「僕は人類の99%に馴染めない」
──スティーヴ・ブシェミ扮する不幸と孤独のオーラを漂わせる中年男性シーモアはぽつりと嘆く。

2001年に公開されて以降、“誰にも理解されず、世界に居場所がない”と感じた経験のある者たちの間でカルト的な支持を集める『ゴーストワールド』が、22年ぶりに11月23日(木・祝)よりリバイバル公開されている。このたび、監督のテリー・ツワイゴフにインタビューを実施。廃止された路線バスを永遠に待ち続ける謎の老人、議論を呼んだあのエンディングのことまで、彼は時を経ても鮮明な記憶で答えてくれた。

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2001年、「ダメに生きる」というキャッチコピーが反響を呼び、当時は新しい“低体温系”⻘春映画として大ヒットを記録した『ゴーストワールド』は、
70年代のカルト・コミック「フリッツ・ザ・キャット」原作者ロバート・クラムを描いた『クラム』(1994)などドキュメンタリーに定評のあるテリー・ツワイゴフによる初の⻑編フィクション。
原作は、アメリカで「ティーンエイジャーのバイブル」として高い人気を誇ったダニエル・クロウズの同名グラフィック・ノベルだ。
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主演は『アメリカン・ビューティー』(1999)での演技が絶賛されたソーラ・バーチと、
『ロスト・イン・トランスレーション』(2003)で脚光を浴び、近年は『アベンジャーズ』シリーズにも出演するなど、いまやハリウッドを代表するスター俳優として躍進を遂げたスカーレット・ヨハンソン。
撮影当時、バーチは17歳、ヨハンソンは15歳、すぐに意気投合したという二人の等身大の瑞々しい演技をおさめた貴重なフィルムでもある。
そのほか、一目見たら忘れられないクセのあるルックスで多くのファンを持つ実力派バイプレイヤーのスティーヴ・ブシェミ、『ゴールデンボーイ』(1998)や『BULLY ブリー』(2001)などの作品で知られ、2008年に急逝したブラッド・レンフロが参加している。
また、原作者であるダニエル・クロウズはツワイゴフ監督と共同で脚本を執筆、
2002年のアカデミー脚色賞をはじめとして多くの賞にノミネートされるなど高く評価された。
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近年では「ユーフォリア/EUPHORIA」(2019〜/ドラマシリーズ)などの作品にも影響を与え、「時代を先取りしていた (Los Angeles Magazine)」などさらなる再評価が進み、若い世代にも愛される作品となった。
また、『ゴーストワールド』は、2023年には⻑らく入手困難だった原作コミック日本版の第4刷が5月に発売、廃盤となって久しかったDVDと初BDも7月28日(金)より発売となった。
オフビートで魅力的なキャラクターたち、名言の多い脚本、そのほか、50種以上のコーディネートを披露する二人のファッションや、
ヴィンテージの名曲を集めた多彩なサウンドトラックなど、今もなお色褪せない21世紀で最も熱狂的に愛される伝説的傑作の一本だ。
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INTERVIEW:
テリー・ツワイゴフ(Terry Zwigoff)

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テリー・ツワイゴフ

──イーニド(ソーラ・バーチ)の部屋には、ジョージ・ロイ・ヒル『マリアンの友だち』(1964)のポスターが貼られているのがわかります。コミック原作者ダニエル・クロウズは『マリアンの友だち』からインスピレーションを得たことを明かしていますが、同じく少女二人が中年男性につきまとうこの映画へのリファレンスについて教えてください。

「私自身は、その映画は1年前まで見たことがありませんでした(笑)。知ってはいたけど見たことがなかった。私にとっては特に意味はなかったのですが、ダン(ダニエル・クロウズ)が強く望んでいたので、そのポスターを壁に飾ることになりました」

──漫画家ロバート・クラムに密着したあなたの前作『クラム』(1994)と同じように、シーモアは町が商業主義にまみれていることを批判しますね。劇中にロバート・クラムを率いるチープ・スーツ・セレネイダーズの2ndレコードも出てきますが、なぜ『ゴーストワールド』の世界にさらに『クラム』のペシミズムのフィルターを通そうと思ったのでしょうか。

「ロバート・クラムとはいい友達だったので、アメリカの消費主義、企業の消費主義に対するある種の文化的批評を含め、共有しているものがたくさんありました。でも、『クラム』と同じというより、私たちは同じような関心を持ち、同じような問題について話してきたために、『ゴーストワールド』でもその側面が出ているのだと思います。私の最初の映画『Louie Bluie』(1985)はブルース・ミュージシャン、ハワード・アームストロングについてのドキュメンタリーでしたが、彼はピカソを批判していました。

その後、私の『アートスクール・コンフィデンシャル』(2006)でもピカソが批判されているので、どこかの映画批評にテリー・ツワイゴフはピカソが大嫌いなんだと書かれていたのを覚えています(笑)。でも実際、私はピカソを史上最高の芸術家だと思っています。なので映画に出てくるからと言って、それが監督の趣味だと直接的に受け取らないでほしいと思います。こういうことの多くは、実生活からフィルターを通して入ってくるものなのです」

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「もうひとつ付け加えるなら、思えば、もともとコミックでは小さなキャラクターだったシーモアを映画に加えたインスピレーションの源は、音楽を入れたかったからでした。私の頭の中には、映画に求める音楽のムードがありました。メロディアスでありながら痛烈ではない、ある種の痛ましさを求めていたのです。適切な音楽さえ見つかればあとはうまくいくし、見つからなければ本当に苦労することになります。

これもまた混乱させてしまうのですが、シーモアが集めている音楽は、実際に私が収集しているもので、同じものをロバート・クラムも収集していました。私が念頭に置いていた音楽を追加する口実として、そして私自身がコレクションしている音楽を使う口実として、劇中に音楽収集家のキャラクター、シーモアを追加したのです。そして彼を登場人物にしたからには、キャラクターとして発展させ、他の登場人物と関係を持たせて面白くする必要がある。そのようにして始まりました」

「消費文化の中で本物の何かを見つけてつながろうしていた」

──イーニドは、大人に同化する人々を嘲笑している一方で、ガレージセールで古いものを手放せないように、過去への執着と成長への恐れを抱えているようにも見えます。彼女をどういった人物として見ていましたか。

「私にとって、イーニドはジレンマを抱えていると思います。文化の中で本物の何かを見つけてつながろうしている、そこに私は共感しました。だから彼女は、時に古いガレージセールに行って、過去のもの、例えば古い音楽を探して聴いたりする。少し表面の下を探っているのです。というのも、表面では消費文化が栄えていたので、それをもう少し深掘りして、自分がつながれるものを探していたんだと思う。

当時のアメリカでは、ポップカルチャーが文化を売り込もうとしていた。それはイーニドがあまり好まないものであり、私自身の問題意識でもあったのですが、文化はもはや伝統から生まれるものではなく、物を売るために企業が作り上げたものだった。それがあの時代の世界を作り出しているので、彼女のような若者は、何が本当なのか、何が自分に訴えかけるのかを見つけるのが大変で、ジレンマを感じるようになってしまう。だから彼女はシーモアに惹かれるのです」

──公開当時は現在以上に若い女性は男子のトロフィーとして表象されたり、あるいは美しく変身しなければならないように描かれていたと思います。しかし、イーニドは誰かの恋愛対象やマニック・ピクシー・ドリーム・ガールとして描かれてはいませんね。

「もちろん、そのように心がけていました」

──終盤で、イーニドは自分の2倍以上の年齢のシーモアと性的関係を持つことになります。現在ならこのような年の差の関係はよりセンシティブに扱われるでしょうが、なぜ彼らに性的関係を持たせたのか、この二人が陥る厄介な感情的状況をどのように考えていたか教えてください。

「すべてはスタンリー・キューブリックに帰結すると思います。私が子どもの頃、最初に映画に興味を持ったのは1964年の『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』でした。彼の映画はすべて好きですが、特に『ロリータ』(1962)が好きだった。ジェームズ・メイソンとシェリー・ウィンタース、そしてスー・リオンの演技がとても素晴らしく、また脚本も素晴らしかったので、映画の内容自体はどうであろうと関係なく、本当に別のレベルにあった。実は、私が唯一、あの映画で演技が合っていなく、あまりいいとは思えなかったのは、ピーター・セラーズだった。彼は少し大げさだったと思います。

私は『ロリータ』の原作者ウラジーミル・ナボコフのファンでもあったので、『ゴーストワールド』で間違いなく大きな影響を受けました。イーニドは18歳になるのであれほど子どもではないですが、年上の男シーモアは40歳ぐらいで、私は『ロリータ』のようにしようと考えたのです。またキューブリックをはじめ、優れた映画監督は音楽の使い方もうまいですよね。映画が始まって10秒~15秒で大体いい映画かどうか、私が気に入るかどうかはわかる。音楽の使い方次第で映画監督の良し悪しが決まると考えています。

個人的に好きな音楽であったり、聴きたいと思う音楽であったりする必要はなく、その音楽がイメージを補完するために使われていればいい。映画における私の関心のひとつは、映画の感情を引き立てる音楽を見つけること。キャラクター、セリフ、そして音楽、それが私の主な関心事なのです」

──クーン・チキン・インをめぐるエピソードでは現在のキャンセル・カルチャーが予見されているかのようです。シーモアは「人々はまだお互いを憎み合っているが、それをうまく隠す方法を知っているだけだ」と言いますが、このような感覚は時代を先取りしていたと思われますか。

「別に自慢したいわけではないですが、当時、なんとなくそのようになりつつあると感じていました。クーン・チキン・インは実際にあったお店で、オレゴン州ポートランド、ユタ州ソルトレイクシティ、ワシントン州シアトルに3店舗がありました。本作が公開されて数年経った後、ワシントン在住のクーン・チキン・インの創立者のお孫さんから連絡があって、祖父が残したクーン・チキン・インのペーパーワークを買ってくれないかと言われました。

レストランに関係するレターヘッドや名刺、写真などがあって、その中の写真にクーン・チキン・インの車が写っていた。それには興味があったのですが、自分の家を売らないと買えないぐらいの値段だったので思いとどまりました。その後、そのお孫さんはスミソニアン博物館にそれらを寄付していました。その創立者の方は特に人種差別主義者というわけではなく、あの時代に黒人をああいう風に少し漫画的に見ていたということだと思います。ネガティブな意図を持っていたのではなく、ただ時代の流れの中で受け入れられていたのだと思う。

お孫さんによれば、彼の祖父があのようなデザインにしたのは、ハイウェイを走っている家族連れの車がイメージにあって、その中にいる小さな子どもたちが、あそこに行こうよと目を引くような、なんか面白そうだから行ってみたいと思わせるようなレストランにしたかったためだと聞いています」

「私にとって、この映画は現代アメリカの文化的批判であり、企業文化に対する社会的・文化的批判」

──『ゴーストワールド』という比喩的なタイトルは、実体のない町のことを指しているようにも、あるいは誰にも見てもらえないキャラクターのことを表しているようでもあります。以前、あなたは「西洋文明の衰退」を意味しているのだと語っていましたが、今はどのように感じられますか。イングマール・ベルイマン『第七の封印』(1957)からの影響もあるのでしょうか。

「いえ、ベルイマンからの影響は特にありません。私にとって、この映画は現代アメリカの文化的批判であり、企業文化に対する社会的・文化的批判として作りました。タイトルについてですが、私は3年ほど前まで知らなかったのですが、アメリカの有名な監督ジョセフ・ロージーが手がけた1948年の映画『緑色の髪の少年』のスチール写真を見つけて驚きました。

劇中でイーニドが鏡の前で髪を染めている場面とフレーミングまでまったく同じショットがある。あの場面で『緑色の髪の少年』のポスターを壁に貼れていたら最高でしたね。タイトルもそれをもじって『緑色の髪の少女』にすればよかった(笑)。

『ゴーストワールド』というのはダンが考えたコミックのタイトルで、彼にとっては違う意味を持つでしょうが、私にとっては文化批評的な意味合いが強い。これは、そのとき主流になっている文化ではなく、自分が本物だと思え、結びつきを感じられる文化を探すことのジレンマについてなのです」

──イーニドとレベッカはスマートフォンのない世界の時代にいますが、今は一層見せかけだらけのインチキな世界になっているかもしれません。この映画の根底にある憂鬱感は現在では変化があると思われますか。

「確かにそうだと思います。今は、ソーシャルメディアによって、孤立感や分離感がより高まっていると思う。ソーシャルメディアの当初は、人々を結びつけるものだと約束されていましたが、予期しない効果を発揮してしまった結果、人々をより離れ離れにしてしまった。

多くの人が孤独に苛まれています。特に若者、15歳以下の人たちはみんな街を歩いているときでもスマートフォンを見つめていますよね。誰もが友達に電話するのではなく、テキストメッセージを送る。

実際に人と食事に行って話をする代わりに、ソーシャルメディア・プラットフォームにアクセスして、その中で話をしている。『ゴーストワールド』の頃とは少し異なりますが、源流には同じような詐欺的な欠陥があると思います」

──私個人的に結末は自殺の隠喩だとする厭世的な解釈を好んできましたが、一方で劇中でイーニドはここではないどこかへの夢を語り、人類に絶望しているわけではないと語ります。映画は原作よりも両義的に解釈できるようになっている気がしますが、あなた自身はどのようにエンディングを考えているか伺わせてください。

「私は、観た方みなさんが自分なりの解釈をしてくれることを望んでいました。なので、意図的に曖昧にしたのです。私個人としては、彼女は自分の人生を前に進めていく、ポジティブな見方をしています」

──イーニドはバスを待つ老人に「心のよりどころはあなただけ」と言いますが、あの老人あるいはバスの存在をどのように解釈していましたか。

「イーニドにとって、あの老人はバス停を通るたびにいつもそこにいるという意味で頼りになる人で、それは彼女にとって慰めの源でもあったと思います。彼は自分自身を信頼し、自分の行き場所を信じていて、その旅に向かって行こうとする十分な勇気を持っているから。彼の姿を見て彼女は、次の一歩を踏み出そうという勇気をもらうわけです」

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映画『ゴーストワールド』予告編

Text:常川拓也

INFORMATION

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ゴーストワールド

11月23日(木・祝)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開
 
出演:ソーラ・バーチ スカーレット・ヨハンソン スティーヴ・ブシェミ ブラッド・レンフロ ほか
監督:テリー・ツワイゴフ『アートスクール・コンフィデンシャル』『クラム』
原作:ダニエル・クロウズ『ゴーストワールド』(プレスポップ刊)
脚本:ダニエル・クロウズ、テリー・ツワイゴフ
製作:ジョン・マルコヴィッチ『ウォールフラワー』『JUNO/ジュノ』 ほか
撮影:アフォンソ・ビアト『オール・アバウト・マイ・マザー』『ダーク・ウォーター』
編集:キャロル・クラヴェッツ=エイカニアン『ハンティング・パーティ』『ザ・スナイパー』、マイケル・R・ミラー『アナコンダ』『⾚ちゃん泥棒』
プロダクション・デザイン:エドワード・T・マカヴォイ『モンスター』『ワイルドシングス』
⾐装デザイン:メアリー・ゾフレス『ラ・ラ・ランド』『ノーカントリー』
⾳楽:デヴィッド・キティ『アートスクール・コンフィデンシャル』『ベイビー・トーク』
配給・宣伝:サンリスフィルム
 
【2001年|アメリカ|英語|カラー|ビスタ|111分|原題:GHOST WORLD|字幕翻訳:⽯⽥泰⼦】
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