政治の闇に切り込んだ『新聞記者』で、日本アカデミー賞6部門を受賞して注目を集めた映画監督、藤井道人。テレビドラマ、CM、ミュージック・ビデオなど幅広い分野で活躍。ミステリー、青春ドラマ、社会派サスペンスなど、様々なジャンルの物語を描いてきた藤井監督は、日本の映画界の新世代を代表する一人だ。そんな藤井監督の新作『宇宙でいちばんあかるい屋根』は、野中ともその人気小説の映画化。恋のこと、家族のこと、様々な悩みを抱える14歳の少女、つばめは、ある日、不思議な老婆、星ばあと出会う。本作が映画初主演となった清原果耶は、Coccoが作詞作曲を手掛けた映画主題歌“今とあの頃の僕ら”で歌声も披露。星ばあを日本映画界のレジェンド、桃井かおりが演じてユニークなキャラクターを生み出した。原作を読んだ時、映画化するのは難しいと思った小説を、どんな風に映画化したのか。そこに込められた想いについて藤井監督に話を訊いた。

INTERVIEW:藤井道人

藤井道人監督が最新作『宇宙でいちばんあかるい屋根』に込めた願い「周りの人を理解できる世の中に」 interview200821_fujiimichihito_2

━━今回は『新聞記者』とはガラリと趣を変えた作品ですね。

実は4年前くらいに頂いた企画なんです。いくつか映画化用の原作を提案されて、そのなかで、いちばん難しそうな原作だったのでこれを選びました。

━━難しい、というのは、どういうところが?

当時、僕は29歳でヒロインは14歳の女の子ですからね。距離があって難しいんじゃないかと思ったんです。その後に『青の帰り道』『デイアンドナイト』を撮って、20代の時に思っていた社会に対する負の感情は全部出し切った気がしたんです。結婚したことも影響して、優しい作品に触れる必要があると思ったんですよね。そこに『新聞記者』がイレギュラーで入ってしまったんですけど、30代に入ったらこういう映画を撮りたいと思っていたんです。

━━映画の製作に入ってからは、最初に感じていた「難しさ」をどんな風にクリアしていったのでしょうか。

つばめをすべて知ろうとすると失敗するだろうなって、プロットを書いている時に気付いたんです。それで、(つばめの同級生の)笹川マコトの目線で脚本を書くことにしました。中学の時にクラスで全然喋らなかった、もしくは、ちょっと可愛いなと思ってたけれど、自分とは接点がなかった窓際にいたあの女の子はどんな子だったんだろう……。みたいな好奇心から始めるとすごくつばめを描きやすくなって、つばめっていう女の子に興味が出てきたんです。

━━自分の10代の頃の記憶や感覚を呼び覚ましながら、脚本を書いていったんですね。

昔の写真をいっぱい見直して、記憶の海を泳ぎながら書きました。「ああ、すっごい昔、オレンジの服をよく着てたな」とか思い出したりして。笹川マコトがオレンジの服を着ているのはそのせいなんです。

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━━笹川は監督の分身でもあるんですね。14歳の頃、監督はどんな少年だったのでしょう。

1年のうち363日、剣道をやってました。東京の中野という街で生まれたんですけど、不良もオタクも仲が良い変な街でいじめもなかった。そういう環境で育ったので、あまり他人に壁を感じたりすることはなかったですね。

━━体育会系だったんですね。映画とはどんな風に出会ったんですか?

高一の時、一日ひとつ何かをやろうぜって友達と決めたんです。その時、近所にTSUTAYAができて。それでレンタルビデオを借りて一日一本映画を見るようになったんです。

━━映画で、つばめは水墨画に出会って新しい人生を見つけますが、監督の場合は映画だったんですね。

近いものはありますね。僕は父親が剣道の師ということもあって、ずっと剣道を続けるのが嫌になった。それで逃げるように大学の映画学科に入学したんです。そして、18歳の時からは映画しかやってないですね(笑)。

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━━剣道から映画へ、世界が大きく変わったんですね。映画に話を戻すと、原作を脚色する際に気をつけたことはありますか?

物語の大事なところは何だろうと、原作を解体する作業から始めました。原作者の野中さんに挨拶させてもらった時に、「映画は映画なんで自由にやってください」って言ってくださったのが救いでしたね。最初は本を読みながらプロットを書いていたんですけれど。後半はあえて読まないようにしました。原作は原作の良さがあるし、映画には映画じゃないと出せないことを監督として知らなきゃいけないと思ったんです。本を読み返さずに自分の言葉で脚本を書く。「自分の中の星ばあはこう話す」っていうふうに考えていきました。

━━星ばあは桃井かおりさんの演技が加わることで、さらに個性的なキャラクターになりましたね。

桃井さんは撮影前日にLAからいらっしゃったんです。「かおりが来たから大丈夫よ!」ぐらいの感じで(笑)。僕らからしたら桃井さんはレジェンド。めっちゃ怖くて言うこと聞いてくれなかったらどうしよう、と思ったりもしたんですけど、桃井さんがやられたお芝居に対して「桃井さん、それは違って僕はこういう表現をしたいんです」って言うと、「あ、そっち?」って感じで僕の意見に合わせて演じてくれました。

━━自分の芝居をしながら柔軟に対応してくれた?

まあ、たまに言うことを聞いてくれなかったこともありますけど(笑)。桃井さんは監督もやられているので、自分の中で見えているヴィジョンがあると思うんですよね。それをやりたい時は、すごくロジカルに説明してくれるんです。例えば、大事なことを言う時は相手の目を見れない。だから(演技でも)相手の目を見たくないんだ、とか。それはすごく納得したし、そういう桃井さんの説得力は自分が演出するうえで身になりましたね。

━━つばめを演じた清原果耶さんはいかがでした?

以前、彼女が出演してくれた『デイアンドナイト』の時は、あえて彼女には演技について何も言わなかったんです。周りの役者にはいろいろ言ってたんですけどね。そうすることで、彼女が悩むことが役にプラスになったんです。でも、今回は逆で、星ばあがいない時は僕がずっと彼女のそばにいました。だから、彼女のいろんな表情を見せてもらったし、彼女と一緒に成長できた気がしますね。桃井さんとの関係も良かったです。清原さんは共演者の演技に反応するタイプなので、相手の言葉に気持ちがこもっていると良い表情をしてくれるんです。

━━この物語は、つばめと星ばあの奇妙な関係が物語の軸になっています。監督は二人の関係のどんなところに惹かれましたか?

今ってみんな相手に忖度しすぎていると思うんです。言いたいことを言わない。すごく言葉を選んでますよね。ネットではみんなあれこれ言えるのに、直接、本人に言えなくなっているのはなんでだろうって思った時に、人間関係のあり方が変わってきている。希薄になってきているんじゃないかと思ったんです。でも、この二人にはそれがない。そこを描きたいと思いました。「お前のそういうところがダメなんだよ」って言われたいし、言いたいじゃないですか。それは家族でも良いし、恋人でも良い。そういう関係が結べる相手が一人でもいるといいな、と思いますね。

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━━つばめは星ばあと少しずつ関係を深めながら成長していきます。撮影前まで桃井さんと清原さんが会ってなかった、というのも良かったかもしれないですね。撮影を通じて二人の距離が縮まっていくのと物語とがシンクロしていて。

そうですね。最初に屋上のシーンを撮った時は映画と同じように二人の間には壁があったけど、それが徐々になくなっていった。二人で海にいくシーンで、桃井さんが「今なんか(つばめと)シンクロした気がした」っておっしゃったんです。もう、撮影の終わりぎわだったんですけど、それも映画っぽくていいなって思いました。

━━つばめと星ばあが一緒に水族館に行くエピソードは、ドキュメンタリーのように撮影されてましたね。

あそこはほぼ二人の即興でした。このシーンではこういうことがしたい、というのだけ伝えて、あとはお任せでカメラマンの千蔵さん(上野千蔵)が自由に撮ったんです。

━━その一方で、何度も登場する雑居ビルの屋上シーンは、作りこまれた美術が絵本みたいな世界を作り出していました。

あの屋上シーンは初めてのブルーバックで撮ったんです。周りは全部CGなんですけど、雲の量はつばめの葛藤を表していて、雲の量が変わるんですよね。最初、つばめはモヤモヤしているから雲が多いけど、後半になると雲がない。夜空の星の量は星ばあの命で、徐々に少なくなっていくんです。あと、二人が出会ったばかりの時は三日月で、すこしずつ満月になっていくとか。そういうのは気づかれなくても大丈夫なんですけど、自分の表現に対するこだわりなんです。

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━━そういう設定を知っていると楽しさが増しますね。本作は幅広い年齢層に楽しんでもらえる物語だと思いますが、コロナの不安がおさまらないなかで公開されることについてはどう思われていますか?

仕事や生活が大変なのはわかるんですけど、家にいる時間が長くなることでこれまで以上に自分の家族と向きあうことができると思うんです。僕はこれまで仕事で家をあけることが多かったけど、ここ一ヶ月、ずっと家にいると子供がようやく懐いてくれて。人を攻撃しても人生は前に進まない。そうやって誰かを攻撃するエネルギーを、自分が大事に思う人のための費やした方がいいと思うんですよね。

━━不安や怒りをポジティヴな力に変えていく?

そうですね。自分の周りの人のことをもっと理解してあげられる。肯定してあげられるような世の中になってほしいという願いを、この映画に込めたつもりです。

映画『宇宙でいちばんあかるい屋根』本予告 9月4日全国公開

Text:村尾泰郎

PROFILE

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藤井道人

1986年8月14日 生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒業。 大学卒業後、10年に映像集団「BABEL LABEL」を設立。 伊坂幸太郎原作『オー!ファーザー』(14)でデビュー。以降『青の帰り道』(18)、『デイアンドナイト』(19)など精力的に作品を発表。19年に公開された『新聞記者』は日本アカデミー賞で最優秀賞3部門含む、6部門受賞をはじめ、映画賞を多数受賞。21年には『ヤクザと家族 The Family』の公開が控える。

宇宙でいちばんあかるい屋根

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9月4日(金) 全国公開

清原果耶
伊藤健太郎 水野美紀 山中 崇 醍醐虎汰朗 坂井真紀 吉岡秀隆
桃井かおり

主題歌:清原果耶「今とあの頃の僕ら」(カラフルレコーズ/ビクター)
作詞・作曲・プロデュース:Cocco

脚本・監督:藤井道人
原作:野中ともそ「宇宙でいちばんあかるい屋根」(光文社文庫刊)
配給:KADOKAWA © 2020『宇宙でいちばんあかるい屋根』製作委員会

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