コロナ禍でアップした、マイケル・ジャクソン“Off The Wall”のウッドベース弾き語り動画で話題を集めたベーシスト&ヴォーカリストの石川紅奈が、名門〈ヴァーヴ・レーベル〉からメジャーデビューアルバム『Kurena』をリリースする。
恩師でもあるジャズピアニスト・小曽根真をプロデュースに迎えた本作は、自身のオリジナルとカヴァー曲をそれぞれ3曲ずつ収めた6曲入りの作品。チック・コリアやスティーヴィー・ワンダー、そしてもちろんマイケル・ジャクソンなど彼女のルーツとなる音楽を名うてのジャズプレーヤーと「料理」しつつ、オリジナル曲ではブラジル音楽の導入や日本語詞にも挑戦するなど、「ジャズベーシスト」という枠には収まりきれない才能を感じさせる1枚に仕上がっている。ジャズピアニスト・壷阪健登とのポップユニットsorayaでの活動も期待されている彼女に、本作について語ってもらった。
INTERVIEW:石川紅奈
ボーダーレスな楽曲群の背景
──今作『Kurena』は、カヴァーとオリジナルが3曲ずつという構成です。まずはカヴァー曲についてお聞かせください。チック・コリアの“500 Miles High”を取り上げたのはどんな経緯だったのでしょうか。
チック・コリアは昔から大好きで、高校のジャズバンド部で“Spain”を演奏したのが最初の出会いです。残念ながら一昨年に亡くなられましたが、プロデューサーの小曽根さんから、チックさんとの深い関わりやお話を伺っていたので、ぜひ小曽根さんに弾いて頂きたくて、カヴァーすることを序盤から決めていました。
“500 Miles High”は、歌詞がとても哲学的で、聴く人によって様々な解釈ができる。どこかふわふわとした感じもあり、自分の声で歌うのもあって少しゆったりした3拍子のアレンジが思い浮かびました。3拍子のアレンジを他に知らなかったので聴いてみたかったのもあります。小曽根さん、ドラムの小田桐和寛さんとトリオでまずレコーディングをして、その後にパーカッションのKANくんのオーバーダビングをしました。スタジオで小曽根さんからもアイデアをもらいつつ、セッション的に構築していきましたね。
──『Light as a Feather』(1972年)に収録されたオリジナル音源では、フローラ・プリムがヴォーカルを担当していました。石川さんは今回、どんなことを心がけて歌ったのでしょうか。
原曲の、推進力あるベースパターンのあのイメージとは違い自分の3拍子のアレンジはゆったりとスペースが多いので、それを使って自分の声で自由に飛べたら良いなと思いました。
──“Bird Of Beauty”は、スティーヴィー・ワンダーの曲ですね。
音楽に目覚めた頃からスティーヴィー・ワンダーが大好きでした。父が運転する車の中で、彼の音楽がよく流れていたのも影響として大きかったと思います。今回カヴァーした“Bird Of Beauty”が収録されている『First Finale』(1974年)ももちろんですが、『Songs in the Key of Life』(1976年)もよく聴いていました。1970年代のアルバムが特に好きです。
──ちなみに、ベースという楽器の面白さも、スティーヴィー・ワンダーの曲から学んだそうですね。
はい。父親がスティーヴィー・ワンダーの曲を聴きながら、ベースの音を拾ってコピーする面白さを教えてくれて。それがベースを始めるきっかけになったんです。
──“Bird Of Beauty”をカヴァーしようと思った理由は?
この曲は、もともとスティーヴィー・ワンダーがブラジル音楽の要素を取り入れて作った楽曲です。私のルーツにはブラジル音楽もあるので、そこにつながりを感じて今回カヴァーしようと思いました。
──確かに、石川さんのオリジナル曲“Sea Wasp”にもブラジル音楽の要素を強く感じます。
ブラジル音楽が好きになったきっかけもやはり両親でした。ボサノバのオムニバスアルバムが家にあって、それで小さい頃からよく聴いていました。ジャズバンド部時代もボサノバの曲をいくつか演奏しましたが、国立音大へ進学してそこで教鞭をとっていた小曽根さんに教わり、演奏する中でさらにブラジル音楽の魅力に気づき惹かれていきました。
──ジャズとブラジル音楽で、ベースのアプローチはどう変わりますか?
ジャズのウォーキングベースと違ってビートを落とす場所、気持ち良い場所がまた違って楽しいし、メロディが綺麗なところも惹かれます。ブラジルのサンバのパレードに使う大きなスルドという打楽器があって、その役割を想像しながらベースを弾くこともあります。
──マイケル・ジャクソンの“Off The Wall”は、コロナ禍にアップしたCotton Clubでのベース弾き語り動画がYouTubeで163万回再生(2023年3月2日現在*掲載時に合わせ変更)に達しました。
コロナ禍で人とあまり演奏ができなくなり、何か一人で完結する表現はないかなと思ったときに、周りのミュージシャンたちが動画をアップし始めていたので、自分も練習のモチベーションを上げる意味でも「やってみよう」と。この曲はベースラインが特徴的で、それとメロディだけで成立するというのも取り上げた大きな理由の一つでした。
石川紅奈 KURENA ISHIKAWA ♪Off The Wall
──マイケル・ジャクソンもお好きなんですよね。どんなところに魅力を感じますか?
マイケルもスティーヴィー・ワンダーと同じように両親の影響で聴くようになりました。最初はジャクソン5から入って、モータウン界隈の音楽を聴いていく中で、『Off The Wall』もお気に入りの一枚でした。
──ちなみに「ベース弾き語り」という石川さんのスタイルは、どのようにして確立されていったのでしょうか。
もともと歌うことは好きでしたが、「ベーシスト」として様々な現場で演奏をしていたとき、ジャズ曲のメロディとコード進行を覚える方法を国立音大の先生でサックス奏者の池田篤さんに相談したら、「メロディを歌いながらベースを弾いてみるといいよ」とアドバイスをもらったのがきっかけでした。
──メロディラインを意識するようになって、楽曲の捉え方も変わりましたか?
変わりましたね。ベースはアンサンブルの一番下にあるメロディ楽器で、歌は一番上にあるので全く対照的な両方の視点から楽曲をとらえることができるようになったことが、自分の音楽を広げる大きなきっかけになりました。
──ギターでコードをかき鳴らしながら歌うのに比べて、ベースを弾きながら歌うのってとても難しそうな印象があります。
ベースもメロディも単音なので、単音同士のハーモニーが聴こえていない状態だと意識が引っ張られて私はうまくいきません。ギターや鍵盤で和音を鳴らすとメロディも乗せやすいように、ベースで単音を鳴らしながら、自分の頭の中で和音をイメージする特訓が必要だと思っています。
──壷阪健登さんとのポップユニットsorayaのライブでは、ビートルズのカヴァーも演奏されていますよね。ポール・マッカートニーも、メロディのようなベースを弾きながら歌うミュージシャンです。
例えば“Something”のベースラインなど大好きですが、ポール本人も歌う人だからこそ出てくるのだなと思いますね。尊敬するベーシストの一人です。
ジャズの演奏から自分の生き方を学んでいる
──オリジナル曲についてもお聞かせください。まず“Sea Wasp”はどのように作っていったのでしょうか。
「シー・ワスプ」はオーストラリアウンバチクラゲのあだ名なのですが、YouTubeで生き物の動画をいろいろ観ていたときに、クラゲの動画を見てインスパイアされて制作したんです。大きく優雅に泳ぐ美しいクラゲなのですが、とても獰猛な毒を持っているんですよ。それをイメージしながら書きました。
曲自体は実はレコーディング当日まで合わせたことがなかったので、どうなるのか分からない状態でスタジオへ持って行って、その場でセッションして変化しながら作っていきました。
──“Olea”は美しくも切ない曲です。
ありがとうございます。繰り返す日常を楽曲で表現したかったのと、小曽根さんの“For Someone”というリフレインが印象的な曲があって「自分もこういう曲が作りたい」と思ったのがモチベーションになりました。「オレア」はオリーブのことで、花言葉は「平和」。毎日繰り返している日常は当たり前ではないこと、繰り返し祈るような気持ちで曲にしていきました。私はベーシストなので、ベースが主旋律を弾く曲が欲しいというシンプルな動機もありましたね。
──最後に収録された“No One Knows”は、今作で唯一の日本語詞ですね。
他の曲は今作のために書き下ろしましたが、この曲だけ1年ほど前に書いた曲です。『海辺の彼女たち』という、ベトナムから技能実習生として日本にやってきた、私と同じくらいの年齢の女性が主人公の作品です。俳優の神野三鈴さんが素晴らしい映画作品をたくさん教えてくださり、その中のひとつでした。いくつかの実話がもとになったフィクションですが、自分の知らなかった過酷な状況を目の当たりにして、何か形に残したいと思ってこの曲の詞を書きました。
──この曲は、石川さんのヴォーカルも印象的です。ちょっと台詞っぽいというか、感情を声色でコントロールしていくような歌い方をしていますよね
そうですね。他の曲と比べてリズムには重きを置かず、ストーリーテラーとしての役割にフォーカスしながら歌いました。
──ところで、今作の今作のプロデュースを務めた小曽根さんは、石川さんにとってどんな存在でしょうか。
ジャズバンド部員の高校生だった私に、音楽の世界に進むきっかけをくれた方ですし、国立音大のジャズ科に入ってからも、一人ひとりと真正面から向き合う姿勢や、そして例えば40歳になってからクラシックを始めるのはどう考えても怖いけど、でもそういう日々挑みつづける生き方にも、自分もこうありたいなといつも影響を受けています。
──ジャズは、その場で作曲していくという意味では「道なき道」へと自ら踏み込んでいく非常に勇気の要る音楽ですよね。ジャズをやることで、ご自身の生き方にも何か影響を及ぼしていると思いますか?
そうですね。ジャズの演奏は決められたことはあっても全てが楽譜に書いてあるわけではないので、自分がアクションを起こせば何かしらリアクションがある。例えそれが自分の思っていたものとは違っていても、それに応じてこちらもまたアクションを変えたりできる楽しさもあります。何もやらなかったら本当に何も起こらないので、とにかく結果を恐れずにどんどん関わっていくことが大事だと思わされていますし、そこから自分の生き方を学んでいるところはあります。
──例えばsoraya結成もその一つなのでしょうね。
そう思います。壷阪健登くんは同い年で、大学は違ったのですが在学中にセッションで知り合いました。コロナ禍で、私が上げていた動画にリアクションしてくれていたんです。それで、彼がボストンのバークリー音楽大学から帰国してくるタイミングで「何か一緒にやりませんか?」とメッセージをいただいて。細野晴臣さんのトロピカル三部作を彷彿とさせるような彼のオリジナルのシングル“港にて”や大貫妙子さんの“くすりをたくさん”のカヴァーなど、彼の音楽のファンでしたので、声をかけてくれたのがすごく嬉しかった。それがsoraya結成のきっかけでした。
──sorayaでの曲作りはどのように行なっているのでしょうか。
リリースされている4曲は壷阪くんが書いているのですが、メロディ先行もあれば、私が物語みたいなアイデアを投げて、そこに曲をつけることもあります。ファースト・シングルの”ひとり”はメロディにあとから詞をつけましたし、“BAKU”という曲は私が思いついたストーリーを壷阪くんに渡すところからスタートしました。決まったやり方というわけではなく曲によりけりです。
soraya – BAKU (Official Lyric Video)
──物語を創作するのは好きだったのですか?
昔から図鑑を眺めるのが好きで、そこからストーリーや情景を妄想するのが小さい頃から好きでした。壷阪くんも、それに対してとんでもない角度からボールを打ち返してくれるんですよ(笑)。動物のバクをテーマにしたこの曲のお話を送ったときも、なぜかそこから彼が「ウォータードラムを演奏しながら歌うピグミー族」を連想したらしく、その動画を送られてきました。そしてリズムマシンにパーカッションを組み合わせ、最初は予想もしなかったようないろんな要素が入ったわくわくする曲に仕上がりました。
──ジャズだけでなくポップスやブラジル音楽など、様々な音楽を吸収しながら表現活動をされていますが、今後どんなアーティストになりたいと思っていますか?
おっしゃるように、これまで自分はジャズだけを聴いてきたわけではないので、そんな自分ならではの音楽がこれからも作れたらいいなと思いますし、変化しながら、いろいろなジャンルをまたいでいけるような存在になりたいです。
RELEASE INFORMATION
Kurena
2023年3月22日(水)
石川紅奈
UCCJ-2221 ¥2,530(tax incl,)
Verve/ユニバーサルミュージック
収録曲:
シー・ワスプ Sea Wasp
500マイルズ・ハイ 500 Miles High
バード・オブ・ビューティー(美の鳥) Bird Of Beauty
オレア Olea
オフ・ザ・ウォール Off The Wall
No One Knows
石川紅奈:bass, vocals
大林武司:piano, Fender Rhodes
小曽根 真:piano, Fender Rhodes
Taka Nawashiro:guitar
小田桐和寛:drums
Kan:percussion
All Songs Arranged by 石川紅奈
Produced by 小曽根 真
リンクはこちら公式Twitter公式Instagram公式Facebook公式YouTubeユニバーサルミュージック 石川紅奈サイト
LIVE INFORMATION
石川紅奈 “Kurena” Release Party
2023年3月27日(月)
恵比寿・BLUE NOTE PLACE
MEMBER:石川紅奈 (ベース, ヴォーカル) 大林武司 (ピアノ) Taka Nawashiro (ギター)
詳細・予約はこちら
石川紅奈 デビュー・ミニ・アルバム『Kurena』発売記念インストア・イベント
2023年4月2日(日)
14:00〜
タワーレコード渋谷店7Fイベントスペース
内容:ミニ・ライヴ&サイン会
詳細・参加はこちら
BRUTUS JAZZ WEEKEND
【JAZZ BEYOND TOKYO】 Introducing ⽯川紅奈
2023年4月14日(金)
南青山・BAROOM
MEMBER:石川紅奈 (ベース, ヴォーカル) 大林武司 (ピアノ) Taka Nawashiro (ギター)