2019年に東京からベルリンへ引っ越し、2022年からはロンドンを拠点に活動し始めたビジュアルアーティスト・平野正子Masako Hirano)。これまでにRimowaのグローバルキャンペーンのビジュアル制作やスペインで開催の<MMMAD Frestival>への招致などグローバルで活躍するアーティストのひとりだ。また東京で活動を開始してから継続的に企業広告から、コムアイ、Tohjiなどの同世代のミュージシャンとの仕事まで幅広くジャンルを横断し活動している。

今回は、4月26日にリリースされた水曜日のカンパネラの2nd EP『RABBIT STAR ★』のジャケットデザインで挑戦した制作方法、海外で活動するに至るまでのさまざまな紆余曲折を聞いた。

東京のカルチャーシーンに公私ともに接続がある彼女が、これからも海外と日本を自由に渡りながらも挑戦していきたい想いとは?

自分が挑戦できる場所──ビジュアルアーティスト・平野正子|水曜日のカンパネラ『RABBIT STAR ★』のクリエイターが語る interview230621-chihiroshimura-wed-camp-1
『RABBIT STAR ★』ジャケットデザイン

INTERVIEW:平野正子

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──今回の『RABBIT STAR ★』のジャケットデザインしかり、さまざまな媒体に作品を提供していますよね。まずグラフィックデザインに興味を持ったきっかけを教えてください。

レコードのジャケットデザインから興味を持ちました。もともと母親が美術大学に行っていたこともあり、家にレコードがたくさんあったのですが、美大生らしいミュージシャンの顔ぶれながらレコードのセレクション方法が少し変わっていることもあったりして。例えば、ブライアン・イーノ(Brian Eno)のレコードをお店で見つけた時に、「この人の顔、お化けみたいでかっこいい」と顔ファンからレコードを購入して音楽にハマるとか。そういう様々な経緯で集まったレコードを、タイに住んでいた幼少期に母親がたまにかけていて、ジャケットを見て面白いなと感じていましたね。そこから中学生で日本の田舎に帰国した時、話が合う人も然程いなくて暇していたことから自主的にレコードを選んで聴くようになりました。まだ当時はYouTubeも出始めで動画も今ほどたくさんはアップロードされていないので、曲やジャケットから気になった人は、ウィキペディアで細かく調べていくようになって。例えばピンク・フロイド(Pink Floyd)のレコードのアートワークはヒプノシス(Hipgnosis)とか。そうした経緯でビジュアルにどんどん興味が湧いていきました。

──そのジャケットデザインを作っている人が「グラフィックデザイナー」という職業だと気がつくのは、いつ頃ですか?

それは結構遅いですね。ジャケットデザインに興味を惹かれていた中学生の頃は、まだ認識していなくて。1枚の絵画を見る気持ちと同じだったので、そこにアートディレクター、フォトグラファー、イラストレーターなど様々な人たちが介在していることすら想像がついていなかったです。ちゃんと理解したのは、予備校に入った高校生の頃。それまで肩書きとしては認知していたけど、その職業が会社を回す会社員と同じような形態で、それぞれ役職の分かれた仕事として存在し得ることを知ったのはその時でしたね。

──先ほどお話された通り、ジャケットデザインの裏側にはさまざまな職業の方々が協力して1枚の絵になっています。ほかの職業もありえたかもしれませんが、どうしてグラフィックを専攻したのでしょうか?

かなりシンプルな理由なんですけど、母親が武蔵野美術大学の油絵科卒業だったので、自分は反対の道っぽい多摩美術大学のグラフィックデザイン学科に進学しようと思ったことです。人生において、家庭環境に問題があって、人生の節々において母とは別の選択肢を歩もうと決めつつも美術は大切すぎて諦められず、それだったらジャンルは方向転換しようと考えていました。

──反対……? 平野さんの中で「絵画」と「グラフィックデザイン」は真逆なものに感じたんですね。

それもシンプルで、細かな知識がなかったから。絵画はアナログツールでグラフィックはデジタルツールみたいな、ものすごく単純な思考でした。タイポグラフィの存在があるのも面白いなと思って。

──実際、大学に入ってからは?

第一印象は学科選びを間違えたかもと思いました(笑)。自分の世界観を表現する素養を養う場としては乏しい気がしたし、ソフトウェアに関しては既に使い方を知っていたりして退屈したり、自分が影響を受けてきたカルチャーについて話が合う人は入学当時同じ学科にはいなかったし、卒業する頃にもそんなにいませんでした。意外と違う学科のメディア芸術や油絵学科の方に、音楽・映画・本などカルチャーに関わる趣味が合う人は多くて。でも、もし私が絵画の学科を専攻していたら、いまみたいなクリエイティブなことを職業にはできていなかった気もするので、いま振り返ればグラフィックデザイン学科という商業志向のある学科に入学してよかったなと思います。

──在学中に制作として具体的に音楽との接点はありましたか?

大学が都内から離れている場所なので、あまりクラブや外の場所に遊びに行ったりはしていなかったですね。その代わり、多摩美術大学の中にクラブ棟という2階建てのコンクリート打ちっぱなしの吹き抜けの建物があって、サークル活動にあてがわれていました。そこで出会った「テクノ研究会」というサークルに入ってからは、4年間のうちに様々な学科の同じ趣味を持った仲間が増えて、DJやVJをやってる人もいたなかで、私は踊る専門でたまにフライヤーのデザインを作っていました。学内で自主的にイベントをすることもありつつ、都内のクラブで先輩から引き継いだイベント枠で定期的に外での活動をしたりもしていました。

──デザイナーだと企業に勤めてから独立するケースもあると思います。フリーランスとして「一人前になったな」と思ったのは、それからいつ頃のことでしょうか?

2016年に卒業してから1年半後には、バイトを辞めて。かといって貯金も大してなければ、確証も大きくあったわけじゃないのですが、なんとなくそういう流れになっていきました。辞めてからはバイトを辞めた月の給料とまだ安定していないフリーランスの仕事での稼ぎしかないけど、前もって予約してた<フジロック(FUJI ROCK FESTIVAL)>に行って、大好きなエイフェックス・ツイン(Aphex Twin)のパフォーマンスに強い印象を受けて。ちょうど今年6月と8月にバルセロナとロンドンで同じくエイフェックス・ツインをフェスで観る機会があって、フリーランス7年目として何か原点回帰を感じる瞬間になりそうです。

──作品のコンセプトは、活動初期の頃から変わりはないですか?

コンセプトはほとんど変わらないですね。クライアントワークでは多少調節していますが、自分の作品では意外とポップに見えてそうでもない世界観が多いんです。2020年のコロナ禍でCGの勉強をし始めて、今までにはなかった自分の頭の中にあるものの表現手段を新たに手に入れたことで、より自分自身がやりたかったことに近づけているように感じます。

──2020年に開催した馬喰横山・ギャラリー「PARCEL」の作品は、まさにCGを融合した作品としては初めての発表の場になったと思います。

あの作品は言語化するのが難しいのですが……それまで15年間、鬱を抱えていたこともあって、自分が分裂しかけているように感じていて。でもヨーロッパに引っ越してから半年ほど経った折に途端に頭のモヤが晴れるような機会が急に訪れて、世界が今までの霧靄の状態ではなく普通に見えるようになったんですよね。その状態にたどり着いてから1年半ほど経っての発表作品だったこともあって、やっと分裂しそうだった頃の自分を冷静に振り返って受け入れながら作品制作をしようと考えて。モチーフにある「花」は、普遍的な存在でありながらも、昔から詩情を感じさせるものとして多くの絵画や文学に登場することに魅力を感じていました。普遍的な存在でありつつも、個人的な感情を込められる媒体であるというか。

──平野さんの作品は、一見ポップでありながらも、どこか光だけじゃなくて陰影の部分も両方見せているところが特徴的ですよね。

強く影響を受けている文学や映像作品などが中高生の頃から変わっていないからなんだと思います。むしろアップデートしなきゃなと思えるくらい30年以上前の映画や小説ばかり鑑賞していて。中学生の頃は自分には難しすぎる書籍でも、好きなアーティストなどのリファレンス元だと知れば理解できなくともとにかく図書館で借りて読んだりしていました(笑)。その中でも、夏目漱石の『硝子戸の中』や宮沢賢治の『春と修羅』、そしてテネシー・ウィリアムズ(Tennessee Williams)の『ガラスの動物園』などは自分の少ない人生経験の中でも何か呼応するようなものを多く感じて、歳をとるごとに読み返して新たな解釈が生まれるようになる経験をさせてくれています。サルトルの哲学も分かるわけないのに実存主義が気になって一生懸命読んでいたりしましたが、20代後半になってからはむしろ当時避けていた『星の王子様』や『ベルベットのうさぎのなみだ』など、平叙な文章で書かれた児童文学などに自分が本質だと感じて寄り添いたい物事を見出して居るのは、一つの大きな変化かも知れません。あとは、詩集を読んだり、映画の中に引用されている詩などにも影響を受けていて、ウィリアム・ワーズワース(William Wordsworth)の『草原の輝き』という詩や、谷川俊太郎のいくつかの詩にもとても心が助けられました。映画だと「ひとりぼっちの青春(原題:They Shoot Horses, Don’t They?)」を繰り返し見ています。フェリーニ(Federico Fellini)やベルイマン(Ingmar Bergman)の静かな白黒映画にも心打たれましたし、人間の機微のようなものが内包されている作品を鑑賞しては、その作品が自分を反射する鏡や心に風を通すような窓になって、私の内面に影響を与えてくれました。

──水曜日カンパネラの初代ボーカル・コムアイさんとも作品制作をしていましたよね。今回の『RABBIT STAR ★』を手がけた経緯を教えてください。

マネージャーさんから連絡が来たのがシンプルな経緯ですが、私の世界観を理解してくれた上でのオファーでした。ピンクとブルーの色のリクエストを受けながらも、自分が最近制作してみたかったCG×グラフィックデザインの融合に取り組めました。どちらかがレイヤー上、前に主張しているわけでもなく、どちらもうまい具合に中和できないかなと。

──今後ビジュアルアーティストして挑戦したい領域はありますか?

ずっと言い続けててなかなか実現できていないことなんですが、もう少しアーティストとして扱ってもらえる機会を増やしていきたいなと思ってます。自分の作品を精力的にアウトプットしていかないと、見られ方も変わらないことは重々承知なので、今後はデジタルだけではなく、3DCGでのデジタル作品の延長としてアナログの立体作品も発表していきたいです。

──そうした想いは、海外に拠点を移したことにも関係があるのでしょうか? 2019年6月にベルリンに引っ越して、今年からロンドンに拠点を置いていますよね。

そうですね。アーティストとしての生活ができる環境だと思っています。日本にいた時は日本のクライアントワークから得られるお金で生活するのに困ることはなく、物価や生活費の面で日本の方が確実に何倍も楽に過ごせていたなと今は思います。でもコロナ渦をベルリンで過ごした折に、いち早く助成金が配られた人たちの中にはちゃんとフリーランスも含まれていて、申請方法もオンラインで簡単にできて、すぐに振り込まれました。家の契約に関して外国人やフリーランスという属性を理由に家賃を上げられたり、入居の申し込みを公正に判断してもらえないなんてことはありませんでした。大学も30歳以上の入学者もいて、常にいろいろなルートに可能性があるように感じるんです。その環境に良くも悪くも浸かり過ぎてしまうと、フリーライド精神のようなものが強くなりすぎてしまって、自分の目標を失ってしまうかもしれない。でも、そういう自己表現を蔑ろにしない環境が生活の中に権利として当たり前のようにあることは大事だなと思います。

──本当の意味での多様性というか。

それが日本では、ないかもしれないですね。アーティストとしての話だと、最近歴史のあるギャラリーがそれまでの文脈とは異なるカルチャーと接続ある作家の展示を開いています。ロンドンに引っ越してからまる1年間関わってきたサーペンタイン・ギャラリー(Serpentine Gallery)のプロジェクトが今年の6月にローンチされて、10月までフィジカルな展示が開催されているのですが、同プロジェクトのリードアーティストに選ばれているガブリエル・マッサン(Gabriel Massan)も3DCGをメインに扱うアーティストで今回はビデオゲームを作品として制作しているので、サーペンタインのような英国芸術評議会が設立に関わっているような権威のある場所においても展示の土壌に幅広い可能性があるなと体感しています。そうしたアートの領域の柔軟さは、課外学習で美術館に小さい子たちが集まっているような教育の場面でも素養が養われているのかなとも思います。ギャラリーでの招待制のオープニングにおいて、チームのメンバーとして前に出て紹介される中、借りてきた猫みたいな存在になっていないかと少し心配になりました。しかし、チームメンバーの中でただ一人だけ自分がアジア人であることに関して、私が自己表現をし続けてきたことがきっかけとなり、何のツテもコネもない状態でも相手から評価を得て、こういう場にちゃんと理由があって居られることに素直に嬉しさも感じました。

──ベルリンからロンドンに引っ越した理由は?

先ほど話したことにも繋がるのですが、ベルリンで鬱が寛解状態に向かった反面、もうずいぶん前に元気になったのにここに長く居すぎた、外に出なければと感じるようになりました。コロナ禍を過ごしたベルリンで、初めて誰にも評価されなくてもいいという環境が自分の意思とは関係なしに与えられたことで、気持ちがヒーリングされました。その分、たとえ今より厳しい環境になるとしても、次に自分が挑戦できる場所に行けるかなと。そんなことを感じていた時に、エイフェックス・ツインと同じレーベルに所属する好きなアーティストのショーや友人のポップアップの開催がきっかけで2年ぶりにロンドンに遊びにいって、自分の好きなアーティストや新しく出会った人たちと話すなかで「この人たちと来週も会いたい」と思ったんですよね。もともとUKの音楽全般が好きだったこともあって、自分がずっと好きだったものの生まれた場所にいてみたいと考え始めました。2ヶ月後にはYMSの応募が当たって、サーペンタインとの仕事も始まり、とりあえず渡航してその後にグローバルタレントビザ取得という目標が新たに生まれるなどしながら、自然と引っ越しするに至りました。

──そういう意味では、今回の『RABBIT STAR ★』もアーティストとしてオファーされながらも、今後挑戦したい作品制作の糸口になりそうな機会だったかもしれないですね。

ありがたいことにそうかもしれないです。苦戦することを忘れずに、これからも前進していきたいですね。

取材・文/YOSHIKO KURATA

INFORMATION

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平野正子(MASAKO HIRANO)

is an Art director, graphic designer, CGI artist based in London/Berlin – Tokyo.
Born on 27th February 1993 in Japan and raised in Thailand for 10 years.
Finished BA degree in graphic design at the Tama art university, Tokyo.
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水曜日のカンパネラ

2013年からコムアイを主演歌唱とするユニットとして始動。メンバーはコムアイ(主演)、ケンモチヒデフミ(音楽)、Dir.F(その他)の 3人だが、表に出るのは主演のコムアイのみとなっていた。2021年9月6日、コムアイが脱退、二代目として主演/歌唱担当に詩羽(うたは)が加入となり新体制での活動をスタートさせる。
2022年2月にリリースした「エジソン」のMVが解禁後、SNSを中心に話題となり再生回数は4600万回を記録。ストリーミングの累積再生回数は1億回を突破した。4月26日には2nd EP「RABBIT STAR ★」をデジタルリリースし、5月3日には「RABBIT STAR ★」のCDがリリースされる。

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デジタルシングル「マーメイド」

・リリース日:7月5日(水)

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2nd EP「RABBIT STAR ★」

・デジタルリリース日:4月26日(水)
・CDリリース日:5月3日(祝・水)
・品番:WPCL-13470
・価格:1,980円(税込)

収録内容:
M1. 赤ずきん
M2. 七福神
M3. 金剛力士像
M4. シャドウ
M5. 鍋奉行
M6. ティンカーベル

購入/配信リンク

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水曜日のカンパネラ ワンマンライブツアー2023~RABBIT STAR ★ TOUR~

●開催日
5月17日(水)札幌PENNY LANE24 ※終了
5月19日(金)神戸Harbor Studio ※終了
5月27日(土)福岡evoL ※終了
5月28日(日)岡山YEBISU YA PRO ※終了
6月9日(金)仙台Rensa ※終了
6月10日(土)新潟NEXS ※終了
6月14日(水)心斎橋BIGCAT ※終了
6月16日(金)名古屋DIAMOND HALL ※終了
6月17日(土)金沢EIGHT HALL ※終了
6月23日(金)高松MONSTER ※終了
7月7日(金)8日(土)那覇 Output ※終了
7月19日(水)東京Zepp Shinjuku ※SOLD OUT

●チケット情報:
・前売 スタンディング ¥4,500(税込/整理番号付) ドリンク代別
・前売 KIDS ¥1,000 (税込/整理番号付) ドリンク代別 ※6歳未満のお子さま限定
※6歳未満はキッズチケットが必要になります。
※6歳未満のお子様をお連れの大人の方は、キッズ分の500円のキャッシュバックを行いますので、お子様の身分証持参ください。

●一般発売
・チケットぴあ:https://w.pia.jp/t/wed-camp/
・イープラス:https://eplus.jp/wed-camp/
・ローチケ:https://l-tike.com/wed-camp/

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