2015年リリースの前作『ワーク・イット・アウト』が全英チャート9位にランクインした、現在のイギリスを代表するシンガーソングライターの一人、ルーシー・ローズ。彼女が約2年振りに発表した3rdアルバム『サムシングス・チェンジング』は、彼女のキャリアにとって大きな転機を刻む重要作品だ。

転機のきっかけは、昨年行ったサウス・アメリカ8か国を回るアコースティック・ツアー。SNSを通じて直接ファンにブッキングを呼びかけ、バックパックを背負って時にファンの家に泊まりながら旅した同ツアーによって、彼女は自分を見つめ直し、音楽を作る理由を再発見することになる。

その後、彼女はメジャーの〈ソニー〉からインディ・レーベル〈コミュニオン・レコーズ〉へと移籍。ブライトンでのレコーディングという新たな環境下で、商業的な打算や妥協を一切せず、自身の作りたい音楽を100%思い通りに作ったという。その結果、本作はとても純度が高く美しい感情が詰め込まれた、実に瑞々しい傑作に仕上がっている。

彼女は現在、英米やヨーロッパだけに留まらず、中南米、インドや東南アジア諸国など、世界各地を半年以上かけて回るワールドワイド・ツアーの真っ最中。その途中、昨年11月の初来日以来に訪れた東京で、話を聞いた。

Interview:ルーシー・ローズ

——最新作『サムシングス・チェンジング』は、昨年行ったサウス・アメリカ・ツアーに大きく影響されて作られたそうですね。そのツアーはあなたの夫が撮影したドキュメンタリーになり、YouTubeでも公開されています。そのツアーをやろうと思った、最初のきっかけについて教えてください。

セカンド・アルバムのツアーが終わった後、自分が音楽を作っている理由を見失って、このままじゃ次のレコードに取りかかれない感じがしたの。だから、旅をして世界を見て回ることにしたのよ。サウス・アメリカには私のライブを待ち望んでいるファンがたくさんいて、TwitterとかFacebookを通じて何度も連絡をくれていたんだけど、それがまだ実現できていないことをずっと申し訳なく思っていたから、サウス・アメリカを回ろうと決めたの。曲を演奏してファンの皆に幸せになってもらいながら、同時に行ったことのない街や人々の暮らしを見てみようって。

——前作のツアー後、自信を失っていたのはどういう理由からですか? あのアルバムはチャートで9位にもなり、とても成功した作品でもあったわけですが。

そうね。あのセカンド・アルバムはとても成功したし、私のキャリアにとっては今のところピークだったと思う。でも、あの当時を振り返ると、私はそれまで感じたことがないくらい不運に感じていたの。音楽を始めてから10年もの間、そのポジションをずっと目指して夢見てきたはずなのに、いざそうなってみると、私は向いていないんだって感じてしまって、何のためにやっているのか分からなくなったの。

音楽業界に染まって、やりたいことを諦めたり、妥協したりすることは簡単なんだと思う。そこにいると、とても大きなプレッシャーがあって、それに合わせて自分をフィットさせればいいんだから。でも、それでは私自身の思い描く幸せや成功を妥協することになる。だから、今回はチャートや成功することじゃなくて、何より自分自身でいることを重視して音楽を作ろうって決めたのよ。

——サウス・アメリカ・ツアーのドキュメンタリーを見ると、あなたはファンとギターを教え合ったり、音楽について意見を交換したりと、とても親密な体験だったことが伺えます。その経験はあなたの音楽への向き合い方にどのような影響を及ぼしましたか?

そうね、かなり影響があったと思う。あのツアーが始まった頃、私には自信が欠けていたの。何がやりたいのか、人生に何を求めているのか、全く分からなくなっていた。でも、あの旅で自分を発見することができて、私が音楽を作る理由を改めて学べた感じがするわ。たくさんのファンと会って話をしたんだけど、そうすると自分の音楽がどう聴かれて、私がどう見られているのかが分かってくるの。ラジオでかかるためのテンポがどうだとか、それまで私が気にしていたことなんて大したものじゃないって思えたの。

Lucy Rose – Something’s Changing

——音楽を通じた人との繋がりの大事さを、改めて気づけたということですね。

そう。「あなたの音楽を聴いていると、私の人生は大丈夫なんだって感じられる」って言ってくれる人や、自分の音楽がどれだけ大事なのか伝えてくれる人がいて、これこそ私が音楽を愛して、音楽を作っている理由なんだって気づけたの。本当にシンプルなことだったのよ。一人で家で音楽を作っていると、たまにたまらなく孤独を感じることもあるわ。でも世界の裏側には、私と全く同じように感じている人がこんなにもたくさんいるんだって実感できた。それってとてもパワフルなことだと思うの。新しいレコードは、そういうファンのことを思って一緒にいるように感じながら作ったの。

——南米にあなたのファンがたくさんいると聞いて、少々意外にも思いました。実際に話をしてみて、彼らがあなたの音楽を発見したきっかけというのは何でしたか?

ツアー中ずっと、私も皆にその質問を聞いてたの(笑)。特にイギリス以外の国では、私の音楽はよく知られているっていうわけじゃない。サウス・アメリカではフィジカルでもリリースされていないし、ラジオでかかることもなければ、レーベルがあるわけでもない。でもずっと聴いていると、ストリーミングでは人気があるみたいだったわ。たぶん、一番のきっかけはアニメの『蟲師』なんじゃないかしら。

——“シヴァー”が『蟲師』のアニメ二期のオープニング曲に選ばれたのを聴いて、ファンになった人が多いんですね。

あのアニメはサウス・アメリカでとても人気があって、それを通じて私のことを知ってくれた人が多いみたい。彼らはラジオとかで情報を得られない分、インターネットを通じて熱心に情報をリサーチして、いろんなバンドや音楽を自ら進んで見つけようとしている。そういう姿勢も素晴らしいと思うわ。

Lucy Rose – Shiver

——昨年末には、初来日のツアーを行いました。初めて日本に来て、どのような感想を持ちましたか?

東京は私が絶対に行ってみたい都市No.1だったの。日本がどんなに素晴らしい国か、東京がどんなにすごい街か、いろんな人からいつも聞かされていたから(笑)。だから、とても興奮していたのを覚えてるわ。でも、前回の来日では飛行機で具合が悪くになってしまって、初日は最悪の気分だったの。ホテルで、生涯一というくらいにトイレに籠って、トイレにもボタンがいっぱいついてて訳が分からなくなって、頭がグルグル……みたいな。

ただ、いざショーを始めると、やっぱりファンと実際に交流するのはとてもスペシャルなことだって実感できたわ。毎晩ベストな演奏をしたいと思っているのはもちろんなんだけど、ファンとコミュニケーションすることが私にとってはとても大事なことなの。こんなに離れた場所にも自分の音楽を聴いてくれる人がいるってことが実感できるし、また戻ってきたいと思えるから。

——それから、最新作『サムシングス・チェンジング』を新しいプロデューサーのティム・ビッドウェルとレコーディングすることになります。彼と出会い、今作を一緒に作るようになった経緯を教えてください。

私の友達の友達で、前作のミュージック・ビデオを担当してくれた人が推薦してくれたの。その当時は、旅から帰ってきて、メジャー契約を終了してマネジメントも自分でやることに決めた頃で、私にはすでに次のレコードに対する明確なヴィジョンがあった。それを実現するために、いろんなプロデューサーと試していたんだけど、実際に会って一番適任だと思えたのがティムだったの。私がやりたかったライブ・テイクでのレコーディングを得意としていて、今一緒にツアーを回っているバンド・メンバーを紹介してくれたのも彼なの。また、彼は人生で出会った中でも最高に面白い人。レコードはかなりシリアスなんだけど、実際には笑いとか陽気なムードが時に必要だから、楽しい経験だったわ。

——今作からメジャー・レーベルの〈ソニー〉ではなく、インディの〈コミュニオン・レコーズ〉へと移籍しました。その選択をした理由を聞かせて下さい。

サウス・アメリカの旅から帰ってきて、私はとてもエネルギーに満ち溢れてポジティヴな気持ちだった。それで〈ソニー〉の人とミーティングを行って、正直な話し合いをしたの。私はこれまで作ったことのないような最高のレコードを作れるような気がしてる、でもラジオがプレイしてくれるような曲かどうかを保証することはできないって。

それって、彼らにとっては大問題なの。音楽と産業についてはとても難しい問題で、どうしても利益を出さないといけないから、ラジオ頼りになっている部分がある。それで妥協しなきゃいけないことも多々あるけど、今回は私自身のためにも、ラジオとか気にせずに作りたいレコードを作りたいと思ってたの。でも、彼らは本当に良くしてくれたのよ。まだ一枚分の契約が残っていたんだけど、私の意見を尊重して送り出してくれて、やりたいようにやる自由をくれたんだから。

——ニュー・アルバムはロンドンではなく、ティムがブライトンに持っているスタジオでレコーディングしたそうですね。ロンドンとブライトンでは街の雰囲気も違うのではないかと思うのですが、ブライトンでの生活が本作に与えた影響があれば教えてください。

ブライトンでのレコーディングは2週間だけで、その間滞在しただけなの。だから、音楽そのものはブライトンに影響されてはいないかもしれないけど、エネルギーの部分では影響があるんじゃないかな。ブライトンは海沿いの街で、ロンドンとは全く街並みが違う。ロンドンはとっても動きの早い都市だけど、ブライトンはもっとリラックスした感じ。それがレイドバックして落ち着いたレコードの雰囲気にも表れていると思うわ。

——また、本作にはドーターのエレナ・トンラ、ベアーズ・デンのマーカス・ハンプレット、そしてステイヴズがゲスト参加しています。彼らもブライトンのスタジオに招いてレコーディングしてもらったんですか?

マーカスはブライトン在住だから、直接スタジオに来てくれたの。エレナとステイヴズは、レコーディングが終わった後にロンドンで追加録音したの。少しハーモニーを加えたいと思っていて、エレナに音源を送ったら「ぜひやりたい」って言ってくれたから、ロンドンのスタジオに入って一時間くらいでレコーディングしたのよ。

——本作のリード・トラックにもなっている2曲目“イズ・ディス・コールド・ホーム”は、「ここはホームじゃない」と繰り返し歌われる悲しげな曲調ですが、最後にポジティヴな転調をして、「私にあなたの手を握らせて」という歌詞でエンディングとなります。この楽曲が作られた経緯を教えてください。

あの曲は、去年の夏、ドイツにいた時に書き始めたの。最初はギター・パートから書き始めて、それに合わせてハミングしながらその時の感情をリリックにしていったわ。その時に頭にあったのは、今ヨーロッパ中で大きな問題になっている難民危機のこと。毎日のように報道されて、一歩ドアを開けて外に出れば起こっていることなのに、私は何もしていないような気がして。だから、とても大きな悲しみが曲に込められているんだと思う。でも、エンディングは彼らに救いの手を差し伸べる人だっているんだって歌っている。それはドイツの影響も大きいの。彼らは国を挙げて何万人も難民を受け入れて、彼らを全力でサポートしているから。

Lucy Rose – Is This Called Home

——今回の日本を含むツアーは「ワールドワイド・シネマ・ツアー」と銘打たれています。このタイトルはどういう意味で付けられたものですか?

新作のストーリーは、サウス・アメリカの旅のストーリーと深く繋がっていると思うの。私の夫が撮ったサウス・アメリカ・ツアーについてのドキュメンタリーは、新作でも大きな役割を担っていて、レコードにもっと意味を与えてくれる。今世界を見渡すと、ネガティヴなニュースが溢れているけれど、あのドキュメンタリーにはとてもポジティヴなストーリーとメッセージがあるの。人間性について、旅について、肯定的な体験について……。そういったものを、今回のツアーとショウでも皆に体感してもらいたいという意味で付けたの。でも、特にイギリスだと映画のチケットは本当に高いんだけど、私のツアーは出来る限り安い値段でチケットを売るようにしているから、その点は「シネマ」とは違うよね(笑)。

——あなたのツアー・スケジュールを見ていると、これから来年まで、本当に毎日のように世界各国でライブをすることが決まっているようですね。多くのアーティストにとって、世界をツアーで回るというのは素晴らしい経験であると同時に、とてもハードでもあると聞きます。あなたにとって、世界各国をライブして回るというのはどのような経験なのでしょうか?

そうね。ずっと旅をする点ではとてもハードだけど、私はそれが大好き。普通のバンドだと、イギリスでライブをやってヨーロッパを回って、時々アメリカに行ったりするくらいだけど、それで忘れられている国々や地域が広大にあって、そこにもライブを待ち望んでくれるファンがいる。彼らと実際に会うことは、私にとっては本当に大事なことなの。

ツアーの途中でそういう国を通り過ぎるとき、申し訳ない気持ちになったりもする。熱心なファンがいるのに、私たちは彼らのことを気にしてもいないんじゃないかって。だから今回は出来る限り多くの国と街を回って、ショウを見てもらうことに決めたの。Facebookで投票してくれた地域でライブする「ホームタウン・キャンペーン」を行ったのも、そういう理由から。例えば、来年行く予定のマレーシアのクチンっていう街は、今まで聞いたことがなかった場所だけど、そこに行くのが今から楽しみで仕方ないわ!

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text & interview by 青山晃大