胃の底が外れるほどの重低音を備えながらも、部屋の天井を眺めながら耽る内省のバックグラウンド・ミュージックとして、ケリー・リー・オーウェンスKelly Lee Owens)ほど最適なものはない。英ウェールズ出身のSSW/プロデューサー/DJとして、ノルウェーの〈Smalltown Supersound〉よりリリースを重ね、セイント・ヴィンセントやマウント・キンビー、さらにはビョークといったトップアーティストにもリミックスを提供する彼女。そのメロディアスな感性とインダストリアルなサウンドの融和は、唯一無二の存在感を放っている。

そんなケリーが先月開催されたボノボ主宰のクラブイベント<OUTLIER>に出演。2023年に予定されていた<FFKT>が直前でキャンセルとなってしまい、今回の<OUTLIER>が待望の初来日となった。<OUTLIER>当日はハードながら空間のふくよかさを感じさせる巧みなテクノセットでフロアをメイクしたケリー。パンデミック中にリリースされたアルバム『Inner Song』をはじめ、彼女のサウンドに芯から共感したリスナーへ鮮烈な印象を残した来日公演となった。

今回は<OUTLIER>出演の前日、東京に到着したばかりのケリー・リー・オーウェンスをキャッチ。長かったパンデミックを潜り抜けて、今や世界中のアーティストやオーガナイザーからラブコールを受けている彼女。着実にステップアップするケリーの言葉に触れてほしい。

INTERVIEW
Kelly Lee Owens

──お忙しい中、ありがとうございます。早速インタビューを始めますね。

(テーブルの上のボイスレコーダーを指して)マイクを私の方に向けてもいいですか? ごめんなさい、音質にはちょっと神経質で……(笑)。何をしていても音の鳴り方が気になっちゃうんです、音質オタクというか(笑)。

──ありがとうございます(笑)。去年予定されていた<FFKT>がキャンセルとなってしまい、明日開催の<OUTLIER>が待望の初来日となりました。この後はまたすぐにツアーへと出発するんですか?

そうなんです。土曜日にDJをしたら翌日にはメルボルンへと飛んで、シドニーにも行って、その後またロンドンへと戻って……。夏までこんな調子で忙しいですね、今年は<Glastonbury>にも出演する予定です。

──メルボルンとシドニーの公園はボノボと一緒に回るそうですね。

そう、<The Warehouse Project>のオーストラリア版が初めて開催されるんです。ボノボと一緒にプレイできるのは光栄ですね。

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──ステージや観客の規模が年々増している印象なのですが、ご自身でも周囲の環境の変化を感じることはありますか?

着実にリスナーが増えているとは思います。私が2020年に『Inner Song』を出した時に、「パンデミックの最中にアルバムを出すなんてクレイジーだ」と言われたんです。リリースしたとしても、ツアーが出来ませんからね。ただ、『Inner Song』は再生を歌ったアルバムで、困難の中にある人間と一人で生きていくことの肯定を表現しているんです。なので、パンデミックの真っ只中にそういった作品をリリース出来たことは、聞いてくれた人を支えるという意味では完璧でした。

それで2021年以降には、幸運なことに、US/UKツアーをフルで開催することができました。その時、オーディエンスが「コネクトしたい」という気持ちを抱えて大勢集まってくれたんです。フェスティバルのステージでもその勢いを感じました。いきなり増えたわけじゃないけれど、嘘偽りなく好きでいてくれるリスナーが増えていってる実感はあります。一気に人気が出ても、後はガクンと下がるだけなので(笑)、私は地道に活動を続けたいですね。

Kelly Lee Owens – Night

──以前のインタビューでは、クラブを“教会 church”と例えて、そこに人々が通うことを“宗教的体験 religious experience”と表していましたよね。その上で、自身がステージの上に立ってパフォーマンスすることは、オーディエンスにどのような作用を及ぼすと考えていますか?

そうですね……どうしてもパンデミックの話になってしまいます。というのも、その期間で私は自分自身を深く見つめることができたんです。私は細かいことが気になる完璧主義者で、それ故に苦しんでしまう。そのことについて改めて内省を深めた結果、「楽しまなきゃ意味がない」というシンプルな考えにようやく行き着いたんです。

例えば、以前私はオフィスで働いていました。その頃に感じたストレスと比べると、今は自分のサウンドを鳴らせるスペースがあって、人々が踊ってくれる。そのオーディエンスを幸せにすることこそが人生の大きな目標だと捉えられるようになったんです。

ただ、あくまで人間は平等であり、誰か一人が先頭に立って傲慢に振る舞うようなことを私は望んでいません。チャンネルをオープンにして、色んな考えを持った人々が私のスペースへと入ってきて、同じサウンドを分かち合って楽しむことが重要だと考えています。

──なるほど。ステージの話でもう一点、ご自身のInstagramで直近の共演についてまとめていましたよね。LCDサウンドシステムのジェームス・マーフィーやケミカル・ブラザーズ、アンダーワールド、デペッシュ・モード……みなさん名だたるレジェンドです。彼らの活動から影響を受けたことはありますか?

(自分の投稿を見ながら)客観的に見ると凄いですね(笑)。まず、私は「アーティストが聞くアーティスト」という見られ方をしばしばされます。確かにコマーシャルであることを優先した作品をリリースしたことはありません。その上で、さっき挙げられたようなミュージシャンが活躍していたのは、オルタナティブなサウンドがチャートに入ることが可能な時代でした。ただの巡り合わせかもしれないけど、そういう先人たちが私を招いてショーを開いてくれるのはとても光栄なことです。彼らがドアを開いたことによって、私たちはそこに入っていくことができたんです。

デペッシュ・モードのマーティン・ゴアは、プラットフォームを提供するように私をショーへ招いてくれました。ジェームス・マーフィーやケミカル・ブラザーズ、アンダーワールドもそうです。だからこそ、いつかは私がプラットフォームを提供する側として、様々な体験を共有できるようになりたいと思い始めました。

──そのようなレジェンドたちとの経験を経て、これからアーティストとしての活動を進めていく上で、自身のロールモデルとなるような人物はいますか?

最初に思い浮かんだのはビョークアーサー・ラッセルのふたりです。自らの仕事に対する美意識の持ち方に感銘を受けています。アーサーはアンダーグラウンドで活躍していた人ですけど、彼の自伝を読んで、その生き方に共感を覚えました。

また、ロールモデルという点では、母や祖母といった私の家族の女性たちにもリスペクトを抱いています。私にとって、彼女たちはヒーローなんです。男性優位な業界の中に自分がいることもあり、彼女たちのような仕事への美意識を貫きながら、私もまた一種のロールモデルとしてアーティスト活動を行うべきだと考えています。

そうだ、ロザリアもとても重要なアーティストです、今着ているTシャツもロザリアです! 彼女の仕事はアメージングですね。

それと、電子音楽を手掛けるプロデューサーとして、やはりジェイムス・ブレイクは尊敬せざるを得ません。なんというか……彼こそ“本物のアーティスト Real Living Artist”だと思います。ジェイムス・ブレイクはただ人気になるためだけに音楽を作っているわけではないですよね、彼の作品には真実が宿っています。

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──レコード屋での勤務経験もあるなど、あなたはとても深い知識をお持ちですよね。最後に、オーバーグラウンド/アンダーグラウンドを問わずに、“本物のアーティスト Real Living Artist”だと思う方を教えてください。

まず、ロレイン・ジェイムスは間違いなくそうです。今、来日しているんですよね?(注:取材当時の夜に東京で来日公演が開催されていた)彼女は『Inner Song』のリミックスにも参加してくれました、本当に素晴らしいプロデューサーです。

そして、私の友人でありメンターでもあるカリブーのことも尊敬しています。彼の作品はいつだってハイクオリティですよね。

作品単位で、昔から聞いているのはエイフェックス・ツインの『Selected Ambient Works』シリーズ。とても手の込んだ工芸品のようです。それからレディオヘッドの『In Rainbows』も大好きだし、ビョークの『Vespertine』もお気に入りの一枚です。『Vespertine』は、当初『Domestika』という名前で制作されていたと聞いたことがあります。それくらいビョークの個人的なアルバムで、周囲の音を組み合わせたミクロなビートの集合によって構成されています。そういった個人史的なものを、私は信奉しているんです。

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Interview&Text by 風間一慶
Photo by Kana Tarumi

PROFILE

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Kelly Lee Owens

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OUTLIER

2024年5月18日(土)
会場:O-EAST + DUO + AZUMAYA

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