孤高の天才画家、フィンセント・ファン・ゴッホ。その苦難に満ちた人生は、これまでにも何度も映画化されてきた。そんななか、画家として高い評価を得るなかで、映画監督としてキャリアをスタートさせたジュリアン・シュナーベルが、ゴッホに迫ったのが『永遠の門 ゴッホの見た未来』だ。

『永遠の門 ゴッホの見た未来』11.8公開/本予告

ゴッホを演じたのは数々の映画賞に輝く名優、ウィレム・デフォー。シュナーベルから絵の描き方を学び、肉体から精神まですべてを捧げてゴッホを熱演したデフォーは、ヴェネチア国際映画祭の男優賞を受賞した。シュナーベルは一体どのようにしてゴッホの魂をスクリーンに描き出したのか。そこには画家ならではの感性が息づいていた。

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Interview
ジュリアン・シュナーベル(映画『永遠の門 ゴッホの見た未来』)監督

━━今回、ゴッホの人生を描くにあたって、晩年に焦点を当てた理由を教えてください。

ゴッホはこの時期にいちばん良い絵を描いた。画家として生産的な時期で、代表作もこの時期に生まれたんだ。イギリスに住んでいた時でも映画は出来ただろう(編註:ゴッホは20代の頃、イギリスの寄宿学校の教師をしていた)。でも、ゴッホの人生というより、画家としてのゴッホに興味があったので、彼がアルルやオーヴェル=シュル=オワーズにいた時期に焦点を当てたんだ。

──まるで絵筆のように力強く自由奔放なカメラワークが印象的でした。カメラワークに関して何か意識したことはありますか?

カメラの動きは直感的に判断した。風のような動きを意識して、「映画を撮る」というより「見る」という感覚を大切にしたんだ。そして、ゴッホが自分が求めている視点を探し歩いている、ということが伝わるように、肉体的な感覚も大切にした。自分が望んでいる視点を見つけるまで、彼は熱心にどこまでも歩き続けるんだ。

撮影監督のブノワ・ドゥローム(以下、ブノワ)には、ゴッホの衣装を着てもらって自分の足を撮影してもらった。歩いている感じを出すためにね。ゴッホが歩いている姿を客観的に見せるよりは、足が動き、地形がどんどん変わっていく様子を撮ってもらいたかった。そうすることで、観客はゴッホの内側に入り込み、彼がどんなふうに世界を見ているかがわかるんだ。

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──ゴッホの視線のカメラもユニークですね。画面の上下の見え方が違う不思議な映像でした。

骨董屋でサングラスを買ったら、遠近両用で上下の被写界深度が違っていた。その時、「ゴッホには自然がこんな風に見えているのかもしれない」と思ったんだ。それで、そのサングランスみたいに映るよう、特製のレンズを作ってカメラに取り付けた。ゴッホの視点と他の人の視点の違いを見せたかったんだ。世の中のみんなが同じように世界を見ているわけじゃないからね。私は目が悪いから眼鏡をとるとぼんやりしてよく見えない。

でも、映画をそういう映像で撮ったら、何を撮っているかわからないだろう? だから『潜水夫は蝶の夢を見る』(07)を撮った時は、ちょっと傾いているレンズを使ったんだ。そのレンズを使うと、中心が細かく見えて周囲がぼやける独特の映像になるんだ。ただ、今回はその時と同じレンズを使いたくなかった。それが自分のスタイルだと思われたくなかったからね。

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Photo by official

──絵のタッチを使い分けるように、作品によって映像のタッチも変えるんですね。そんななかで、ゴッホを演じたウィレム・デフォー(以下、ウィレム)が素晴らしかったです。ゴッホの倍近く歳上なのにゴッホにしか見えませんでした。

私もびっくりしたよ。キャスティングの段階から、彼以外の役者は考えられなかった。彼のことはよく知っていたからね。ウィレムはとても身体的な役者だし、彼ならキャラクターの深みを出すことができると思った。彼は役を演じているだけではなく、ゴッホの魂に肉体を与えているともいえる。ゴッホがやっていたことを追いかけるには、精神面だけではなく肉体面でも大変なんだ。その点、ウィレムは体力に溢れていてスタミナも充分あった。走ったり、あちこちによじ登ったりしても平気で、骨の折れる動きも問題なくこなしてくれたよ。

──デフォーは画家としての身のこなしも見事でしたが、撮影にあたって監督自らデフォーに絵の描き方を教えられたそうですね。

彼が絵を描くシーンで、できるだけ吹き替えを使いたくなかったからね。映画の中に登場する靴の絵は本当にウィレムが描いた。撮影中、私が後ろからずっと指示していたんだ。「そこで筆をおいて! 次は黄色を入れんだ!」ってね。彼はうまくやったよ。

映画で役者が本当に絵を描くなんてことはまずないからね。ただ時々、私が少し手伝ったりもした。例えばスケッチブックを持っている手がウィレム、描いている手が私ということもあったよ。二人で同じシャツを着て、身体をぴったりくっつけて撮影したんだ(笑)。

──見事なコラボレーションですね(笑)。

時にはカメラマンとウィレムも一体になっていたよ。さっきも言ったけど、まずカメラマンのブノワがゴッホのズボンと靴を履いて歩きながら自分の足を撮る。その後、その衣装を脱いでウィレムに渡して、ウィレムがそれを着て演技をしたんだ。その間、ブノワは下着姿でカメラを回していたよ(笑)。

時にはウィレムにカメラを渡して彼が撮影したこともあった。テオと彼の妻が出て来るシーンでは、ウィレムがカメラを回していて、テオ(・ファン・ゴッホ)と妻の役者はカメラを持ったウィレムに向かって話をした。そんな風に身体を使った現場で大変だったけど楽しかったよ。

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Photo by official

──映画に登場するゴッホの絵は、あなた自身が美術のチームと一緒に描いたものだとか。画家のジャン・ミシェル・バスキアを描いた『バスキア』(96)でも、劇中に登場するバスキアの絵を描かれたそうですが、それはゴッホやバスキアの気持ちに入り込むための手法なのでしょうか。

小道具が必要だから描いたまでのことだよ。バスキアの場合は割と楽だった、彼のことはよく知っていたからね。彼が実際に絵を描いている姿も見たことがあったし、彼の絵のスタイルや描き方をマネしただけだ。

でも、ゴッホの場合はゴッホっぽく描くだけではなく、ウィレムがちゃんと描いている風に見せたかった。ただ、ゴーギャンと風景画を描いている時の絵はひどくてね。その場で私が絵を直したりもした。画家の映画を作る時に監督が画家だというのは便利だね(笑)。

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Photo by Kohichi Ogasahara
Text by 村尾 泰郎

ジュリアン・シュナーベル
1951年10月26日、アメリカ・ニューヨーク生まれ。65年テキサスに移り、73年ヒューストン大学で美術の学士号を取得する。その後、ニューヨークに戻り、78年に旅したバルセロナでアントニ・ガウディの建築物に心動かされ、初めて絵を描き、創作活動を開始する。79年にはニューヨークで初の個展を開き、その後も世界各国で展覧会を開く。彼の作品は、現在も各地の現代美術館でコレクションとして収蔵されている。映画監督デビュー作は、80年代にニューヨークで共に活動し、27歳の若さで亡くなった画家ジャン=ミシェル・バスキアを描いた『バスキア』(96)。その後キューバ出身の亡命作家レイナルド・アレナスを描いた『夜になるまえに』(00)でヴェネチア国際映画祭審査員特別賞と主演男優賞(ハビエル・バルデム)を受賞。監督3作目となる『潜水服は蝶の夢を見る』(07)では、カンヌ国際映画祭監督賞、ゴールデン・グローブ賞監督賞と外国語映画賞を受賞。その後も『ルー・リード/ベルリン』(07)や『ミラル』(10)を監督。音楽活動も行うなど、多方面で才能を発揮している。

永遠の門 ゴッホの見た未来

2019.11.08(金)
新宿ピカデリーほか全国ロードショー
配給:ギャガ、松竹

あらすじ

幼いころから精神に病を抱え、まともな人間関係が築けず、常に孤独だったフィンセント・ファン・ゴッホ。才能を認め合ったゴーギャンとの共同生活も、ゴッホの衝撃的な事件で幕を閉じることに。あまりに偉大な名画を残した天才は、その人生に何をみていたのか――。

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