FKD、石若駿、Aaron Choulaiとのコラボレーションプロジェクト・FIC(読み:フィック)。ベースシンセサイザー、ドラム、PCというユニークな編成の本プロジェクトは、ヒップホップからフリージャズまで、幅広く影響されてきたサウンドを昇華・進化させたニュー東京ミュージックを展開している。
今回Qeticでは、初となるFIC3名でのインタビューを実施。ライター/編集者の小熊俊哉をインタビュアーに迎えて、結成の経緯や制作背景などじっくり伺った。
INTERVIEW:FIC
ジャズメン、ビートメイカー、ラッパー…
ジャンルを横断する出会い
━━まずは、みなさんの出会いから教えてください。
石若駿(以下、石若) 僕とアーロンが知り合ったのは……もう長い付き合いになりますね。15年くらい経つのか。
Aaron Choulai(以下、アーロン) 自然と一緒にやるようになった感じだよね。僕が日本にきた最初の頃から、今までずっと。
━━当時、石若くんは東京藝大の付属高校に通っていたんですよね。アーロンさんはメルボルンとNYでキャリアを積んでから東京に拠点を移し、藝大で学びながらミュージシャンとして活動していた。
石若 たまたまライブで一緒になってから、藝大の先輩だと知りました。そのあとすぐ、サックス奏者の吉本章紘さんのバンドで一緒に演奏する機会が多くなったんです。そんなふうにジャズの現場でよく顔を合わせていたけど、気づくと大学でも会うようになり、現代音楽の現場にもいたりして。トリオ、カルテット、クインテットといろんな編成で演奏してきました。
━━かたや、FKDさんとアーロンさんは〈OILWORKS Rec.〉のレーベルメイト。
FKD そうですね。僕はもともとアーロンのことを、ヒップホップのビートメイカーと認識していて。〈OILWORKS Rec.〉からリリースされている作品を聴きながら、「めっちゃいいなー」と一方的に思っていたんです。そこから、vvokaというビートメイカーが主催しているイベント<&beats>を通じて知り合って……それで代々木に飲みに行ったよね?
アーロン あったね、ビートメイカー飲み会(笑)。
FKD それをきっかけに仲良くなりました。アーロンが「Namboku Records presents Lofi improv.」という、ジャズとビート・ミュージックのコラボ企画を始めたときも誘ってくれて。そうこうして、コロナに入ったくらいの時期に「いろいろ試してみよう」ということで、アーロンと一緒にビートを作ることにしたんです。
アーロン それまでは忙しかったけど、コロナでスケジュールも空いたから、FKDや近所に住んでるラッパーの仙人掌とよく飲んでたんですよ。(石若)駿も誘って、みんなで毎週飲んで。
FKD その席にアーロンが、友達のラッパーやジャズ・ミュージシャンを呼んでくれて。
石若 高田馬場で何度も集合してたよね(笑)。
アーロン こんなに会ってるんだから、3人で音楽を作ろうと。それで始めたのがFICです。
新しい音楽へのハングリー精神
━━FICの作品は、アーロンさんが主宰する〈Namboku Records〉からのリリースですよね。このレーベルはどういう目的で始めたんですか?
アーロン レーベルというよりは「集まり(コレクティヴ)」に近いのかな。ジャズの世界はヒップホップみたいに、インディペンデントで活動してる人がなかなかいなくて。自分の音楽もそうだし、周りのミュージシャンの作品を出せたらもっと面白いんじゃないかと思って始めました。
僕の周りにはジャズメンやビートメイカーに、クラシック音楽をやってる人たちもいて、ジャンル的にはバラバラですけど(笑)、それこそが東京の音楽シーンを表現してる気がします。FICもヒップホップやフリージャズなどいろんな音楽に影響されてるから、〈Namboku〉と合いそうだなって。
━━アーロンさん自身もジャズ・ピアニスト/ビートメイカー/作曲家とマルチに活躍してきて、その経験がFICにも反映されているのかなと。シンセベースやピアノの演奏を聴きながら思いました。
アーロン 実は、ある時期までピアノへの興味を失っていて、ずっとビートを作っていたんですよね。でも、コロナになる少し前にピアノを買ったら気分が変わって。そこから新しいことをやりたい、自分しかできないことってなんだろうと考えて、ジャズとヒップホップ両方の経験を活かしたものを作りたくなったんですよね。それで2020年にリリースしたアルバム『Raw Denshi』は、ピアノより作曲がポイントだった。だから、FICでは鍵盤を弾きたかったんです。
━━FKDさんはクリエイティブ集団「VIBEPAK」の主宰を務めつつ、クリエイティヴ・レーベル「PubRec」で映像や写真などを手がけているそうですね。
FKD VIBEPAKはメンバー11人のうち9人がダンサーとしても活動していて、僕がかけるビートに合わせてダンス・セッションを行ってきました。ダンサーとプレイヤーの違いはあるにせよ、みんなでジャムるという意味で、VIBEPAKでの経験がFICにも活きていると思います。
━━石若さんはFICを始めるにあたって、どんなことを考えました?
石若 新しい音楽が生まれることに対して、改めて自分は貪欲だなって思いましたね。僕らもどういう音楽になるかわからないし、一緒にやりながら形になっていくのがとにかく楽しくて。去年リリースした『FIC Volume 1』で、ドラムはKAKULULU(石若が「東京の音楽の中心地」と呼ぶ東池袋のカフェ)の地下で録ったんですけど、完成したものを聴いて「すげー!」と感動しました。
━━この3人でレコーディングするとなったとき、どこから録り始めるんですか?
FKD 『Volume 1』のときは、最初にアーロンと駿がKAKULULUでセッションしたのをRECして、その音源を僕に送ってもらって。そこから僕がPCでリサンプリングして、音を足したり、2人の演奏をいじくり倒しながら形にしていきました。さらに、僕が作ったものをシェアして、アーロンが「こういうラッパーと一緒にやったら面白そう」みたいなアイディアを提案してくれたり、(音作りの)ディレクションをしてもらったりしながら完成させました。
━━『Volume 1』は、客演しているラッパーの顔ぶれも興味深かったです。
アーロン 仙人掌は〈JAZZY SPORT〉繋がりで昔からの友達。Lord Apexはもともといくつかのプロジェクトを一緒にやってきたので、今回もお願いしようと。ロンドン出身のアーティストで最近人気が出てますね。Miles Wordは、Olive Oilなどと一緒にやってるラッパー。僕はビートを作る仕事をしてるから、周りにラッパーがたくさんいて。彼らに合いそうなビートができたら聴いてもらって、「一緒にやってみない?」と相談すれば大体やってもらえる。
━━石若さんとアーロンさんはジャズの現場で長年やってきたわけですけど、FICの音楽はいわゆるジャズとは異なるものですよね。演奏するときの感覚もこれまでとは違ったんでしょうか?
アーロン あのときは完全にフリーだったよね。
石若 二人でKAKULULUの地下に行って、「じゃあやろうか!」って感じ(笑)。事前に何も決めず、いつものフリーの延長線上で録って、それを(FKDが)解体・再構築していくようなやり方だったと思います。
アーロン 今は世界中でジャズとヒップホップを組み合わせたプロジェクトが増えているじゃないですか。ただ僕から見ると、みんな同じことをやってる気がするんですよ。ジャズのコードや、ソウルのタイム感を取り入れたみたいな。でも、FICの場合はドラムとシンセというヒップホップ的な組み合わせで、フリージャズを取り入れた演奏をして、それをサンプリングの素材に使っている。ロバート・グラスパー(Robert Glasper)とかがやってきたことを、もっと別の入り口から実践しているというか。
━━たしかに。
アーロン 僕らはライヴでもフリーでやってますけど、ビートメイカーとフリーでセッションするのは本来すごく難しいんです。でも、この3人なら好き勝手にできる。それによって新しい音楽が生まれていると思います。
FKD 僕もビートメイカーとして、サンプリングの妙や偶発的に生じたグルーヴだったり、意図せず生まれたものに新しい発見があると考えていて。
━━FKDさんはもともと、J・ディラや<Low End Theory>に象徴されるLAのビート・シーンが影響源の一つだと伺ってます。それこそ、ジャズとヒップホップの融合を実践してきたシーンですよね。
FKD そうですね。だから特定のジャンルをやりたいというよりは、クロスオーバーしながら聴いたことのない音楽を作りたいという気持ちが大きくて。そのなかに自分のグルーヴやエッセンスを持たせて、独自のサウンドに昇華したい。それはビートを作り続けながらずっと意識しています。
━━そんなFKDさんの目に、石若さんとアーロンさんの演奏は「サンプリングの素材」としてどんなふうに映りましたか?
FKD メチャクチャ楽しかったです(笑)。どこ切っても何でもできるなーって。二人に送ってもらったデータは、BPMが統一されているわけでも、クリックを聴いたわけでもない。いろいろ試せそうだし、どの演奏もグルーヴが最高なんですよね。それで結果的に、そのままループさせたような曲もあれば、こちらでチョップしまくってる曲もあって。
━━『Volume 1』の3曲目“Break It Up”は石若さんのドラム・ソロだけど、エディットが強烈ですね。
FKD かなり歪ませてます。余白や響きは取り除いて、ブレイクビーツっぽい方向に持っていこうと。ドラム・オンリーでも聴かせられる演奏だと思いつつ、僕ら3人のプロダクションであることを念頭に置いて、チョップしたりエフェクティヴな攻撃を仕掛けながら面白そうな着地点を探ってみました。
石若 自分では絶対に思いつかないドラム音楽だと思いました。この曲を聴いた経験がインプットとなり、ライヴでの演奏も変わったような気がします。
アーロン 出来上がったものを聴いたらヤバかったですね(笑)。僕は自分でコントロールしたがるほうなんですけど、これはもう手を加えるところがない。
ジャズにおけるインプロヴィゼーション、
ヒップホップにおけるミックステープ
━━プロデュース力も光る『Volume 1』に続いて、『Volume 2 Live at Batica』でライヴ・アルバムを出すという流れも面白いです。
FKD このときの音源を出そうと提案したのはアーロンですね。恵比寿Baticaでのパーティーも〈Namboku Records〉主催で(2021年4月開催)、RECした演奏を聴いたらすごくよかったので。
━━どのあたりが気に入ってます?
FKD まず、これがFICとしての初ライヴだったんですよ。僕はそもそも楽器を演奏するミュージシャンとライヴをする経験がなかったから、いろいろ模索しながらのステージで。リハーサルの時点から、自分のなかで新しいものを作っている実感がありましたし、後から(音源を)聴きなおして痺れる瞬間もたくさんありました。
石若 アーロンもさっき話していたように、ビートメイカーとのライヴは、同じような感じになりやすいから難しいんですよね。
━━オケ(同期音源)に合わせるような形になりがちで、演奏にバリエーションをもたせるのが難しいということですよね。
石若 そうそう。だけど、FICのライヴは毎回違う景色が見れるんですよ。インプロヴィゼーションの要素が強くて、そこが面白いですよね。同じネタが出てきても、みんなのアプローチが毎回違ったりしますし。だから、REC回しておいて本当によかった(笑)。
アーロン 同じフリージャズ的な演奏でも、普通のピアノ・トリオだったらオーネット・コールマンのイディオムを使うところを、FICにはビートメイカーがいるから、ヒップホップのイディオムを使って即興演奏できる。実際、『Volume 2』は音楽的にもうまくいったと思いますね。あと、こういう音源をカセットテープ限定で出すのは、ヒップホップにおけるミックステープみたいな感じを意識しました。
━━FICとしては今後、どんな活動を考えていますか?
FKD 新しいことにも果敢にトライしていきたいし、ライヴがとにかく楽しいのでもっとやりたいですね。
石若 いろんな会場でライヴしてみたいね。アコースティックな空間で、アーロンがグランドピアノを弾いてやるのと、3人で朝から晩までスタジオに入ったりするのもやってみたい。
アーロン これまでの2作品はミックステープ的だったので、次はちゃんとしたアルバムを出したいですね。スタジオに入って、プロダクションのレベルも上げて、いろんな人を呼んで。今はいろいろ計画中です。
PROFILE
FIC
『FIC』とは、FKD、石若駿、Aaron Choulaiとのコラボレーションプロジェクト。ベースシンセサイザー、ドラム、PCという編成で、ヒップホップからフリージャズまで、幅広く影響されてきたサウンドを昇華・進化させ、ニュー東京ミュージックとしてアウトプットしていく。
FIC Volume 2: Live at Batica
2021年12月31日
FIC
カセットテープ ¥1,500
デジタルアルバム ¥1,200
Recorded live at Ebisu Batica, April 2021
FKD – PC and Digital Processing
Shun Ishiwaka – Drums
Aaron Choulai – Piano
Album artwork and photography by Aaron Choulai
Recorded and mixed by Shun Yamaguchi
Mastered by Aaron Choulai
FIC Volume 1
2021年1月1日
FIC
Recorded at Kakululu. Ikebukuro, Tokyo
FKD – PC and Digital Processing
Shun Ishiwaka – Drums
Aaron Choulai – Bass Synthesizer and Analog processing.
Album artwork and photography by Tsuyoshi Fujino
Recorded by Aaron Choulai
Mixed by FKD
Mastered by Aaron Choulai