死んだ人間の魂の視線で描いた『エンター・ザ・ボイド』(09)。過激な性描写を3Dで描いた『LOVE 3D』(15)など、毎回、観客を挑発する問題作を発表してきたフランスの鬼才、ギャスパー・ノエ。最新作『CLIMAX クライマックス』は、山奥の廃墟でパーティを繰り広げるダンサー達の物語だ。飲み物のなかに誰かがLSDを入れたことで、パーティは恐ろしい結末を迎えることになる。ダンサーの激しいダンス。強烈なエレクトロニック・ミュージック。そして、大胆なカメラワークが融合して観客の感情をかき乱す、まるで観るドラッグのような危険な映画はどのようにして生まれたのか。来日中のギャスパー・ノエに話を訊いた。
11/1(金)公開『CLIMAX クライマックス』日本版予告
Interview:ギャスパー・ノエ
──この映画は実際にあった事件からインスパイアされたそうですね。
1996年に起こった事件を自由に脚色したんだ。でも、その事件を映画にしたかったというよりも、ダンスを軸にした映画を撮りたいと思っていて、その事件がうってつけの題材だった。
それで、閉じ込められた場所でダンサー達がだんだん自分を見失っていくようなパニック映画を撮ろうと思ったんだ。最後にカタストロフィが待ち受けているような物語をね。
私は子供の頃から、登場人物の誰が死んで誰が生き残るのかわからないようなパニック映画に強く惹かれていたんだ。例えば『タワーリング・インフェルノ』や『ポセイドン・アドヴェンチャー』みたいな映画が大好きだったね。
──ダンスのどんなところに魅力を感じますか?
ヴォーキング・ダンスを初めて観た時はすごいと思った。役者がセリフを口に出して表現する以上に、ダンサーは身体を通じていろんなことを表現している。ダンス以外にアクロバットも好きなんだ。でも、スポーツにはまったく興味がない。フィギュアスケートはまだ興味はあるけど、フィギュアスケートの映画を作ろうとは思わないね。
──今回はいろんなスタイルでダンス・シーンを撮影していますね。正面から撮ったり、俯瞰で撮ったり、手持ちカメラで撮ったり。撮影スタイルに関して何か心掛けたことはありますか。
いちばん最初のダンス・シーンは、唯一振り付けをしてリハーサルに2日間かけたんだ。その間、私は現場にいなくて本番で合流したんだが、その時には、もうカメラとクレーンの位置が決まっていたんだ。クレーンをどう使うかは、振り付けを担当したニーナ・マクニーリーが決めていた。彼女はハリウッド・ミュージカルのテイストを取り入れようとしたんだ。
それ以外のダンス・シーンはリハーサルをせず、ダンサーは即興的に踊って、カメラは常に3台回していたよ。俯瞰で1台、それ以外の2カ所にカメラを置いた。その中でも俯瞰で撮った映像が良くて、とくにダンス・バトルのシーンは気に入ってるよ。
──演技もダンスのように即興が多かったのでしょうか。
今回は自分が撮りたい作品の内容を、ざっくり書いた2~3ページの脚本があっただけ。脚本は無いようなものだった。
出演者のなかで役者の経験があるのは2人だけで、その他のダンサーはカメラの前で演技したことが無かったんだ。そんな彼らにセリフを言ってもらっても、自分が撮りたいものは撮れないとわかってたよ。だから、ダンサーそれぞれの特徴を役に活かしたんだ。そして、「何か笑わせるようなことを言って」とか、ざっくりした指示を出して、その指示に対してリアクションしてもらって、良いシーンが撮れたらそれを使った。
──ダンサーひとりひとりの個性が活かされているわけですね。
撮影に入る前、彼らに平常心じゃない自分をダンスで表現した映像を送ってくれるように頼んだんだ。自撮りだから、すごくおもしろい映像が送られてきたよ。その一方で、私が集めた精神病院の患者の様子や普通の状態じゃない人々の映像を見せて、ダンスや演技の参考にしてもらった。
この映画に出演していたダンサーのほとんどはパリ郊外に住んでいて、あまり豊かじゃない生活を送っている。この映画を成功の足掛かりにしたいと思っているから、みんなすごく自分を大切にしているんだ。いつもの映画の現場とは大違いでアルコールは一滴も飲まないし、もちろんドラッグもやらない。みんな競争心を抱いているから緊張感のある現場だったよ。
──ダンサー1人1人がビデオのモニターを通じて紹介されるオープニングのシーンでは、モニターの横に『サスペリア』『ソドムの市』『切腹』など様々なビデオが山積みされています。それぞれ、この映画に影響を与えた作品なのでしょうか。
あの冒頭のシーンを撮ろうとした時に、モニターの横のスペースが空いているのが気になったんだ。どうしようかと思って、自分のアパートに行って私物を持ってきて置いた。どの作品も何十回も観たお気に入りだよ。私はDVDよりVHSが好きなんだ。DVDのほうが映像が美しいのはわかっているけど、自分にはノスタルジックなものにバカみたいに惹かれるところがあってね(笑)。
──『サスペリア』と『クライマックス』には通じるところがありますね。ヒロインはダンサーで、最後にカタストロフィが待ち受けている。
確かにそうだね。あと、ケネス・アンガー(Kenneth Anger)の『快楽殿の創造』では、登場人物が麻薬のような液体を飲まされて朦朧とする。そんな風に、人が平常心を失ってしまう物語が好きなんだ。
The Inauguration of the Pleasure Dome – Kenneth Anger
──登場人物だけではなく、あなたの映画を観ていると観客も平常心を失います。あなたはなぜ、カタストロフィックな物語に惹かれるのでしょう。
人生がカタストロフィックなものだからだよ。ニュースを見ていると。毎日、カタストロフィがどこかで起こっている。アマゾンの大火災とか、イランや北朝鮮のミサイルとかね。我々はカタストロフィのなかで生きているんだ。
Text by 村尾泰郎
Photo by Kohichi Ogasahara
ギャスパー・ノエ(Gaspar Noé)
1963年12月27日、アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれ。父は画家のルイス・フェリペ・ノエ。子供時代の数年間をニューヨークで過ごし、1976年フランスに移住。パリのエコール・ルイ・リュミエールで映画を学んだ後、スイスのサースフェーにあるヨーロッパ大学の映画科の客員教授となる。短編映画『Tintarella di luna』(85/未)、『Pulpe amère』(87/未)を経て、94年に中編映画『カルネ』で、カンヌ国際映画祭の批評家週間賞を受賞。続編で初の長編映画となる『カノン』(98)はアイエス.bの資金援助を得て完成、カンヌ映画祭でセンセーションを巻き起こす。その後、『アレックス』(02)もカンヌで正式上映され、更なる衝撃をもたらす。その後も、『エンター・ザ・ボイド』(10)、『LOVE 3D』(15)など世界の映画ファンを驚愕させ続けている。
INFORMATION
CLIMAX クライマックス
2019年11月1日(金)
ヒューマントラストシネマ渋谷ほか公開
配給:キノフィルムズ/木下グループ
『カノン』『アレックス』『エンター・ザ・ボイド』『LOVE3D』など作品数は多くはないものの、新作のたびにその実験的な試みと過激描写で世界中を挑発し続けてきた鬼才ギャスパー・ノエが3年ぶりに放つ最新作。出演のソフィア・ブテラ(『キングスマン』、『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』)以外は各地で見出したプロのダンサーたち。音楽は、ダフト・パンク、ザ・ローリング・ストーンズ、セローン、エイフェックス・ツインなどが使用されている。演技経験のないプロダンサーによる度胆をぬくパフォーマンスとダフト・パンクらが手がけたエレクトロミュージック、そして、全編を通して多用される長まわし撮影で、ドラッグにより次第に充満していく地獄絵図を鮮烈に映し出した。