音楽に救われたかつての自分が聴きたかった音楽を──キム・サウォルが歌詞にこだわる理由
韓国のフォーク系女性シンガー・ソングライターといえば、イ・ランをまず思い起こすかもしれないが、もう一人、ぜひ注目してほしいアーティストがいる。それがキム・サウォルだ。
2014年に男性シンガー・ソングライターのキム・ヘウォンとのデュオでデビューし、初作『비밀(秘密)』が2015年の『韓国大衆音楽賞』で新人賞と最優秀フォーク音楽賞をダブル受賞。その後ソロとなり、2015年にアルバム『Suzanne』を発表すると、こちらも翌年の「韓国大衆音楽賞」で最優秀フォークアルバム賞を、続く2018年作『Romance』は最優秀フォークアルバム賞・最優秀フォーク楽曲賞を獲得するなど、どの作品も高い評価を得ている。
そんなキム・サウォルが、来る3月に東京で初めての来日公演を行うことが決定した。3月6日に阿佐ヶ谷Rojiにて弾き語りソロ・ライブ、7日はTime Out Café & Dinerにてキーボードのヒジンとのデュオでパフォーマンスする。それに先駆けて、このたび本人にインタビューを敢行。歌詞に多大なこだわりのある彼女の曲作りについて、また日本公演に向けての意気込みを語ってもらった。
【MV】김사월(Kim Sawol) – 누군가에게(Someone)/Official Music Video
内面の強さを言葉にしていながらも漂う孤独感に憧れがあった
──サウォルさん楽曲は、歌詞に共感を覚えるリスナーが多いようですね。たとえ韓国語がわからなくても、聴いていると景色が見えてくるのが特徴だと思います。曲作りにおいて、歌詞とトラックをどう関連させて考えていますか?
私は先に歌詞を書いているので、歌詞に合わせて曲を考えています。曲をアレンジするにあたって、音楽的に広げる余地のあったとしても、歌詞にあるメッセージと合わなければ抑制します。
例えば、より悲しい曲調にすることができる場合でも、「悲しい曲だけど、悲しく歌う曲じゃないな」と思ったらそうしません。
つまり、楽曲をアレンジするときは歌詞からエネルギーをもらうこと意識しています。
──アルバムでは、一つのコンセプトに基づいてストーリーを編んでいるんですよね。2015年のソロ・デビュー作『Suzanne』は「スーザン」という人物を主人公にしています。
『Suzanne』は、ジェーン・バーキンや森田童子など自分の内面を見せるようなフォークに影響を受けて作った作品です。
スーザンとは、私が幼いときに作り上げた人物。私の幼いときや未熟だった青少年期の自分を整理しつつ、アルバム中で成熟した姿を形成したかったんです。私の未熟な時代を慰めたかったアルバムですね。
【MV】김사월(Kim Sawol)- 접속(Signal)/Official Music Video
──つまり、自分の過去の姿をスーザンに投影させているというイメージ?
そうだと今では思っています。ただ、作品に私の若い頃の情景が入っていたとしても、捉え方によっては他人とも捉えられるんじゃないでしょうか。
誰にでも未熟な時期はあるし、思春期の思い出や誤解ばかりの恋の思い出もあるはず。でも、ちょっと成熟した今だから言える「それでも大丈夫だよ」というメッセージを伝えたかったんです。
──先ほど、ジェーン・バーキンや森田童子の作品に影響を受けたとおっしゃっていましたが、『Suzanne』はフランソワーズ・アルディ『La Question(私の詩集)』からも着想を得ていると聞きました。楽曲の雰囲気など、共通する部分は多くあるなと思います。
そうです! 大好きなアルバムなんです。特に、アレンジにおいてインスピレーションを受けました。主にギターでリズムを作って、そこにストリングスのセクションを乗せていくところですね。
フランソワーズ・アルディはボーカルが繊細で、歌詞にも孤独が滲んでいます。そこには自身の内面が表れていて、それをストリングスで隠しているような感じを参考にしました。
──儚さのある歌唱もサウォルさんに通じますね。
声が細くて柔らかいシンガーが、内面の強さを言葉にしていながらも漂う孤独感みたいなものに憧れがありました。森田童子もフランソワーズ・アルディも、自身の孤独についての話をしていますが、声はクラシカルで美しい。このような作品に出会って、私もこういう表現をしたいと思うようになったんです。
「世の中にどんなメッセージを音楽としてアウトプットしたいか」が原動力
──2作目の『Romance』(2018)は、アコースティックなフォーク作品だった前作『Suzanne』から変わって、エレクトリックなバンド・サウンドも取り入れた明るい雰囲気も加わりましたね。音楽的な幅が広がっているのが印象的でした。
『Suzanne』はフォークをベースに制作したのですが、『Romance』はフォークから出発しつつも、さまざまなアレンジをしてみたかったんです。聴きやすいバンド・サウンドも、このアルバムで表現したかった、「悲しくも鋭くもある中にロマンスがある」というコンセプトに合うんじゃないかと思ってチャレンジしました。
──歌詞は「自分を愛することのできない2人が出会ったら、どんなストーリーが広がるか」をテーマに、その2人を主人公にしたお話が展開されていますね。
愛に関する曲がたくさんできたときがあって、その”愛の時代”が終わったときにこの曲たちをどうまとめるかを考えていたときに、タイトル曲の“Romance”ができました。
この曲の中に、「私を愛するより先に、自分を愛したほうがいいってあなたが言ったじゃない。でも、あなたもそれができないじゃない」という歌詞があって、それがまさに「自分のことを愛することができない2人のロマンス」というアルバムのコンセプトのベースになっています。
自分のことを愛することができない2人のことを慰めたい気持ちを込めて作りました。
【MV】김사월(Kim Sawol) – 로맨스(Romance) – Official Music Video
──前作『Suzanne』とつながる部分もありますか?
『Suzanne』の最後の曲“Bedside”は、自身を愛することができないスーザンが、人を愛するとどうなるのか、というお話なので、ちょっと関連があるかもしれませんね。
【MV】Kim Sawol(김사월) – Bedside(머리맡)
──サウォルさんの世界観は、曲単体というよりもアルバムで伝えるのが合っていると思いますか?
そうかもしれません。アルバムのどの曲から聴いても、あるいは1曲だけ聴いても、「これじゃ意味がわからない!」というのはないと思います。
でも、「自分が今、この世の中にどんなメッセージを音楽としてアウトプットしたいのか?」が、私のアルバムを作るエンジンになっているんです。そのほうが、リスナーにより“私がなぜアルバムを出したいのか”を理解してもらえる気がして。なので、アルバムで世界観を作ることに興味がありますね。
文字から伝わる感情にこだわりがある
──そのように、サウォルさんが音楽を介して自分のメッセージを伝えたいと思うようになったきっかけは何だったのですか?
昔から音楽を聴くことが大好きで、中でも“音楽の中の世界”を理解することが好きでした。それによって自由を感じたり、自分の辛い現実から逃避したりすることができたんです。
こうして音楽の中では自分の感情を全部表現してもいいということがわかったときに、じゃあ自分も曲作ってみようとなりました。
私が若い頃は、自分が話したいことを遠まわしに表現したりして、直球で何かを言うことができない性格だったんです。そこで、日記のように歌詞を書いて自分の話をすることが気持ち良かった。
──音楽はたくさん聴いてきたと思うのですが、中でも影響を受けたアーティストはいますか?
うーん……たくさんいるのですが……この間ミュージシャン同士の飲み会で「一番影響を受けたアーティストを挙げてみて」と話していたときに私が挙げたのは、エイミー・ワインハウスと椎名林檎でした。あとは、エアロスミスやセルジュ・ゲンスブールはよく聴いていましたね。
──ゲンスブールの名前が挙がりましたが、『Suzanne』を制作するにあたってはジェーン・バーキンやフランソワーズ・アルディの影響が大きかったとおっしゃっていて、やはり今のサウォルさんを語るのに、70年代のフレンチ・ポップは鍵になっているのかなと思いました。
大学時代は私が辛かった時期で、その頃よく聴いていたのがセルジュ・ゲンスブールをはじめとするフレンチ・ポップ。特に、ジェーン・バーキンが参加したセルジュ・ゲンスブール『Histoire de Melody Nelson』というアルバムが好きでした。
これは、中年男性がメロディ・ネルソンという少女と出会って愛し合い、その後別れを迎える様子が描かれているのですが、そういったコンセプチュアルな作品の作り方にはすごく影響を受けたと思います。
──リスナーとしても、聴く音楽の歌詞は重要なんですね。
歌詞は重要です。私は人生でずっとカタルシスを追いかけていて(笑)、何にしても刺激的なものが好きなのですが、特に文章で伝わる刺激的な感情が好きなんです。
韓国にはかつて、“インターネット小説”という一般人が書いた小説があって、その中でも刺激的だったり、すごく悲しかったりなど、強い感情が表れているものを好んで読んでいました。それくらい、文字から伝わる感情にはこだわりがありますね。
──ここまでお話を聞いてきて思うのが、ゲンスブールなどを聴いていた、いわばサウォルさんのモラトリアム期にご自身が聴きたかった音楽を、今みずから作っているような感じではないですか?
あー……いまさらですが、そういう風にかつての自分に感じてもらえる音楽を作ってきたのかもしれません。そのように言ってくださってありがとうございます。
──では、今度の来日公演のお話を聞かせてください。今回が初めての日本でのパフォーマンスということですが、日本でライブをしたいと思ったきっかけは?
椎名林檎さんのせいです……(笑)。半分冗談ですが、半分は本当で、私の世代は日本の音楽にたくさん影響を受けているんです。つまり、自分が影響を受けた音楽の本場で公演をするということですし、自身の成長を感じられるんじゃないかと思って。なので、とても楽しみです。
東京へ行ったらレコートショップへ行ってドキドキしたり、(東京事変“群青日和”の歌詞に出てくる)新宿の伊勢丹に行って気分良くなったり(笑)、そういうことを日本で体験したいです。
김사월(Kim Sawol)- 마이 러브(MY LOVE) with 박희진(Park Heejin):신촌전자 라이브 Sinchon Electronics Live
──椎名林檎のほかに、よく聴いていた日本のアーティストは?
aikoさんや坂本龍一さん……あとは青葉市子さんも大好きです! 青葉市子さんのライブを韓国で見て、そのとき恋に落ちました(照笑)。いつか必ず日本でライブを見たいです。
あと、イ・ランさんのプロデュースも手掛けている角銅真実さんが韓国でライブを行ったとき、ゲストとして私を呼んでくれて。そのときに角銅さんとお話したら、スピリチュアルな感じが合うなと思って、気になっています。
──現行のアーティストもいろいろ聴いているんですね! 最後に、このインタビューを読んでくれている方にメッセージをお願いします。
テレビの番宣のように軽い感じで「(来日公演を)見にきてください」と言うことはできないのですが、自分がこのように海外でライブをすることがどれだけラッキーなのか、どれだけ幸せなことなのかを感じています。
言語は繋がらなくても音楽では繋がることができると思いますので、音楽的な対話をとても楽しみにしています!
インタビュー/構成:加藤直子
通訳:キム・デジョン
KIM SAWOL(キム・サウォル)
2014年、フォークデュオ『KIM SAWOL X KIM HAEWON』としてデビュー。以来、独創的な楽曲を発表し続けている韓国のSSW。
喪失と希望を繰り返すKIM SAWOLの文学的な歌詞は、個人の経験から出発しつつリスナーの共感を引き出す力を持っている。
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『SUZANNE』(2015)
1stソロアルバム『スーザン』は、彼女自身が人生において立ち向かってきた時間を、スーザンという架空の人物に落とし込んで作られた作品。
幼い頃の自責、切ない恋、思春期の反抗心が込められており、アルバム最後の曲“BEDSIDE, 머리맡”でスーザンからKIM SAWOLへと目覚めていくこのコンセプトのもと作られた作品は、全11曲すべてをKIM SAWOL本人が作詞・作曲を担当。
2016年には第13回韓国大衆音楽賞にて『最優秀フォークアルバム賞』を受賞した。
『スーザン』は、森田童子やジェーン・バーキンなどの、「実存の危うさ」という伝統の上でより豊かに理解することができる。透明な音色に歌詞の絶望感が鋭く織り込まれたKIM SAWOLの音楽には、1970-80年代を思わせるフォークコンセプトや夢幻的な退廃美がこもっている。
『SUZANNE』(2015)
『Romance』(2018)
2ndフルアルバム『ロマンス』では、ユニークな音楽方法論を織り込み、囁くようなボーカル・抑制されたフレンチ・フォークのスタイルを通じて、愛という感情が人間に与える意味、そのすれ違いや傷が生む悲しみを解き明かす作品だ。
『ロマンス』によって、KIM SAWOLは2019年 第16回韓国大衆音楽賞で『最優秀フォークアルバム賞』、『最優秀フォーク楽曲賞』のダブル受賞を記録した。
「自分を愛することができない二人が出会ったら、どんなストーリが広がるか?」というテーマで始まった12曲のストーリーテリングアルバム『ロマンス』は、恋をして体と心を分かち合い結局は別れてしまう、人類が数限りなく語ってきた愛の物語である。
その意味において、『ロマンス』はラブソングブックでもあり、「スーザン」と呼ばれた人物が愛に関して考えてきた具体的で内密な感情の嵐でもある。
個人の愛という藪の中を全身で立ち向かって進んで行く物語『ロマンス』は、不安な現在を生きる今の世代に共感と労りを伝えている。
『Romance』(2018)
KIM SAWOL LIVE in TOKYO
2020.03.06(金)
OPEN 20:00/CLOSE 23:00
ENTRANCE ¥1,000(+1drink order)
at cafe&bar Roji
《artist》
Kim Sawol(acoustic)
2020.03.07(土)
OPEN 18:00/CLOSE 22:00
ENTRANCE ¥2,000(+2drink)
at Time Out Cafe&Diner
《artist》
Kim Sawol(with piano)
mei ehara
《DJ》
MINODA(Slowmotion/MSJ)