デンマーク・コペンハーゲンを代表するバンド、アイスエイジ(Iceage)が5枚目のアルバムとなる『Seek Shelter』を、ブルックリンの名レーベル〈Mexican Summer〉からリリースした。
ハードコアやパンクを軸に、アメリカーナやホーン・セクションなどを導入し、新たな新たな地平を切り開いてきたアイスエイジ。デビュー・アルバム『New Brigade』から10年という節目に発表された本作には、バンド初となる外部プロデューサーとして、ソニック・ブーム(Sonic Boom)ことスペースメン3(Spaceman 3)のピーター・ケンバー(Peter Kember)が迎えられた。また、前作『Beyondless』ツアーからギタリストとして加わったキャスパー・フェルナンデス(Casper Fernandez)が参加した初のスタジオアルバムで、制作はポルトガルのリスボンで行われた。
タイトルが示唆するように「救い」がテーマの一つである『Seek Shelter』は、聖歌隊が参加した祝祭的な“Shelter Song”で幕を開ける。サイケデリックなサウンドスケープを描きながら、多様性に富んだ音楽性のなかでときにはブルージーに、ときにはロマンチックに歌い上げる。バンド印である不穏な荒々しさはそのままに、彼ら史上もっともメロディアスな作品ともいえるだろう。社会が混乱を極めていくなかで、『Seek Shelter』はどのようにレコーディングされたのか。バンドのフロントマンであるエリアス・ベンダー・ロネンフェルト(Elias Bender Rønnenfelt)へのインタビューをお届けする。
Interview:Elias Bender Rønnenfelt(Iceage)
「身動きできない複雑な状況にいながらも、そこに救いを求めてるんだよ」
──コロナパンデミックによって世界が一変した中でのリリースとなる今回のニュー・アルバム『Seek Shelter』ですが、無事に完成した今の率直な気持ちを聞かせてください。
なんというか、出産を終えた後の母親みたいな気持ちかな。卵から無事雛が孵ったはいいものの、だいぶ長引いてた巣ごもりからようやく飛び立ってくれたから、これで自分も一安心でリラックスできるかな、という。晴れて外の世界に羽ばたいていく姿を見て清々しい気持ちと、これから自分の道を歩んで行くんだろうと思うと、こちらも親離れしなくちゃいけないんだなって見送るような気持ち。リリース前の、まだ自分たちの手元にだけある状態では完成されないというか、外の世界に出ていって人様に揉まれて初めて一人前にしてもらえるんだよ。
──実際、制作の過程やリリースのスケジュールに関してパンデミックが及ぼした影響はありましたか?
創作的な部分ではそんなにないかな。アルバムのおおよそは、2019年の12月にすでに形になってた。当時はまさか今のコロナだの何だのが起きるなんて、想像すらしてなかったけど。ただ、2020年に入ってからも最終的な仕上げの作業をしてたから……もしコロナがこれだけ大事になってなかったら、もう少しスムーズに事が運んでたとは思う。そこは若干イライラすることもあった。
うちのバンドってわりと淡々と物事を進めていくタイプだから、ロックダウンで身動き取れない状態で、自分たち本来のペースで物事が進められないのは相当フラストレーションだったよ。ただ、今回のアルバムのテーマだとか歌詞だとかは、コロナのあるなしに関係なくこうなったと思う。コロナ後に作ってたら決してこうはならなかっただろうし、コロナ以前に書いてたからこそ、今回みたいなアルバムになったんだと思う。自分の居場所がわからなくなることについて歌ってたりするけど、今は場所を移動することが制限されて、1つの場所に留まっていなくちゃいけない状況なわけだから。
Iceage – Lockdown Blues(Lyric Video)
──今回の曲作りはどのように始まったのでしょうか? その最初の段階で考えていたこと、バンド内で共有していたアイデアがあれば教えてください。
うちのバンドに限って言えば、アイデアを共有した上で作品に臨むことがそもそもないかな。メンバー全員で事前に打ち合わせして次はどうしよう、とかじゃなくて、とりあえず思いついたものをそのまま音にしてる。そうなるともう、全身で受け止めるしかないし、何が出てきたとしても、それが今の正直な自分の気持ちってことで従っていく。
だから、次にどういう作品を作るのか予想できないし、少なくとも自分個人の実感としてはそうだね。何かしらのアイデアを思いついたとして、とりあえず自分が面白いと思うほうに委ねたりとか、「これはいつかどこかで使わなきゃ」と感じることはある。それがある程度揃ったところで、アルバムが見えてくる。
次のステップとして、スタジオでの作業がある。でも、その時点で完成形が見えてるわけじゃないし、曲を作ってる最中はガーッと入り込んで、もうそれ以外の見方はできない。作品が自分の手から離れたときに、「ああ、そういうことだったのか」と理解する。制作中に自分がそういうモードだったことを、だいたいは後になって初めて知るんだ。今回のアルバムにしても、今はまだわからないけど、少し時間が経ってから初めて自分にも理解できるんじゃないかな。
──最初は何も見えないところから始まったとして、どのタイミングで全体像なり目指している方向性なりが見えてきましたか?
それはある程度曲ができてからだよね。その上でこっちに行ったらもっと面白そうとか、曲によってはこれがクリアできたらバンドとして一回り成長できるだろうなって思ったら、そっちに進んでみたり……具体的な判断基準とかはないけどね。
ただ、音出ししてる最中に「この感じ知ってるな」とか「これをやったら絶対にうまく行くだろう」、「前にもこれやったな」って思ったら、即座に方向転換してる。むしろ、弾きながらどんどんテンションが上がってきて止まらなくなったり、「これやったらマズいんじゃないか」とか、「危険かも」って思うときのほうが、正しい方向に向かってるサインとして捉えてることのほうが多い。
──今作からバンドはクインテットになりましたが、クリエイティヴの部分で変わったことがあれば教えてください。
ギターのキャスパーね。前回のアルバムまでは自分がギターも担当してたんだ。だからもともとスタジオ用というよりも、ライヴ用にギタリストを探してたんだよね。それまでステージでもボーカルとギターを兼任してたから、自分の代わりにギターを担当してくれる人がいたら、その分、身軽になってもっと自由に演奏できるだろうと思った。
キャスパーはアイデアに溢れるギタリストなんだ。自分が書いたギター・パートを渡して「この通りに弾いて」と頼んでも、ちゃんとキャスパーの演奏なりフローになってるし、そこに自分なりのアイデアがプラスされてる。それで、キャスパーを新たに正式なメンバーとして受け入れることになったんだ。キャスパーのアイデアや音は、もはや自分たちの音楽に必要不可欠だから、これはもう正式なメンバーとして迎え入れるべきだろうと。
実際、キャスパーともう1人のギタリスト、ヨハン(・ウィート|Johan Wieth)の2人の演奏を横から見てると面白いんだ。お互いの出した音に呼応し合うように、片方がちょっと低めの音を出すと、もう片方は逆に高音で演奏したり、片方が分厚い音を出すと、もう一方は軽めの音を出したり、そこから新たにダイナミックな展開が生まれてたりして、2人ともすごくいいコンビだと思う。
──前作『Beyondless』のリリース時に伺った際は、やりたいことやアイデアが溢れてどうしようもないような状態で、その混沌とした状態で作業することが自分たちにとってカタルシスだった、と話していたのが印象的でした。
とりあえず常に頭の中がごちゃごちゃで(笑)。自分がそのときどういう状態にいたのか、冷静に判断できないんだけど、だからこそ、自分は曲を書いてるのかもね。曲を書くことで頭の中が少しは整理されてマシになった気になるというか(笑)。自分の気持ちを伝えるためっていうよりも、自分が今どんな気持ちなのかを知りたくて曲を書いてるような。『Beyondless』が完全に我を忘れて無意識の状態に身を委ねるって感じだとしたら、今回の『Seek Shelter』は自分ではコントロールできない無意識の状態にいながらも、いつかどこかに帰っていくことを前提としているような、心のどこかで自分の身を匿ってくれる安全な場所を探してる。今回のアルバムのタイトルの『Seek Shelter』もそういうところから来てるんだよ。
今回、多くの曲が嵐の中で翻弄されているというか。自ら望んでその場に留まっているというよりは、身動き取れないまま長い期間が経って、それでもいつか安全な場所に辿り着けるように願ってる……つまり、シェルターを探しているわけだよね。シェルターっていうのは何も雨宿りできる場所だけじゃなくて、ある人にとっては大切な人の存在だったり、あるいは気持ちの持ちようだったり、心の状態だったりする。身動きできない複雑な状況にいながらも、そこに救いを求めてるんだよ。
Iceage – Shelter Song (Official Video)
必然的に生まれた高揚感と超越したポジティブさ
──レコーディング時のスタジオの雰囲気はどうでしたか?
今回はリスボンでレコーディングしたんだ。昔から妙に惹かれてる場所でさ。東京もそうだけど、初めて訪れた瞬間から宝探しみたいにワクワクする気持ちになるというか、街の中に何かしら秘密が潜んでいるような気持ちになるんだよ。いつか機会があったらまたリスボンに行きたいとずっと思ってたし……なぜか惹かれるんだよね。それと、今回のプロデューサーのソニック・ブームがリスボンの郊外に住んでいて、好都合だったっていうのもある。ちょうど近くにNamouche Studioってとこを見つけて、まさにうってつけだと思ったんだけど、これがまあ、使いにくいったらなくて(笑)。施設自体が老朽化してて、防音設備もちゃんとしてないし、全然使えなくてさ。しかもスタジオの空気自体が、幽霊でも出そうな感じというか、あちこち壊れかけてたりボロだったりして。
ただ、不便でも何とかしていかなくちゃいけないし、そうやって不具合を修正してるうちに、思いがけないマジックが起こったりすることもあるんだよ。すべてが自分の思い通りにサクサク進んでるときには、想定内のことしか起こらないし。そういう意味では、あえて不便な環境に身を置いてみるのも意外と得策だったかも。とはいえ、天井から雨漏りはするし(笑)、バケツを置いて、さらに布で覆って、雨がバケツに当たる音がマイクに入らないように工夫したり(笑)。だから、わざわざポルトガルに行ったのはいいけど、朝から晩までスタジオの作業でかかりきりになって、与えられた環境の中でいかに工夫して最大限の効果を得るか、集中したね。
──楽しそうですけど、大変そうですね。
でもまあ、楽しかったよ。みんなのテンションが上がってて、問題なくスムーズに物事が進んでいるときは、みんなでジョークとか言って笑い合ったりしてさ。そうかと思えば、内に籠って黙々と作業に集中してるときもあったし、何もかもうまくいかなくて壁に頭をぶちつけたくなったり、自分が今作ってるものが果たして良いのか悪いのか、わからなくなることもあったし。ただ、それはいつものパターンで、何度も上がったり下がったりを繰り返して、その都度ジタバタしながら対処していくのもひっくるめて、アルバム作りだからね。
──いま話にもありましたが、今回、初の外部プロデューサーとして迎えられたソニック・ブームことピーター・ケンバーについてあなたは、「プロデューサーというよりも自分たちにないノイズを持っている魔法使いみたいな存在を求めていた」とプレスリリースにコメントを寄せています。ケンバーを迎えることになった経緯、また彼とのレコーディング作業はどんなものだったか教えてください。ケンバーはアイスエイジにどんな「ノイズ」をもたらし、どんな「魔法」をかけてくれましたか?
前にインタビューでうちのバンドと一緒に仕事をしたいって言ってたのを読んでてさ。自分はもともとスペースメン3のファンで、10代の頃から聴いてたし、今が絶好のタイミングなんじゃないかと思ったんだ。ピーターの音はまさに彼のオリジナルで、他の誰にも出せない独自のタッチというか、音を持ってる。それで、ピーターはいろんなギターや機材、ペダル、エフェクターなどを山のように持って今回のアルバムに参加してくれたんだ。
しかも、似た者同士というか、すごく気が合ったし、いつも冗談を言い合って笑い合ってさ……バンドにとって、もう1人のメンバーみたいな形でアルバムに携わってくれて。自分らと同じ目線に立ってくれるときもあれば、逆からのアプローチが必要だなってときには、完全に第三者の視点に立ってアイデアを提案してくれたり、内輪の悪ふざけにも付き合ってくれたり……、ここも重要なポイントだったよ。イメージしてる音にどうにかあと1歩で近づけそうなときには、それを形にするための方法を一緒に考えてくれたり、同じチームの一員として今回のアルバム参加してくれたよね。
──ちなみに、12~13歳のときに初めて聴いたスペースメン3に大きなショックを受けたそうですが、彼らの音楽のどんなところがあなたの心を捉えたのでしょうか? その後のケンバーのプロデュース・ワークも含めて、彼の作る音楽とアイスエイジの間にどんな接点をあなたが見出したのか、そのあたりの所感を伺いたいです。
共通点はどちらもアウトサイダーなところ。うん、僕たち両方とも完全にアウトサイダーだと思う。あとスペースメン3の音楽って、世界から完全に孤立してるんだけど、その孤高のあり方が美しいっていうのかな……そこにすごくシンパシーを感じるんだよね。あと、地面の排水溝にも天国にも同時に存在するみたいな音楽というか。そこが共通してるんじゃないかと思う。
──最初のシングルとして発表された“Vendetta”ですが、『Screamadelica』の頃のプライマル・スクリーム(Primal Scream)や、マッドチェスターも連想させるサイケデリックなサウンドとダンスフィールが印象的で、初めて聴いたときは驚かされました。この曲はどんなアイデアから生まれた曲だったんですか?
もともとのきっかけは妹の持ってたキーボードなんだ。妹がおもちゃ屋さんで売ってるような、子供用のプラスチックのキーボードを持ってたから、それを借りて遊んでたんだよね。おもちゃのキーボードにもボタンを押すとリズムが流れてくる機能がついてて。カリプソ、パート1、パート2、パート3とか、何パターンかある中に、ダンス・モードみたいなのがあって、それに合わせて音を出してたら、なんとなくブルースっぽい曲が浮かんできて、それが面白くて。疾走感があって、ちょっとダンスっぽいノリなんだけど、歌詞に出てくるのは犯罪だったり復讐だったりしてね。
Iceage – Vendetta (Official Video)
──同様のテイストは、ソウルやファンクのディープなムードをたたえた“The Wider Powder Blue”にも感じられますが、実際、今挙げた「マッドチェスター」は今作のリファレンスとして思い当たるところがありますか?
それはもう、絶対に。今言った曲もそうだけど、自分らの曲のそもそもの影響として……これって他人からはわかりづらいかもしれないけど、自分の中ではあきらかに、ブルースやソウル、ファンクが基盤にあるんだよね。プライマル・スクリームも大好きで、“Vendetta”のダブついたリズムとか、プライマル・スクリームっぽいなあって思うし。ただ、どこから影響を受けて、それがどう音に出てくるのか、ピンポイントでは説明できないんだよ。曲を書くときに「よし、このバンドとこのバンドをミックスしたような曲にしよう」とか考えないし(笑)。ただ、自分の知ってる音楽を総動員していくしかない。だから色んなものから影響を受けてるけど、それがどこでどう出てくるかはわかんないんだよ。
──オープニングの“Shelter Song”や“Love Kills Slowly”では聖歌隊が参加していますが、今作はこれまでの作品と比較して、祝祭感や高揚感、アーシーな感覚のようなものが強く感じられるのも特徴的だと思います。こうしたフィーリングはどこからやって来たものなのか、興味があります。
どうなんだろう……単にそうしたフィーリングが必要とされてたってことじゃないかな。高揚感は、痛みと表裏一体で訪れるようなものだと思う。高いところに登るためには、低いところから登るわけだし(笑)。だから、ただ能天気でハッピーな高揚感じゃなくて、自分の心を守るために必然的に生まれた高揚感というか。
──先ほどのアルバム・タイトルの話とも繋がるわけですね。一方、バート・バカラック(Burt Bacharach)も連想させるワルツ風の“Drink Rain”も印象的です。ピアノの音色も美しく、《Close to You》という歌詞からカーペンターズを連想したりもしましたが、この曲はどんなアイデアから生まれた曲ですか?
まず、バカラックの名前が上がったのがすごく嬉しい(笑)。あの曲の雰囲気とかたしかにバカラックっぽくて……。バカラックが大好きなんだけど、ただ、世間一般のイメージとして、バカラックの曲って、陳腐でダサいみたいに思われてる節があって。ただ、ダサくて陳腐だろうが自分的には上等、というか、むしろそうでありたいみたいな気持ちもあってさ。
あの曲ってたしかにバラードっぽくて派手なんだけど、今回のアルバムの中でも内容的に相当ヤバい曲になってるのが笑えると思って。ラウンジ・ミュージック風なんだけど、歌詞の内容がちょっとヤバくない?(笑) 主人公の行動が若干変態っぽいというか……「え? 水溜りに溜まった雨水を飲む? しかも、その理由が自分の好きな人に近づくために?」っていう。書いた本人ですら、どういう思考回路からそういう発想になるのかまったく理解できない(笑)。たまにあるパターンで、書いたものを後から見返して、「自分、何考えてたんだろう?」っていう、それも込みですごく気に入ってる曲。
──他にも、今作は弦楽器やブラスのアレンジが前作に増して多彩で、より自然な形で楽曲に溶け込んでいて、必然性を感じさせる使い方になっている印象を受けました。
ありがとう。少し前の作品から弦楽器やブラスを盛り込んではいたから、今回、新たに意気込んでって感じではなかったんだ。ドラムとギターとベースとボーカルっていう、曲の大元を作り上げたときに、そこに隙間があるって感じることがあるんだよね。その部分にどんなフィーリングが潜んでいるのか探っていくことで、本来そこに存在すべき音を探していくみたいな……その曲が一体何を求めてるかを探っていく作業をしていくわけだよね。欠けている部分を埋めるのに必要なパートは何なのかっていう、直感だけが頼りなんだけど、僕の直感はかなり信用できるから(笑)。
──“Dear Saint Cecilia”にはアンセミックな高揚感があり、アイスエイジが一貫して鳴らし続けて来た直感的なロックンロール・スタイルと、ケンバーのサイケデリックでエレクトロニックなプロダクションが完璧に融合した曲だと思います。この曲についてもコメントをお願いします。
うーん、これもまた直感で……。たしかにダイレクトで、高揚感があって……なぜああなったかはわからないけど、ギター・リフをいじってるときに、なんかいい感じだなって(笑)。ただ、曲自体は、世界の構造の裏側というか、今さらどうにかしようと思ってももはや手遅れな段階まで来ている状況の中で、何とか心の平穏を保とうとするんだけど難しくて……そのとき音楽や詩がいかに人々の心の救いになるのかという、実はものすごくポジティヴな曲なんだ。決してポジティヴとは言い難い状況下における、ポジティヴで希望に溢れた曲なんだ。
あるいは、現状ポジティヴじゃない要素が混じってるとしても、「それがどうした?」というか。ある意味、開き直って超越したポジティヴさ。いずれにしろ、超越していくってとこがポイントかもしれない。
──ラストの“The Holding Hand”は異色で、とくに前半部分に関しては、通常のバンド・サウンドとは一風変わって、楽器の差し込み方やポスト・プロダクションもかなり実験的なテイストですよね。
あの曲って、まさに自分の目に映るそのまんまの世界って感じがするんだよ。今回のアルバムの中でもとくにアブストラクトな曲で、徐々に積み重さなっていくような展開が面白いと思う。曲線を描くんじゃなくて、徐々に大きくなって全体として展開していくようなね。
あの曲って、このバンドの今の位置を示してるような……何年か前だったらきっと出てこなかったタイプの曲だと思うんだ。歌詞のほうもかなり抽象的な内容になってるし。ある意味、風景画のような、直接的なストーリーを伝えるんじゃなくて、感情を描いていこうとしてる。風景画を通して印象を伝えるというか。それと疑問を投げかけてるような……世界に対して、本当はこうであったらいいのにと望んでるのに、それが実現できない無力感みたいな。
それに「権力とは、弱さとは何なんだろう? 権力と弱さは互いに独立したもので相容れないものなのか?」と問いかけている、そんな部分もある。ただ、ここであんまり説明しすぎるのは避けたいんだよね。聴き手に解釈を委ねたいというか。色んな方向から解釈できる曲だと思うよ。
Iceage – The Holding Hand (Official Video)
「戦いから自分の身を守るための防御として」
──歌詞についてですが、例えば“Shelter Song”の《They kick you when you’re up, they knock you when you’re down Some shielding from the fighting》や、“The Wider Powder Blue”の《The one who understands That blood needs flow free》 というラインを耳にして、一昨年の来日時に伺ったインタビューで、その直前にコペンハーゲンで開かれた反ファシストのデモのこと、そして極右派が台頭を見せているデンマークの政治状況について話題に上ったことを思い出しました。その際、バンドとしてあなた方は、デモに警察が介入したことへの抗議のメッセージをSNSにアップされていましたが、コロナパンデミックとはまた別の次元で、レイシズムの台頭はこの間の世界をさらに大きく変えた要因の一つだと思います。そうした問題意識の延長線上に今作が書かれた部分も大いにあると言えますか?
あの曲が直接政治について言及してるとは思わないけど、間接的にはどうしたって繋がってるよね。この現実社会を舞台にして曲を書いてるわけだから。ただ、格差や人種の問題っていうのは、昔からずっと続いてきたことなわけで、何も今になって急に持ち上がってきた問題っていうわけじゃないし。
コロナの影響かどうかはわからないけど、今みたいな状況になって、自分が望んでた世界はそもそもどういうものだったのかを、みんな1歩引いて考えるきっかけにはなったと思うんだよね。いつかコロナが収束して日常生活が戻ったときに、自分はそこにどんな世界を望むのか。その一方で、愛国主義や右翼的な団体が世界中で台頭してきて、決して前向きではない部分もある。
ただ、最終的には世界が良い方向に進むためのきっかけだと思ってて。自分が今まで生きてきた人生の中で、ここまで大きな波というか、これまでの長い歴史で人々を支配していた社会構造を根底から覆すような、大きな変化は経験したことがないからね。しかも、今すぐにでも変化を迫られているわけで……。質問の答えになってるかどうかわからないけど(笑)。
──今回のアルバムのテーマとか、背景にあるストーリーみたいなところとの関連についてはどうですか?
アルバムのストーリーもこの世界の下に起きてることを描いているから、どんなに私的なストーリーについて書いているとしても、その背景には今の現実社会があるわけで、厳しい政治的社会的な状況も当然含まれてる。しかも、そうした政治的社会的な問題が何年か前よりも表面化しつつある。いつの時代にもあったことで、何も今に始まった問題じゃないにせよね。
“Shelter Song”に「戦いから自分の身を守るための防御として」っていうフレーズが登場するんだけど、直接的な争いや戦争以外にも、日常生活の中で日々直面する困難な状況っていうふうにも解釈できると思うんだ。だから、シェルターみたいな一時的に心を落ち着かせるための避難所を提供できればなって。自分にとって何が心のシェルターになるのかは人によって違うだろうけど。ただ、僕が今ここで話したことが解釈として絶対的に正しいわけでもない。僕自身、曲を書いて伝えるってことをしてるけど、そのとき実際にどういう気持ちだったのかなんて、本人にもわかりようがないし。
言葉はたしかにそこに存在しているわけで、自分の歌だろうが他人の歌だろうが、僕は僕自身の人生をそこに重ね合わせていくしかないんだよね。今回のアルバムの何曲かが自分たち以外の人にもそうやって作用するといいなって。失恋したときにラブソングを聴いて、歌詞の一言一句がまるで自分のことを歌ってるようで胸に刺さるのと同じように。
──“Shelter Song”には《Water’s rising, hypnotizing slowly as we flow》というラインもありますが、他にも“The Holding Hand”の《And we row, on we go, through these murky water bodies》や、”Drink Rain”の《And water is too pure for me》など、たびたび登場する「water」という言葉が気になりました。「water」は今作において、あるいはあなたにとって特別なモチーフだったりしますか?
いま言われるまで気づかなかったくらいだから、何て答えたらいいのかわからないけど……。天井から雨漏りのする中でレコーディングしてたのもひょっとして関係してるのかも(笑)。ただ、そうやって色んなピースが意外な場所で無意識のうちに繋がってたりしてね。曲を書いてるときには、何度も水がモチーフとして登場するなんて気づきもしなかったし、理由を説明しようと思っても単なる推測でしかないからさ。
Iceage – Gold City(Official Audio)
──“Gold City”の《All that you left behind, I’ll pick up the supplies》というラインも印象的でした。この曲はどんな風にして書かれた曲なんでしょうか?
実はラブソングなんだよね。ある夜のことで、今でも覚えてるけど、誰かといい感じになって、お互いの気持ちが完全に1つになった瞬間というか。まるで自分たちだけが世界の中心にいて、それ以外のすべてがどうでもよくなるような感覚というか。同時に、今はまるで自分たちしか存在しないみたいに感じてるけども、その完全な一体感や全能感ですら一過性のもので、いつかは消えてしまことを、心のどこかで気がついているという。
──以前『Beyondless』のリリース時にも聞いた質問なんですが、今回の『Seek Shelter』と並べて誰かのレコードを置くとしたら、何を選びますか? ちなみに前回は、イギー・ポップ(Iggy Pop|The Stooges)の『Fun House』か『Raw Power』と、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド(The Velvet Underground)の1stでした。
そうだな、ちょっと考えさせて………カマロン・デ・ラ・イスラ(Camarón de la Isla)の『Potro De Rabia Y Miel』と、もう1枚はモブ・ディープ(Mobb Deep)の『The Infamous』かな。
──その2枚を選んだ理由は?
いや、単に自分の好きなレコードの名前を2枚挙げただけ(笑)。
──いま挙げた作品のどんなところが好きですか?
カマロン・デ・ラ・イスラの『Potro De Rabia Y Miel』は、ギターで新しく入ったキャスパーに教えてもらってハマったんだよね。キャスパーはスペイン人でフラメンコが好きで、フラメンコ・ギターも相当弾き込んでるし、フラメンコ愛がとにかく半端ない。それに影響されて自分もフラメンコ音楽をよく聴くようになったんだけど、何枚か聴いた中で一番印象に残った好きなアルバム。ソウルフルでディープで、美しくて悲劇的で……アルバムが人生そのものみたいな作品。
モブ・ディープの『The Infamous』は10代前半のときに夢中になって聴いてた1枚。まわりの同世代の友達もみんなグラフィティとか、そういったカルチャーに夢中で、あの頃の自分にとってのサウンドトラックだね。いまだに自分の中に響いてるし。今の時代でも十分通じる作品だと思うから。
──最後に、何か言い残したこと、これだけは伝えたいということがあれば。
とりあえず早く日本でまたライヴをやれるようになったらいいよね。今年こそ、また日本に行けるように願ってるけど、こればっかりはどうなるのかわからないよね。
──先行きの見えない状況が続いています。
本当に今とかすごく変な感じだよね。前は新作を出したらすぐツアーに出るようなサイクルでずっとやってきたから……。この状況下で何ができるのか、自分らにも見えない状況で、他の色んな人がそうだろうと思うけど、この先どうなるのか見守っていくしかない状態で。予定を立てたところで、この先どうなるのか定かではないし。ただ、この2021年中に、満杯のお客さんの熱気で蒸せ返るような中で思いっきりデカい音を出せたら、それが一番最高なんだけど……。ずっと我慢し続けてたせいで、先のことを考えることすらやめたくなるけど、ただ本当に、今よりもいい状況になることを願ってるよ。
質問作成/天井潤之介
通訳/竹澤彩子
Iceage
2008年にデンマークのコペンハーゲンで結成。2011年にデビュー・アルバム『New Brigade』をMatador Recordsよりリリース。現在までリリースされた4枚のアルバムは全てPitchforkのベスト・ニュー・アルバムに選ばれる等、高い評価を博す。2018年にリリースされた目下の最新作『Beyondless』もPitchfork、NME、Stereogum、Noisey、Paste、Under the Radar他、多くのメディアで年間ベスト・アルバムの1枚に選出されている。コーチェラをはじめ、様々なフェスティヴァルにも出演。単独公演/サマーソニックを通し、日本でも高い人気を誇る。
INFORMATION
Seek Shelter
2021年5月7日(金) 世界同時発売
Iceage
OTCD-6837
ビッグ・ナッシング/ウルトラ・ヴァイヴ
¥2,500(+tax)
解説/歌詞/対訳付、日本盤ボーナス・トラック追加収録
Tracklist
1. Shelter Song
2. High & Hurt
3. Love Kills Slowly
4. Vendetta
5. Drink Rain
6. Gold City
7. Dear Saint Cecilia
8. The Wider Powder Blue
9. The Holding Hand
Seek Shelter: Live From Copenhagen
2021年5月22日(土)
Show Time Options:8PM BST/EDT/PDT/JST