Helsinki Lambda Clubが4年ぶりのフルアルバム『Eleven plus two / Twelve plus one』をリリースした。前半は彼らのルーツであるガレージロックを軸にした「過去~現在」、後半はフロントマンの橋本薫が覗いてしまった「未来」でバンドが鳴らしていた音というコンセプトのもと、サウンドスタイルとしてのロックの枠を超えて、新旧様々な音楽性を採り入れた内容となっている。

とはいえ、時代的にもパーソナリティーにおいても、単純にロックが過去でミクスチャースタイルが未来なのかというと、そうではないように思う。過去と未来の簡単に割り切れない関係性、変化する時代ともに揺れ動く価値観などを独特の温度感で描き出す、2020年現在だからこそのSF的な作品。そんな物語のミステリアスな魅力を引き立たてる、もっとも重要な鍵となっている曲が、直感性に溢れた摩訶不思議な展開でここにしかない時間を演出する“IKEA”だ。

Helsinki Lambda Club − IKEA

そこで今回は、メンバーの3人だけでなく、同曲のミュージックビデオで監督デビューを飾ったnever young beach巽啓伍との対談をセッティング。“IKEA”の曲とビデオならびにアルバム全体の魅力を軸に、他愛もない話から互いのミュージシャンシップまで、まさに盟友同士だからこその濃厚な時間を、お楽しみあれ

Interview:
Helsinki Lambda Club
×
巽 啓伍(never young beach)

座談会:Helsinki Lambda Club × 巽 啓伍(never young beach)|初MV監督作品“IKEA”の裏話から音楽家としての正義まで、仲間だからこそのあれやこれ music201216_helsinki-06-1440x960

「きっと未来ではめちゃくちゃなことしてるんだろうなって」

━━Helsinki Lambda Clubと巽さんがベースを務めるnever young beachは、結成した時期も近く、初期は活動のサイクルも近い部分があったと思うのですが、その頃から個人的な繋がりがあったのですか?

巽 啓伍(以下、巽) 僕らが2014年結成でヘルシンキはもうちょっと前? 

橋本 薫(Vo., Gt./以下、橋本) うん。2013年。

 当時からヘルシンキのことは知ってたけど、その頃は特にしっかり絡んだことはなくて。

橋本 そうだね。俺もネバヤンのことは好きだったけど、たっさん(巽)とこうして飲みに行くようになったのは、ここ3、4年くらいかなあ?

 そうだね。共通の友人を通じて個人的に会ったのが2016年とか17年とかその辺だね。

橋本 今年は特によく一緒にいたよね。稲葉とたっさんは僕の弾き語りツアーにもついてきてくれたんですよ。

━━そうなんですね。楽しそう。

稲葉 航大(Ba./以下、稲葉) 物販で巽さんと一緒に薫さんの横に立ってCD売ったり。

 二人ともぜんぜん気づかれないっていう(笑)。コロナ禍になってnever young beachはけっこうのんびりやってたから、時間があったんですよね。

━━そして、今回のアルバム『Eleven plus two / Twelve plus one』から“IKEA”のミュージックビデオを巽さんが監督することになった経緯を、教えてもらえますか?

 僕は大学で映像を学んでいて、いつか映画が撮りたいという想いはその頃からずっとあったんです。そこで、この夏にヘルシンキからアルバムを出すっていう話を聞いて、「コロナ禍でけっこう時間あるから、なんかやらせてよ」ってお願いしました。

そしたら薫が「いいよ」って。で、MVの本数は決まってたんですけど、そのうちの1本を撮らせてもらえることになりました。

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橋本 しばらくして具体的にちゃんと決めなきゃってなった時に、“Happy Blue Monday”か“IKEA”でお願いしたいって頼んで、僕はどっちかと言えば“Happy Blue Monday”がよかったんですけど、たっさんは“IKEA”がいいってね。

 “Happy Blue Manday”は僕には曲が壮大すぎて(笑)。結果的に“Happy Blue Monday”はレンゾ(renzo masuda:映像作家)が撮って正解だったしね。

Helsinki Lambda Club − Happy Blue Monday

━━“IKEA”は1曲のなかでテンポも世界観も変わるなど、映像制作が難しそうですが、そちらを選ばれたんですね。

 あの曲だけ浮いてる感じありますよね。そういうところにおもしろさを感じたし、僕がそもそもやってみたかった映画っぽい映像がはまるとも思ったんです。曲は元々ああいうアレンジだったの?

橋本 俺の中で構想としてはあったけど、自分一人の技術じゃ作れそうにないから、そこはセッションで練り上げていこうって意識を、バンドでシェアするところから始めたの。そこで、Aメロからサビをまず俺が作って、ここガッチャンってひっつけますよって二人には言った。

そこからのカオスな展開みたいなのはセッションで、何パターンが録音して良さそうなやつを選んで、その尺で歌を入れてハマったらそれをさらに練っていくみたいな作業だったね。

 なるほど。ヘルシンキって、ああいう曲の本筋とは異なるセクションを入れるのが好きじゃない? 別の曲の話に逸れるけど、今回のアルバムだと“Debora”もそうだよね。

橋本 “Debora”の場合は明確に、ミニマルなロックオペラにしようって思ってた。まあ「ロックオペラじゃなくね?」とはなったけど(笑)。

 ああいう感じ、リファレンスはあったの?

橋本 直接的にこれっていうのはそんなに。構成で言うとベタにクイーン(Queen)とかになっちゃうかなあ。

 “IKEA”はどう?

橋本 “IKEA”は今回のアルバムを「過去~現在」と「未来」に分けようと決めた段階で、後者のイメージがあったから、未来のヘルシンキを想像して作った感じかな。きっと未来ではめちゃくちゃなことしてるんだろうなって思ったから。

 “IKEA”は「安易な大量生産はいつかしわ寄せがくる」っていうテーマがあったよね? それについては僕も思うところがあって、だからMVも、「大量生産された物から受けている恩恵」とその「しわ寄せ」を描いた部分もあるんだよね。

橋本 何がいいとか悪いとか、なかなか断言できない、そういう話だね。

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「まあ全部が伝わらなくてもいいし、
誰かが何かを感じてくれたらそれでいいんです」

━━Helsinki Lambda Clubが2015年にリリースしたアルバム『olutta』に入っている“Lost in the Supermarket”も、曲名の引用元であるザ・クラッシュ(The Clash)の曲も含め、大量生産/消費についての曲ですが、それは橋本さんがずっと考えていることなんですか?

橋本 根本的に、僕はどうしても物事の二面性について考えてしまう性格なんですよね。人間の感情でいうと「楽しい」ことだけにスポットを当てるってことができない。楽しいということは、そのぶん悲しかったり寂しかったり、そこの陰影がないと自分の中でしっくりこないんです。だからこの曲は、IKEA批判というわけではなくて。

 IKEAっていう単語は固有名詞として、というよりは比喩でしかないよね。

橋本 そう。大量生産を批判するというより、例えばインスタに写真をパッとアップして、反応もらって喜んでとか。そういう速いサイクルで生きてる心地を一瞬だけ感じ続けている生活って、確かに楽しいことは続いてるんだけど、じゃあ明日はどうなるのかと考えると、途端に窮屈になったりすると思うんだよね。

━━それで、冒頭は古びたコカコーラのベンチでカップラーメンとパンを食べる橋本さんのシーンから始まるんですね。

 これは最後のシーンで、薫がベンチに座ってホットドッグを食べて、横に放置されているカップラーメンのゴミも一緒に持って帰るシーンの逆再生なんです。ゴミを置いていく人とその逆で誰かが捨ててくれている。割を食ってる人っていう、薫の言うところの二面性を表現したんだよね。

橋本 あと今回の撮影、カット数が少なめだったじゃない? 曲の小節に合わせにいかず、それでもちゃんと曲を追えてる。そこは初監督なのにすげえ勇気あんなって思った。

 今回初めてちゃんとした映像を撮ることになったなかで、映画しか勉強したことがなかったから、MV的なことはできなくて。MVってバンバン切るじゃん? 刺激の強い短い映像を繋ぐことで、最後まで観てもらえる作品にすることが多い。でも、それはこの曲に合わないとも思ったんだよね。「何これ?」ってなったところから5分間引っ張れる作品にすることは目標だったね。

橋本 なるほど。このタイトルロゴが出るタイミングとかも最高だよね。こういうシュールな感じとか画角も色味も、まじで映画だよ。何か参考にした作品とかあったの?

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 ちゃんと落とし込めているかどうかはわからないけど、イメージ的には三宅唱監督の『きみの鳥はうたえる』とか。あとはフィンランドのアキ・カウリスマキという監督の撮るナンセンスな映画や、エドワード・ヤンやツァイ・ミンリャンっていう台湾ニューシネマの人たち。共通しているのが、長回しを多用する人なんだよね。

でも、もし今回MVするのが“IKEA”の1曲だけだったらこれは撮ってなかったかも。いくつもの種類がある中の一つだったから遊べた部分はあったかな。

橋本 俺らは大満足だよ。

 ならよかった。でも、長回しもそうだし、曲で歌われている二面性とか、最初と最後を繋げたこととか、いろいろあんまり伝わらないような気もするんだよね。

橋本 そうかな?

 そこはぶっちゃけ、僕なりのアンチテーゼでもあるんだよね。ゴミを捨てる人と拾う人、ハンバーガーもそうだし、ガソリンもそう。みんな日常的に使うものだけど、ただ自分の目の前にある必要なことを満たすためだけ。

すなわちその瞬間でしか生きてるだけなら、そのせいで割を食う人が出てくるわけじゃない? だからもっと想像力を持てよって事だったり、奥行きを感じて欲しい。そういう気持ちはこもってるかな。

橋本 なるほど。

 まあ、それは観てくれた人それぞれが思うことであって、言葉にしてしまうと元も子もないのかもしれないけど、やっぱりある程度のラインまでは気づいてほしい。だから、ただの不思議なMVだと思われるのは面白くないんじゃないかなってちょっぴり思うね。

橋本 たっさんがグッときてるものとか大事にしてるものとか、筋がすげえ通って見えるなって、めっちゃ思ったけどね。実際に、これを最初に観たあとに、太起はすぐに曲を作ったじゃない?

稲葉 “IKEA 2”だ。あれはめちゃくちゃ早かった。

熊谷 太起(Gt./以下、熊谷) 確か23時くらいこのMVが届いて、ハッとして朝6時までに作ってすぐ共有したんだよね。

稲葉 そうやって、余白を楽しむことができて、自分なりの想像力が膨らんでいくのがわかる。ほんとにいいMVだと思います。

━━稲葉さんと熊谷さんの演技? も光りますね

稲葉 意外と演技してるんですよ(笑)。メンバーと手を恋人繋ぎすることなんてまずないから、どうしていいのかわからなかったですけど。

熊谷 ラブホテルの前でね。リアルなお客さんとかにも見られて、「ちょっといったん止めよう」とか。恥ずかしかった(笑)。

 ラブホテルに入ろうとしているカップルを見ている人がいる。二人だけを切り取れば幸せなのかもしれないけど、もう少し視野を広げたら一つの場面に孤独を感じている人もいるっていう。で、この作品にはもう一人孤独を感じながら生きている人物がいて、薫もあわせると5人の登場人物がいるんですけど、太起と稲葉のカップル以外は、まったく別の人生を生きていてまず交わることはない。

歩いてる男性がカップルをうらやましいと思っても、どこかで誰かはあなたのことを羨ましく思ってるかもっていう。二項対立というか二面性を表してますね。ちょっと説明しすぎちゃったな。粋になれないな~。

━━そこにあるモヤっとした割り切れない感じが私はすごく好きで。

 よかったです。まあ全部が伝わらなくてもいいし、誰かが何かを感じてくれたらそれでいいんです。だから散々話しましたけど、僕の意図は端折ってもらっていいんで、一見全く関係なさそうでもよく見ると曲や歌詞とちゃんとリンクした映像だっていうことだけ、書いといてください(笑)。

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「プライドはなくてもいいんだけど、
美学は持っていたい」

━━今回のアルバムは1曲目から6曲目までが「過去~現在盤」、7曲目の“Mind The Gap”を挟んで、8曲目から13曲目が「未来盤」となっていますが、これは「古い音楽」と「新しい音楽」や、「過去~現在盤」で描いた音楽性との決別といった意味合いではないですよね?

橋本 そうですね。

━━「過去~現在盤」はHelsinki Lambda Clubルーツとなったロックンロール/ガレージが軸になっていて、50年代~10年代までの要素が詰まっているのが印象的でした。そして「未来盤」では、いわゆるサウンドスタイルとしてのオーセンティックなロックの枠を超えて、現在進行でバンドが吸収している音楽性が積極的に採り入れられている。新たなバンドの向かう先を示している印象さえあります。
その上で、どちらも双方の引き出しがあってこそ成り立つものになっている。レトロな質感の強い「過去~現在盤」はギターロックの未来とも言えますし、「未来盤」は拡張されていくバンドの音楽性であり、今後はロックンロール創生以前のジャズやブルーズといった音楽に傾倒する可能性もある。そういう捉え方もできますし、いずれせよすべては「未来」に向かっている。今作にはそういうSFの考察的な魅力もあると思います。

稲葉 わ、そう言われると、なんかすごいですね(笑)。

橋本 そうですね。単純に過去の音楽、未来の音楽ということではないですね。おっしゃるような考え方もあると思いますし、そう言ってもらえるのは嬉しいです。

━━そしてMVも、長回しや映像の質感といった手法はオールドスクールな映画へのリスペクトを感じます。また、描かれている価値観にも、普遍的な側面と現代的な側面が内包されているように思います。

 「過去と未来」ということで言うと、時代背景がわかりづらいものにしたかったので、東京では撮りたくなかったんです。東京は時間の流れとか情報の流れがめちゃくちゃ速いから、ちゃんとレトロな雰囲気があって未来のイメ―ジまでを、観てくれた人が想像できる余地のある長回しの作品が撮りにくい気がしたんです。それで隣県まで行きました。

━━そうだったんですね。

 そこで最近三人に訊きたいことがあって。東京って、音楽でも映画でも、作品に行き着くまでに情報がどんどん入ってくるじゃない? 僕はそれにけっこう疲れることがあるんだけど、そういう、東京という土地のスピード感についてはどう思ってる?

橋本 ずっと東京にいるからあまり意識したことなかったけど、たぶんそれ自体が東京ってことなんだろうね。

 例えば噂になっている若手のバンドがいても、露出の仕方だったり、あの評論家がいいって言ってる映画はどうなの? とか、本質に迫る前に邪魔なフィルターがどうしても入ってきて、ちょっと躊躇する感情が良くないと思ってはいるんだけど自分のなかに出てくるんだよね。

橋本 俺も多少あるよ。そこはネットが発達したからって捉えちゃってたけど、東京にいるからよりそう思う部分は、確実にあると思う。

 例えば「これから流行る」みたいなものと距離が近くて、そうなってしまう部分があると思う。その流行りそうなものに惹かれる人もいれば、そこを避ける人もいる。何がクールか、物差しは人それぞれだと思うんだけど。

橋本 言葉がすごく難しいんだけど、俺たちはそういう思惑や情報がひしめく世界では負け続けてるというか……。それは、一般層から見て今何がクールかとか、そういうことを考えて選ぶんじゃなくて、自分たちなりに人間同士の信頼関係に重きを置いて活動してきたから。でも、それでいいと思ってるし、それしかできない。

 なるほどね。バンドだと、注目されてるシーンみたいなものがあって、そこで話題になってわりとすぐにメジャーから声がかかるみたいなことがあったとして、そこでオファーを受けて、大きい資本という傘の下でやるってことは、今までと環境は変わるってことじゃない?

インディーズで活動していた頃より商業的な目線で自分たち以外の人間の意見が聞こえてくることも増える。結果として、その選択がよかったと思う人も間違ったかもって思う人も出てくるし、合うか合わないもある。

橋本 そうだね。

 そこで結局いいものを生むか生まないの舵取りはアーティスト次第になってくるよね。その点で、ヘルシンキは信頼関係を大事にして〈UK.PROJECT〉と共同で長くやってきたから、視野は広いと思うんだよ。

右も左もわからない若いうちに「これはこういうもんだよ」って刷り込まれちゃってしんどいんだけど打開策がない。そういうリスクを背負っちゃうケースもあるじゃない?

━━誰もが豊かな気持ちで音楽をやっていきたいと思っていて、そこで誰かに聴いてもらうと思うと一人じゃ完結しない。メジャーでもインディーズでも、そこに関わる人も含めてそれぞれの正義があるので、選択ってなかなか難しいですよね。

 だからこそ、アーティストやバンドは、もっと自分たちでしっかりブランディングしてクールな場所を作っていける地力が必要だと思うんです。これからは自分たち主導でパーティやムーブメントを作っていく流れも、どんどん進んでいくんじゃないかって、最近特に思うんですよね。もちろん、お世話になった人たちやイベンターさんを無視するということではなくて、彼らの存在がすごく重要だということは理解したうえで。

橋本 それ、めっちゃやりたいことの一つだわ。

 最近、若いアーティストが自分たちでレイヴやったり、コロナ禍でもできることを考えて動いたりしてる、ああいう流れって、めちゃくちゃいいと思うんだよね。さっきも言ったけど、東京って、資本やその業界で経験のある人たちに見つけてもらいやすい。

逆に人が多くて埋もれやすくもあるけど、そういうことに期待して頼って、そこでどうこう言うだけじゃなくて、自たちがクールだと思うことに向かってアイデアを絞って動くこともできる。ヘルシンキは前からそういうメンタリティを持ってるし、来年LIQUIDROOMに辿り着くからね。

橋本 ようやくだね。

 それはちゃんと積み重ねてきたものがあってのこと。そういうプロセスも含めて、僕はヘルシンキを愛してるからな〜。

━━never young beachは〈BAYON PRODUCTION〉というインディペンデントな母体との信頼関係があって、メジャーと契約している、一つの理想的な形だと思うのですがいかがですか? 

 メジャーの〈SPEEDSTAR RECORDS〉とは、上下ではなくお互いが尊重し合える関係が築けていると思います。とか偉そうなこと言ってますけど、そこはボーカルの勇磨(安部勇磨)が、どんなところに行こうが、自分たちがみんなで築いてきたもの妙にいじくられるのは嫌だって、強い意志を持っていたから。

メジャーの人とか作品のリリースだけに限らず、ちゃんと音楽の話ができない人にどうこう言われるのだけは嫌じゃないですか。

橋本 ネバヤンがメジャーでやったことは希望だったもん。

 勇磨がちゃんとバンドをコントロールして、美学を貫いてくれてよかった。僕もそういう意識はあったけど、「まあどこでもいいや、勇磨が言うなら楽しいでしょ~」みたいな感じだったから。

橋本 俺の持論として、「プライドはなくてもいいんだけど、美学は持っていたい」っていうのがあって。

 うんうん。それはヘルシンキが今後、折に触れて思い出すだろうなあ。

never young beach – SURELY

「今は共鳴する人と一緒に
上がっていきたいって思ってるかな」

 なんか、バンドの在り方みたいなところまできちゃいましたけど、もう1回、アルバムの話していいですか? 質問をたくさん用意してきたのにほとんど訊けてなくて(笑)。

━━もちろんです。

 まず今回のアルバムは、すげえ開けてる感じがしたんだよね。でっかいステージが似合う。そういう狙いはあったの?

橋本 「開く」っていうのはここ最近テーマとしてあって、どうせ曲を作る段階で自分たちのこだわりは十分に出るから、最終的には今までやってこなかった「聴きやすさ」を求めたんだよね。今まではとにかく逆張っていうか、音もスカスカだったり、ギターにエフェクトかけまくったり、内側のこだわりが強かったけど、そこは減ってきたかな。

現行のシーン、日本というよりは海外インディーの聴きやすさだね。主にギターは弾くんだけど、前面でジャンジャン鳴らしまくるというよりは、低音の鳴り方を意識して上の音も際立たせるような感じ。

 資料にもさ、「海外」ってワードがけっこう出てきたけど、日本よりも海外を狙いたいって意識はあるの?

橋本 そうだね。去年ライブで海外に行って、ちゃんと評価してもらえた感触があったんだよね。ならちゃんとそこも視野に入れて作りたいと思って。そこで、マスタリングを、ラナ・デル・レイ(Lana Del Rey)やポリッジ・レディオ(Porridge Radio)らを手掛けた Felix Davisにお願いしたら、やっぱりすごくよかった。長い目で見て残るものができたと思う。

Mastered by Felix Davis

Felix Davisがマスタリングを行った楽曲を集めたプレイリスト

 海外でライブすると、アウェイで心折れる経験ってある? 僕らは台湾や中国、韓国では日本かそれ以上に盛り上がるんだけど、バンコクでライブしたときに初めて欧米の風というか洗礼を受けたんだよね。それはもちろん欧米のバンドばかり出るフェス<Maho Rasop>だったっていうのもあるんだけど。

橋本 ぜんぜん折れないね。

稲葉 台湾のフェスに出た時はめちゃくちゃ盛り上がって、みんな「イエーイ!」ってなっていて。

橋本 日本って、BPMとかリズムパターンによってノリやすいノリにくいみたいなのが、けっこう顕著に出ることが多いじゃない?

 うん、わかる。

稲葉 そこが海外だと、速いとか遅いとか、そういう意味で何をやるかじゃなくて、その曲がいいかどうか。よければみんな好き勝手踊ってるっていうか。周りの反応をうかがって自分も踊るみたいな空気もないし。

突然、Vampire WeekendがInstagramで
“Mitsubishi Macchiato”を紹介。

橋本 本質的にちゃんとノレるビートがあればいけるんだって、わかったことは大きかったね。だから今回のアルバムでは、ゆっくりな曲でも速い曲でも、自分たちが信じる、体が揺れるようなっていうビート感を意識したの。

日本人は、速い曲は激しく踊ってバラードはじっくり聴くとか、みんながそうではないけど、全体の流れとしてはそういうことがリスナーに染みついていて、パターン化しているところに合わせがちだけど、作る側がもっとビートを意識すれば楽しみ方に幅が出るはずなんだよね。そこは“眠ったふりして”とか、うまくいったように思う。

 そういうアティテュードのアーティストは増えないと、カルチャーの幅が狭まっていくとか、ガラパゴス化がますます進むとか、そういう危惧みたいなものはあるの?

橋本 どうだろう? 先の音楽シーンがどうこうというよりは、今までは孤高でいたいみたいな意識でやってたけど、今は共鳴する人と一緒に上がっていきたいって思ってるかな。

 僕もそれはあって、孤軍奮闘するんじゃなくて、ちゃんと全体で上がっていけば、もっとおもしろいことが起こる思うんだよね。そう、最近気になるバンドとかアーティストっている?

あえて自分たちより下の世代で。僕は、MAYAと南ドイツっていうサイケデリックバンドが気になってる。ヘルシンキにも通じるものがあると思う。あとはTastyっていうバンド。

橋本 そうなんだ、聴いてみる。俺はCody・Lee(李)かな。尾崎リノちゃんはほんとに信頼できる音楽をやってるなって。あと。今の20代前半とか10代のバンドとかは、どんどん化けるんだろうなって、見ていてすげえ思う。

 ヘルシンキ以外のバンドと言えば、太起はGroup2もやってるけど、ヘルシンキに還元されたものってある?

Group2

熊谷 曲を作るって発想はGroup2をやってなかったらなかったと思う。

 Group2でやってたことが反映されてるってこと?

熊谷 いや、曲を作るという行為自体の話。ヘルシンキでの姿勢や考えてる方向性自体は変わってないかな。ヘルシンキは薫くんの歌詞あってのこと。そこにそぐわないものは出さない。俺が作ると、ラップが乗るようなイメージになるから。今後はそれもあるかもしれないけど。

 共作も増えるかもしれないんだね。

橋本 俺がGroup2で太起の比重が重くなってるのを見てるから、それで、「太起ってこういうこともやるんだ」と思って頼むことも増えたしね。

 今まではそういう意識はなかったの?

橋本 前までは0から1の作業は自分で抱えてきたけど、二人にどんどんやってもらったほうが自然な気がしてきてるんだよね。だから今後俺の比重は減っていくかもしれない。

 そういう意識の変化で稲葉に“Sabai”を作らせたとか?

橋本 そうだね。曲作ったことあるかないかで、俺が持ってきたときのありがたみも変わってくるし(笑)。

稲葉 そこはありがたみしかないです(笑)。

 わかる。僕も心から「勇磨ありがとう」て思うもん(笑)。稲葉は曲を作る上で、South Penguinをサポートしてる影響とかはある?

South Penguin

稲葉 South Penguinでもヘルシンキでも、僕の役割はベースラインを作るってことだから、基本的にはベーシストとして引き出しを増やしてそれぞれのバンドに還元していくことが大事だと思ってる。

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 それなのに、“Sabai”はヘルシンキのド真ん中ストレートって曲なんだ(笑)。

橋本 稲葉に頼んだら、R&Bとかファンクとか、なんならインストくらいくるかなって思ったらめっちゃ寄せてきた。バランサーだからね(笑)。

稲葉 0から1はむずい。薫さんはすごいですよ。ほんとうにありがとうございます(笑)。

 ベーシストっぽいね(笑)。ちゃんと周りを見てるというか。僕もベーシストだからベースはより耳に入ってきちゃうんだけど、“Debora”のサビ、裏で鳴ってるベースとかすごいいいと思った。

橋本 “パーフェクトムーン”はバンドマンというより完全に職人だったね。正解なんてないのが音楽だけど、俺は人生で初めて正解のベースを聴いた気すらしたからね(笑)。

 3人のバランスがどんどんよくなってる感じがするね。バンドの存在を引っ張れる薫がいて、職人気質の稲葉がいて、太起はうちの阿南(阿南智史)と似てるんだけど、なんでも要領よくこなせてセンスをきちんと持ってる人だなって。

橋本 なんでも冷静に要領よくこなすイメージはあるんだけど、“IKIA”のMVを観て衝動で“IKEA2”を作ってきた時はグッときたなあ。

熊谷 それはたっさんがいい作品を撮ってくれたおかげ。そういうことは今までなかったから。

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「現代に生きる人が言葉にできない共感できるものを
すくうことができてるんじゃないか」

━━「過去~現在盤」と「未来盤」を繋ぐ7曲目の“Mind The Gap”は熊谷さんが作った曲ですが、この曲はどのような経緯でできたのですか? かなり効いていると思いました。

橋本 “Mind The Gap”は、曲がすべて出揃ったときに、ようやく「未来盤」のイメージがみんなで共有できた感じがして、そこでもう1曲過去と未来を繋ぐ曲を作ってほしいって、太起にお願いしたんです。

━━人がそれをロックと呼ぶならロックじゃなければ何でもいい、人がそれをジャズと呼ぶならジャズじゃなければ何でもいいみたいな。まさにどこにも属さないノーウェーブな感覚が素晴らしいと思いました。

熊谷 どちらにも属さない「狭間としての謎感」は意識しましたね。だからギターを抜いたんです。ヘルシンキの場合、ギターがあるとモチーフが見えてしまうような気がしたので。

 “Shrimp Salad Sandwich”の《パンがなければケーキを食べればいい》っていう歌詞、時代を象徴していて好きなんだよね。あれは皮肉だよね? 本質的なものがすり替えられている。で、その次に“Mind The Gap”、つまり「隙間に気をつけろ」って。そこから「午時葵」の並びがすごく好きなんだよね。各曲の意図や意味を考えると連なりがおもしろい。

橋本 “Shrimp Salad Sandwich”を気に入ったら、『わたしは、ダニエル・ブレイク』を観て欲しい。温度感がより伝わると思うよ。

わたしは、ダニエル・ブレイク(字幕版)

稲葉 そういう話を聞いてると、僕も頑張ってもっと曲作らなきゃって思いますね。

 それはどういう意味で?

稲葉 このままだと僕はいらなくなっちゃうかなって(笑)。

熊谷 そもそもベースラインを一任してるんだから、いらないってことはないよ(笑)。でも、これは俺の持論だけど、バンドメンバー全員が曲を作れた方がいいと思ってる。ビートルズ然り。

 それは間違いないね。僕は個人的な制作でしか作れてないけど(笑)。

橋本 今回はザ・ビートルズ(The Beatles)の『ホワイトアルバム』的な感じだと思ってるんだよね。俺と太起の分業もあるし。

熊谷 曲を作ると他のパートのことも意識できるしね。一人で作るより、いろんな脳味噌が入ったほうがいいと思う。

橋本 俺のエゴが減りまくってよかったよ。

 柔軟になったきっかけとかあったの?

橋本 メンバーチェンジとか、いろんなことを経て、メンバーのありがたみをより感じるようになったことかな。あとは、他人のエッセンスが入ると違和感を覚えるフロントマンは多いとは思うんだけど、それだと想像の範疇を超えてこないんだよね。

自分で想像できることをこのバンドで超えたい気持ちが完全に勝った。今の俺はフロントマンにしては珍しいくらいエゴがないんだよね。

 いろいろ経ての今なんだろうね。

橋本 年齢もあるね。

 年齢はあるよね。

橋本 うん、もう愛しかない。

 30歳近くなってくると、いろんなことがどうでもよくなってこない? よくも悪くも角が取れてくるんだけど、薫の場合、音楽に関してはソリッドなままだよね。柔軟になったとは言いつつも。

橋本 そうだね。そこは変わらないと思う。

━━では、今後のHelsinki Lambda Clubと巽さんのことについて、聞かせてください。

 バンドに寄っかかるのではなく、一人の人間として、何がしたくて何ができるのかっていうことをもっと考えていきたいです。そこで今回ヘルシンキのMVを撮れたことは、ほんとうによかったと思っています。

橋本 僕らの音楽って、懐かしいとか言われることもあるけど、現代に生きる人が言葉にできない共感できるものをすくうことができてるんじゃないかと思っているので、もっといろんな人に聴いてもらえたら嬉しいです。

稲葉 今回はベース以外にもサックスを吹いたり、気づかれないかもしれないけどベースの雰囲気を変えたり、いろんなことができたので、今後もいろんなことを続けてやっていきたいです。

 基本的にベーシストってソングライターが100%で持ってきたものを200%以上にしたいっていう意識があるよね。

稲葉 そう! それが言いたかった(笑)。あと、こういった時代ってことを考えたとき、テクノロジーはどんどん発達してますけど、ベースプレイヤーがやれる場所をもっと広げていきたいです。

熊谷 コロナ禍でいろんなことを考えた結果、今はもっといろんな人にちゃんと届けたいって思うんです。例えば“パーフェクトムーン”はおじいちゃんとか、バンドに興味のない人にも届くようにって思いながら作りましたし。あとはバンドとして<FUJI ROCK FESTIVAL>に出たいですね。みんなそこは強い思いがある。

橋本 そうだ! 最後、たっさんにヘルシンキのキャッチコピーをつけてほしいんだけど。

 難しいな。ちょっと考えさせて。記事が上がるまでに間に合うかなあ。思いつかなかったらごめんなさい(笑)

(後日)
思いつきませんでした! 彼らはロックバンド以外に形容できないくらいフリーフォームでチャレンジ精神を持ったロックバンドだと思います。

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Text by TAISHI IWAMI
Photo by fukumaru

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Helsinki Lambda Club
2013年夏に結成されたヘルシンキ・ラムダクラブは、ボーカルの橋本薫を中心とした日本のオルタナティブ・ロック・バンド。中毒性の高いメロディー、遊び心のある歌詞、実験的なサウンドは、一曲ではガレージロック、次の曲ではファンクやソウルと変幻し、音楽的ジャンルや文化の垣根を越える。
国内のフェス出演に加え、香港、北京、上海、台湾等でのツアーを果たすなど、日本のロックシーンにはかけがえのない存在となっている。アメリカやイギリスのロックが言語を問わず世界に受け入れられたように、Helsinki Lambda Clubの音楽もまた、リスナーに高揚感と快感を与える力を持つ。
〈L→R〉橋本薫 (Vo/Gt), 稲葉航大 (Ba), 熊谷太起 (Gt)

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巽 啓伍(never young beach)
土着的な日本の歌のDNAをしっかりと残しながら、USインディなど洋楽に影響を受けたサウンドと極上のポップなメロディ、そして地に足をつけて等身大の歌詞をうたった楽曲で、音楽シーンに一石を投じる存在として、注目を集めるバンド。
2014年春に結成。2015年に1stアルバム『YASHINOKI HOUSE』を発表し、<FUJI ROCK FESTIVAL>に初出演。2016年に2ndアルバム『fam fam』をリリースし、様々なフェスやライブイベントに参加。2017年に〈SPEEDSTAR RECORDS〉よりメジャーデビューアルバム『A GOOD TIME』を発表。2018年に10inchアナログシングル“うつらない/歩いてみたら”をリリース。そして2019年に、4thアルバム『STORY』を発表し、初のホールツアーを開催。また近年は中国、台湾、韓国、タイでもライブ出演。

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Helsinki Lambda Club
HAMZ-008
Hamsterdam Records / UK.PROJECT
CD:3,000円/ダウンロード:2,400円

収録曲
01 ミツビシ・マキアート
02 Debora
03 それってオーガズム?
04 Good News Is Bad News
05 パーフェクトムーン
06 Shrimp Salad Sandwich
07 Mind The Gap
08 午時葵
09 IKEA
10 Sabai
11 眠ったふりして
12 Happy Blue Monday
13 you are my gravity

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