ジャイルス・ピーターソン(Gilles Peterson)の功績は計り知れない。2016年に設立したインターネット・ラジオ局「WORLDWIDE FM」では、実験的なエレクトロニックダンスミュージックや時代とともに更新されてきたジャズ、10年代から勢いを加速させメインストリームに乗り出たヒップホップなど、ジャンルを問わず常に刺激的な音楽を独自の切り口で、3年に渡り紹介してきた。自身が運営するレーベル〈Brownswood Recordings〉でも、Joe Armon-Jones(Ezra Collective)、KOKOROKOらを輩出し、主催フェス<Worldwide Festival>にはPeggy Gou、Virgil Abloh、Floating Points、Kamaal Williamsら近年のダンスミュージックを語るには欠かせないアーティストたちを登場させるなど、ジャイルスのセンス/テイストがジャンルを繋ぎ合わせ、現行音楽シーンの起爆剤として作用させていることは言うまでもない。
ラジオ、レーベルのみならず、超一流のDJでもあるジャイルスは今年<朝霧JAM 2019>、東京・Contact Tokyoで開催予定だった来日30周年パーティーのため日本に降り立った。両公演ともに悪天候のため中止になってしまったが、振替公演として翌日にWaajeedのツアーに急遽参加した彼は多幸感溢れるDJを披露した。自ら世界各地を回りながらローカルで活躍するDJ/ミュージシャンを「WORLDWIDE FM」に招き、オンラインの特性を生かしながらグローバルに音楽をキュレーションしてきた彼のインタビューをお届けする。
INTERVIEW:ジャイルス・ピーターソン
──WORLDWIDE FMが設立されて3年が経ったことについて、どのような所感をお持ちですか?
この3年の間に、自ら発信して道を切り開いていく、そういったコミュニティーは世界中でどんどん拡張していて、僕はそれを予想してなかったんだ。その流れの中で、頭角を現し始めているミュージシャンやヴェニュー、DJ、新世代のアーティスト、新しいプラットフォームにとって、WORLDWIDE FMが重要なものになっていることを誇りに思うよ。
──その間、そういった流れと同調するように、世界情勢も大きく変化したかと思います。
今がとても複雑な時代であることは、みんなも感じているはず。それに対して、アートや音楽、ファッションのコミュニティーからはいつも興味深い反応がある。それぞれ不満を感じ、政治的にも敏感になっていて、そのことが音楽表現に反映されているんだ。より多くの議論を重ねて意見を交換することでクリエイティブ活動が活発になってきているから、現状をある意味では良く捉えることができる。例えば70年代のパンクシーンのようにね。音楽が政治を再び内包し始めているんだ。
──なるほど。自ら発信していくことに重きを置いている人が多くなり始めていると先ほどおっしゃっていましたが、10代の頃、自宅の庭に海賊レコード局を作ってらっしゃったとお伺いしました。今でも自身が大事であると考えるDIYの要素はありますか?
DIYの強みは、外部に頼っていないことなんだ。誰からも支配されたり指示されることがない。そして自ら実行に移すことによって、目標のためにどのように動いて、いかに物事を整理するべきか、その一連の流れをスムーズに自分たちで学ぶことができる。
イギリスでシーンが大きくなった理由は、シーンに関わっている人々が演奏できるだけでなくイベントを計画することができたからなんだ。ヴェニューを押さえて、自分たちの空間を作り出したりと、一からプロデュースすることができた。もしくは、自分たちの力でマスタリングやミクシング、音を作ってからレコードをカットすることができる。例えばEzra Collectiveはレコードレーベルを持っていないけど、全て自分たちでやっているんだ。対照的に、〈Brownswood Recordings〉や〈Ninja Tune〉、〈Blue Note〉など、すでに存在しているレーベルから出すためにどうすれば良いかを考えるアーティストもいる。DIYで重要な点は、誰も実権を握っていないことなんだ。イベントのオーガナイズからレコーディングまで、全て自分たちがやる。
WORLDWIDE FMスタジオの様子
Photo by Yukitaka Amemiya
WORLDWIDE FMスタジオの様子
Photo by Yukitaka Amemiya
WORLDWIDE FMスタジオの様子
Photo by Yukitaka Amemiya
WORLDWIDE FMスタジオの様子
Photo by Yukitaka Amemiya
──DIYシーンではストリーミングなど、デジタルの普及も大きな役割を果たしています。インターネット環境とデバイスがあれば誰でも音楽にアクセスできるようになった一方で、フィジカルの人気も高くなっていますよね。
DJとして、レコードは買い続けているけど、デジタルでプレイすることもある。今、フィジカルに趣をおいて、レコードのみでリリースする人たちも多い。でも僕は音が良ければレコードには限定しないでDJをするよ。一方でレコードでDJをするのはとても好きだよ。iTunesで曲のリストを作ると、それに沿ってプレイするけど、フィジカルがあると、DJの流れが変わるから。それはフィジカルの持つ一つの魅力だよ。
僕はDJをするとき、持ち時間は長ければ長いほど良い体験を届けられると思ってる。DJの経験を積んできて、幅広いジャンルの曲をかけてきた。だからハウス、テクノ、ジャズ、ブラジル音楽からエレクトロニックをミックスするには2時間は短くて、最低6時間はやりたいと思っているよ。
Photo by Shoji Yagihashi
──ジャンルレスなミックスは、WORLDWIDE FMの大きな魅力の一つですよね。紹介される音楽は実験的な要素も多いですが、現在人気の高いLofi Hip Hopのように、ずっと聴いていられるようなビートが意識されているように思えます。現行シーンで聴く機会の多いビートの質感についてはどう思いますか?
Kieferなどが活躍しているビートシーンは、ドラムンベースなどのようにソリッドなものだと思う。もしくはジャズやクラシックなテクノのように、ずっとあるものだよね。毎夜、僕は新しい音やアーティストをチェックするんだけど、そこでトリップ・ホップの音に近づいていると思ったんだ。Massive AttackやPortishead、DJ Shadowなどオールドスクールとされていた彼らの存在は、新しい世代に再び影響を与え始めている。ビートシーンは僕らがやっていることの基礎にあると思うし、ラップやハウス、全てのジャンルを支えている要素でもある。WORLDWIDE FMでももっと取り上げるべきだね。
──今日はMoodymannのTシャツを着用されていますね。彼は今年LPをリリースしましたが、2019年で魅力的だと思った作品を教えてください。
彼の『Sinner』はとても良いレコードだったよ! 他だとシカゴの〈INTERNATIONAL ANTHEM〉というレーベルがとても良かった。彼らがリリースする作品は素晴らしいと思う。新しいイギリスの音楽だと、SAULTというグループは注目だね。今年、すでに2枚のアルバム『5』『7』をリリースしているんだ。ポストパンクでありつつ、ジャズやサイケデリックの要素もある。ニューヨークのESGやシカゴのRotary Connectionに似ているかもしれない。加えて、ラジオでもかけやすくて、多くのレーベルが契約したがっているはずさ。それにみんな彼らとイベントをやりたいって言ってるよ。
Photo by Shoji Yagihashi
──日本のアーティストで注目している方はいますか?
DJのPowderはとても良いね。ロンドンに住んでいるKoichi Sakai、WaqWaq Kingdom、CHURASHIMA NAVIGATOR、GONNO……、あとAkiko Kiyamaもすごく良いよ。彼女はエクスペリメンタルだね。僕が主宰する<Worldwide Festival>でもプレイしてくれた。それにMIEKO SHIMIZU、akiko×林正樹。Kikagaku Moyo(幾何学模様)というバンドも。あと小瀬村晶は大好きだよ! コンテンポラリーなクラシックなんだけど、彼はまだ若い。来年の<Worldwide Festival>にはKikagaku Moyoも出演してほしいと思う。あとは日本のレジェンドプレイヤーの日野皓正、それと松浦俊夫もね。あげればキリがないな(笑)。
akiko×林正樹 “spectrum” teaser
Kikagaku Moyo – Dripping Sun(Live on KEXP)
小瀬村晶『Romance』
インタビュー中にはakiko×林正樹による『spectrum』収録“Music Elevation”、小瀬村晶が今年リリースしたシングル“Romance”、Kikagaku Moyoの昨年のアルバム『Masana Temples』収録“Dripping Sun”を聞かせてくれた。
Text by Koichiro Funatsu
Edit by Kenji Takeda
Gilles Peterson Worldwide Radio