プロデューサーとして人生で一番のハイライトになったと思う
––––現地の参加アーティストについては、どんな基準で声をかけていったんですか?
マルコス・ヴァーリやエルザ・ソアレスは前から知りあいだったんだ。他の人たちに関しては、リオに着いてから参加してもらいたい人に連絡したら、幸い予定が空いていてね。リオでは本当についてたよ。現地ではDJもやったから、到着してすぐに地元の全国紙GLOBOの取材を受けたんだけど、その記事で、僕がリオでアルバムをレコーディングしていることを紹介してくれてさ。そのお陰で、みんな僕がリオでレコーディングをしていることを知っていたんだ。それで、電話がひっきりなしに掛かってくるようになって(笑)。個人的にはパーカッショニストのナナ・ヴァスコンセロスやカヴァキーニョ(サンバなどに使われるブラジルの弦楽器)奏者のアルリンド・クルスに参加してもらえたのは嬉しかったね。よほどの運がなければあり得ないほど、素晴らしい人達が参加してくれたんだ。
マルコス・ヴァーリ – “Jet Samba”
––––彼らとのふれあいの中で、印象に残っていることはありますか。
2つあるんだけど、ひとつはエルザ・ソアレスと共演できたこと。彼女はブラジル音楽の歴史そのものを体現してる。60年代から活躍して、歌声も素晴らしいサンバの女王だ。もともと彼女を発掘したのはアリー・バロッソという作曲家なんだけど、彼は自分のバラエティー番組も持っていた。今回エルザが歌ってくれた“ブラジルの水彩画”を作曲した人で、この曲はブラジル人に非公式の国歌と呼べるくらい慕われてるんだ。
50年代後半、当時ファヴェーラ(スラム、貧民街)に住んでいたエルザ・ソアレスは、期待の新人アーティストとして彼の番組で歌を披露した。でも、観客もいる前でステージに現れた彼女は、貧しかったために着ていた衣装が貧相だったんだ。そんな彼女を見て司会者のアリー・バロッソは「君はいったいどの惑星からやってきたの?」と訊いた。つまり、彼女を少し小馬鹿にしたような感じで、出で立ちだけで判断したんだね。でもそれに対して彼女は「あなたと同じ惑星からです。渇望という名の惑星から来ました」と答えた。その機転の利いた切り返しに、観客はいたく心を打たれたそうだよ。そして彼女は歌い、その番組からスターになった。
––––素晴らしい話ですね。
だから今回彼女がスタジオに来てくれた時、「“ブラジルの水彩画”を歌ってもらえないですか?」って訊いたんだ。すると彼女は感動してくれた。自分を発掘した人が50年も前に書いた曲だってこともあると思うけど、実は彼女、この曲を一度もレコーディングしたことがなかったんだよ。だから、歌ってくれた時は感無量だったね。プロデューサーとして人生で一番のハイライトになったと思う。アルバムの他の曲が後世に残らなかったとしても、この1曲だけは残ると思えるような特別な瞬間さ。
そしてもう一つは、リオに滞在していた時にどうしても参加してもらおうと思っていたアーティストが不在だったこと。それがセウ・ジョルジだった。彼は俳優業もやっているから、ちょうどその時ペレの父親役で映画を撮影していたんだ。だから僕は彼の滞在先のLAでライヴをブッキングして、そこでセウと2日間レコーディングを行なった。そうやって最後の最後に、彼の声を入れることに成功したんだ。魔法のような瞬間だったよ。
––––「ブラジル」と言っても様々な音楽やカルチャーがあって、地域ごとに個性を持っています。最近あなたはブラジルの北東部に興味を持っているようですが、この地域の特徴や、アルバムのどの部分に反映されているかを教えてもらえますか?
今回ナナ・ヴァスコンセロスに参加してもらったんだけど、彼はブラジル北東部のレシフェ出身で、多くのパーカショニストがその地域から出てきているんだ。ペドロ・サントスにしても、彼にしても、あの地域にはアフリカ的なタッチがあると思う。カポエイラもそうだし、カンドンブレやサンテリアといった宗教もあって、そういう雰囲気を取り入れたいと思ったのさ。実は先週またキューバに行ったんだけど、次にやろうと思っているプロジェクトはブラジルとキューバ音楽を融合させたものになると思う。両方ともアフリカと霊的な繫がりがあって、そういう部分に魅力を感じる。今作の中でそれが味わえるのは、デラックス盤に収録されている“ザ・パラム・ブロッサム”だね。アルバムで最も気に入っている曲の一つだよ。ユセフ・ラティーフへのトリビュートで、僕が好きな要素を全て兼ね備えてる。ジャズ、アフロ・ブラジリアン・リズム、そしてナナ・ヴァスコンセロスのような人でなきゃ出せないオーラがあるんだ。