DJ Mitsu the Beatsが完成させた新作『MAGNETAR』は、2010年にリリースしたアルバム『Universal Force』の系譜を辿る、全編に渡ってラッパーをフィーチャリングした作品だ。BIMをはじめ、仙人掌やISSUGI、NORIKIYO、BASIといった国内勢から、フランク・ン・ダンク(Frank-N-Dank)やタブリーク(Tableek)、アイヴァン・アヴ(Ivan Ave)などゆかりの深い海外勢まで網羅し、鉄壁の布陣でリリースの日を迎えた。

「制作に着手したのは2018年」と口火を切ったDJ Mitsu the Beatsだったが、なぜ4年もの時間を要することとなったのか。そこには世界的評価をほしいままにしてきたクリエイターの葛藤と、素直な思いが隠されていた。

INTERVIEW:DJ Mitsu the Beats

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──2018年から制作を開始し、どのような過程で進行していったのでしょうか?

今回収録した楽曲の半数近くのトラックは2018年の段階で出来上がっていて、翌年からそれ以外のビートを作り続けていった形です。

──今作は『Universal Force』の系譜にあるアルバムだと思いますが、制作の過程で見えてきた全体のイメージはどのようなものでしたか?

最初からラップ・アルバムを作ろうと思っていて、フィーチャリングするアーティストに関しても、日本と海外で半々という意識は持っていました。こんなこと言ってしまうと語弊があるかもしれないんですが、『MAGNETAR』で新しいファンを獲得しようとは思っていなくって、これまで僕の作品を聴いてきてくれた人たちに向けて、最良の作品を聴かせたい意識が強かった。なので、ビートに関しても、そのときの自分が最高だと思えるものばかり選んだし……って、もう4年経っちゃったんですけど(笑)、それでもいま聴いても問題ないビートになっていると思います。

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──リリースまでにそれだけの時間を要してしまったのは、コロナ禍に突入した影響が大きかったのでしょうか?

本来であれば2018年にリリースしたかったし、それが無理でも2019年。実際にコロナの影響はあったけど、それよりも前に1年間くらい何もできない時期があったんです。365日、常に毎日ビートを作っているんだけど、まったく集中できない期間があって。それが2019年の後半くらいだったんですけど、うつ状態とまでは行かないものの、何もする気が起きないというか。

──当時をいま振り返ってみて、何が原因だったと考えられますか?

それが本当によくわからなくて(笑)。録り終わってる曲があるのに進めることもできず。参加してもらったアーティストやレーベル、マネジメントに申し訳ない気持ちがありつつ、ジャジスポ(JAZZY SPORT)のスタッフも最初のほうは催促してきたけど、僕がそんな状態だったからか急かすこともなくなってきて、そこからはもう自己責任で進行していくしかなくて。

──それでもビートは作っていたわけですが、その状態で作る当時のビートの質感というのは、若干感触が違ったりするんですか?

特に変化はないんですよ。ビートを作ることはいつも通りこなせるのに、そのほかの作業に対して動こうとするきっかけを見つけられなくなってしまったんです。そんなときに友達の精神科医から「Mistuくんは極度のADHDだから、その悪い部分が露呈してしまっている」と言われました。

──そこから脱却できたきっかけというのは?

「早くしてください」という各所からの催促でした。そこで改めて締切の設定や催促してくれる人の存在がないと僕はダメなんだなと気づかされて。言われないと自分の世界に没頭してしまい、やるべきことの優先順位を無視してしまって、完全後回しにしてしまう。その無駄な空白期間によっていろんな方々に迷惑をかけてしまったし、正直怒っている人もたくさんいたと思うので、申し訳ない気持ちを背負いながら完成させることに集中しました。

──その作業はコロナ禍真っ只中だったと思いますが、精神的な感覚とは別で変化したものはありましたか?

物理的に(家に)閉じこもる率は高くなりましたよね。自らやるべきことを見つける作業、というのは無意識でやっていたと思う。コロナ禍は自己を見つめ直すいい時間になった、というアーティストの話をよく聞くけど、僕の場合はアルバムを早く完成させることが重要で、結果的にジャジスポは途中から制作の進行管理に関与しなくなり、アルバムに参加した全15組とのやりとりは僕自身が担当することになったんです。「リリックを送ってください」「最終のデータを送るので確認お願いします」「発売日が決定しました」といったメールを日本語と英語で。この事務作業が大変でした。まあ、自分で招いたものなので不満を言える立場でもないんですけどね。

──アルバムのタイトル『MAGNETAR』には「DJ Mitsu the Beatsという強力な磁場が才能あるアーティストを引き込み、耳の肥えたリスナーを引き寄せる作品」という裏テーマがあるように感じていますが、ポジティブではなく、ネガティブなものもすべて含めてのマグネターになったわけですね。

当初はポジティブな意味で考えていて、アルバム全部が完成した段階で付けたタイトルだったんですけど、結果的にそうなりましたね。

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──例えば、仙人掌を起用した“Deadly Combo”を聴いたときに顕著に感じたのですが、「その人のためにビートを作ったのか」「作り溜めておいたビートに合うラッパーを選んでいったのか」など、人選はどのように決めていったのでしょうか?

もともと作っていたビートに合うラッパーを考えていきました。そこから多いときは10曲くらいデモを送って選んでもらい、アーティストによっては決めイチでトラックを送ることもありましたね。

──仮に10曲のデモを送った場合、「これを選んだら、それはそれで面白いな」という振れ幅のあるトラックを送ることもあったんでしょうか?

幅広く送ったつもりだったんですけど、意外なトラックを選ぶ人はいなくて、「これを選んでくれたらうれしいな」と思い描いていたトラックを選んでくれることがほとんどでした。ただ今回の制作で、ラッパー15組フィーチャーするとか、しばらくはもうラップ・アルバムは作らないだろうなとも感じましたね。

──端的にその理由というのは?

昔はダメ元でオファーして「OK出たの!?」という勢いで曲を作ったこともありましたけど、リスペクトのない人とは仕事をしたくない気持ちが強まったというか。今回『MAGNETAR』に参加してもらったアーティストは互いにそういう気持ちで曲を作ることができたけど、リスペクトがない状態で無理をして曲を作る必要はないと痛感しました。

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──コロナ禍はそうした取捨選択のきっかけを作る期間としても機能しましたからね。

今後はまったく知らない人とは曲を作ることはないと思います。無理をしてまで曲を作るのは、なんか違うなと。

──紛れもなく日本のヒップホップ・シーンを代表するプロデューサー/DJであるDJ Mitsu the Beatsですが、以前他メディアのインタビューで「気がついたら日本語ラップ・シーンと離れたところを歩いているような気がする。特にアングラのシーンとは乖離してしまったというか、現在進行形の日本語ラップが好きなリスナーは、僕の存在を認識してない可能性すらある」と話していました。そう感じるようになったきっかけはなんだったのでしょうか?

嫌味な意味ではなく、僕が作る音源に近い作品がなく、どこにも属しづらいというのが大きいんですかね。それはDJ Mitsu the Beatsというソロだけではなく、GAGLEというグループでも同じような感覚があって。極論を言ってしまうと、一般にもサブカルにも存在していないというか。

──世界的な評価を得ているのに存在していない、というのは矛盾しているように聞こえますが、この数年は神格化された〈DJ Mitsu the Beats〉という偶像を自ら破壊しているような印象も受けます。

そういった評価自体をストレスに感じていた時期がありました。素晴らしいと評価されているのに、作品をリリースしてもたいして話題にならない。『Universal Force』のときも手ごたえを感じていたのに、そこまで大きなリアクションを感じることもなかった。本来だったらそこで悔しがればいいのに……かっこつけていたんでしょうね、ずっと。なので、年齢を重ねると同時にあきらめというか、踏ん切りがついたんだと思います。

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──「45歳になって、いろいろ見えてくる景色が変わってきたことも大きい」とも話されていましたが、いまどんな景色が見えていて、これまでの景色とは何が一番変わりましたか?

ひとりぼっちの景色かな。殺風景で誰もいない。もちろん支えてくれる仲間はいるし、これまでは孤独感に対して寂しさを覚えることもあったけど、殺風景で誰もいない景色であってもネガティブな気持ちではないんですよ。

──精神的支柱となるGAGLEがあり、今年4月には「90年代ヒップホップ専門レーベル」を謳う〈C.r.e.a.m. Team Records〉のエグゼクティブ・プロデューサーに就任するなど、ソロ以外の活動から還元されるものもたくさんあるからでしょうね。

〈C.r.e.a.m. Team〉と仕事をすることで原点回帰できたことは大きかったです。サンプリング・ミュージックと出会った頃の初期衝動というか、自分が持つ音楽的な芯の部分を強固にすることができた。GAGLEに関しては、『MAGNETAR』の進行もあってなかなか進められなかったんですけど、HUNGERが率先して動いてくれたこともあって、火が付きました。“Krossfader”がリリースされたばかりですけど、今は完全にGAGLEモードにスイッチングしてますね。

GAGLE – Krossfader(Official Video)

──そのモードに入ると、具体的に気持ちはどう変わりますか?

いろんなところに気を配ることができる(笑)。ソロのときもそうあるべきなんですけどね。それと、GAGLEの曲を作るときにはDJ Mu-Rという壁、HUNGERという砦を越えなくてはいけないので、「これでいっか」という感覚じゃ臨めないんですよね。活動して20年以上、HUNGERは実の弟でもあるけど、いまだにデモを送るときは緊張するし、すぐにリアクションがなかったり、1日経っても返事が来なかったりすると、自分から連絡しちゃいますから。そういった緊張感を常にGAGLEで保てているのは、すごくいいことだなって感じています。

──自身の『MAGNETAR』、GAGLEの“Krossfader”と続き、次作はGAGLEのアルバムになる流れですかね。

そうなると思います。『MAGNETAR』が完成する頃にようやく目が覚めたというか、周囲にいる仲間やレーベルのスタッフともいい関係を築けているので、その感覚をGAGLEの作品に落とし込んでいきたいですね。

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Interview, Text by Koro Sato
Photo by Kouichi Watabe

INFORMATION

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DJ Mitsu the Beats

2022.07.27(水)

Tracklist
1.戯れ with BASI
2.Splash with Frank N Dank
3.Deadly Combo with 仙人掌
4.WooWee with Dusty Husky
5.For Real with Skyzoo
6.ABC with ISSUGI
7.Flash Out with MED feat. Baby Tone
8.都会 with BIM
9.We Got Dat (Remix) with Clear Soul Forces
10.Priceless with Jambo Lacquer
11.Conversations with Ivan Ave
12.Come Back with Epic
13.Goodbyewith Tableek
14.Fantastic with VGM
15.I Want with Norikiyo

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DJ Mitsu the Beats「MAGNETAR」Release Party

DOOR ¥3,000
OPEN 22:00-

-Release DJ+LIVE
DJ Mitsu the Beats
With Jambo Lacquer, Dusty Husky

-ACT
Fitz Ambro$e
DJ CUTS
Dry Echoes
EPIC
till
and Secret Guest……

-LOUNGE
HIROMI
kuroiwa
RYJZ1
HakubishiN
sea
Andres Coco

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