英国オックスフォード出身の4人組、グラス・アニマルズ(Glass Animals)による通算3枚目のスタジオ・アルバム『Dreamland』が8月にリリースされた。
「夢の国」と名付けられた本作は、バンドの中心人物であるデイヴ・ベイリー(Dave Bayley 以下、デイヴ)の個人的な体験をもとに制作された、「人生のノスタルジックな回顧録」である。きっかけとなったのは、2018年にバンドのドラマー、ジョー・シーワード(Joe Seaward 以下、ジョー)が遭遇したバイク事故。一時は生死を彷徨うような深刻な状態となった時に、デイヴが感じた心境や、そこから思い出された数々のエピソードが歌詞の世界に落とし込まれている。
チルウェイヴ、サイケデリック、ドリームポップなどのエッセンスが散りばめられたサウンド・プロダクションはもちろん、画家のデヴィッド・ホックニー(David Hockney)の絵画をオマージュしたノスタルジックなアートワーク、フロッピーディスクやVHSを用いたパッケージ、AR技術を活用した公式サイトのインタラクティヴな展開など、アルバムの世界観をトータルで見せていく手法もユニークだ。
夢見心地なサウンドを奏でる一方、歌詞ではジェンダーやDVなどシリアスなテーマにも挑み、“Heat Waves”のMVでアフターコロナの世界をユーモアと皮肉を交えて映像化してみせたグラス・アニマルズ。そうした試みを経た今、彼らはこの世界をどのように見据えているのだろうか。デイヴ・ベイリーに話を訊いた。
Interview:
Dave Bayley(Glass Animals)
──今作『Dreamland』を作ろうと思ったきっかけや、テーマが決まるまでの過程について教えてください。
まずは、インタビューの機会をありがとう。今作のテーマは「想い出」で、それは2018年にバイク事故で生死を彷徨ったジョーの入院中に浮かんだものなんだ。僕らはジョーが回復して無事に生き続けることができるのかについて全くわからなかった。実際のところ、ジョーの状況はかなり難しい感じだったから、僕らは残りのツアー日程を全てキャンセルしたんだ。バンドの活動予定も立たず、今後の楽しみもないまま、ある日、僕は宙ぶらりんの状態にある自分に気づき、昔の想い出を回顧するようになった。「一体ジョーはどうなるんだろう?」と考えるともう怖くて、病院の待合室では眠れなかったよ。
──そうだったのですね。
そんな状況に置かれると、脳内が混乱して変な経路へ迷い込み、ここ数年間ずっと隠れていて見えていなかったこと、忘れかけていたことを思い出すようになるんだ。二度と思い出すことはないと思っていたようなことを、新たな視点から見ることにもなったよ。その後、ジョーが良い方向に回復すると分かった時点で曲を書きはじめた。僕の頭の中にあった「想い出」の数々を集め、アルバムとして録音できることに気づいたんだ。
──サウンド面では前作『How To Be A Human Being』に比べ、よりシンセが大々的に導入され、トラップやEDMなどダンスミュージック、ヒップホップからの影響がさらに強くなったイメージです。
昔からダンスミュージックは大好きで、僕の音楽制作の原点でもある。実は以前ロンドンの「ファブリック」というクラブでDJをやっていたこともあるんだ。DJの仕事を終えて遅い時間に帰宅すると、寝付けないことがあって。そんな時は、ガレージバンドをやっていた時に楽器と一緒に使用していた古いコンピューターで音楽制作をしていた。当時作っていたのは、自分がDJ中にかけられるような、全てシンセサイザーのみによるダンスミュージック。子供時代から大好きだったヒップホップからの音楽的影響も混ざった曲だったね。
Glass Animals – Dreamland
──具体的にはどんなアーティストが好きだったのですか?
子供の頃に好きだったプロデューサーはマッドリブ(Madlib)で、他にはティンバランド(Timbaland)やザ・ネプチューンズ(The Neptunes)。僕は13歳までアメリカのテキサス州にある田舎町で育ったから、地元ではカントリーミュージックをかけるラジオ局とヒップホップ・ステーションの2局しかなかったんだよね。ヒップホップを聴いている時の、独特の感覚がとても好きだった。あの頃はまだ幼なかったから歌詞の意味を理解していなかったけど(笑)。ベースとドラムスのサウンドが最高だと思っていたよ。
──そうした体験は、今作にも生かされていると思いますか?
今回のアルバムでは、ほぼ全曲でメロトロンとストリングスを使用しているんだけど、ストリングスの方は再サンプリングしているから、若干オールドスクールな音に仕上がっているね。それと、アルバムのテーマが「想い出」ということもあって、子供時代に愛聴していたアルバムを聴き直したりもしたね。子供の頃は主にうちの母が収集していたレコード、例えばビーチ・ボーイズ(The Beach Boys)、ザ・ビートルズ(The Beatles)、ニーナ・シモン(Nina Simone)、ボブ・マーリー(Bob Merley)、フランキー・ヴァリ(Frankie Valli)などを聴いていた。
──アルバムのアートワークはデヴィッド・ホックニーの絵画『A Bigger Splash』のオマージュで、リトル・アン(Little Ann)の楽曲”Deep Shadows”をサンプリングした”Hot Sugar”の歌詞にも、ホックニーの絵画を意味する《pool painting》というフレーズが挿入されています。
子供の頃、うちの父が壁にホックニー作品のプリント画を飾っていて、僕はその絵の雰囲気に当時からずっと魅了され続けてきた。スピード感あるものを捉えるのに数週間かけたという手法も好きなんだよね。僕のアルバムも同じ。一瞬の音や曲を手がけるのに数週間かけた。あっという間に起きたことを、それから何年も経った後にじっくり熟考して楽曲を制作したわけだから。
アートワークのアイディアは、ホックニーの絵にひねりを入れつつ最も現代的な技術を駆使したんだ。僕は拡張現実(Augumented Reality)と3Dアニメーションに魅せられていて、この2つは今後の未来を担っていくと思う。リアルな感じでありながら、まるで夢の中にいるように微調整できるのがいい。例えば、「想い出」を微調整していくようにね。それと、CDケースは「小さなオブジェ」としていろんな工夫ができる。これって人間の人生にも強く関係しているよね。小さな出来事が自分の人生に大きな影響を与えたりするわけだから。
──とても興味深い話です。
通常の2D平面のアートワークでは古臭い感じがするし、大半の人達にとって今やアルバムのアートワークはストリーミングのプラットフォーム上で見る小さなサムネイルとなりつつある。僕は自分のアートワークをそういった枠から超越させたものに発展させたかった。僕らのサイトがまさにアートワークなんだ。インスタグラムとQRコードで読み込めるARのフィルターをみんなに使ってもらうことで、誰もがこのアートワークをリアルな世界でも楽しめるようにしてある。
──そのサイトのデザインもそうですが、VHSやフロッピーディスクでのリリース、着信音がついてくるカセットなど、2000年代初期を思い起こさせるパッケージがとても印象的です。
あははは。僕は2000年代初期に育った世代で、主に従兄弟からのお下がりの服やおもちゃを愛用していた。あの時代に登場した商品すべてが、このアルバムのテーマである「ノスタルジア」を象徴している。こういったデザインが場面を設定し、音楽そのものに背景や文脈を与えるからね。何より、こういったアイテムを作ることは純粋に楽しいんだよ(笑)。
──収録曲についても聞かせてください。“Tangerine”はシンガー・ソングライタースターラー(Starrah)との共同作曲ですが、具体的にはどのように行われたのでしょうか。
彼女とは“Tangerine”の前にも数曲一緒に楽曲制作をしてきた。グラス・アニマルズじゃなくて、他のプロジェクトだけどね。今回グラス・アニマルズの新作に取り掛かった時に彼女に参加依頼したところ、「Yes!」って言ってくれたんだ。
スターラーは、数多くのアーティスト達に素晴らしい楽曲を提供してきた現時点で世界最高峰のソングライター。僕は彼女と同時期にアメリカで育った同年齢という共通点もあるからか、以前からずっと彼女の歌詞とメロディに共感してきた。興味を抱いていることの多くが共通していて気が合う。これって一緒に曲を書く時には物凄く重要なんだよね。
Glass Animals – Tangerine
──この曲の歌詞には《ラーメン》や《Mr.ミヤギ》などのワードがありますが、ひょっとして映画『ベスト・キッド』が関係しています?
あははは、まさに『ベスト・キッド』から着想を得たよ! ラーメンは僕が子供時代によく食べたんだ。ほら、乾麺にお湯を注ぎ、袋に入った粉末スープを入れるタイプのやつね。
──“Space Ghost Coast to Coast”は、あなたの幼馴染みのことを歌い、2番目のヴァースではジェンダーのステレオタイプについて歌っています。「男らしさ」「女らしさ」の押し付けは、人の一生にどのようなダメージを与えると思いますか?
僕はアメリカのテキサス州で育った。ここでは男性器を持って生まれた場合、誰もがステレオタイプな男らしい行動を期待される。例えば、アメフトをやったり、感情を隠したり、男は「強いヒーロー」になるように期待されるんだ。少しでも弱さを見せたりしたら、それは欠点になった。幼い頃から男の「プシケー(魂、心)」に「男らしさ」が埋め込まれているって有害だよ。
“Space Ghost Coast to Coast”は、学校で乱射事件を起こそうとした僕の旧友について歌っていて、「一体どうしてそんなことを考えるのか?」と問いかけている。きっと幼い頃から男子に重くのしかかるジェンダーのステレオタイプだとか、男らしさへの期待が悪影響を与えたと思うんだ。多くの人達がこういう悪い行動へのトリガーとして音楽やビデオ・ゲームを挙げたりするけど、僕は他の理由の方が大きいと思うんだよね。
Glass Animals – Space Ghost Coast To Coast
──全く同感です。
ステレオタイプに当てはまらない人達が「自分は出来損ないだ」と感じ、傷つくと思う。若い時に自分が望まない振る舞い方や身なり、行動内容などを押しつけられると、頭が非常に混乱する。「常に型にはまるべき」と誰もが言ってくるけど、型にはまらず、人とは違う自分の個性を受け止める人生の方が、実際は一番エキサイティングだよ。
──“Domestic Bliss”はドメスティック・ヴァイオレンス(DV)について歌っています。日本でもDVは深刻なテーマですが、イギリスではどのような状況なのでしょうか。
日本でDVが深刻とは残念なことだね。悲しいことに、新型コロナによるロックダウンでイギリスでもDVが増加中なんだ。英国内務大臣のプリティ・パテル(Priti Patel)は、ソーシャル・メディアを駆使して国民にこの問題への関心を高めるべく努め、DVに苦しむ人達に助けを求めるよう呼びかけている。でも、この国におけるDV問題と闘うには、僕ら国民にも出来ることが、もっと沢山あると思うんだ。
Glass Animals – Domestic Bliss
──“It’s All So Incredibly Loud”が個人的には最も好きな曲ですが、これはどのようにして作られたのでしょうか。
この曲は、実は古いスパニッシュ・ギターを弾きながら全て書き上げ、後からシンセを足し、ギターの部分を外した。実は、アルバムの他の曲も全てこのギターで書いているんだ。15年前にロンドンのマーケットでたったの5ドル(約530円)で購入したのだけど、今でも愛用している。
先ほど僕は、「あっという間に起きたことを、それから何年も経った後にじっくり熟考して楽曲を制作した」と話したけど、この曲は人生のたった3秒間について歌っている。大半の人なら悪い知らせを伝えなきゃいけない立場になったことはあると思う。自分が伝えた内容を聞いた相手が打ちひしがれることがわかっていながら言うような状況下でね。自分の口から放たれる言葉と言葉の間に挟む沈黙と、相手の反応について描写しているんだ。永遠に続くように思えるような、静かな突然の爆発について。これは、僕がこれまで体験した中で、「耳を最もつんざくような出来事」だった。
Glass Animals – It’s All So Incredibly Loud
──先ほどロックダウンの話が出ましたが、新型コロナウイルスの感染拡大は、あなたの生活にどのような変化をもたらしましたか?
アルバム・リリースに合わせて今年と来年はツアーをしていたはずだったんだけど、全て中止になったよ! 僕らが企画した2日間に渡って、僕が世界一好きな会場 レッド・ロックス野外劇場でフェスを開催し、仲間のアーティスト達にも参加して貰う予定だったんだけどね。
──そうだったんですね……。コロナはアルバム制作にも影響を与えましたか?
本作はコロナが拡大する前、つまり3月上旬に完成済だったのだけど、不思議なことにこの新作を書いた時の感情と共通する内容だったんだ。ジョーが事故に遭った時、僕らの活動予定は全て宙に浮いてしまった。しかも全てが鬱々としたものに見えて、ほとんど自宅に引きこもっていた。今思えば、あれはロックダウンみたいなものだったね。僕はノスタルジックな気持ちに浸ることで、こういった状況でも心の安らぎを得たのだけど、今回のロックダウンで人々がまさに同じ状況にいたことに気づいた。過去を振り返ることでノスタルジックな気持ちに浸り、「想い出」の中で再び生きる。これはとても不思議な偶然だった。
──あなたの友人でもあるコリン・リード(Colin Reid)が監督した“Heat Waves”のMVは、ロックダウンのピーク時にハックニー(ロンドンの中心部北東寄りにあるエリア)で撮影されたそうですね。通りに住む人たちの郵便受けに紙を貼り、「(撮影日の)夜7時にワゴン車で通りを歩く人を窓から撮影してほしい」と頼んだと聞きました。
ストリートで大勢の人に会えてとても嬉しかったよ! 何より圧巻だったのは、それぞれが同じタイミングで自宅の窓から身を乗り出している皆の姿を目にしたこと。まるでライヴ・コンサートのように、最高に素晴らしい一体感を味わえる雰囲気だったな。
──MVのエンディングでは、ステージ上にモニターを置いて、リモートでライブが行われる未来を描いています。このような時が、実際に来ると思いますか?
このMVのエンディングは、「もし音楽業界に財政的支援が与えられなかったら、芸術はこういうことになる」というメッセージなんだ。通常のライヴを開催できる日が早く戻って欲しいし、個人的には待ちきれない。ライヴ配信をPCのモニターで観ても、実際に会場で観るのとは同じにならないからね。
Glass Animals – Heat Waves
──実際のところ、アフターコロナの世界でどのような表現をしていきたいですか?
ネットの力を借りてライヴ・ストリームをやってみたい。これまでに観た無観客のライブ演奏は、観客の熱気がないこと以外は通常のライヴと変わらなかった。せっかくだし通常のライヴとは違う内容にすれば、何か凄いことができるんじゃないか? と思うんだ。
僕らは自分達の楽曲のステムデータから生素材のアートワーク・ファイル、3Dファイル、フォトショップ・ファイル、さらにはウェブサイト・コードまで、全てのものに誰もがアクセスできるようなオープンソースのウェブサイトを立ち上げた。これらの素材を使い、素晴らしいアートワークを作り上げた人も知っている。さらに、リスナー全員が結束し目を閉じることによって、新曲を聴くことができるウェブサイトも立ち上げた。顔認証システムが入っていて、ウェブサイト上で多くの人々が同じタイミングで目を閉じれば閉じるほど、楽曲を聴き進めることができるんだ。こうしたアイデアは極々一部だし、今後さらに出てくると思うよ。
Text by Takanori Kuroda
Glass Animals
英オックスフォードにて、2010年に結成。シンガーソングライターでプロデューサーのデイヴ・ベイリーと、彼の幼い頃からの友人である、ドリュー・マクファーレン、エドモンド・アーウィン・シンガー、ジョー・シーワードの4人で構成される。デビュー・アルバム『Zaba』を2014年に、セカンド・アルバム『How to Be a Human Being』を2016年にリリース。サード・アルバム『Dreamland』が、2020年8月7日(金)にリリースされた。