ヴィジュアルアーツを中心とした現代アートを取り扱うアートギャラリー「LAID BUG」にて、2021年JAPAN PHOTO AWARDを受賞し注目を浴びる柏木瑠河さんによるソロエキシビジョン<Hustle and Bustle>が現在開催されています(7月3日(日)まで)。
<Hustle and Bustle>(都会の喧騒)と銘打たれた本展では、都市生活者の1人である柏木さんが日々目にする混沌とした情景をイメージソースとして生み出された作品が並びます。開催に際し、LAID BUGより村上由鶴さんによる柏木さんへのインタビューが到着! 本インタビューでは、柏木さんの作風にまつわるルーツや本展のコンセプト、そして本展で見据える柏木さんの今後について迫っています。
INTERVIEW:柏木瑠河
──まず、今回の作品について聞かせてください。
今回展示しているシリーズはこの2年間の間に撮りためた作品の集大成です。パンデミック以降、家にある日用品などを使用していわゆるスティルライフ(静物写真)的な写真作品を制作してきました。絵画技法として用いられている三点構図や、写真ではややタブー視されている日の丸構図などを意識しています。作品を作る上で構図はかなり意識している部分です。
モチーフは、日用品を「普段なら絶対こういう方法では使わないだろう」という方法を模索して組み立てています。家に軽いスタジオがあってなんとなくものを組み合わせながら置いてみて、どうすれば面白くなるか色々試しながら撮影しています。モチーフを積み上げることや挟むことは継続的に行ってきました。
──そもそもどうして写真を扱うようになったのでしょうか?
大学時代に建築を専攻していた影響が今も作品に強く現れています。授業の中でドイツのデュッセルドルフ美術アカデミーで教鞭をとっていたベッヒャー夫妻の作品について知ったことから写真に興味を持ちました。給水塔などの工業的なモチーフを画面の中心から厳密な手法で撮影して、グリッド上で並べる展示風景を知った時に不思議な感覚を覚えました。もともと写真に興味を持っていたわけではないですが、記録的な用途以外の方法を示されることに「こういう見え方もアリなんだ!」という面白さを感じました。それから、写真それ自体の道具としての見方も変わりました。
──その時から、建築よりも写真の方が面白いと感じていらっしゃるのでしょうか?
建築ってものすごく膨大な人間と法律が絡んでいてプロジェクトとして大きいんですよね。規定があるからこそ面白い実践が生まれるのはわかっていますが、そのスケールが自分には合いませんでした。でも、写真に対する見方が変化したことで建物じゃなくても”建築”という営みができることに気づきました。
──今おっしゃった”建築”がどのように柏木さんの作品と繋がっているのか、もう少し詳しく教えてください。
単純に、自分の作品では「ものを積み上げて作っている」という点において“建築”に近いものがあると考えています。あと建築科に入ったきっかけにアルヴァ・アアルトというフィンランドの建築家の存在があります。彼の建築の光の入り方がすごく好きで、あの抜けが良い感覚に現在も影響を受けています。
──アアルトは建築を通して光が入る空間をデザインしていますが、柏木さんはそれをイメージの中で実践しているということでしょうか?
アアルトが建築で作り出すイメージに興味があったので、写真で組み立てる方が光でイメージを作るという意味では最短距離で近づける直接的な方法だと思いました。
──写真に興味を抱いてから、作品制作に着手するきっかけは?
最初は親の持っていたフィルムカメラで何となく撮っていましたが、アナログからデジタルカメラに移行してトリミングをするようになって作品に近づいてきたように思います。望遠レンズで構図を切り取るように遊んでみたら作品らしくなった。そこから作品を作るという意識が生まれたと思います。
──今回の「Hustle and Bustle」という展示タイトルは作品の内容とどのように呼応するものですか?
「Hustle and Bustle」は都会の喧騒という意味です。ゴチャゴチャしているものをちゃんと建築してあげることの面白さがリンクしています。喧騒と聞くとそれ自体に美しさを求めがちですが、カオスな状態の中からそこにだけ通用する局所的なルールを見つけることで、その箇所に光を当ててあげるような感覚です。
──その感覚はトリミング的でありながら写真的でもありますね。写真自体もかなり制約やルールが多いので繋がりがあるように思います。
喧騒と聞くとゴチャゴチャしていて嫌だと思うかもしれませんが、その一側面だけがあるわけではないですよね。作品で組み合わせているものは道端で拾ったり親が持っていた陶磁器とか様々ありますが、そういうモチーフのストックが家に本当にゴチャゴチャ置いてあります。たくさん集めている中から様々な組み合わせを見つけて実際に置いてみながら撮って、もし足りなかったらPhotoshopでモチーフを追加するのも全然ありという感覚です。
──今回のシリーズではストレートで撮った風景や、撮影台上で組み合わせたモチーフ、そしてPhotoshopで手を加えたもの、プリントのコラージュなど様々な手法が交錯しています。一貫した方法でないことには理由があるのでしょうか? また、合成処理している感じも、あまり隠されていませんね。
そもそも、矛盾があって当たり前の世界だしその虚実はあって構わないと思っているのでそこは気にしていません。現実の世界でものを組み立てることとPhotoshopで構成していくことについては分け隔てなく考えています。
僕にとって、嘘を嘘として前面に出して明らかにすることで、ユニークな部分をみせてあげることが何よりも重要です。なので合成であろうがなかろうが正直な所、どうでもいいと思っています。例えばこの写真は、ロードサイドにあるマクドナルドの広告を建造物として見立てることで構成しました。もともとそこにあった別のモニュメントを、折り畳まれた広告のモチーフに置き換えたら面白いかもと思い制作しました。合成の処理を厳密にやりすぎると嘘に嘘をつくようなので、あえて質感を残して切り取っています。
──嘘をついているということを隠すつもりはないということですか?
むしろ嘘をつくことを前向きに捉えています。ここには日の丸構図であることも関係しています。日の丸構図って矛盾がない印象を与えるけど、そこに嘘を混ぜて前面に押し出すことで矛盾が生まれて面白い。そういった矛盾が作る隙間がもともと好きです。組み立ててから撮影するという建築的な方法にも面白みを感じています。延々と「これってこういう風に使わないよね」と遊びながら、できたものを撮って編集するというルーティーンを繰り返しています。
──デジタルとPhotoshopの行き来がシームレスに起こっているのは面白いですね。組み上げたものを実際にオブジェクトとしてギャラリーに持っていくのとはまた違いますか?
オブジェクトが空間に入り混じっているのも面白いとは思いますが、写真の「切り取る」という行為に広がりを感じています。積み上げたものを肉眼で見るのと見せ場を作ってポイントを絞るのでは光の当て方が変わります。あと「もう少し嘘をつきたい」という思いもありますね。
──柏木さんの写真の特徴にストロボの質感が挙げられると感じました。この光の表現への興味はどこから?
光によって反射とか影を強調させるという意味でストロボは大事な役目を果たしています。写真を始めたての頃にストロボの出力を最大まで上げて撮影してみたら、すごく強烈に目の前の被写体が浮かび上がって異質さが生まれるようでした。そうした日常ではありえないことの面白さを感じてからずっと使い続けています。
──写真で撮影しているということはそこに事物が存在したというわけですから、ストロボを使用したことによって、その事物に対して「ありえない」という感覚を抱くのは面白いですね。だまし絵みたいなことをしながらも鑑賞者を完全にだましたいわけではないですよね?
嘘の痕跡がはっきり残るように組み立ててあえて裏側を見せることで、嘘をハッキリさせてポップに昇華するようにしています。日用品としてはありえない使い方をしているけど別にこの使い方でもありだということを前向きに見せたいです。
──反骨精神というよりはもっと自然な在り方かもしれないですね。
リチャード・タトルというアメリカのアーティストが好きで、彼は日用品の規律を取っ払って彫刻として提示する作品を作っています。彼も、ものに日用使いとは違った光を当てることで「こういう使い方があるよ」と見せています。僕の場合は「遊び」という言葉に近くて、規律というか規定を外すことでものたちを自由にしたくなりますけど。
──「ものを自由にしてあげたくなる」という気持ちは、制作に取り組む以前に柏木さんご自身の性格として持っている部分なのでしょうか。
思い返して見るとものに救われてきた感じがします。子供の頃から積み上げるものや組み立てるものが好きでした。例えばレゴブロックとか。レゴは、ボックスごとに決まったお城の作り方が書いてありますが、それに沿った遊び方をしたことはないです。自分が好きなものを組み立てるためのツールとして使っていました。あと、「ゾイド」っていうプラモデルみたいに変身するおもちゃもすごく好きで、美術予備校に行ってた時に正しい組み方で作らずに自分なりにアレンジしたフィギュアみたいな作品を提出したことがあり、その時に先生から建築科へ行くことをすすめられました。
──その先生のすすめには納得したんですか?
結構すんなりと聞き入れました。当時、僕が作っていたのは結構破壊的な作品ではあったのですが、確かに、ルールがあったほうがその中で面白いものを作れるかもしれないと思いました。レゴのように外側を作ってもらうからこそ自由なことができる。その点でも写真は自分に合っていると感じています。
──最後になりますが、今後の展開について聞かせてください。
今回のシリーズは継続していこうと思ってます。もし今回の作品と関連づいて派生していくとしたら構図が繋がっていくかもしれないです。
Text by 村上由鶴
EVENT INFORMATION
Hustle and Bustle
2022年6月10日(金)〜7月3日(日)
アーティスト:柏木瑠河
会場:LAID BUG(東京都渋谷区代官山町2-3 BF)
オープン時間:13:00-20:00
定休日:月曜日、火曜日