2020年11月13日(金)公開の映画『ホテルローヤル』
原作は作家・桜木紫乃の直木賞受賞作。ご自身の実家でもあるラブホテル「ホテルローヤル」を舞台に7編の話が納められた累計発行部数100万部を超える作品です。

今作で監督を務めたのは、2019年の話題作『全裸監督』をはじめ、数々の作品でメガホンを取る武正晴さん。映画版では波瑠さん演じる「雅代」を主人公に、交錯する人間模様が繊細に描かれています。

映画『ホテルローヤル』予告編

今回は映画公開を記念して、原作者の桜木紫乃先生とラブホテルでの体験を執筆・連載している現役東大生のラブホテル愛好家・時田 桜さんの対談を実施。原作・映画の『ホテルローヤル』についてはもちろん、それぞれのラブホテル観を交えつつ映画と原作に込められたメッセージを紐解いていきます。

対談 原作者・桜木紫乃 × ラブホテル愛好家・時田桜|映画『ホテルローヤル』に込められた女性へのメッセージ interview1112_hotelroyal_1-1440x960

Interview:
『ホテルローヤル』原作
桜木 紫乃
×
ラブホテル愛好家
時田 桜

「世の中変わったなって思いますよね。
ラブホテルが好きな女の子ってなんて呼ぶんだろう、ラブ女?」

━━桜木先生、まず率直に映画をご覧になっていかがでしたか?

桜木 紫乃(以下、桜木) この本を書いたときは、すべて虚構に落とし込めたのでとても満足していたんです。だからこそ、武監督には「好きに作ってください」と伝えました。試写を観て、なにやら心地よい悔しさにまみれました。なにか自分を脱がされた気がしたんですね。そしたら武監督は「『ホテルローヤル』という本を映画にしたのではなくて、『ホテルローヤル』という本を書いた人を真ん中に据えている」と。どおりでなんとなく「あっ……」って思ったわけだ、って。

━━映画では、波瑠さん演じる雅代が主人公として描かれていますが、追体験的な感覚を覚えるシーンなどはありましたか?

桜木 無表情で掃除をしていたところですね。あれは監督と女優さんの信頼関係がないと出来ない演技だと思うので。波瑠さんは素晴らしいと思いました。

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波瑠/田中雅代役

━━時田さんは、桜木先生にお会いしてみたかったそうですね。

時田 桜(以下、時田) 私はラブホテルが大好きなので、ラブホテルレビューもよく読むんですけど、ここのホテルが良かったとか素敵だったとかではなく、ラブホテルを舞台にして人生と生き方を書いていらっしゃるのを見て、すごく感動しました。しかも、私にとっては“非日常”なラブホテルを“日常”として傍観している主人公を見て、もちろん面白かったんですけど、罪悪感みたいなものも感じてしまって。

桜木 世の中変わったなって思いますよね。私が実家のラブホテルの清掃をしていたときって、30〜40年も前のことで。いまやラブホテルでなにを致しているのかを世の中に向けて正直に書いている人がいる。私の時代はそんなことを書いているのは日活ロマンポルノくらいしかなかった気がするんですよ。ストリップが好きで若い子と一緒に観にいったりもするんですけど、ストリップが好きな女の子のことをスト女っていうらしくて。ラブホテルが好きな女の子ってなんて呼ぶんだろう、ラブ女?

時田 初めて聞きました(笑)。

桜木 そういうことを隠さなくてもいい時代っていうのは、いいことだと思います。ただ、これからの人生を生きる中で、今を後悔しないでね。時田さんは、なぜラブホテルのことを書こうと思ったんですか?

時田 うーん……。好きな人と行ったからですかね。埼玉県の郊外のラブホテルで、駅から30分くらい歩いたんですけど、光ってたんです。一緒にいた人と仲直りした日だったこともあって、室内に入った瞬間に空気が変わる感じとか、すごく感動しました。自分が真面目だっていうのもあったと思うんですけど、空間も体験も込みで素晴らしいなと思ったんです。

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━━今と十数年前とでは、ラブホテルの様式もずいぶん変わってきていると思うのですが、劇中に出てくる「ザ・ラブホテル!」といった雰囲気の内装は時田さんの目にどう映りましたか?

時田 すごく可愛いと思いました。実際のホテルローヤルもあんな感じですか?

桜木 限りなくあんな感じですよ。スケルトンのお風呂なんて、当時は最新式だと思っていました。あれがメジャーじゃないの?

時田 (笑)。でも、新宿の『ラフランセ・パリス』っていうラブホテルは、似た雰囲気だと思います。自由の女神がスケルトンのお風呂に描いてあって。劇中のホテルローヤルもすごく可愛くて。なのに、雅代が「こんなダサいホテル……」って言っていたので、むしろ驚いちゃいました。

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桜木紫乃監修の元再現された『ホテルローヤル』の客室と絵コンテ

「私にとってはどれも“これって現実なのかな”って。
たとえば、ラブホテルを建てて絶対成功するぞ!とか」

━━桜木先生にとってはご実家であり小説の舞台でもあるラブホテルとは、どういう場所なのでしょう?

桜木 物書きの視点だと、この本の中ではラブホテルをわりと俯瞰してみていると思います。あの場所にいたかもしれない人を書くことができれば、私は自分の過去や生まれ育った環境についてなんの自己憐憫も生まれないだろう。それが出来れば、物書きとしてもうちょっとやっていけるんじゃないかなって。

個人的には、ラブホテルを俯瞰で見ることができないんです。父がいて母がいて夏休みも冬休みもなく働くんですよ。土日はもちろん、お休みは書き入れ時なので走り回って、ご飯を食べているあいだにも掃除をして。他人のセックスのおかげでご飯を食べていたので、セックスは自分がするものではなく、生活そのものでした。そういう経験が身に染みているので、個人的には俯瞰で見ることができません。

時田 桜木先生の他の作品も拝見したんですけど、私にとってはどの作品も「これって現実なのかな」って思うようなことが多くて。たとえば、ラブホテルを建てて絶対成功するぞ! とか、無謀な夢を追う人が出てくるから。

桜木 東大に入る方がよっぽど無謀な夢だよ(笑)?

時田 東大に入るのは、塾に入って勉強をすれば行ける人は行けるんです。ラブホテルを建てるとか、とても大きい夢を持った人がいて、周りにいる人はそれを応援する。それがなぜなんだろうと思いました。

桜木 私はそういう人に育てられて、そうやって生きてきたんですよね。ある日突然、「1億の借金してきたから!」って父に言われて、父と一緒に何十年分の手形と印鑑をついて。考えてみたら、あんな体験出来ないですよね。いろんなものを見た場所でもありましたし、人間がどうなったらどんな感情を手に入れていくのかっていうのを親からずいぶん見せてもらったので、人の心の動きっていうのは多分ほとんど実家で取材が終わってるのかもしれません。『ホテルローヤル』は、ラブホテルの話だけど、家族の話なんです。

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━━個人的に、原作の「バブルバス」にあたる本間夫妻のシーンにすごく感動して。家族っていう日常から離れて、お互いを労い合うあたたかいやりとりがラブホテルという空間で行われていることにも不思議と涙を誘われました。

桜木 あそこは、ねえ……。直木賞の授賞式からしばらく忙しくて、やっと落ち着いたタイミングで札幌でコンサートを観たあと、夫とすすきのでご飯を食べてお酒もいっぱい入って。そしたら、きらびやかなラブホテルがあったんですよ。それで、「入る?」って聞いたら夫が一緒に入ってくれたんです。でも、使い方がわからないんです。入り口のパネルの使い方なんかをお店の人に教えてもらって、いざ入ったらなんか恥ずかしくてなにも出来なかった。それで2人でお風呂に入って帰ってきたんだけど、これもいいなって思ったんです。

同じ人と30年以上も一緒にいて、ああいうものなんですよ、夫婦って。不思議ですよね。あのシーンは、私も身につまされました。「5,000円あれば、なにが出来るだろう」っていう生活をずっとしていたので、ああいう優しさを受け取るために、女の人はどこまで涙を飲まなきゃいけないのかなって思う映像でしたよね。

━━映画化にあたって、武監督は「僕は最後に雅代を救ってあげたかった」とコメントを寄せていらっしゃいましたが、全編を通して女性へのメッセージが散りばめられているように感じました。原作者として、この作品からなにを受け取ってもらえたらと思っていらっしゃいますか?

桜木 これは武監督と同じですね。前向きな逃避。明日に向かって逃げろ、っていうメッセージです。その場所がそんなに辛いんだったら、逃げていい。映画の中でも許してくれているし、私も逃げることは悪いことじゃないと思って書いています。その果てにね、時田さんのような子が出てきてくれるということです。

時田 私は、逆にラブホテルに逃げに行っているという感じです。

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ホテルローヤル外観

━━時田さんは、映画をご覧になってどんなところが印象的でしたか?

時田 私は最後のシーンですね。雅代さんが“えっち屋さん”(松山ケンイチ演じる宮川聡史)に気持ちを告白して……というところ。

桜木 なるほど! 私が思うのは、女だけがされる・してもらう側じゃないんです。あのシーンは男女逆にしてもアリだと思っていて。男だってナイーブなところがあるじゃないですか。武監督に「女が演技をしているように、男もしんどいよね」って話したら笑っていたけど。あのシーンが印象に残っているっていうことは、自分の中にどういう感情があるの?

時田 雅代さんは本当に彼のことを好きだったのかなって。だから、ああいう展開になってビックリしたし、ずっと感情を出してなかった雅代さんがようやく自分の感情を出したのに……と、ちょっとイライラするというか。

桜木 そこでできる宮川だったら、10年も好きじゃないんですよ。あくまでも女房ひとりしか知らないから、好きになったんです。男をよく見ときなさい(笑)。

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「逃げるにも作法があるけど、
つらいって言えなくなったら前向きな気持ちで逃げないと」

━━時田さんは、劇中なら伊藤沙莉さん演じる“まりあ”と一番歳が近いと思うのですが、どこか印象に残る場面などはありましたか?

時田 まりあと先生のシーンで、先生の態度が急に変わったじゃないですか。「先生って呼ぶな」って言ったり、いきなり泣き出して弱くなってしまったり。私、ああいうところが好きだなって思っていて。外では強がっている人がホテルの中で、自分の前でだけ弱くなる。あのシーンにはすごく共感する部分がありました。

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(左)伊藤沙莉/佐倉まりあ役 (右)岡山天音/野島亮介役

━━実際に、そういう経験が?

時田 男の人はだいたいそうだと思います(笑)。頭いい人が、頭悪くなるんですよ。私、男の子になりたかったんです。容姿とかではなくて、運動ができるとか馬鹿騒ぎができるとか。男子校のノリみたいなものに憧れていました。けど、セックスしているときは女であることが楽しいなと思っていて。それは多分、男の人が変わる部分が見えるからなのかなっていう気がします。だけど、ラブホテルでのことを書いているときはつらいんですよね。自分が削られていくような感じがするというか。

桜木 ラブホテルを舞台にエッセイを書いてくれる女の子が現れる時代というのは驚きですし、こういう世の中が続けばいいなと思います。女の子って行動することでしかわかってもらえないんですよ。だけど、つらいんだったら逃げようか? 武監督はまさに時田さんみたいな女の子に向けてつくった映画だと思うので。私も前向きに逃げて逃げて、逃げた先にこうしてお仕事をさせてもらっている。逃げるにも作法があるけど、つらいって言えなくなったら前向きな気持ちで逃げないと。

━━今日は「ホテルローヤル」を軸に、世代ごとのラブホ観みたいなものにも触れられたかと思います。数十年経って、もし時田さんがまだラブホテルについて執筆を続けていらっしゃったら、どんなことを書いていらっしゃるのか楽しみですね。

時田 もし続けていたら、また会ってください。

桜木 ぜひ。書くことはぜひ続けてほしいですね。今回は時代を見ている感じがして会えてよかったです。またいつか、パーティ会場で会いたいですね。

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Text by 野中ミサキ(NaNo.works)
Photo by ともまつりか

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桜木 紫乃
1965年北海道釧路市出身。2002年「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。2007年、同作を収録した「氷平線」で単行本デビュー。2013年「ラブレス」で第19回島清恋愛文学賞、「ホテルローヤル」で第149回直木三十五賞を受賞。
原作の映画化は『起終点駅 ターミナル』(15/篠原哲雄監督)に続き2作目。その他の映像化作品に「硝子の葦」(15/WOWOW)、「氷の轍」(16/ABC)がある。著作に「裸の華」、「砂上」、「ふたりぐらし」、「光まで5分」、「緋の河」、「家族じまい」など多数。2020年、「ホテルローヤル」の続編ともいえる最新作「家族じまい」で中央公論文芸賞を受賞。現在も北海道在住。

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時田 桜
ラブホ連載をする21歳。東京大学在学中。ラブホに魅せられラブホ愛を綴った作品で「cakesクリエイターコンテスト2020」の最高賞である優秀賞を受賞。

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INFORMATION

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ホテルローヤル

11月13日(金)TOHO シネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

監督:武正晴
脚本:清水友佳子
音楽:富貴晴美
主題歌:Leola“白いページの中に”
原作:桜木紫乃『ホテルローヤル』(集英社文庫)
出演:波瑠、松山ケンイチ、余貴美子、原扶貴子、伊藤沙莉、岡山天音、正名僕蔵
内田慈、冨手麻妙、丞威、稲葉友、斎藤歩、友近、夏川結衣/安田顕
配給:ファントム・フィルム
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