ヒップホップ・シーンに身を投じた作者ならではのリアルな情景描写の週刊漫画が話題を呼んでいる。

週刊誌『SPA!』で連載中の漫画『少年イン・ザ・フッド』は、団地住まいの少年の成長を通して、96年と現代(2019年)を行き来しながら、グラフィティやミックステープなどのヒップホップカルチャーとその周辺のサブカルチャーを描いた作品。口コミや皮膚感的に学ぶことが多いストリートのマナーについても、この物語を読めば理解することができる。

この漫画の著者は、ヒップホップ何でも屋を称するSITEことGhetto Hollywood氏。桑沢デザイン研究所の学生だった2000年頃から東京ブロンクス名義で『BURST』やスケート雑誌『Wheel』(現SB)、『Studio Voice』、ヒップホップ専門誌『BLAST』など様々なカルチャー誌にライターとして寄稿。またグラフィティライターの活動と並行してヒップホップクルーSDP内のラップグループSD JUNKSTAにも参加。その後もレコード会社のA&R、ミュージックビデオのディレクターとしてPUNPEEなど数多くのラッパーのMVを手掛けながら、近年は謎のインスタグラマーとしても活躍を続けていたが、2019年に突如漫画家に転身して現在も連載中だ。

『少年イン・ザ・フッド』のコマの中には、グラフィティのタグからミュージシャンのロゴなど、Ghetto Hollywood氏が漫画を描く上で影響を受けたさまざまな要素が忍び込んでいる。数多くのカルチャーに触れ、カルチャーの目利きでもあるGhetto Hollywood氏に、本作に影響を与えた映画、漫画、写真集をピックアップし、語ってもらった。各作品に触れることで、新たな視点が得られるはずだ。

INTERVIEW:Ghetto Hollywood(SITE)
『少年イン・ザ・フッド』に影響を与えた作品

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映画『憎しみ』(1995年)監督:マチュー・カソヴィッツ

人種問題をテーマにしたフランスのフッドムービーの名作

暴動の次の日のバンリュー(パリ郊外の公営住宅)を描いたフッドムービーの名作ですね。それまでフッドムービーといえばスパイク・リーやジョン・シングルトンがいたけど、公開当時それらの大物監督と比べても断然リアルに見えた、衝撃的な映画でした。リアリティを生み出すための演技メソッドが独特で、作品に溶け込むために俳優が全員本名で出演したり、撮影前に一か月現地に住んだり。漫画に通じるところとしては、フィクションと現実をギリギリまで近付ける見せ方について、かなり影響を受けました。それと団地の話だったり、全員移民の主人公3人組も漫画で出てくる多国籍自衛団のコン・サフォスの着想になっています。監督のマチュー・カソヴィッツがこの作品を撮った時はまだ若干26歳で、カンヌの監督賞を取ったんですよね。メイキングを見ればわかるんだけど、おじさんが若者を撮った作品じゃなくて、監督自身が現役のB-Boyなんですよね。画作りもアートの方に軸足を置いていて、とてもよいバランスで撮れているクラシックですね。『レ・ミゼラブル』も『憎しみ』の最新アップデート版みたいな感じでめちゃくちゃ良かったです。

映画『ボーイズ’ン・ザ・フッド』(1991年)監督:ジョン・シングルトン

ラッパーが主演するLAのサウスセントラル発のフッドムービー

『憎しみ』を見たのはたしか高校2年生の時で。その頃はフッドムービーが日本でも流行り始めた時期で『ポケットいっぱいの涙』『サウス・セントラル』『カラーズ 天使の消えた街』などをレンタルビデオで借りて観てました。そのきっかけになったのがこの映画で当時、自分の実家の喫茶店に来ていた漫画家のお姉さんがレンタルビデオを又貸してくれて、それが『ボーイズ’ン・ザ・フッド』と『バスケットボール・ダイアリーズ』だったんです。あと『トゥルー・ロマンス』かな。俺を見て何を思ったのかはわからないけど「君は絶対にこれを見たほうがいい」って言われて。その人とは四半世紀以上会ってないけど、今の自分の世界観に繋がる作品を教えてもらえて、ナイスプレイでしたね。最初見た時の感想は、俺の知っている勧善懲悪ではなかったからなんかモヤっとしていた記憶があるけど、逆にそれがハリウッドの大作とは違った、俺らの世代のアメリカン・ニューシネマ的な、リアリティのあるフッドムービーの初体験でした。

映画『ラスベガスをやっつけろ』(1998年)監督:テリー・ギリアム

サイケデリックカルチャーに身を投じるノンフィクションが原作

これは『少年イン・ザ・フッド』の4話でモロにオマージュしています。ドラッグカルチャーは、何をチョイスするかでどんなタイプのやつらと同じカルチャーに属するのかが決まると思うんですよ。ヒップホップでは草からコカインに行っちゃう人が多いんですが、パーティードラッグとしての好みはおいといて、コカインビジネスの非道さとか、日常的にコカインを嗜む人たちの生態は結構酷いよなと思っていて。B-boyが『スカーフェイス』観てコカインに憧れたみたいに、最近はFXとかやってる奴らが『ウルフ・オブ・ウォール・ストリート』に憧れてコカインやってるって話を聞いて、そういう奴らとは一緒になりたくないなと思ったんですよ。それに比べるとサイケデリックカルチャーにいる人はアーティスティックだしインテリが多いですよね。インテリかフーテンか、まあ口だけの超バカな人も多いですけど(笑)。でもコカインビジネスの持っている暴力性と、現在の大麻ビジネスやサイケデリックカルチャーの多様性を比べた時に、どっちが好きって言ったら、断然サイケデリックカルチャーの方が俺は好きなんですよね。この作品のゴンゾ先生はバカすぎて逆に憧れるピカレスクヒーローですね。俺が昔雑誌のライターしていた時からそうだけど、自分を現場に放り込んだ上で起こる現象を記録する「ゴンゾジャーナリズム」が好きなんです。

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映画『桐島、部活やめるってよ』(2012年)監督:吉田大八

学校内の見えない身分制の描き方を変えた、メジャーな邦画

学校のスクールカーストの描き方が完璧で、学校のシーンを書くときによくDVDを流してました。3軍と1軍の関係性とか、時に残酷だけどドライでリアルな演出。2軍のやつらは1軍に入りたいって憧れてるけど、みんなが思っているほど3軍のやつは1軍に入りたいと思っていない。体育会系と文科系の関わり方の空気感をうまく描けている最近の作品で、視点と時間軸を行ったり来たりさせるのが本当にうまい。見る角度によって同じ事件が少しずつ変わっていくあの演出は、「桐島以前以降」っていうくらいに学校モノの作品に変化を与えていると思います。一回見ちゃったらこの語り方から影響を受けないことが難しいんじゃないですか。日本のドラマの演出はあんまリアリティ志向じゃないからあんま参考にならないことが多いんですが、これは構成が本当に良くできてるので海外ドラマと同じぐらい参考にしてます。

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映画『THIS IS ENGLAND』(2006年)監督:シェーン・メドウス

イギリスの労働者階級による文化を時代ごとに切り取った青春映画

80年代初頭のスキンズの集団に子どもが入って、子供の視点からその仲間内で起きる人種差別や仲間割れという身近な問題を描いています。みんなで仲良くしていたところに極右のナショナル・フロント寄りのスキンズが刑務所から帰ってきて起こるトラブルやグループ内の恋愛事情とか、実際によくあったんだろうなっていうシチュエーションばっかで、この時代のイギリスのリアルを落とし込んでると思う。2トーンとスキンズは人種を語りやすいと思うんですよね。また、同じ子役が成長してキャスティングされてる続編のドラマ版になると、86年だとマッドチェスターとか、90年ではレイヴの描写があったり、子供の成長物語と時代背景を合わせて描く作り方は結構参考にしています。人種問題に関しては俺の漫画の技術が追いついていないので後回しにしていますが、のちのちの展開でちゃんと描き切りたいテーマのひとつです。

映画『ビューティフル・ルーザーズ』(2008年)監督:アーロン・ローズ、 ジョシュア・レナード

落ちこぼれ(ルーザーズ)によるアートムーブメントのドキュメンタリー

グラフィティ・アートやスケボー、サーフィン、ドローイングが有機的に混ざり合った「ビューティフル・ルーザーズ」と呼ばれるアートムーブメントを記録したドキュメンタリー映画です。TWISTのタグネームで知られるバリー・マッギーや、バリーの妻でこの映画の撮影期間中に命を落としてしまうマーガレット・キルガレン、スケーターのマーク・ゴンザレスを筆頭に、90年代のサンフランシスコやニューヨークのアレジッドギャラリーを震源地に始まったアートのムーブメントで、一般社会でいうとみんな負け組の人たちなんだけど、凝り固まった伝統的なスタイルに縛られないし、ハードなストリートアートの系譜ともまた全然違う。マーク・ゴンザレスの絵を見ても技術的にうまいとは思わないけど、ゴンズはライフスタイルが一番自然体でかっこいい。スケートしながら絵を描いて詩を書いてそれをジンにして。上手い下手とかではなく、もっと自然なボヘミアン的なライフスタイル。俺はこの映画の撮影期間中の2000年にパルコでTWISTがトッド・ジェームズ(REAS)とスティーブ・パワーズ(ESPO)の3人でやった『STREET MARKET』って言う展示で彼らのアシスタントを2週間ぐらいしたことがあって。その当時の彼らはいまほど作品の値段は高くなかったけど、ストリートではすでに神格化されてて、今でいうKAWSとかバンクシーみたいな象徴的な存在だったから、制作中にも奈良美智さんとか五木田智弘さんとか、いろんな人がTWISTたちに会いに来てて。もちろんマーガレットにも会ったし。俺は作品を作るとかじゃなくただ横にいただけだけど、その当時のアートシーンの最前線の空気を体験できたし、見るだけでその空気感を思い出せる大切な作品。

漫画『東京ガールズブラボー』(1990年)作者:岡崎京子

1980年代前半の東京のカルチャーシーンの高校生を漫画に

岡崎京子先生は、俺の好きな時代のガールズカルチャーの象徴みたいな人なのでガッツリ入れておきたくて。それでヒロインの名前を岡崎先生のキャラを混ぜて吉川サカエちゃんにして。あと、『少年イン・ザ・フッド』1話目の冒頭の文章「ぼくたちの住んでいる街には……」は、岡崎先生の『リバーズエッジ』のオマージュなんですよね。もちろん元ネタを知らない人たちがわからなくても話は進むようになっていますが。俺はコテコテのヘッズだったけどオザケン(小沢健二)や岡崎京子先生とか、ざっくり言うと渋谷系の系譜も好きだったので、それが意外にヒップホップで生かされているパターンをあんまり見ないのが残念だなと思ってて。彼女が読んでる『CUTiE』見てるやつとかいっぱいいたはずだと思うんですけどね。ちなみに岡崎先生は初期のエロ本から『CUTiE』に描いていた時期の絵が一番が好きです。

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漫画『河よりも長くゆるやかに』(1984年)作者:吉田秋生

80年代に日本のドラッグカルチャーを記した少女漫画

俺がこれまでに見たマンガ中で一番マリファナをリアルに描いている漫画ですね。福生の基地の近くにあるバーで働いている学生が主人公で、基地のやつからドラッグ仕入れてバーでマリファナ売ってたり、売春の斡旋したり、ゲイバーでバイトしたり、少女漫画とは思えないテーマを丁寧に描けててめちゃくちゃ面白い。狩撫麻礼先生や大友克洋先生もウィードの描写をしていたけれど、LSDや『アカプルコゴールド』って草のブランド名まで細かく書いてるのはマンガでは初なのかな。当時は確実に身近にあったんだろうなって感じの描写だと思います。吉田秋生先生のパートナーが黒人男性だったのも影響してるんだと思います。ただ、ジョイント巻く描写があるんだけど、巻かれた状態の紙の描き方が微妙に正しくなかったから、たぶん自分では巻いていないのかな(笑)。とにかくどのエピソードも最近のA24映画みたいなテーマを先取りしてて、漫画自体がめちゃくちゃ面白い。大友先生に代表される80年代に美大系の人たちの作家性の強い漫画が爆発してた時期の作品ですね。自分もこういう系譜に連なりたいのでウィードネタを積極的に描いてます。

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漫画『アイデン&ティティ』(1992年)作者:みうらじゅん

映画化もされたバンドブームを起点とした自伝的漫画

基本的な作りはみうらじゅんさんの自伝に軽くフィクションを混ぜてる感じなんですが、主人公がちょっとしたことですぐ悩むやつで、その時のモノローグがいちいちリアルでツボなんです。俺は基本エヴァ以降の湿ったモノローグって苦手なんですが、これはうじうじしてるんだけど根底に流れるバカっぽさがカラッとしてるので、アイスの天ぷら的な感じで好きです。食べたことないですけど。バンドの方向性でメンバーと衝突したり、売ることしか考えてないメジャーのレコードレーベルとの間で葛藤もしたりするけど、その物語を進めていくのは決断っていうより実際にあった出来事で、池田貴族をモデルにしたキャラが死んじゃうシーンでは運命について考えさせられたりもした。銀杏BOYZの峯田さんが主演の映画も原作と同じくらい好きですね。漫画の映画化の理想的なパターンです。

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漫画『ワイルドQ』(1996年)作者:中尊寺ゆつこ

90年代初頭の日本のヒップホップ・シーンをリアルにコミック化

2005年に亡くなってしまった中尊寺ゆつこ先生が『ホットドッグプレス』で連載していた、おそらく日本で初めてのヒップホップ漫画ですね。俺が中3の頃連載してたのかな、凄い好きで凄い影響を受けてます。単行本のあとがきにも描いてあるんですが、連載当時この漫画は日本語ラップ・シーンから「俺らはこんな黒人かぶれのワナビーじゃねぇ、もっとリアルだ」みたいな感じでラッパーたちから責められたらしくて。でも、これはワナビーのやつがアイデンティティを発見する物語だから、俺はめちゃくちゃリアルなストーリーだと思うんですよ。最近はフリースタイルブーム以降のMCバトルの漫画は沢山あるけれど、ここまで本場のヒップホップにフォーカスしたものはないですね。当時中尊寺先生が東京FMの重役に交渉してゲットしてきたラジオの深夜枠で伝説のラジオ番組『You The RockのHiphop Night Flight』が始まったり、ニューヨークを拠点にハウスのレーベルやスタジオも持っていて、当時人気だったTV番組『ウゴウゴルーガ』のサントラを作ってたり、あまり語られないけど、この時代のキーパーソンの一人ですね。あと、『少年イン・ザ・フッド』の単行本に掲載されている、ミックステープのレビューと歴史の原稿を書いてもらったライターの小林雅明さんは中尊寺ゆつこ先生の旦那さんなんです。

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写真集『Kids Were Alright』(2017年)作者:Ryan McGinley

アメリカを代表するフォトグラファーの初期の活動をまとめた写真集

今や世界で一番売れっ子の写真家、ライアン・マッギンレーの最初の展示と同名の写真集に大幅に作品を足して再編集したものです。2000年前後のニューヨークのローワーイーストサイドには、どんなセレブよりグラフィティライターがイケてるっていうシーンがあって。ライアンは最初は身の回りのやつのポートレイトを撮りまくっていたんですが、その被写体で写ってるのがニューヨークを代表するハードコアなグラフィティクルー「IRAK」のSACEことダッシュ・スノウとか最近ADIDASともコラボして話題のイヤーズノットたちだったんですよ。ハードコアなストリート・ボミングを専門にしてたIRAKがどんなセレブよりもイケてる存在になったのは、ライアン・マッギンレーの写真の影響がでかいんじゃないかと思います。この本はグラフィティ関連の写真集の中でも一番芸術性が高い写真集なんじゃないのかな。大自然の中で躍動する肉体をモチーフにした後のスタイルとはまた違うけど、ニューヨークのとある夜の瞬間の息吹が真空パックされてて最高です。まあ本来グラフィティの写真集として撮られてるわけじゃないし、ライアンの代表作ではないんですが、ライターやグラフィティ好きなら必携の一冊だと思います。

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ミニインタビュー
ヒップホップ好きには届いてるので、次は漫画好きに届いてほしい

━━「週間漫画の連載はフリースタイルのようなもの」と以前にインタビューでおっしゃっていましたが、毎週連載してみていかがでした?

連載中は締め切りに間に合わせるので精一杯で振り返る時間がないんですよね。立ち止まって振り返っていたら次が間に合わなくなる状態で描いていたので、結果的にほとんど即興ですよ。もともとはドラマの企画書用のプロットがあって、それだと本当は一巻の終わりで主人公がラップをはじめるはずだったんだけど、実際にキャラを動かしてみたら主人公に全然ラップはじめる準備が出来てなかった。主人公に自分がない状態では内面から噴出するものもないので、「俺は誰なんだ」って葛藤をもっと描いて成長させたら勝手に始めてくれるんじゃないかと思って今はキャラを自由に泳がせてます。俺の漫画力が上がった頃にそれを描けば作品としても重厚になるだろうし。

━━作者の成長とともに、少年の振る舞いも変わってくる?

俺も漫画家としては1年生だから、主人公とほぼ一緒のペースで成長しているんじゃないかと思ってます。だからこいつが仕上がる頃には俺の表現力も仕上がっているはずと未来の自分に期待しつつ。今は動画のストーリーボードみたいな漫画を描いているけど、やはり最終的には漫画ならではの演出をしたい。俺は土田世紀先生や新井英樹先生のような心が動くエモい作風が好きだから、このマンガでも最終的にはそういう表現がしたいですね。結局、漫画は紙にインクで描かれた記号なわけだから、ああいったエモさはすべて計算されたうえで構築された綿密な演出なんですよ。今の俺はまだ戦闘力が全然低いけど、今後は人種問題だったりラップシーンだったり、描きたいテーマのためにもっと表現力を身に付けないといけない。漫画で感動させることって俺にとっては果てしないことだけど、世の中的には何十年も前から当たり前のことじゃないですか。日本のマンガにはHIPHOP以上の重厚な歴史があるし。『少年イン・ザ・フッド』は、今はストリート直送のマンガっていう物珍しさだったり、俺しか知らないストーリーで評価されているけれど、好んでマンガをずっと読んでいる人からしたら俺の戦闘力はバレていると思うんですよね。もちろんマンガの読者がみんなヒップホップのサポーターというわけではないし。その代わりに単行本を読んでもらえれば、一年で俺のスキルもだいぶ成長したのも分かってもらえると思うから、ここからが勝負ですね。

━━読者や編集者の反響によって、話が変わることはありました?

今のところはほぼないです。コンプラが掛かると思っていたドラッグ系の描写も何も引っかかっていないですし、『SPA!』がフジサンケイグループなので大丈夫かなと気にしていましたが、壁の落書きの安倍元首相や麻生太郎のディスにもNGはなかったです。まあ(『SPA!』連載ページの)俺の隣でよしりん(小林よしのり)先生が、『ゴーマニズム宣言』で俺なんか比較じゃないくらいめちゃくちゃ他人をディスりまくってるから、俺のちょっとしたディスより先にあっちが炎上するんじゃないかなと。まあ俺は世代的にも『おぼっちゃまくん』はめちゃくちゃ好きだったんですけど、『ゴーマニズム宣言」は昔からどうも苦手で、今も自分の漫画を探す時に軽く目に入るくらいでちゃんと読んではいないんで、内容について細かいことは言えないですが、チラ見の印象的にはそっちが問題にならない限りは俺は大丈夫かなって勝手に思ってます(笑)。

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━━ちなみにもともと映像制作がメインでしたが、どういったきっかけで連載が始まりましたか?

連載を始めたきっかけは、2016年くらいから『少年イン・ザ・フッド』をドラマの企画書として民放のテレビ局の企画会議に出してたんですが、これがまた全然決まらなくて、腐ってた時期に『SPA!』で漫画の公募しているのを友人がツイートしていて、でもそれが締切の2日前だったから原稿を描く時間もなかったので、映像作品用の企画書の中にあったキャラクターの相関図をコピーして送ったら、なんと満場一致で俺に決まっちゃったらしいんです。だから、自分はラッキーボーイだと思いますよ。グラフィティのマガジンに1ページの漫画くらいは描いたことあったけど、雑誌に投稿したこともないし、おそらく漫画家を目指している人からしたら「なんだよ」って感じでしょうね。

━━連載当初、インスタのストーリーを見ていると執筆が大変そうだなと思いましたが、現在はいかがですか?

連載が始まってすぐにインスタどころじゃなくなって暫くストーリー以外の画像のポストは休んでたんですが、今は連載と並行してたまに連載以外の仕事もしつつ、インスタもしているから、連載開始当初の倍ぐらいのスピードにはなったのかな。でも俺は1日に2、3ページを描くのが限界だけど、ドキュメンタリーで見た東村アキコ先生は1日で8ページを仕上げるそうなので、はっきり言ってまだまだ全然ペーペーですが。

━━いきなりプロの漫画家になったわけですからね。

俺がいきなり連載を持って、初の単行本なのにありがたいことにこうやって何本もインタビューしてもらって、多分長年地道にマンガ家を目指している人達からしたら本当に横入りもいいところなんですよね。そんなこんなでいきなり割り込みで週刊連載っていう最前線の戦場に来ちゃったから、まだ俺はマンガのコミュニティの人間としては認められてないと思ってて。ついこの前も『日ポン語ラップの美ー子ちゃん』とかのヒットマンガを描いてる服部昇大先生が俺の単行本を褒めてくれてて、すごい嬉しかったんだけど「俺たち漫画家には描けないストリート描写がいい」って書いてあって、やっぱり俺も漫画家にカウントさるようにならないといけないなって改めて思ったし。そういう人たちに認められるには俺が作品で証明をするしかない。本当に良い作品は経歴とかジャンル関係なく心が動くと思うから、そこが目標です。そのレベルに達すれば、余裕で映像化も実現されるだろうし。

━━漫画が映画もしくはドラマの原作になるのが目標なんですね。

HIPHOPの漫画を描いてる人は少ないから、それが映像化されてジャンルムービーになるのまでは多分そこまで難しくないと思うんです。でもその先、一般の人たちの間でもバズるような「面白い漫画」というハードルを越えないと。だから映像化はずっと考えてきたことだし興味がある制作会社があったら門戸はいつでも開いてますけど、まずはマンガ界のスタイルウォーズで自分のスタイルを確立したいと思ってます。

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Text:高岡謙太郎

INFORMATION

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少年イン・ザ・フッド

2020年9月2日(水)
¥1,300(+tax)
出版社:扶桑社

イントロダクション

2019年現代。郊外の都市に暮らす高校1年生のヒロトは、団地の一室で大量のカセットテープ、VHSなどを肴にガンジャを吸いながら暮らすドゥビという怪しい男と出会う。ドゥビの職業は自称超人気DJ。「現在、第一線で活躍するラッパーはマブダチ」と語るが……。多国籍ギャング、ヤクザ、半グレ、グラフィティ、不良の先輩……etc. 現在の最危険地帯・ヒップホップを取り巻く多様な人たちが登場。伝説のミックステープを巡って、2016年と1996年の事件が交錯する。ドラッグ描写やグラフィティの描き方、フリースタイル・ラップの秘訣まで網羅した、リアルなヒップホップマンガ。

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