GEZAN初のドキュメンタリー映画『Tribe Called Discord』が公開された。バンドのアメリカツアーを追いかけたドキュメンタリー映画としてスタートした本作は、ある点を境に、本人たちも予想していなかった方向へと運ばれていく。そうして出来上がった作品は、観る者に対して大きな問いを投げかける問題作となった。

GEZANのフロントマンであるマヒトゥ・ザ・ピーポーは、アメリカで遭遇した問いに対して、まだ「モヤモヤしている」という。いったい彼はアメリカで何を見て、何を感じたのか。どんなことを考えているのか。そしてそれらは、わたしたちの生活とどう繋がっているのか。

映画について語るマヒトの言葉を通して、これからの社会と生き方について考えてみよう。

Interview:マヒトゥ・ザ・ピーポー(GEZAN)

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大事なタイミングで大事なところに居合わせるセンス

──本作は、ツアーが終わり帰国してから映画化の動きが始まりました。最初にこれらの映像を映画にすると聞いた時、率直にどう思いましたか?

マヒト ドキュメンタリー映画に対して強いリスペクトを持っているので、正直「自分たちは映画になるほどのことを成し遂げているんだろうか?」という気持ちになりました。今の世の中にあふれているドキュメンタリー風の作品に対して斜に構えていた部分があったんです。だから懐疑的な目線は常に頭の片隅にありました。

──すぐには「やろう!」というモードに入らなかったんですね。

マヒト やるやらないということは、その時はあまり考えなかったですね。もちろん、映画になったら良いなとは思いましたけど。いきなり結論に近い話をすると、この映画では一応『全感覚祭』が切り目になっているけど、劇中で描かれていた葛藤に対する答えは、まだ自分のなかでは全然出ていないんです。むしろこれから挑戦していくんだと思っている。月並みな言い方だけど、映画と日常は繋がっていて、これからもっといろんなものが変わっていく。その始まりを捉えたという意味ではちゃんと映画になったし、すごく貴重なものだとも思いました。

──そもそも、なぜアメリカでツアーを行うことにしたんでしょう?

マヒト エンジニアのスティーブ・アルビニがすごく好きなんです。彼と一緒にレコーディングをする話が進んでいたので、それに合わせてツアーを組んだということですね。

──映像作家の神谷亮佑さんを連れて行ったのはなぜですか? まだその時点では映画の話は一切出ていなかったようですし、神谷さん自身、経済的な理由で当初はあまり乗り気ではなかったと伺いました。マヒトさんたちに半ば説得された、とも言っています。

マヒト その質問の答えになっているかわからないけど、モノをゼロからつくり出すセンスと同じように、「居合わせるセンス」というものがあると思うんです。

──「居合わせるセンス」ですか。

マヒト 大事なタイミングで大事なところに居合わせるセンスというものがあると思っているんです。あまりにも情報過多でさまざまなことが同時多発的に起き続けている今の世界で、何をキャッチして何を排除するか、つまりどう取捨選択するかは、「センス」という言葉とほぼ同じだと思うんです。自分にとって、でるお(神谷)がアメリカツアーに行くということがその時の取捨選択だったし、そこにちゃんと居合わせることが、でるおの才能だと思う。

──それは、元々神谷さんが持っていたもの?

マヒト こうして友達になって一緒にいるということもひとつのセンスだと思うんです。俺はそれをあいつの才能だと思っている。そして今回の映画は、そういうものの連鎖でできた気がする。カンパニー松尾さんやSPACE SHOWER FILMの高根さんとの出会いも含め、いろんな人と繋がっていくテンポ感も自然だった。あのツアーから今年の『全感覚祭』を含めた大きな挑戦に繋がっている流れを見ると、誰が書いた脚本かわからないけど、仮に神様みたいなものがいるとしたら、神様が書いた脚本はすごくきれいでしたよね。一本の美しい流れがあった。

──当人たちの想定していたものとはまったく違う方へ進んでいるにもかかわらず、結果的にはとてもきれいな構造の映画になりましたよね。いろんな偶然が繋がって一本の線になっていて、「もしかしてこれはフェイクドキュメンタリーなんじゃないか?」と疑ってしまうほどでした。たとえば、帰国して神谷さんが音信不通になった際、マヒトさんは神谷さんの家に押しかけますが、あの時、なぜマヒトさんはカメラを持っていたんでしょうか? あれがなければ、映画は全然違うものになっていたと思います。

マヒト ドキュメンタリー作品が本当に好きで、平野勝之さんの『監督失格』とか岩淵弘樹さんの『遭難フリーター』とか、人のダラダラしているところまで映画にしちゃう実録モノが大好きなんです。だからあの時は、もし神谷が死んでいたらちゃんとフィルムに収めたい、という思考が完全に働いていましたね。

──死んでいる前提だったんですね(笑)。

マヒト 悲しいけどちゃんと回さなきゃ、と。カメラのボタンを押さずにそのドキュメントに遭うのか、そうではないのか。どちらにせよ悲しいんだったら撮れていた方が良いし。

──無意識のうちに、カメラを通して悲しみを和らげようとしていた、という可能性はありませんか?

マヒト いや、それはまったくないですね。俺もちょっと壊れてるので(笑)。というか、良いことも悪いことも、日常生活のすべてが大きな創造物のなかでまわっていると思っているし、「つくる」ことをいちばん信用しているんです。葛藤やトラブルやネガティブな気持ちがあった時、ある人はパートナーや家族の存在によって乗り越えるんだろうし、ある人はドラッグに逃げるんだろうけど、それが自分にとっては「つくる」ことなんです。だからカメラのボタンを押せたんだと思う。

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無防備なまでに自分たちの無知さを表に出して、その恥ずかしさを受け入れていく

──アメリカツアー後のマヒトさんの様子を、神谷さんは「落ち込んでいた。マヒトのあんな顔は見たことがなかった」という言葉で表現していました。

マヒト なんとなく落ち込んでいた気はしますね。やっぱり、ある種の事故みたいに大きなものに出遭ってしまったから。それを知っていようがいまいが日常生活は同じように続いていくわけで、そこのチューニングが難しかった。気持ちが揺らいでしまうのは仕方ないと思います。誰もがある程度、自覚的にも無自覚的にも、物事の背景にある構造を見て見ぬふりして過ごしていると思うんです。普段食べているお肉ひとつをとっても、背景を知ってしまえばもう食べたくないと思ってしまう構造がある。そのことは理解できるんだけど、でもやっぱりお肉は好きだし、高いものばかり食べていたら生活できない現実もある。そういうバランスのなかで、どの扉を開けてどの扉を開けないかを選んでいる。

──聖人君子でもない限り、すべての扉を開けることはできないですからね。

マヒト そう。みんな「このドアを開けると生活に支障が出るかもしれないからやめておこう」と選択しているわけですよね。そのバランスがうまい人が、生きていく上でのデザイン能力が高い人だと思います。その点では、でるおもGEZANも、はっきり言って下手。だから気合いでなんとかするしかない(笑)。でも飛び込むことを恐れないことがこのチームの特殊なところだと思います。

──なるほど。今のところ、映画にかんする印象的な感想などはありましたか。

マヒト 試写を見た奥田愛基(SEALDs創設メンバー)がこんなことを言っていました。「この映画のなかにはいろんな現実がある。それらは、ちょっと勉強している人にとっては知っていて当然のことかもしれない。だけどこの映画は、新しい知識を得たり、誰も知らなかった社会問題を暴き出したりする映画ではなく、そうしたものに無知な奴らが飛び込んで行って、自分たちなりの答えを出そうとする映画」。

──的確なレビューですね。

マヒト 無知であることが恥とされている世の中で、無防備なまでに自分たちの無知さを表に出して、その恥ずかしさを受け入れていく。そんなふうに何も知らなくても踏み出して良いし、表現しても良い。奥田が言うように、これは社会に対して問題提起する映画ではなくて、そういうものに対する向き合い方のひとつのサンプルだと思うんです。Googleで検索したら1ページ目に出てきて10分以内に読み終わってしまうようなことを、1ヶ月間かけて体験して、半年以上かけて編集して、さらに半年かけていろんなところで上映していく。それがこのドキュメンタリーの正体だと今は思っています。

──「知る」ということには、いくつかのレイヤーがあると。

マヒト この映画が2019年に存在する意義を考えると、考え方によっては、SNSや情報の選択の仕方という話に繋がってくると思う。フォロワーの多い有名人の言葉をちょっと入れ替えて自分の言葉のように話したり、それによって異なる立場の人を攻撃して優越感に浸ったり、そういうやり方が当たり前になっているじゃないですか。でもこの映画はそれとは正反対のことをやっている。何かを知るということには自分に合ったペースや噛み砕き方があると思うし、本当はこれくらいのリズムが人間にとって正しいんじゃないかという気もしています。と同時に、これじゃダメだというモヤモヤした気持ちもずっとあるんです。だからこそ次のアクションにしていかなきゃいけない。それがまずは『全感覚祭』なんですよね。

──今でもモヤモヤしていますか?

マヒト モヤモヤしますね。いろんなことを忘れて風化させる能力って、ある種の贈り物のようにDNAに組み込まれた機能だと思うんです。そうしないと日常生活に支障を来してしまうし、あらゆる扉を開いたら脳がバグってしまうから。そうして日常を保つためにある程度盲目になっている自分のズルさに落ち込むことがあります。

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言葉の外堀で浮遊しているものを形にしたい

──映画のなかで「なかったことにはできない」とマヒトさんが言うシーンがあります。とても印象的な言葉ですが、実際は、なかったことにした方がラクなことが多いと思うんです。マヒトさんは「脳がバグってしまう」と言いながらも、自ら扉を開けようとしているように見えます。それは、きついことではないですか? 誰もが「なかったことにはできない」という態度でいられるわけではないと思うんです。

マヒト きついかきつくないかで言えば、きついですよね(笑)。でも自分は深く考える前に、そこに扉があったら開けてしまうんです。これは癖みたいなもので、無意識にそうしてしまうんですね。悪いものだとわかっていても好奇心が勝ってしまう。それは自分の才能なのかもしれない、と思うこともあります。

──ネイティブ・アメリカンのコミュニティでのシーンでは、マヒトさんが涙を流すカットがあります。これも映画のなかでとても印象的な場面でした。あの涙は何だったと思いますか?

マヒト 英語がわからないから、実は現場ではあまりよくわかっていなかったんです。たぶん、正確なことは全員わかっていなかったと思う。でもどういう話をしているかだいたいはわかったし、何よりも、あの場の空気で感じ取ってしまった。あれは空気としか言いようがない。

──感情が伝わってきたんですね。

マヒト みんな言葉を信用して言葉を介してやり取りしているけど、もっと本質的なものがあると思うんです。それを説明する時に言葉が前に出てしまうだけで。今は言葉の方が速く飛ぶからツールとして使われやすくなっているけど、本当はその前に全部答えが出ている気がしていて。

──なるほど。だからこそ小説やコラムを書いたり、活動の幅が広がっていくのかもしれませんね。

マヒト 小説に表現を広げていくのはたしかにそういう理由もあるのかもしれない。言葉で伝える時に省かれてしまうもの、言葉の外堀で浮遊しているものを形にできたら、という想いがあります。この映画を見た何人かのミュージシャンが「『全感覚祭』の時に感じたものを理解できた気がした」「時間をかけて答えあわせができた」と言ってくれました。これはまさに、言葉の外堀でしか伝わらないニュアンスだと思うんです。そうしたものが映画のなかでどれほどの解像度で残っているかはわからないけど、そういう感想が出てくるということは、ツイッターの何文字かで収まる事実以上のものは残っているんだと思います。それがこの作品が映画である証拠ですよね。

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この映画は、ある意味ですごく暴力的な映画でもある

──最後に、「政治」という言葉に対してマヒトさんが考えていることを知りたいです。昨今、多くのアーティストがこの言葉を避けているように見えます。しかし最近のマヒトさんは、映画の後半に出てくる通り、むしろ積極的にこの言葉を使っているようです。「政治」という言葉を使うことにためらいはないですか?

マヒト ためらいはあります。言葉の持っている力はわかるし、そのリスクも理解できる。だから『全感覚祭』で「政治」という言葉を使ったのは、半分は皮肉ですよね。あれを聞いたら「どういう意味?」って疑問に思う人がほとんどだろうし、「政治」という言葉を聞いた時に浮かんでくる政治家の顔や選挙演説や国会のイメージと『全感覚祭』の空気は、明らかに相反している。だけど本当は、Politics(政治)というのは、都市国家ポリスにいろんな人が意見を持ち寄って自分たちの生活について考えるということが語源なわけですよね。『全感覚祭』はまさにそういうコンセプトのもとで成り立っているんです。

──なるほど。

マヒト そういうものが許された環境のなかで、普段自分がないものとしていた気持ちについて考えたり認識したり、許したりするのは、本来の意味でポリティカルなことだと思うんです。

──「政治」という漢字がミスリーディングなんでしょうか。特に「治める」という字が。

マヒト でも一度あるイメージを持ってしまったら、言葉はいろんなものを背負いこんでしまうから。今に至るまでの歴史がそうさせているんでしょうね。自分にとっては「ヒーロー」や「カリスマ」といった言葉も価値があるとは思えないし、「オルタナティブ」や「カウンター」という言葉すら怪しい。「GEZANってどんな音楽やってるの?」と聞かれたら、一応パンクと答えるけど、それも微妙に違う気がする。言葉は過去を内包してしまうんです。だから『全感覚祭』では、「政治」という言葉が持つネガティブな歴史のイメージもふくめて使いました。

──この映画を見ると、人間は本来的に対立する可能性を持った存在だということがよくわかります。利益も違えば価値観も違う。誰かの優しさが誰かを傷つけることもある。ただ、それはわかるんだけれども、じゃあどうすればいいの?と思う人もいるんじゃないかと思うんです。

マヒト そこは難しいですよね。この映画は、ある意味ですごく暴力的な映画でもある。逃げ場がないし、自分に返ってくる話だから。もしもこれが政治の映画だったら、まだ逃げようがあるんです。「すごい映画だったけど、やっぱり政治が悪いよな」と優越感に浸ることもできる。でもそれがない。この映画はやはり、物事へのかかわり方についてのひとつのサンプルであって、裏側には「あなたはどうするの?」という問いかけがある。

──決してネイティブアメリカンについての映画ではないし、ただのバンドのドキュメンタリーでもないと。

マヒト いろんな物事に置き換えることができる。そういう意味では、この映画はあまり良い映画ではないかもしれない。刺激があることは基本的に良いことだとされがちだけど、一定の量を超えると暴力にもなり得ますよね。それを回収して自分なりにポジティブな方へ進むことができれば良いけど、それは本人次第だから。

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ちゃんと存在すること

──では、マヒトさんはなぜ次に進むことができたんでしょうか。もう何もできなくなってしまう、ということもあり得たと思いますが。

マヒト やらざるを得ないという感覚が強いんですよね。でもそれは自分の癖なのかもしれない。リアクションとしてより内側にこもる人もいるだろうし、より声が大きくなる人もいる。東日本大震災の時はまさにそうでしたよね。それは良し悪しではなくて、その人の癖や性格なんだろうと思います。

──それこそ「なかったことにはできない」んですね。

マヒト この映画には「出会ってしまった意味を知りたい」という素晴らしいコピーがついているけど、すべてこの言葉に集約されていく気がしています。GEZANのメンバーに出会った意味、俺らがでるおに出会ってしまった意味。何か動いたことで次の何かが始まる、そうして連鎖していくことが、自分にとっては救いになっているんです。……ただ、バンドもソロも小説も、それで出し抜いてやろうとか売れてやろうというところからはだいぶ遠くへ来てしまったと感じています。もちろん売れたらラクだし嬉しいけど、もう自分の行動原理はそこにないし、戻れない。

──だとしたら、マヒトさんはこれから何を目指すんでしょう?

マヒト どうだろう……。健全な世界が良いですよね。たとえば「ありがとう」と言った時に、そう思った気持ちと同じ意味としてちゃんと届くというような……。人はみんな必ず死ぬのだから、ちゃんと存在しているということはすごく重要だと感じています。やりたいことはそれくらいですね。ちゃんと存在すること。

──ちゃんと存在すること……。

マヒト 自分が自分の操縦桿をしっかり握って自分自身でいられたら、もう誰に負けることもないし、勝ち負けを超えてそれがオリジナルになるんじゃないか。これほど争いや罵り合いが多いのは、きっと誰も自分自身になれないからだと思うんです。ちゃんと存在できていないから、自分の存在の空白を、差別や他者への否定で補おうとしているんじゃないか。そして「存在する」ためには、なにも田舎に行ってヒッピーをやらなくても良いわけで。自分が繋がるべき人とちゃんと繋がって、それぞれの神様や大事にしたい感覚とともに生きていけば良いんだと思います。

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Text by 山田宗太朗
Photo by 小林光大

『Tribe Called Discord:Documentary of GEZAN』
シネマート新宿にて絶賛上映中

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監督:神谷亮佑
プロデューサー:カンパニー松尾
主演:GEZAN(マヒトゥ・ザ・ピーポー、イーグル・タカ、カルロス尾崎、石原ロスカル)、神谷亮佑
キャスト:青葉市子、 テニスコーツ、原田郁子、THE NOVEMBERS、行松陽介、UC EAST、imai、踊ってばかりの国、HIMO、呂布カルマ、やっほー、他
製作:十三月
音楽:マヒトゥ・ザ・ピーポー
配給・宣伝:SPACE SHOWER FILMS
©︎2019 十三月/SPACE SHOWER FILMS

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