安斉かれんが2019年にデビュー以来、初のフルアルバム『ANTI HEROINE』をリリースした。
彼女のアイデアと、チャーリーXCX(Chali XCX)やダニー・L・ハール(Danny L Harle)、チャーチズ(Chvrches)ら海外勢含む豪華プロデューサー陣の手腕がシナジーを起こす。エレクトロポップにベースミュージック、ロッに80’sリバイバル、シティポップなどジャンルも時代感覚も自由に往来して、固定概念を壊していくようなアグレッシブなポップアルバムが完成した。
また今回はデビュー期からのシングルやレアテイクなどを収録したメモリアルなアルバム『僕らはきっと偽りだらけの世界で強くなる。』も同時にリリース。過去があって今がある。そして未来に向かって、安斉はどんなことを考えているのだろうか。
INTERVIEW:
安斉かれん
━━まずは2枚のアルバムのうち『ANTI HEROINE』について訊かせてください。一曲一曲が異なる強い色を持つ、バラエティに富んだアルバムになりました。
以前から、さまざまな音楽性にチャレンジしたいという気持ちが強かったので、今回アルバムという形で想いを具現化できて、ほんとうによかったです。
━━今回は2020年9月にリリースされた“GAL-TRAP”以降のシングルからのチョイスと新曲で構成されています。確かに“GAL-TRAP”は、安斉さんが意識的に音楽性の幅を広げていく新章の始まりだったような気がするのですが、いかがですか?
“GAL-TRAP”で初めて作曲に参加したことで、そこから一気に世界が広がっていったような感触はありました。デビューした頃は、90年代リバイバルとかY2Kみたいなイメージが強かったのですが、今回のアルバムではそれも要素の一つくらいに、幅広くチャレンジできたと思います。
━━多様な音楽性を採り入れていくなかで、全体的にはモダンな方向に舵を切ったような印象もあるのですが、何か指針はありましたか?
私は新旧のロックも聴きますし、今のポップスやエレクトロも、イメージにはないかも しれないけれどボカロも好きですし、そもそもジャンルや形式で音楽に触れてきたタイプではありません。だからいろんな音楽性を打ち出すことはある意味必然でした。そういったなかで全体の方向性として、今っぽいものを作ろうとか、そういう意識はほとんどなくて、ほんとうにその瞬間の気分でしたね。「こんなことがやってみたい」って提案したり、ディレクターから「こんなことやってみても面白いかもよ」ともらった意見を自分なりに咀嚼したりしながら、進めていくことができました。そこに錚々たるプロデューサーの方々のエッセンスが入ったことで、すごく贅沢で面白いアルバムになったと思います。
━━歌詞もけっこう変化しましたよね?
そうですね。最初はストレートで明快なメッセージが多かったのですが、それもやはり“GAL-TRAP”あたりから変化したんだと思います。曖昧で混沌とした世の中を受け入れてアウトプットできるようになったというか、例えば一見文脈がないような歌詞になっても、「それでいいんだ」って思えるようになってきたんです。言葉にならない感情、誰にでも伝わるように言えない極めてパーソナルな想いって、あるじゃないですか。
━━はい。
ネットで検索したり辞書で引いたりしても、いまいちしっくりこない。そんなときは造語でもいいし、読み返してちょっと疑問符が浮かぶような文章でもいいのかなって、考えるようになってから作詞がより楽しくなってきました。
━━ユーモアも皮肉もエッジもあって、なかでも“おーる、べじ♪”の歌詞がすごく刺激的で印象に残りました。《面倒な理不尽はKillして生きる》というフレーズは、アルバムタイトルの『ANTI HEROINE』ともリンクしてくると思います。例えば戦隊もののヒロインにしてもヒーローにしても、敵は倒しているけど同時に町も破壊している。たぶんそれで誰かが死んでいるみたいな。そういった突っ込みには蓋をして話が進んでいくじゃないですか。
おっしゃったような状況や矛盾って往々にしてあると思います。でもこの曲の歌詞は、すごく感覚的に出てきたというか、メロディに対する歌詞のはめ方や、文字数や語感を考えるためにのスタジオに入ったタイミングで、すらすら書けたというか、もはや書いてなくて。一気に愚痴を吐露したような感じでした。私は1曲の歌詞に1カ月くらい向き合うこともよくあるので、けっこう珍しいパターンでしたね。
━━そうだったんですね。
例えば《言葉の行き先を創造しないベイビー》の部分は、Twitterのアンチに向けて「なんでそんなに人を叩くことに時間を割けるの?」っていう気持ちが発端で、「ブーブーうるさいな、言葉の行き先を想像できない赤ちゃんたちは全員野菜になりなさい」みたいなことを言った言葉を最終的に書き起こして、あまりに言葉の汚いところは修正したり(笑)。PaleduskのDaisukeさんが作ってくださった曲の世界とも絶妙にマッチできたように思います。展開が多くて、すべてのフレーズが目立っていて、尖っている。この曲だから強く言えたことは、たくさんあると思います。
━━アンチというのは、安斉さんのアンチですか?
私も含まれるって感じですね。誰にでもいるじゃないですか。ある考え方に対してもそうですし。
━━はい。『ANTI HEROINE』というアルバムタイトルは、一方的な誹謗中傷だったり、勝手に持たれたヒロイン像、期待感への抵抗だったり、話を聞いてなおそういうことなのかと思いました。
ヒロイン=正義とか、見た目にも持たれているイメージがあると思うんです。そして、それらのイメージや期待感とちょっと違ったことすると叩かれる。
━━安斉さん自身も、アパレル店員だった頃のイメージ、ドラマ『M 愛すべき人がいて』で主演を務められたときのイメージなどと、戦っていた時期はありましたか?
その時々で、安斉かれんにはこうあってほしいみたいなイメージは付いて回ります。でもそれに従って生きなきゃいけないわけではないじゃないですか。そこで、戦うとか抗うというより、違和感みたいなものはありましたね。「別にそれだけじゃないんだけどな」みたいな。だから今回は、イメージや期待をいい意味で裏切って、表現の世界を広げて提示したかったんです。
━━それが安斉さんにとっての『ANTI HEROINE』だと。
『ANTI HEROINE』という言葉は、テーマとして最初に置いたわけではなく、作品を作っていくなかで後から出てきたんですけど、その瞬間「私がやってきたことはそういうことなんだ。ここまでやってきてよかった」って、報われたような感覚を覚えました。
━━あらためて、ほんとうに個性的な曲が揃ったなかに、『ANTI HEROINE』なマインドの筋が通ったアルバムで、1曲目の“へゔん”から、驚きとともにがっちり掴まれました。
「これは絶対に1曲目だよね」って、ディレクターと話していたことを覚えています。天から降ってきたみたいなエレクトロサウンドで、オープンングっぽいなって。
━━頭から神様というワードが出てきますが。
サウンドから神様というワードが浮かんできたんですけど、この曲って神様を崇めている感じでもないじゃないですか。
━━そうですね。
私は別に特定の神様を信仰しているわけではないのに、ピンチが訪れると「神様仏様!」ってお願いしちゃうし、いいことがあると「神様、マジありがとう」とか思うわけですよ。上手くいかなかったときは「神様がこっち向いてくれなかったんだ」とか。神様という言葉を置くことで、どこかで気持ちの整理がつく、心の拠りどころになる、落としどころにも逃げ場にもなる。そのことについて、問いかけているようなイメージで歌詞を書いていきました。
━━2曲目の“ら・ら・らud・ラヴ”はアルバム中もっともエバーグリーンでキャッチーな曲ですね。
老若男女が楽しめるキャッチーなビートと元気の出るサウンドが好きですね。歌詞は、基本的に私がぜんぶ書くんですけど、この曲は共作なんです。自分一人だと、嘘をつくわけではないし等身大のつもりでも、やっぱりちょっとかっこつけたり話を盛ったり、恥ずかしくて書くのを止めたりすることもあります。でも今回はOHTORAさんと共作することで、私じゃ言えないけど私らしい言葉が出てきて、すごく興味深かったですね。《流し込んだ憂鬱 二日酔いで迎える朝》なんて、生々しくて自分じゃ書けない。でもすごく自分っぽいから歌いやすいみたいな。
━━今回はシンガーとしての表現の幅も大きく広がったように思います。“ギブミー♡すとっぷ”はその象徴だと感じたのですが、いかがですか?
この曲はダニー・L・ハール(Danny L Harle)と、チャーチズ(Chvrches)からローレン・メイベリー(Lauren Mayberry)とマーティン・ドハーティ(Martin Doherty)がプロデュースしてくれた曲で、仮歌のボーカルがローレンだったことにもびっくりしましたね。日本語で歌うことを前提としていないメロディで、おっしゃるように今までの私の曲にはなかった感覚。ちょっと難しいかもと思ったらまったくその逆で、他の曲よりもスムーズにレコーディングが進みました。それはたぶん、私が子供の頃からすっと洋楽を聴いて育ったからだと思います。英語と日本語がシームレスになるように意識したり、日本語だったらファルセットを使うところを鼻に抜けるような声で歌ったり。
━━アニメ『それいけ!アンパンマン』より“私はドキンちゃん”のカバーも新鮮でした。そしてドキンちゃんは『ANTI HEROINE』という言葉にもっともはまるキャラクターかと。
そうですね。『ANTI HEROINE』という言葉が出てきた段階で、“私はドキンちゃん”を歌いたいと思いました。ドキンちゃんは菌なので、世間からは悪者扱いされているわけですよ。でも「しょくぱんまん」という正義の味方に恋をして、でも自分は菌だから彼に触れることができない。それでも一途に想い続けていて、ずっと可愛くてキラキラしていて、私はそういう女子になりたいし、ドキンちゃんこそ私の中のヒロインです。
━━アレンジもすごくインパクトがあります。
ダークになりすぎないダークポップな感じが絶妙で、今っぽいエレクトロやベースミュージックの要素もあってカッコいいですよね。
━━“YOLOOP”はイントロがゴリゴリのオルタナロックで、そこから疾走して景色の開けていく流れがすごく良かったです。
“不眠症☆廃天国”を制作しているときに同時に作った曲で(※“不眠症☆廃天国”は2022年11月にリリースしたシングル。今回の『ANTI HERO』には“不眠症☆廃天国 – Hollywood Edits”を収録)、意識的にゴリゴリさせました。“不眠症☆廃天国”はけっこうゆったりした曲だから、なんか激しくてタフなロックサウンドが欲しくなってきたんです。直接的にリファレンスにしたわけでないんですけど、スウェーデンのバンド、スターマーケット(Starmarket)とか、エモっぽいものにハマっていました。かと思えば、最近はフランク・オーシャン(Frank Ocean)のアルバム『Cannel Orange』ばかり聴いていたり、ほんとうに同時進行でいろんな音楽が好きだし、モードが変わりやすいところがあるので、この先もいろんなことをやっていきたいですね。
━━楽しみにしています。
あとはコロナ禍などもあり、なんやかんやできていないライブをやりたい。デビューしてから曲はたくさん出してきたし、今回の『ANTI HEROINE』ではほんとうにいろんなスタイルの曲ができたので、それらをライブハウスに響かせてみたいです。
━━もう一枚のアルバム『僕らはきっと偽りだらけの世界で強くなる。』も併せて聴くと、ライブがますます楽しみになりますね。既発曲や既発曲の別テイク中心のセレクトのなかで、“てくてくカレンダー”のような安斉さんがサックスを吹かれた曲もインスト曲もあって。
デビュー曲“世界の全て的に感じて孤独さえ愛していた”が頭に入っていて、すごくエモい気持ちになりましたね。あの頃と比べて自分が成長した実感もあるし、あの頃にしか出せなかった輝きもあるし、あの頃があったから今があるし、みたいな。収録曲を見ていただいたらわかると思うんですけど、ベストアルバムというよりは今に繋がるメモリアル&レアトラックスなアルバムになっているので、『ANTI HEROINE』と併せて楽しんでいただけたら嬉しいです。
Interview&Text:TAISHI IWAMI
安斉かれん
世界的にも大きな潮流を生みつつあるリバイバル・サウンドをいち早く取り入れ、J-POPのニュージェネレーションを謳う歌手として令和元日の5月1日にavexよりデビュー。
これまでに90年代リバイバルを意識した8cmシングルを4作FREEリリースするなど、新たな音楽の届け方を定義している。
5th「僕らは強くなれる。」は音楽関連ランキングにチャートイン。
Googleトレンド急上昇ワードで1位を1ヶ月の間に2度獲得。
2022年9月7日より、コスメブランド『M·A·C』から日本初のコラボリップ『リップスティック@カレン』を発売。
2023年3月29日、ファースト・アルバムを2枚同時リリース。こうあるべきカタチを壊す「ANTI HEROINE」と、軌跡を更新するヒストリカル・アルバム「僕らはきっと偽りだらけの世界で強くなる。」、計26トラックを収録。
ANTI HEROINE – Concept Movie
ら・ら・らud・ラヴ(Official Video)
てくてくカレンダー – Visualizer –