。
昔から好きだった。遡って説明しよう。俺は『スター・ウォーズ』の大ファンでね。俺は好きなものがあると、それにまつわることを色々調べて、そのインスピレーションがどこからきたのかを探るんだ。俺は『スター・ウォーズ』も好きだし、『続・夕陽のガンマン』も好きだ。『スター・ウォーズ』は、マカロニ・ウェスタンとチャンバラ、時代劇を掛け合わせたものだからね。そこから辿って『荒野の用心棒』を観たんだ。『荒野の用心棒』は『用心棒』と同じ映画なんだよね。『用心棒』を観たら、『椿三十郎』も観たくなった。三船敏郎のドキュメンタリーを観なければ、そこに行きつかなかったと思う。彼のドキュメンタリーを観たときに「カッコいい!」「これらの映画を見なければ」って思ったんだ。これらの映画を観ていくうちに、すごくハマって、それから黒澤明監督の映画の「動き」について解説している動画『Akira Kurosawa – Composing Movement』のある「Every Frame Of Painting」というYouTubeのチャンネルに辿り着いた。『椿三十郎』『用心棒』『7人の侍』『乱』『影武者』など、その辺の映画も片っ端から見て、大ファンになったんだ。
Denzel Curry – Zatoichi ft. slowthai(Official Music Video)
Denzel Curry – Walkin(Official Music Video)
アニメは5、6歳の頃から見始めた。一番最初に観たアニメは、『ドラゴンボールZ』だった。それから『カウボーイビバップ』。そうこうしているうちにだんだんアニメが好きになっていったんだよ。それから、『ナルト』を見るようになり、『北斗の拳』を見るようになり……。
それから俺は大のクエンティン・タランティーノファンでね。彼の映画も大好きだ。サニー千葉(千葉真一)を観て、それも遡って、『影の軍団』を観たんだ。そういった映画から得た影響は計り知れない。松田優作の映画『探偵物語』とかも観たね。『カウボーイビバップ』のメインキャラクター、スパイク・スピーゲルは松田優作をモデルにしている、というのをそこで知ったんだ。
──今の日本のカルチャーの情報はどのように手にしていますか?
インターネットだよ!
──(笑)。Spotifyで公開されていたプレイリストにdj hondaやDJ Krushの楽曲がセレクトされていましたよね。彼らの魅力はどんなところにありますか?
日本のヒップホップが好きなんだよ。色々な音楽を掘り下げて聴くのが好きなんだ。色々なジャンルの音楽を掘り下げていって、何ができるか探るのが好き。それを全部混ぜ合わせてミックスしたらどうなるんだろうって。それに俺は色々な音楽が好きだ。それで、こういうものにもハマったのさ。
Troubles:A Playlist Inspired by MMiii
──ちなみに今、他に日本で気になっているアーティストはいますか?
ヨウコ・カンノ(菅野よう子)。Spotifyで「SEATBELTS」というのを検索すれば出てくる。彼らはカウボーイビバップのサントラを全部やった人たちさ。
──最新作『Melt My Eyez See Your Future』では、本当のあなたに近づけた気がしています。ペルソナを脱ぎ去った気分はどうですか?
ペルソナを脱ぎ去ることができたら、自分が今までペルソナの背後に隠れていたような気がしたんだよね。自分のエゴに身を隠している感じがしたんだ。エゴを極端に持っている奴って、結局のところ自分自身をさらけ出す勇気を持っていないんだ。ただクールに見せたいだけなんだよ。自分を強い人間として打ち出し、自分を完全に曝け出したいと思ったら、そんなことはしてはいけない。そんなことをしているうちは、自分に自信がないということ。
パーソナルな内容に触れたのは、俺自身がコロナのロックダウン中に自分の内面と向き合ったから。それでこんな作品が出来上がったんだよね。その間やっていたことが、セラピーとマーシャルアーツ(武芸)。2つは違うジャンルのものだけど、謙虚に自分自身を見つめ直すことができた。1つは、鏡のように自分自身を映し出してくれて、もう1つの方は、もし間違った選択をしたら、ケツに一撃を食うことになる。その2つのおかげで、自分のエゴを沈めることができたんだ。
──アルバム・タイトルは「私たちが日常的に見ないことを選んでいることのメタファー」であり、自己反省や世界をより良いものにしていこうという意味合いもあるとのことです。そのようなテーマは構想を練り始めた段階で決まっていましたか?
2018年9月2日にアルバムの企画を始めているんだ。まず、音楽的に網羅したいジャンルを決めた。アシッドジャズ、ブーン・バップ、ジャズ、ヒップホップ、トラップ、トリップ・ホップ、ドラムンベース、ジャングル、ファンク、ネオソウルとかをやりたいと思ったんだ。それと同時に今回触れたいと思った題材があった。その題材のリスト、シェアできるよ。
最初に『Melt My Eyez See Your Future』のコンセプトを決めるとき、取り上げたいと思った題材は、音楽での成功、全てを欲しいと思う気持ち、弟を失ったこと、苦しい恋愛をした経験、有名になることと精神面での健康状態、 16歳で母親が去っていったこと、もっとも優れたアーティストになること、友人をホームレスになることから救ったこと、兄弟とのいざこざ、父と生活すること、嫌悪感のサイクル、教育、性に対して依存すること、愛を見つけること、嫌な思いをさせてきた女性たちについて、デンゼル・カリーとしての将来、音楽と政治、都会で生きていくための知識、ロールモデルとなること、昔の自分、自分の宗教、神との関係性、家族、友人との関係性、などだね。
──ありがとうございます。アルバムの構想の期間は、あなたにとって自分自身の感情を表現する方法や、その感情に呼応した音楽性を探すための、いわば学びや成長の期間だったのだと思います。あなたはどのように学び、成熟していったのでしょうか?
時間はかかったよ。2018年の時点では、まだアグレッシブで怒りに満ちた曲を作っていたから。『ZUU』は、ホームシックになることがテーマになっていて、それを表現するためにあのアルバムを作った。自分の感情とか、どういう風に感じているかということを表現するためには、長い時間セラピーを受ける必要があったんだ。コロナのパンデミックの影響で時間ができて、こういった曲をアルバム『Melt My Eyez See Your Future』に収録することができた。
──本作ではあなたの感情が深く掘り下げられています。長い構想の期間に過去のトラウマや経験を掘り下げていくことは大きな痛みを伴うものだと思うのですが、あなたを駆り立てていたものは何でしょうか?
長年俺は物語を語ってきたけど、自分の突出したエゴから自分の物語を伝えてきていた。ストレートに自分の感情に向き合って表現したのは初めてかもしれない。
自分自身に向き合ってきたし、色々なことを通して自分を見てきたから。そういった方向に自分を導きたいと思った。ペルソナに隠れて表現しようとは思わなかったんだよ。俺が体験してきたことはすべてリアルだった。ロックダウンの期間は仲間や周りの人たちと話すことが無くなり、俺がどんな存在なのかというのを彼らから聞けなくなった。そのとき、自分が一体どういう存在なのかを自分自身で探らなければならなかった。自分が取っている行動、そして、自分がどういう人間になっているのか。そういうところから自分を発見していったんだ。
──あなたは5年ほど前から地元であるフロリダを離れ、LAにいらっしゃると聞いています。LAのミュージシャンたちのコミュニティはとても豊かに見えます。あなたは他のアーティストから学ぶことを大切にしていますよね。本作を制作する中で他のアーティストから得た学びの中で特に印象に残っているものはありますか?
音楽というものは、いい時間を過ごしたことから派生するもの、ということを学んだよ。だから、外に出て色々なことを実験していくんだよね。決まりきったことをやるんじゃなくてね。日によっては、「こういうトラックを作らなければ」って思って取り組むんだけど、そういうことじゃなかったりもする。いいヴァイヴを感じることだったりするんだよね。それは、エモーショナルでいい時間を過ごすということなんだ。もちろん、仕事は楽しいんだけど、シリアスに捉えすぎてしまったりするからね。その(制作の)渦中にいると、さまざまなフローや、ヴァイヴを感じることができるだろう? その中から、ベストなものを選択してベストなものを作っていくんだよ。もし、それから何も感じられないようだったら、もうそれ以上その曲をどうこうしないことだ。
──なるほど。盟友であるケニー・ビーツをはじめとしたアルバムに参加したたくさんのミュージシャンたちについて、どのような役割を担ったのか教えていただけますか?
ケニー・ビーツとは『Unlocked』を一緒に作った。これはアダルトスイム(Adult Swim|カウボーイビバップなどアニメ専門チャンネルCartoon Networkの大人向け番組を放送するコーナー)っぽい感じの作品になったね。
『Melt My Eyez See Your Future』には多くのコラボレーターが参加してる。たとえば、ドット・ダ・ジニアス(Dot da Genius)には色々助けてもらった。彼はキッド・カディ(Kid Cudi)とも一緒に仕事をしているよね。それにボーイ-ワンダ(Boi-1da)。彼は若いプロデューサーをいっぱい連れてきて、 “X-Wing”が出来上がった。あとはカリーム・リギンス(Karriem Riggins)。彼は、ソウルクエリアンズ(Soulquarians)の時代の人だね。そしてサンダーキャット。彼とは毎日一緒に過ごしたよ。彼はアニメとか日本の文化にも精通しているから、共通点もある。パワーズ・プレザント(Powers Pleasant)は、ジョーイ・バッドアス(Joey Bada$$)のDJでもあり、彼のプロデュースもしてる。このプロジェクトの重要人物だね。ロバート・グラスパーもこのプロジェクトではとても重要な存在。JID、リコ・ナスティー(Rico Nasty)、Jasiah、T-ペイン、ブリジェット・ペリッツ(Bridget Perez)、Sharina Castillo、Shawn K……。一緒に仕事をしていたすべての人たちがこのアルバムの方向性、目標を把握していて、いままで作ったことがない、ベストなアルバムの手助けをしてくれた。
Denzel Curry – Troubles ft. T-Pain(Official Music Video)
──サンダーキャットとはとても良い関係性だと別のインタヴューで読みました。彼との制作は具体的にどのようなものでしたか?
別に彼とは何かやるっていうものでもないんだ。彼とはただ一緒に遊んでいるだけ。
彼は俺に新しいアニメを紹介してくれたりして、一緒にアニメを観てる。『GOLDEN BOY』や『北斗の拳』を一緒に見たりして過ごしているんだ。『モータルコンバット』のようなビデオゲームを一緒にしたりして、一緒に遊んでいることが多い。俺はマーシャルアーツとムエタイをやっているし、彼はボクシングとムエタイをやっているから、共通点も多い。彼と一緒にいると俺は100%自分でいることができるんだ。彼自身が100%自分でいることに恐れを感じていない人だからね。
──先ほどお話していただいたように本作にはたくさんのアーティストが参加していますね。アルバムはとても内省的で音楽性は多様なので、あなたがどのようにイメージを共有していたのか知りたいです。
このアルバムは3回ぐらい構想を練っているんだ。最後のプランを練った時に、自分が好きなものをすべて1つのファイルにまとめた。彼らには、ソウルクエリアンズのドキュメンタリーと黒澤明の動きの仕組みを描いたYouTubeを見せて、プロダクションなどに関してこういう感じにしてほしいというのを伝えた。あとフォントのイメージも伝えたな。フォントは『新機動戦記ガンダムW』から来ているんだよね。自分がアルバムで構想を練ったものに関してはすべてファイルに入れて、みんなと共有したんだ。こんな感じの音楽。こんなイメージってね。そうするとみんながファイルを送り返してきてくれて、その中から何か感じ取れるものがあれば、それを選んでいった。何かを感じることができたら、そこから取り組んでいく必要性を感じたからね。
──LAからみて、現在のフロリダのシーンにはどういった印象をお持ちですか?
クレイジーだね。フロリダーのシーンは盛んではあるけど、みんな喧嘩をしていて、銃でお互いを撃ち合っている。そうではなくて、みんな一緒に何か作るべきだと思うんだよね。クレイジーなシーンだよ。みんなお互いに敵対意識を持っていて、とても変な感じだと思う。
──別のインタビューでは次はさらにすごいものを作ると話していましたね。
それが俺のプラン。次の作品について色々と構想は練っているんだけど、まだあまり公にはしたくない。いま言えるのは「愛」という感情を中心に取り上げていこうと思うってこと。怒り、悲しみ、ホームシックになる感情はもうすでに取り上げたんだけど、愛に関してはあまりまだ取り上げていないんだよね。このアルバムでは内省的な部分を掘り下げているけど、愛についてちゃんと触れたことがないんだ。だから次はそういったトピックを掘り下げていくと思う。
──このアルバムには多様なジャンルが混在していますが、その中で更に突き詰めたいと思ったジャンルはありますか?
R&Bだね。
──実際に誰とコラボレーションしたいなど、念頭にありますか?
リストは作ってあるよ(笑)。アンドレ3000(André 3000)とは一緒に仕事をしたい。それにフランク・オーシャン(Frank Ocean)、ジョルジャ・スミス(Jorja Smith)、カニエ・ウェスト(Kanye West)、ジェイ・Z(JAY-Z)だったりね。
──このアルバムであなたの表現のスケールは更に大きくなり、ライブする会場も大きくなっていくと思います。パフォーマンスについて考えていることはありますか?
自分の素のままを表現していこうと思う。自分を曝け出して、そのままみんなに語りかけたいと思ってるんだよね。ジャズクラブに行ったら普通の人たちがいて、普通にコミュニケーションを取りながら演奏するだろ? そんな感じのアプローチだよ。会場が大きくなっても、みんなとコミュニケーションを取って、みんなに語りかけていきたい。
Interview, Text by Daiki Takaku
Translated by Hitomi Watase
Denzel Curry
1995年生まれ、本名はDenzel Rae Don Curry。アメリカはマイアミを拠点に活動するラッパー。2011年に公開した初のミックステープがSapceGhosPurrpのSNSにて紹介され、注目を浴びる。2013年、当時高校生でありながらもデビュー作『Nostalgic 64』をリリース。2015年に発表したEP『32 Zel / Planet Shrooms』収録のシングル「Ultimate」が大ヒットし、ゴールド・ディスクを獲得。2016年にはリック・ロス等が参加した2ndアルバム『Imperial』を発表し、同年に米ヒップホップ誌XXLにて2016年有力新人としてピックアップされる。2018年にリリースされた3rd アルバム『Ta13oo』(タブー)をリリースし、見事全米アルバムチャートTop30にランクイン。この作品に収録されている「Sirens」では、ビリー・アイリッシュと共演しており、共にツアーをしたことがあるビリーは、デンゼル・カリーのことを”本物の男”と称賛している。また2019年には初来日公演を果たしており、ドラゴンボールなど、日本のアニメが好きなことでも有名。2020年2月、敏腕プロデューサーKenny Beatsとのコラボ作『UNLOCKED』をリリース。2021年8月、新曲「The Game」をリリースし、同楽曲がリアルなアメリカンフットボール体験が出来るEA SPORTSゲーム『Madden NFL 2022』のサウンドトラックに起用されている。
INFORMATION
『Melt My Eyez See Your Future』
Denzel Curry
2022.03.25(金)
Tracklist
1. Melt Session #1
2. Walkin
3. Worst Comes To Worst
4. John Wayne feat. Buzzy Lee
5. The Last
6. Mental feat. Saul Williams & Bridget Perez
7. Troubles feat. T-Pain
8. Ain’t No Way feat. 6LACK, Rico Nasty, JID, & Josiah
9. X-Wing
10. Angelz
11. The Smell of Death
12. Sanjuro feat. 454
13. Zatoichi feat. slowthai
14. The Ills