アルバム『My Garden』をリリースした際に、ライナーノーツに掲載するため、ジョン・キャロル・カービーJohn Carroll Kirby)にインタビューをした。ソロ・アーティストとしてデビューする以前からの音楽活動、スタジオ・ミュージシャン、プロデューサーとしての活動など、これまで表に出ることがあまりなかった話をいろいろ訊くことができた。その際に、次のアルバムがもう完成していることを伝えられた。『Septet』というタイトルで、70年代のハービー・ハンコック(Herbie Hancock)、カル・ジェイダー(Cal Tjader)、エルメート・パスコアール(Hermeto Pascoal)に似たサウンドであること。7人編成のバンドでレコーディングしたことを伝えられた。これまで、ジョン・キャロル・カービー名義のソロ作は基本的に一人で制作されてきたので、新たなアプローチだった。

そして、その言葉通りに新作『Septet』が届いた。今回もカービーにインタビューをすることができたので、彼の発言も引用しつつ、本作について書いていきたい。最初に、セプテットのメンバーを紹介してもらった。

John Carroll Kirbyが作り上げたアンサンブル『Septet』に迫る interview2111-john-carroll-kirby-4

Photo by Angela Suarez

「ベースはJP・マランバ(John Paul Maramba)。バンド・メンバーの中で一番古い友達。20年前ぐらいにアウトキャスト(OutKast)の“A Live Below”をJPとはじめて聴いたとき、一緒に衝撃を受けたのをいまも覚えてるよ。ドラムはディーントニ・パークス(Deantoni Parks)。並外れたドラマーで、音楽のイノヴァーターでもある。彼に関しては、〈Leaving Records〉のマシューデイヴィッド(Matthewdavid)に勧められたんだ。彼のソロ活動の音楽は僕の音楽とはかなり異なるけど、彼は一番高い音楽的才能と情熱を今回のプロジェクトに持ってきてくれた。パーカッションはデイヴィッド・リーチ(David Leach)。パーカッションのエースで、昔からの同僚。最近は元アース・ウィンド・アンド・ファイアー(Earth, Wind & Fire)のアル・マッケイ(Al McKay)のツアー・メンバーとしても活動している。

木管楽器(Woodwinds)はトレイシー・ワノマエ(Tracy Wannomae)。トレイシーは日本とハワイの血を持ったロサンゼルス育ちで、ロサンゼルスの木管楽器奏者では僕のフェイヴァリットなんだ。彼とはじめに会ったのは、2006年にラッパーのレッドマン(Redman)のショーのバックバンド・メンバーとして一緒にプレイしたときだった。同じく木管楽器でローガン・ホーン(Logan Hone)。ローガンは、ユタ経由サクラメント出身で、卓絶した音楽のスピリットを持ってるんだ。ポジティヴさを彼が行うすべてのことに持ってきて、ミュージシャンのコミュニティでも常にアクティブだし、バンドをディレクションしてくれたり、音楽を通して光と愛を広げることを導いてくれる。

ヴィブラフォン/マリンバがニック・マンシーニ(Nick Mancini)。ニックとはじめて一緒に仕事をしたのは、僕とソランジュ(Solange)の『Metatronia』のプロジェクトでのこと。音楽に対して深い知識を持っていて、ポンチョ・サンチェス(Poncho Sanchez)やカマシ・ワシントン(Kamasi Washington)ら著名アーティスト達ともプレイしているね」

John Carroll Kirby – Sensing Not Seeing

ディーントニ・パークスは、ジョン・ケイル(John Cale)やミシェル・ンデゲオチェロ(Meshell Ndegeocello)に重用され、〈Leaving Records〉からレフトフィールドなソロ作品もリリースしている。トレイシー・ワノマエは、ファンク・バンドのコニー・プライス・アンド・ザ・キーストーンズ(Connie Price & The Keystones)から、アダム・ルドルフ(Adam Rudolph)率いる即興ビッグ・バンドのゴー・オーガニック・オーケストラ(Go: Organic Orchestra)までロサンゼルスの音楽シーンを縦断するように活動を続けてきた。各々のキャリアは充分で、しかも一筋縄ではいかない面々が集められた。このセプテットは、そもそもライヴ用に組まれたバンドだったという。2020年末に惜しまれつつも閉店となったロサンゼルス屈指のジャズ・クラブ、Blue Whaleでのライヴがきっかけだった。

「このメンバーでのライヴがすごく上手くいって、レコーディングしなきゃと思ったんだ。数ヶ月後にスタジオに行ってセプテットのアルバムをレコーディングしたよ。ライヴ・バンドでレコーディングするのはとても爽快だったね。チーム全体が各メンバーのプレイ次第だったのと、各メンバーが高いエネルギーを持ってくることで、それがチームの源になったんだ。だから一瞬一瞬に集中しないといけなかったし、それが気持ちよかったね。タイトルが比喩するように、このアルバムのコンセプトはアンサンブルなんだ」

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Photo by Jack McKain

そのレコーディングは、ロサンゼルスの64 Studioで行われた。ドラム、パーカッション、キーボード、ベースはメインルームで録音され、木管楽器やマレットは別の独立したルームで録音され、別々のルームで録っていても、全メンバーがそれぞれ視覚に入るように配置されたという。同じスタジオ内で撮影された“Rainmaker”のヴィデオが公開されている。これは実際の録音の様子ではなく、カービー自身が思い描いたコンセプチュアルなストーリーに沿って撮影されたものであり、アルバムの世界観を象徴してもいる。

南カリフォルニア大学で、ジャズ・ベーシストのジョン・クレイトン(John Clayton)にジャズを学び、卒業後はパンク・ファンク・バンドのウェポン・オブ・チョイス(Weapon Of Choice)のメンバーとなって、フィッシュボーン(Fishbone)やレッド・ホット・チリ・ペッパーズ(Red Hot Chili Peppers)に通じる音楽を演奏し、その後はニューヨークに移り、セバスチャン・テリエ(Sebastien Tellier)からブラッド・オレンジ(Blood Orange)やソランジュまで、さまざまアーティストの制作に関わってきたカービーが、長年に渡って現場で出会ってきたスタジオのキャラクターをドラマ化したのが、このヴィデオだという。80年代初頭のスタジオの風景を再現して、カービー自身がキャラクターを演じてもいる。

John Carroll Kirby – Rainmaker

「自己中心的なプロデューサー、熱心なエンジニア、鼻持ちならないレコード会社の重役、隅にいる見知らぬ男、自分自身を感じているミュージシャンなど。ヴィジュアル面では、70年代から80年代にかけてのジャズ、ファッションのカオスを表現したいと思った。このテーマは、アルバム『Septet』で音楽的に達成しようとしていることでもあった」

リリース元である〈Stones Throw〉のサイトでカービーはこう述べていたが、『Septet』の何処か懐かしさも覚えるサウンドは、単なるノスタルジーや過去のサウンドの焼き直しではなく、これまでカービーが一人で制作してきた音楽の延長にもあるパーソナルな世界観が反映させたものだと思う。たとえバンドという編成で演奏されたものであっても、カービーが『My Garden』で大切にしてきた、さまざまな場所や物語からインスパイアされた音楽作りと繋がっているのだ。カービー自身がそのことを正しくインタビューで答えてくれた。

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Photo by Jack McKain

「『Septet』は、自分が昔ライヴ・バンドでプレイしていたときへの再訪問のようだった。自分がコンピュータを持つ前、自分のことを“プロデューサー”と認識する前、僕がピアニストで作曲者だったときの。そのときのマインドセットに戻った感覚、そこにプロダクションが少し加わったんだ」

『Septet』には冒頭の“Rainmaker”をはじめ、全8曲が収録されている。すべて、カービーが作曲したオリジナル曲で、小さなMIDIレコーダーを使って、デモ曲を作るところからスタートとしたという。

「グルーヴのアイデアを得るのに、ドラマー達のサンプル音源に乗せたりもした。スタジオに入ったら、僕がプレイヤー達にそれぞれ別々に伝えて、各メンバーのそれぞれの解釈で演奏してもらったりしたんだ。僕のパートはほとんどウーリッツァーでライヴ録音して、シンセサイザーを後でオーヴァーダヴで足したりした。トニー・ブッチェン(Tony Buchen)がアルバムをミックスして、サウンドの調和などでプロダクションのアイディアを足してくれたりした」

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Photo by Jack McKain

オーストラリア出身で、シドニーとロサンゼルスを行き来して活動しているプロデューサーで作曲家でもあるトニー・ブッチェンは、これまでもカービーやサム・ゲンデル(Sam Gendel)のプロダクションを手掛けてきたが、アナログのサウンドとメンバー間の調和を尊重した『Septet』のプロダクションをより良いものに仕上げている。また、作曲面ではかつて師事したジョン・クレイトンから学んだことが活かされているという(クインシー・ジョーンズ(Quincy Jones)やギル・エヴァンス(Gil Evans)などの楽曲分析をクレイトンから学んだ過去がある)。

「ジョン・クレイトンは、ホーンをアレンジすることで太いハーモニーが可能になり、それがユニゾンになることを教えてくれたんだ。そのテクニックをこのアルバムでは可能な限り適用したよ」

Septet Mix

John Carroll Kirby: Produced & Performer Spotlight

確かに、木管楽器を中心としたハーモニーと、カービーの弾くウーリッツァーの柔らかな響きが、『Septet』のサウンドの基調を成している。ベース、ドラムとパーカションによるグルーヴィーな展開もその中に溶け込んでいくかのようだ。カービーは、このセプテットでもう一枚アルバムをレコーディングしたい意向があるという。そして、ライヴも積極的に計画したいとのことだ。

なお、ライヴでは、ディーントニ・パークスの代わりに、リマー・カーター(Lemar Carter)がドラムを叩くこともあるという。カービーがプロデュースしたエディ・チャコン(Eddie Chacon)のアルバム『Pleasure Joy&Happiness』に参加したドラマーだ。ミック・ジャガー(Mick Jagger)のバンドやカニエ・ウェスト(Kanye West)のサンデー・サーヴィス(Sunday Service)にも参加するなど、長いキャリアを誇り、カービー曰く「正真正銘のジェントルマンでドラム・マスター」だという。

EDDIE CHACON & JOHN CARROL KIRBY – “PLEASURE, JOY AND HAPPINESS” ALBUM RELEASE PERFORMANCE

『Septet』は聴けば聴くほど、バンド・サウンドだけではなく、カービーのパーソナルなサウンドスケープが描き出されていくのを感じ取ることができるアルバムである。だからこそ、ヴィンテージのサウンドを尊重した音楽ではあるけれど、懐かしさだけではない、フレッシュな感覚を与える。日本の環境音楽にも影響を受けて、一人で『My Garden』を作ったカービーは、プロフェッショナルなミュージシャンとして活動する一方で、パーソナルな音楽世界が宇宙空間と繋がることをよく理解する音楽家でもあり続けた。それは、バンドと作り上げた『Septet』にも通底しているのだと、本作を聴いて感じた。プロデューサー、ミュージシャン、作曲家としてのカービーに、僕が感じている魅力もそこにある。

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Photo by Angela Suarez

Writer:Masaaki Hara(rings)
Interview Coordination:Kota Yoshioka(Stones Throw)

INFORMATION

John Carroll Kirby “Septet”(Stones Throw)

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