ドラマ『M 愛すべき人がいて』(2020年4月~7月放送)で主人公のアユ役を演じたことや、その前後にリリースしたシングルから、90年代や00年代初頭のJ-POPを表現の起点にしているイメージの強かった安斉かれんが、いま音楽性の幅をどんどん拡張している。
2020年9月にリリースしたシングル“GAL-TRAP”では、10年代の空気を多分に含んだ音数の少ないR&B路線のポップソングを披露し話題に。そして現在は7作品連続配信リリース企画が進行中だ。このインタビューの公開時点でリリースされているのは4曲。アップテンポなファンキーチューン“18の東京”、昨今のシティポップのノスタルジーのモダンなプロダクションが融合した“夜は未完成”、UKからチャーリーXCX(Charli XCX)が作曲を担当した“現実カメラ”、真っすぐで力強いメロディが響く“一周目の冬”と、それぞれにまったく異なる表情を持っている。そこで今回は、安斉かれんの現在地と想い描く未来の姿について訊いた。
INTERVIEW:安斉かれん
「安斉かれんらしさ」を取っ払って様々なジャンルに挑戦した7作品連続配信シングル
──前回、安斉さんにインタビューしたのは2020年9月。シングル“GAL-TRAP”をリリースされたタイミングでした。あれから2021年に入って、東京はまた緊急事態宣言とまん延防止等重点措置を繰り返す、アーティストや多くに人々にとって辛い期間に。その間はどのように過ごされていましたか?
いろいろ考えることはあったけど、私は「こればかりはしょうがない」と割り切れたというか、特に大きく落ち込むことはなかったです。仕事以外でも、映画を観たり音楽を聴いたり、絵を描いたり、動ける範囲でやれることを楽しみながら過ごしてました。
──前回のインタビューでは、はっきりとしたメッセージが強かった時期から、“GAL-TRAP”で《ねえ。曖昧なのが、世界のカタチなんだよね?》という冒頭の歌詞に象徴されるように、「曖昧」を歌うようになった心境の変化について話してくださいました。あれから約1年半が経ち、さらにご自身のなかで変わったことはありますか?
“GAL-TRAP”より前の曲は10代の頃に書いた歌詞が多くて、当時はいろいろあるけど前向きな言葉を歌いたいという気持ちが強かったんです。そこから20代になって、曖昧だったり、混沌としていたりする自分のメンタルや世の中の状況を受け入れて日々を過ごせるようになったんだなって。振り返ってみるとそう思うんですけど、前提にはずっと「等身大でいたい」という「変わらない気持ち」があります。だから考え方が「変わった」という感覚はなくて。そう考えるとちゃんと成長できているのかどうか、わからないですね(笑)。
──アーティストとしての音楽性の変化については、いかがですか?
“GAL-TRAP”までは90年代や00年代のJ-POP色が濃い曲をリリースしてきましたが、“GAL-TRAP”は最近のポップミュージックにアプローチしたトラックで、確かに変化としては大きかったです。そこから、次にリリースした“Secret Love”や“キミとボクの歌”では、ノスタルジックな雰囲気のJ-POPに戻りつつ、今回の7連続配信シングルでは、また“GAL-TRAP”の時のように自分の中で新しいことをどんどんやっています。今は方向性をはっきりと決めず、いろんなことにチャレンジしたくて。
──なぜ意識的にさまざまな音楽性にチャレンジしようとしているのですか?
好きな音楽や「やってみたい」と思った音楽性が、必ずしもシンガーとしての自分に合っているわけではないじゃないですか。
──そうですね。
例えば最近のプライベートでは、私がもともと好きだったロック熱が再燃していて、90年代のオアシス(Oasis)のアルバムなどをアナログ盤で聴いています。新しいアーティストだと今はルーカス・グラハム(Lukas Graham)がすごく好きです。でも、私が彼らのスタイルを真似ても、合わないと思うんです。ラップも好きなんですけど、韻を上手に踏みながら歌っている自分の姿は浮かばない。でもそこで「これはできない」って、限界を決めたくなくて。
だから、ポジティブに今までの「安斉かれんらしさ」みたいなものをいい意味で取っ払って、やりたいと思ったことや、私の個性を考えたうえでスタッフさんから提案してもらったことを、自己表現できるようにチャレンジしています。今回の7連続シングルで、もっともっと冒険できればいいなって。
コンセプトは「チャレンジ」や「冒険」
──今回の7連続配信シングルリリースは、アートワークもミュージックビデオも、イラストと実写の安斉さんとの組み合わせで統一されています。そこに物語としてのコンセプトはあるのでしょうか。
いいえ。あえてコンセプトを言葉にするとしたら、「チャレンジ」や「冒険」ですね。そうやって私の歌の新しい引き出しが開くことを、私自身とても楽しんでいますし、同じように感じて楽しんでくれたら、嬉しいですね。
──ここまでの4曲で、特に新たな発見があった曲といえば?
ジャズテイストが入っている“夜は未完成”ですね。小学生の頃はお父さんの影響でローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)やハノイ・ロックス(Hanoi Rocks)が好きで、彼らの曲はサックスが入っていることも多いじゃないですか。それがきっかけでサックスに興味を持って、ジャズも聴くようになりました。だからこのタイミングでトライすることができて感慨深かったですし、嬉しかったです。こういうスウィングしている曲は今まで歌ったことがなかったから不安もあったんですけど、やってみたら「このほうが歌いやすいかも」と思いました。ジャズは人間味のあるグルーヴが特徴だと思っていて。そこを意識したら、表現しやすくなりました。
──3作目の“現実カメラ”の作曲はチャーリーXCXが手掛けています。
これは新しいチャレンジというか、もうびっくりです。曲はチャーリーで、それをいろんなプロデューサーが仕上げてくれて。音数が多めでキラキラしていてすごくかわいい曲。そこに“現実カメラ”という私の頭の中にもともとあったワードがはまるんじゃないかと思って、歌詞をつけました。
本当の自分を見失うというよりは、素の自分とのギャップを楽しんでいる
──“現実カメラ”は、ディストピアとも取れる意味深な言葉だと思うのですが、それが「かわいい曲にはまる」とはどういうことですか?
確かにそういうニュアンスもなくはないんですけど、悲しい感情はあまりなくて。今は多くの人たちが、写真を撮って友達とシェアしたり、SNSにアップするときに加工するじゃないですか。それで、本当の自分を見失うというより、素の自分とのギャップを楽しんでるんじゃないかなって。それはそれでリアルだと思います。でも、対面で人と会うことがやっぱり一番リアルで特別なこと。
《“あなた”のシャッターだけ押していてよ》って歌詞があるんですけど、その「シャッター」は「瞳」にも置き換えられて、大切な人がほんとうの自分の姿をどう思っているのかが気になるっていう。そういうことをぜんぶひっくるめて、すごくかわいいなって。
安斉かれん – 現実カメラ (Official Video)
──なるほど。歌詞は、どんなときに思いつくのですか?
前までは感じたことをすぐメモに書き留めて、歌詞を書くときに拾い集めてました。でも自分の身に起こったことだけだと限界があるんですよね(笑)。だから最近は映画からヒントを得たりしてます。何かの映画を直接的に参考にしているわけではないんですけどね。
──ご自身を主体にするのではなく、物語の登場人物という設定から世界観を広げていくようなイメージですか?
そうですね。でも、あまりに自分とかけ離れたことは書いてなくて、等身大でいることはどんな状況でも大切にしてます。私の場合は、そうでないと聴いてくれている人に響かないと思うから。だから、何年か前の歌詞を読み返すと恥ずかしくてしょうがないこともあるんですけど(笑)。まあ、それはそれでいいかなって。
──昔の曲が歌えない、といったことも生まれますよね?
そうなったら歌わなくていいんじゃないですか。今この瞬間、好きなものとか、やりたいことに素直だったらいいと思うんです。
──前回のインタビューでも、「大きな目標は持たないようにしています。好きなことを好きだって言える毎日が過ごせたらそれが一番」とおっしゃっていました。今も例えば「ポップスターになりたい」といった願望はありませんか?
今やりたいことをやらせてもらっていることが幸せ。それを続けていくためには結果が必要だという現実もあると思うけど、結局目の前のことに対して真剣に取り組むことが大切で。そうやっていれば成長できるだろうし、「好き」という感覚もアップデートされていくと思います。
──7連続配信シングルの残りの3曲も楽しみです。
また違った私の一面を見せられると思うので、楽しみにしていてください。
──ライブの予定はないのですか?
2019年にデビューしてから、まだ有観客でライブらしいライブやツアーをやったことがないんです。だから未知の世界ではあるんですけど、私の曲を聴いてくれてる方々の熱を直接感じられることは、すごく特別なことなんじゃないかと思っています。コロナ禍も続いていて、この先どうなるかわからないですが、みなさんの前に立ちたい気持ちはあるので、そのときはよろしくお願いします。
Text:TAISHI IWAMI
Photo:Maho Korogi
INFORMATION
安斉かれん
90年代の音楽業界を描き、Twitter世界トレンドTop3入りした話題のドラマ「M 愛すべき人がいて」にW主演として大抜擢。実は彼女は世界的にも大きな潮流を生みつつあるリバイバル・サウンドをいち早く取り入れJ-POPのニュージェネレーションを謳う歌手。もともと、「POSGAL(ポスギャル)」と呼ばれる次世代の一人で90代を意識した8cmSGで作品をリリースしていた。それらの楽曲は全て「TRKKEI TRAX」や「Maltine Records」などの気鋭のトラックメーカーによるReproduceという新たな手法でも再発表され、世界中のニュージェネJ-POPファンや超大物の海外DJらからも大きな反響を得ている。5th「僕らは強くなれる。」は音楽関連ランキングにチャートインしGoogleトレンド急上昇ワードで1位を2度獲得。ファッション・アイコンとして、コスメティックブランドの「M·A·C」の店頭ビジュアルの連続採用やティーンから絶大な支持を受けるカラコンイメージキャラクターを飾るなど、そのルックスにも注目が集まっている。
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