ラッパーのkamuiがビートメイカー、u..と共作した“ディストピアSFラップ“とでも言える『Yandel City』(2016年)、自伝的要素を盛り込んだ“ゆとり世代からの逆襲“とでも形容したくなるソロ・アルバム『Cramfree.90』(2018年)——両者のトータル・アルバムとしての緊密度の高さ、kamuiの作品作りへの集中力には目を見張るものがあり、鬼気迫るものさえ感じる。
この2枚は、近年の国内のラップ・ミュージックにおいて過小評価されてきた作品ではないだろうか。もっと多くの人に聴かれるべき作品だと思う。
kamui / Soredake feat.QN & Jin Dogg (Official Music Video)
kamuiは“言いたいことのある“ラッパーだ。徹底して“個の音楽“をやっているがゆえに、“みんなの音楽“にもなり得る。そして、それをいかに伝えるかを模索してきた。その彼の試行錯誤をミックス・エンジニアとして強力にサポートしてきたのが、あのillicit Tsuboiである。
illicit Tsuboiは、kamuiがなかむらみなみと組むヒップホップ・ユニット、TENG GANG STARRのデビュー作『ICON』のミックスも担当している。そんな、kamuiとillicit Tsuboiの対談がここに実現した。
この取材の翌日、恵比寿のBATICAのステージにラッパーのkamuiとillicit Tsuboiは立っていた。イベントは、kamuiとTENG GANG STARRが主催する<TEN Gene #テンジェネ>だった。illicit TsuboiがラッパーのライヴDJを引き受けること自体、非常に珍しい。そこではkamuiのラッパーとしての意地、そしてkamuiとillicit Tsuboiの信頼関係を目の当たりにすることになった。
対談は、2人の出会いの話からスタートした。
Interview
kamui × illicit Tsuboi
――2人はどういう出会いをしたんですか?
kamui 俺は名古屋出身で、東京に来てからずっと1人で何もない状況から音楽をちょっとずつ作りはじめていたんです。エンジニアの人とか全然詳しくないし、誰に頼めばいいのかわからなくて。Tsuboiさんしか知らなかったんですよ。それで思い切ってダメ元で『Yandel City』のデモ音源をメールで送った。「こんな活動しています。良かったらミックスしてください」って。Tsuboiさんはレジェンドだし正直期待はしていなかったです。やってくれたらいいな、ぐらいの気持ちだった。そうしたら、30分後ぐらいに、「この作品はヤバいからやります」みたいなメールが返ってきた。
illicit Tsuboi 俺のレスポンスは、30分後か30時間後かって感じなんです(笑)。だから、その返答するスピードからもわかるように衝撃的だったんですよ。はじめての方からオファーされることも多いんですけど、それでもだいたい相手が誰かを知っていたりする。でもkamuiくんの存在は全然知らなかった。他のエンジニアの人に取られる前にやらないとぐらいの勢いでした。ただ一方で、俺がやらなくてもいいんじゃないかっていうぐらいに完成していた。すでに自分の作りたい形、骨格、世界観が見えているなって。
――Tsuboiさんは『Yandel City』の何にピンときましたか?
illicit Tsuboi いまや音楽は配信がメインになっているから曲数が集まったから形にしたってアルバムがほとんどじゃないですか。そういうアルバムを手掛ける場合、勝手にスキットを作って入れちゃったりする。それでマスタリングが終わってから、向こうが「知らない音が入ってるんだけど!」って驚くことが多々ある。仮に作っている側がコンセプトを明確にして作っていなかった場合でも最終的には聴く人にコンセプトを提示する形のアルバムに仕上げた方がいいと思っているんです。例えば、PUNPEEくんなんかは最初からそういう意識があるじゃないですか。だから、何も心配がない。でも、そういうのがないと心配になっちゃうという自分の癖がある。だから、リリックや曲順が決まっていたらその状態で送ってくれって絶対言うんですね。kamuiくんの『Yandel City』は、むしろ逆にもうちょっと隙間を作った方がいいんじゃないかってぐらい、そういうコンセプトというか情報量があった。
kamui Tsuboiさんがミックスしてくれた音源をはじめて聴いた時にめっちゃ感動したんですよ。こんなに変わるんだって。それでどうしても直接会いたくて恵比寿のBATICAに行ったんです。ECDさんとTsuboiさんのライヴの時だった。ライヴの後に、Tsuboiさんがラウンジで乾杯している時に肩を叩いたんです。「すいません、kamuiです」って。俺はむっちゃ緊張していた。その時の俺はPVも出していないし、アー写もない。挨拶を事前にしに行くとは言っていたんですけど、まったく俺の顔をわかっていないはずなのに、「わかってるよ。こっちで話そうぜ」って言ってくれたんです。それがすごく嬉しくて。Tsuboiさんは、音楽とかリリックを聴き込むことで俺の身なりすらも見抜いていたんじゃないかなって思っていますね。
illicit Tsuboi へへへ!
kamui 東京に来てはじめて俺に才能があるって言ってくれたのはTsuboiさんだったんです。いままでそんなことを言ってくれる人は誰もいなかった。それで自信を持って良いって思えた。その時に「1曲1曲が渾身だからもっと行間を作っても良い」ってアドバイスをもらった。だから、スキットとかはミックスの時に入れたんです。
――電話越しに女性が話している映画のワンシーンをサンプリングしたみたいな“slighted love”なんかもスキットですね。これ、好きです。
kamui エロチックですよね(笑)。『Yandel City』の頃、俺はめちゃめちゃ内省的に、自分のためだけに音楽をやっていたんです。そもそも世の中に対する鬱憤とか、そういった気持ちを吐き出すツールとしてヒップホップを選んだ。踊るためとかモテるためじゃなかった。『Yandel City』を作っている時は自分の卑屈な面さえも作品に表現しようとしていた。だから、作品を作ることに関しては冷静なわけですよ。どうやったら伝えることができるだろうって。そこで、何も媒介にしないで直接的に表現するより、「Yandel City」っていう近未来の架空の街を舞台にしたSFにしようと考えた。SFのディストピアの世界に自分の気持ちを落とし込んだ方が見える気がしたんです。それでコンセプト・アルバムにしようって決めた。だから、『Yandel City』には物語があるんですよ。でも音楽作品の中で1から10までは説明はできないじゃないですか。それで自分のリリパの時に行間を埋めるように脚本を書いたんです。登場人物が織りなす群像劇を50ページぐらい。で、お客さんに配布した。俺も自分の分がなくなっちゃったけど、たぶんもらった人は誰も読んでいないですよ。
――そんなことないでしょ(笑)。読んでるでしょう。
kamui でも、読んでくれていたら話題になるはずなんです。まあでも、そうやって作っていきました。登場人物はだいたい3人ぐらいいて。アーサー・Cっていう培養したドラッグを火星から密輸して追われているヤツとかデモをやっているリーダーとか、そういう登場人物の設定があって喧噪が渦を巻いているような感じで描いた。でも最後の曲の“Beyond”だけは、リリックの中で「俺はkamui」って言うんですよ。そこまでは物語に沿って歌っていたんですけど、最後は自分を表明して終わりたかった。次は自分のことをラップするアルバムを作ろうって感じを持たせて終わったというか。
――そして、『Cramfree.90』につながっていく、と。『Yandel City』にTsuboiさんはどのようなミックスをしたんですか?
illicit Tsuboi 自分もよくやってしまう悪い癖なんですけど、1曲の中の情報量が多かったんです。Kamuiくんも一発目の作品だったし、やりたいことがいっぱいあっただろうから。だから、作り手が伝えたいスピード感に聞き手が追いつかないんじゃないかっていうのがあった。最初にもらったデモはそれが満載で。俺はマニアックな世界観が大好きなので、「ヤベエ!」って感じだったけど、この作品を聞き手に伝わるようにトランスレーションするのはなかなか大変だぞとは感じた。その作業に時間がかかったのはあります。音を消すんじゃなくて、リリックや声の量感を減らして聴かせるテクニックっていうのが自分の中にあって。要するに骨はあるから肉付けをしていくことで聴きやすくする方法がある。やってみて思ったのはこっちがどう変えようと何しようと骨格がすごいしっかりしているということ。そういう作品はやりがいがありますよね。やっぱり作り手に伝えたいことがないよりはある方がいいじゃないですか。
――“Yandel City Blues”と“Reality Dance”のラップの言葉の詰め方、情報量なんてすごいですよね。
illicit Tsuboi そのへんが紙一重ですよね。kamuiくんのラップは気持ち良い、悪いかのどちらかで言ったら悪い部類に入る(笑)。普通の人が聴いたら、このラップはちょっとリズムがズレているんじゃないかって感じるかもしれない。なぜズレるかというと、言葉数が多過ぎて入らないんですよ。この生き急いでいる感じを出すために、「これはダメでしょ」に行く寸前のスレスレのところを狙って音を作ったことを思い出しました。
kamui だから俺のラップは言葉ありきなんですよ。まず、自分が言いたいことを言うってところから音楽をはじめている。自分の気持ちを表出するというか、海面に石を叩きつけるような感じなんです。だから、ある一文字を抜けばリズムや音として気持ち良くなるってところでも言いたい言葉を優先しちゃう。何が本当に言いたいのかっていうのは常にラッパーとしての戦いだと思うんです。いまはもう少しナチュラルになりましたけど、『Yandel City』を作っている当時は初期衝動が全開だった。俺はあんなラップをもうできないですよ。
Illicit Tsuboi はははは! 無理だよね。
――“Black—out”とか、この3、4曲目はすごい
kamui 主人公は逃走ルートを敷いて追手から逃げていたんですけど、その日たまたまデモ行進がやっていたことで逃げ道を遮られちゃって万事休すになる。それで自分の持っていたアーサー・Cっていうドラッグを致死量打ってオーヴァードーズする。そこから“Black—out”って曲にいく。“Black—out”は生死をさまよう描写なんですけど、これは実体験に基づいていますね。『Yandel City』を作っている時は本当に精神的におかしくなっちゃって、最終的にお皿も持てないぐらいになってしまった。これはまずいなと。それで心療内科に行ったら、「精神科に行ってください」って紹介状をもらって。もう本当にああいう状態はやめにしたくて、その紹介状はいまでも保管してありますね。その時期は音楽をやるのも苦しくなってどん詰まりになりそうだった。そんな時Tsuboiさんはすごい応援してくれて。そこから自分を変えようと思って、TENG GANG STARRにもつながっていくんです。
illicit Tsuboi 俺は最初「もっとやれ!」って言っていたけど、さすがにこのままだとヤバイなって時期はあったね。
kamui やっぱり人から評価されたかったわけですよ。もっといろんな人に自分の音楽を聴いてもらったりライヴを観てほしかった。それがあまり上手くいかなかったから開き直ったというか、自分の明るい面もどんどん出したいなと。それでTENG GANG STARRもやるようになる。当時トラップが日本にやってきた時って自分の中で衝撃だった。MPCとかすごい苦手で曲作りはできなかったんですよ。それで諦めていたんですけど、トラップだったら作れるなって思って(kamuiはTENG GANG STARRのアルバム『ICON』の複数の収録曲のビートを3-i名義で制作している)。VICE Japanで観たトラップの特集がやっぱり衝撃的でしたね。音楽的な知識はないけど、太いベースと低音を出して暴れるのがめちゃめちゃパンクだなって思った。それでハマった。
――ちなみに『Yandel City』を共作したビートメイカーのu..さんはどんな方ですか?
kamui Tsuboiさんもあったことないと思います。俺は本当に天才だと思っているんですけど、評価されないとアーティストは”死”ぬんですよ。才能がいくらあっても世間に認められないと”死ん”でしまう。だけど、『Cramfree.90』の“Intro”だけはu..さんがビートを作ってくれています。そう言えば、この間、SIMI LABのHi’Specくんに久々に会ったんですけど、俺が様変わりしちゃっていたから驚いてて。Hi’Specくんは俺がロン毛でタトゥーも入ってない、いかにもアンニュイなヤツって雰囲気の時に会っているんで、俺がこんな風になってすごいびっくりしたらしいんですよ。「kamuiなのこれ? 変わったな」って思ったらしいんですよ。でも『Cramfree.90』の“Intro”を聴いて「何も変わってねぇ」って言ってくれて。それは“Intro”がu..さんのビートだったのもあると思うんですよね。ある意味感慨深い。俺の中で『Cramfree.90』の“Intro”は『Yandel City』から地続きなんで。
――『Cramfree.90』のビートはどうしたんですか?
kamui いまでは日本でも多くの人がType BeatってYouTubeで検索して海外からトラップとかのビートを買ったりしていると思うんですよ。ただ、これは自負しているんですけど、俺は日本でType Beatをいち早く利用した第一人者だと思っていますね(笑)。『Cramfree.90』は『Yandel City』の発売後すぐに作りはじめたんです。2年前ぐらいですね。その頃は日本のビートメイカーともつながりがなくて。でも作品を作りたいわけですよ。で、ビートをどうするかって時にType Beatっていうのがあって海外からPayPalで買えると知った。それでとにかく超漁ったんですよ。当時はこんなに流行るとは思っていなくて。『Cramfree.90』は2018年の頭ぐらいには完成していたんです。
illicit Tsuboi 遅れたのは全部俺のせい。俺が単純にミックス作業に手がつけられなかった。ただタイミング的にTENG GANG STARRのミックスもやることになったから、TENG GANG STARRとkamuiくんのアルバムを出す双方のレコード会社がジョイントして、両者のカラーリングを合わせると面白いことになるんじゃないかなって。それでやってみた結果、面白いリンクの仕方になった。これを怪我の功名って呼んでいるんですけど。
kamui ははははは! 調子いいなー、まじで(笑)。世間的にはTENG GANG STARRの『ICON』(2018年9月リリース)の発売1ヶ月後に『Cramfree.90』が出たんですけど、『Cramfree.90』は1年前のラップなので、ある意味で俺はTENG GANG STARRでアップデートしているんです。
――『Cramfree.90』は自伝的な要素もありますよね。“同じ日”や“Flyaway”なんかの柔らかいビートも『Yandel City』からの変化ですね。
kamui 『Yandel City』は個人的にすごく好きで気に入っているんですけど、観念的だとは思うんです。形而上学的でもある。だから、次のソロ・アルバムはヒップホップのアルバムを作ろうって決めていたんです。あんまり難しい言葉は選ばずに、より自分の気持ちに素直になろう、と。だからビートも柔らかい感じのものを選んだ。自分の過去とか、振り返りたくないことがすごく多くて、でも1度全部肯定したかったんです。そこから先に行きたかった。それが今回のアルバムを作るきっかけでした。
illicit Tsuboi 俺は単純にラップがめちゃくちゃ上手くなっちゃったな、と。上手く“なったな”と“なっちゃったな”という両方の気持ちがありますね。もちろん上手くなるのは良いことで、ワンステップ上がって作業はすごくやりやすくなった。一方で、“なっちゃったな”っていうのは、俺はとにかくなんだかわからないけど初期衝動をぶつけている感じを推奨している人間なんで。
kamui 本当にそう言ってもらえると自分でも『Yandel City』の価値が見出せます。あの作品はあの時にしか作れなかったものだから。本当に八方塞がりで「ビートに乗せるとか関係ねえよ、クソ!」っていうぐらいの前のめり感というか。だから『Cramfree.90』はめっちゃわかりやすくしたつもりなんです。それでもなかなか伝わらないなっていうのもわかって。「Rap Genius」じゃないけど、言葉のディティールをもっと解析してくれるのかなって思っていた。もちろん俺の知名度がまだまだというのもありますけど、日本のラップ・シーンはリリックをおざなりにしすぎていると思う。俺はラップの内容を深めてもらわないと評価されないタイプなんですよ。俺は頭が良くて損しているタイプってことですね(笑)。
――「HARDEST」のインタヴューで、kamuiさんは、「(ケンドリック・)ラマ―の『Section.80』はクラックベイビーズって呼ばれてる世代を代弁したアルバムで、それにかこつけで『CRAMFREE.90』ってしたんですけど、「CRAMFREE」は造語で、「ゆとり」って意味。ゆとり世代が抱えてる閉塞感、真の自由ってなんだろうっていうところをラップしようと思う」って語っていましたね。例えば、ワイドショーか何かで若者論をぶっているコメンテーターの発言をサンプリングしているような4曲目の“skit”とか皮肉が効いていますよね。
kamui そうですね。大まかなテーマは、俺なりのゆとり世代の総括でした。ケンドリック・ラマーは『Section.80』で80年代に生まれた自分たちの世代を振り返って、世間で言われているのとは違う自分たちのリアルを提示したわけですよね。それをアメリカのどメジャーの人気スターがやっている。それなのになぜ日本のラップはそれをやらないのか。じゃあ俺がやるわってことでゆとり世代についてラップした。でも、あくまでも自分の人生からしか語れないから、ゆとり世代と自分の自由についてセットで考えたんです。“Intro”で「すべては自由さ/俺も君も自由さ 自由 自由」ってくり返していると、鉄格子がガッシャーンと閉じる。そこから自由を探すためにこのアルバムは始まるんです。それで最後からの2曲目の“Free”で終わる予定だったんですよ。
――“Find me”はこのアルバムの他の曲とだいぶ毛色が違う1曲ですね。
kamui マンハッタン(『Cramfree.90』のリリース・レーベル)に送ったデモも“Free”で終わっているんです。Tsuboiさんには“Find me”も送ったけど、ラップなしのインストだった。俺は“Free”で自由っていうものの答えを提示したわけですよ。「風のように/鳥のように/生きるように」って。だけど、“Find me”を入れることでそれがひっくり返っちゃう。最初は入れるつもりはなかったからほとんど一発録りなんです。“Find me”には『Yandel City』の俺のダークサイドが出ている。で、これをあとからTsuboiさんに送ったんですよ。そしたら「これだよこれ」って。
illicit Tsuboi これは絶対なかったらダメだっていうぐらいの曲だった。“Free”で閉まっているのはわかるんです。例えば、PUNPEEくんの『MODERN TIMES』も最初は“Hero”の前で終わっていたんですよ。だけど、“Hero”を入れることが自分でも予想できないポイントになる、と。kamuiくんが最後に“Find me”っていう曲を入れるのもそういうこと。“Find me”を入れるとひっくり返っちゃうのはわかるけど、だから絶対に入れた方が良い。
kamui ある種のディスカッションというか問題提起ですよね。俺の中で『Cramfree.90』の物語を“Free”で完結させたけど、“Find me”でそれを全部ぶち壊す。優しさや人を認め合うことを積み重ねながら自由に行き着く。だけど、一方ですべてが醜く見えて、自由なんてないという閉塞感や孤独感からは逃れられない。そういう自分をただただ見つけて欲しいという気持ちしかない。だから、そういうことを歌う“Find me”が最後にあることで、一辺倒の説教じゃなく、本当に深い作品になったなって勝手に感動しました。
illicit Tsuboi 俺は閉じたものよりも開かれたものが好きなんで。“Free”で終わると一つの作品のパッケージとしては完結するんです。でも、そうじゃなくて、“Find me”みたいな聴く側の受け取り方がさまざまな曲を入れることで伸びしろがあっていいんじゃないかなって思います。
kamui Tsuboiさんのすごいところは、あくまで作品としてどうかを考えているところなんです。“Free”が最後だったとするとメッセージとしては開かれて終わるんです。世間とか社会が言う自由ではなく、それぞれが自由を見つけるべきだ、と。けど、それは作品としては閉じられている。作品を開くためには曲としては閉じている“Find Me”を入れる必要があった。この逆転というか。
――”Find Me”を聴いて、『Yandel City』を聴きたくなる人もいると思います。
illicit Tsuboi それもある。一石二鳥ですよ。
kamui 俺はもう戻れない(笑)。
illicit Tsuboi 本人は戻れないけど、『Yandel City』のことを知らない人はこの曲をきっかけで聴こうと思えるよ。
kamui あと、ぜひ『Cramfree.90』の感想を聞きたいです。
――いまの日本のラップを見ていると、同世代同士の競い合いや競争、ヘイターに対するカウンターが目立つ側面がありますよね。それが一概に悪いということではないんですけど、この作品でのkamuiさんはより広い視野で社会のエスタブリッシュメントに”反抗”しているなと感じて、そこに自分も鼓舞されました。“Eazyyy”の「バブルを知らないcramfree世代/勝手にバカだと思われてる Fuck it/またすぐにリタイアすると思われてる/でもテレビで見たぜ/また総理大臣が辞めたらしいぜ」って、ここすごい良いパンチラインですよね。
kamui いまは逆にぜんぜん辞めてくんないですけどね。当時はコロコロ変わっていたんですよ。「日本の代表だれ?」ぐらいの感じで。そういうのをこっちとしてはテレビでずっと見ていて。その一方で、俺らの世代は上の世代や大人からすぐにバイトを辞めるとか、そういう風に舐められるんですよ。でもこの国のトップが一番辞めてるじゃん。ふざけんなと。ファックですよね。
――あと、このアルバムでは「君」っていう単語が多く出てくると思うんです。「君」に問いかけたり、呼びかけたりしている。この「君」っていうのは誰やどういった人たちを想定しているのかとても気になりました。
kamui それはとてもこの作品の大事なポイントなんです。この作品で一番使われているワードは「君」と「自由」。そこは聴き逃してほしくないからくどいぐらい使ったんです で、俺にとってのアルバムのハイライトは“濡れた光”なんです。この曲は自殺してしまった当時付き合っていた恋人に捧げた曲なんです。当時は音楽にできるような状態でもなかったですし、ただただ悲しいだけだったんですけど、少し時間が経って曲にできるかなと思って。最初に鳴る教会の音が「死」の象徴で、そこからカラスの鳴き声なんかが入って不穏な雰囲気が出てくる。“Flyaway”では救急車の音も入っている。そうやってどんどん“濡れた光”に向かうように仕掛けてはあるんです。自殺したことについてその人が選択した道だから許してあげたいというか、悲しいことだけど、美しいことでもあるっていうことを歌う曲だった。「愛も平和も苦しみもない 世界を君は選んだ」ってサビで歌っているんです。花のようにそっと咲いただけで、悲しむようなことじゃないと。だから、ゆとり世代や自由というテーマもありますけど、一方で自分の人生を振り返って一度全部を浄化したかったというのもあって。だから『Cramfree.90』は俺の中で出し切った感じがあります。さあ、次はどうするかなって。最近は単にカッコいいヒップホップをやりたいですね。
――QNとJin Doggとやっている“Soredake”はカッコいいヒップホップですよね。
kamui あれもちょっとゆとり世代のチョイスなんですよ。だからあんまりベテランを選ばなかった。あと俺が誘わないと実現しないコラボだなって。見てみたいものを実現していく。
――プロデューサー気質ですよね。
illicit Tsuboi そう。そうやって全部できるからすごい。さらに自分の殻を破るとより可能性が広がるんじゃないかなって。だから、kamuiくんにどんどんみんないろいろ言ってあげたほうがいいんじゃないかな。ケンドリックも『Section.80』が出た時の衝撃がすごくて、その後続くのかどうかって思われたけれど、ああやって音の変化はありながら一貫してやっていっている。kamuiくんも作るのをやめなければ良いんじゃないかなって気がしますね。俺はいつも一緒に作った人に言うんですけど、アルバムを出した1ヶ月後か2ヶ月後に何かを出すぐらいの気持ちでやった方が絶対に良いよって。燃焼しちゃうのはわかるんですけど、もっと先に行ったほうがいいって。俺はkamuiくんに、『Yandel City』が終わった時からずっと言っていたよね。「次はどうすんの?」って。
kamui 彫り師みたい(笑)。俺は同じようなことはやりたくないですし、自分のやりたいことを忠実にやれたらいいなってことですかね。TENG GANG STARRのおかげで自分で曲を作れるようになったし、俺なんか日の当たるような場所にいなかったのに、2018年は怒涛の1年だった。本当にいろんな出会いがあって、ビートメイカーやラッパーにもいろんな知り合いはできたし、そういった人たちと何かやれたらいいかなって思います。
Text by 二木信
Photo by Kazma Kobayashi