シンガーソングライターのMichael Kanekoと、これまでの活動の中で交流を深めてきたアーティスト/プロデューサーとのコラボレーションアルバム『The Neighborhood』が6月にリリースされ話題を呼んでいる。本作には、藤原さくらや大橋トリオ、さかいゆう等をフィーチャーした楽曲に加え、自身の代表曲“Breakdown feat. Daichi Yamamoto”を朋友Shingo Suzukiがリミックスしたトラック、さらにはデビュー前からの隠れた名曲“Through The Fire”を音源化。企画アルバムでありながら、Michael Kanekoというアーティストの本質を垣間見ることのできる作品に仕上がっている。
そこで今回は、本作にも参加しているハナレグミこと永積 崇との対談インタビューを実施。「弾き語り」の可能性について、じっくりと話し合ってもらった。
対談:Michael Kaneko × 永積 崇(ハナレグミ)
いつか永積さんが自分を認識した時に挨拶をしようって決めていた
──まずはマイキーさんが、ハナレグミの音楽に出会った経緯から教えてもらえますか?
Michael Kaneko(以下、Michael) きっかけは当時の彼女だったんです(笑)。彼女に教えてもらって聴くようになって、大好きになったのが最初のきっかけでしたね。初めてハナレグミ のライブを観たのが2016年の<TAICOCLUB>。クラブミュージック系の音楽が多いなか、メインステージに永積さんがギター1本で現れたんです。そのパフォーマンスがあまりにも素晴らしくて、泣いてしまったのを覚えていますね。
僕は4歳から15歳までアメリカに住んでいたので、日本にはどんなアーティストがいて、どんなミュージックシーンがあるのか、その頃はほとんど知らなくて。例えばサザンオールスターズやユーミン(松任谷由実)、山下達郎さんのようなメジャーのアーティストは知っていても、もっとインディペンデントでオルタナティブなアーティストについて知るようになったのは、自分もライブハウスに出るようになった21歳頃からなんですよね。
──ハナレグミを知ったのも、その頃だったのですね。
Michael はい。実は永積さんとは何度かニアミスしてるんですよ。ただのファンとして挨拶するのは嫌だったんですよね(笑)。いつか永積さんが、僕のことを認識してくださった時に挨拶をしようって決めていたんです。
──それが2018年に開催された<Slow LIVE ’18 in 池上本門寺>だったと。
Michael そこに僕はオープニングアクトで出演したのですが、同じ日にハナレグミのステージもあったんですよね。その時に楽屋へ行ってご挨拶をしたのが初対面でした。
永積 崇(以下、永積) 「あ、Michael Kanekoだー!」って思わず叫んだよね(笑)。もちろん、その時にはマイキーのことも知っていました。最初はYouTubeか何かでPVを観たのかな。その前の<GREENROOM FESTIVAL’16>でも同じ日にマイキーが出演していて。自分の本番も近かったので、ライブを観ることは出来なかったのだけど、「ああ、マイキーが今歌っているんだなあ」と思いながら準備していたのを覚えています。
──マイキーさんの音楽にはどんな印象がありましたか?
永積 一言で言えば、サウンドと声がすごく近いところにある印象。自然体というか、それが歌声にも表れていると思っていて。あの音量で、自分の声をコントロールすることってなかなか難しいと思う。でも、そこに常にトライしつつ自分のアイデンティティにしているのって、やっぱり特別な人なんだなって。きっとそれは彼の出自にもよるところが大きいと思うんですよ。日本語を「響き」で捉えている感じがするし。
──「響き」ですか。
永積 例えば僕らが洋楽を聴く時、英語の意味が分からなくても「響き」で楽しんでいるところがあると思うんです。マイキーが歌う日本語にもそういうニュアンスを感じる。しかも英語の歌詞と日本語の歌詞が、絶妙に混じり合っているじゃないですか。それがすごく新しいなと。
音楽的にもそう。フォークやカントリーのような音楽と、R&Bやヒップホップのような音楽がミックスされた独特のサウンドなんですよね。
Michael 嬉しいです。
弾き語りって、実はあらゆる方向に可能性を持ったコアな表現
──マイキーさんは、永積さんの弾き語りにどんな魅力を感じたのかもう少し詳しく聞かせてもらえますか?
Michael もちろんパフォーマンスそのものも感動的だったのですが、僕が一番衝撃を受けたのは他の出演者とのギャップでした。弾き語りとしての魅力を、たった一人でステージに上がって100パーセント伝えられていることに対して「すごいな!」と感じたんです。その頃の僕は、「弾き語りだと物足りないなあ」みたいな言い訳をしたこともあったのですが、「そんなこと言ってる場合じゃない!」と思いました。
──当時Twitterにも「ハナレグミ、本当に素晴らしい、、弾き語りに自信を持たなきゃ、、と思いました」と呟いていましたよね。
Michael シンガーソングライターとしての活動って、自由と同時に孤独も強く感じるんですよね。当時日本ではシティポップっぽいバンドがどんどん出てきていたなか、僕はアコギ1本でフォーキーな楽曲をやっていたので、「そっちにいきたいなぁ」なんて思っていた時期もありました。でも永積さんのライブを見て「あ、これだ!」って。
永積 ライブでの弾き語りに関して言えば、バンドやクラブミュージック中心のタイムテーブルだったからこそ、オーディエンスは僕の弾き語りを新鮮な耳で聴くことができたとも思うんです。みんなが弾き語りだと、そこから一つ抜きん出るのは難しいし単調に感じてしまうこともあるじゃないですか。
Michael ああ、確かに。
永積 もともとハナレグミをやろうと思ったきっかけは、SUPER BUTTER DOGをやっている時に、自分が昔から好きだった日本のフォークソング……例えば井上陽水さんみたいな音楽を、クラブの空き時間にやったら面白いんじゃないかと思ったからなんです。
Michael そうだったんですか、知らなかった。
永積 今はもう閉店してしまったクラブ・青山Ojasでやったのが最初だったかな。そうしたら、さっきまでハウスでガンガンに踊りまくっていた子たちが陽水さんやビリーバンバンの歌に思いっきり入り込んでくれたんですよね(笑)。
その時に思ったのは、「音楽の可能性を自分たちやる側が狭めちゃいけないんだな」ということ。弾き語りって、実はあらゆる方向に可能性を持ったコアな表現なんですよ。そこからテクノにもなれるし、ファンクやロックにもなれる。そうやってあらゆる方向へ広がっていく、ど真ん中にあるコードとメロディだけで勝負しているのが「弾き語り」なんじゃないかと。
──なるほど、確かにそうですね。
永積 しかも、弾き語りって自由なんです。曲順もその場で勝手に変えられるし、キーもアレンジも、テンポも自由に変えられる。イベントに出演したら、自分たちの前と後に出てくるバンドの「接着剤」的な役割もしてくれるとも思うんですよね。そういうことってバンドや打ち込みだとなかなかできないじゃないですか。きっと観る側も、そういう自由な姿を面白がってくれていると思うんですよね。
──ちなみにお二人は出会ってから現在まで、どんなふうに交流を深めていったのですか?
永積 僕のイングリッシュティーチャーをやってもらっているんだよね。というのも、コロナ禍になる直前にNHKホールでライブがあって(ハナレグミ ツアー 2020「THE MOMENT ~HORN NIGHT~」)。そこでポール・サイモン(Paul Simon)の“Still Crazy After All These Years”と、ナット・キング・コール(Nat King Cole)の“Smile”をカバーしようと思ったんです。
Michael その時に「英語の発音と歌詞の意味を教えてほしい」と言われ、スタジオに一緒に入ってリハーサルをしました。それが、ちゃんとお会いした初めての機会でした。事務所からその話をもらった時には本当にびっくりしましたけど、すごく嬉しかったし光栄でしたね。
永積 そういうことを相談できる人が、なかなかいないんです。英語の先生はたくさんいても、歌詞のニュアンスやメロディの中での発音を教えるのって、実際に音楽をやっている人、歌っている人じゃないと無理だと思うんですよね。仮に音楽をやっていたとしても、自分と近しい趣味じゃないと言われたことを全部受け止められないし。それはもう、マイキーと出会う前からずっと悩みの種でもあったんです。
Michael 僕もその時のライブを観に行きました。もちろんめちゃめちゃ良かったのですが、あの2曲を永積さんが歌っている時はドキドキしたのを覚えています(笑)。
永積 あははは、そうだよね。
Michael その時も弾き語りだったのですが、お客さんをグッと惹きつける永積さんの力に圧倒されました。永積さんの人柄が滲み出るようで「すごいな」と。
サビの歌詞《素直な気持ちのレシピ》
が思い浮かんだのは、本当にマジカルだった
──さて、そんな二人のコラボ曲“RECIPE”は、どのように作られていったのでしょうか。
Michael 実はこのデモは、コラボアルバム『The Neighborhood』に入っている楽曲の中では最初に出来上がっていたんです。昨年春くらいだったかな。その時から「この曲は永積さんと一緒に歌いたい」と思っていました。
永積 実は僕、誰かに歌詞を書くことってあまりなくて。自分が歌うんだったら責任が持てるけど、人のために歌詞を書くのって本当に自信がなくて、これまでもかなり断ってきていたんです。でもマイキーからオファーを受けてデモを聴かせてもらった時は、なぜか分からないけど「これなら出来るかもなあ」と思ったんです。
きっと、「仕事」っぽく依頼されていたら難しかったかもね。マイキーとはすでに交流もあったし、気持ちが通い合っているからこそ引き受けようと思ったのかもしれない。そもそも『The Neighborhood』が、「気心の知れた人と作るコラボアルバム」というテーマだと知ったのも大きかったな。
──タイトルは、スヌープ・ドッグの料理本(『スヌープ・ドッグのお料理教室』)からインスパイアされたとか。
永積 そうです(笑)。歌詞を考えるにあたって、まずカメラ片手にマイキーの家へ遊びに行って、パシャパシャ撮影したり、色々な話をしたりしながらマイキーの言葉を集めていったんです。その時部屋に『スヌープ・ドッグのお料理教室』が置いてあって。「なにこれ、すごい料理本だね!」みたいな話をしたのが印象に残っていたんですよね。
「好きな色はなに?」と聞いたら、「明るい緑が好きです」って言ったので、歌詞にもそのまま入れたり。なので、この曲にはマイキーの言葉がたくさん詰まっています。声の中に様々な感情が含まれているので、言葉にはあまり感情を込めず、見えたものや思い浮かぶものをそのまま放り込んだ方が、何かそこに「ムード」が生まれるだろうなと思ったんですよね。でも、サビの《素直な気持ちのレシピ》という歌詞が思い浮かんだのは、本当にマジカルだったなと思っています。
──というのは?
永積 マイキーの楽曲が持っている「ファンタジックな要素」をうまく言葉にできたなと。身近にありながらもどこかファンタジックで、僕らが知らない「もう一つの世界」を彼は知っている。マイキーの曲を聴いていて、そんな気持ちになるのはきっと、彼のこれまでの生い立ちも関係している気がするんですよね。
羽根木公園に二人で行った時、彼が今抱えている悩みとかそういうこともチラッと話してくれたのですが、その時にマイキーの真摯な姿勢というか、迷いながらも真っ直ぐに進もうとしている意志の強さをすごく感じて。「本当に気持ちのいい奴だな」と思ってグッときた自分の思いを、《泣いたり笑ったり 隠さないよ》みたいな言葉でうまく表せたと思っていて。
──ある意味、マイキーさんを自分に憑依させながら書き上げたというか。永積さんというフィルターを通したマイキー像が、歌詞に投影されているわけですね。
永積 まさにそうです。
Michael なんていうか……こんなに「自分」が詰まった歌詞を、永積さんに書いてもらえるなんて、「本当にいいのかな?」という気持ちです。全体的にはすごく明るくて、《チーズバーガー》とか《ベージュの四駆》とか(笑)。僕の好きなものが並んだちょっとユーモラスな内容の曲なんですけど、例えばBメロではちょっとシリアスなことを歌っていたりもして。それがすごくいいバランスなんですよね。
今回、『The Neighborhood』というアルバムを作ってみて、コラボ作品だからこそ歌うことのできた歌詞もたくさんあるなと思いました。もっと日本語にも挑戦していきたいと思わせてもらいましたし。
永積 この先マイキーには、本当にいろんな歌を歌っていってもらいたい。特に日本語に関しては、このくらい遊んじゃってもいいと思う。耳障りのいい日本語をチョイスするだけじゃなくて、例えばこの“RECIPE”の歌詞くらいデコボコした強い言葉をあえて並べたとしても、マイキーの歌声とサウンドでちゃんと形になるわけだから。恥ずかしがらずにどんどん挑戦していってほしいな。
──『The Neighborhood』は、最後にマイキーさん一人で歌う“Through The Fire”で締めくくるところもいいですよね。
永積 あの曲はマイキーの表現の「コア」というか、いわば「心臓」だよね。
Michael はい。この“Through The Fire”も、僕にとってはちょっと照れくさい曲なんですけどね。今よりもずっと若い、24歳とか25歳のころに「日本語でダイレクトな表現がしたい」と思って書いた歌詞なので。当時は「こんなこと、歌っちゃっていいのかな」なんて思っていたんですけど、永積さんと一緒に“RECIPE”を作ったことで、かなり自信が持てるようになりました。「こういう表現もありなんだ」「こんな言葉を使ってもOKなんだな」と思えたのは、これから曲を作っていく上でもすごく指針になったなと思っていますね。
永積 もう、どこまでも行ってくれよ、マイキー!
Michael あははは。
Michael Kaneko – RECIPE feat. ハナレグミ [Official Music Video]
interfm『レディオ デ チャカチー』の収録に密着
永積 崇がパーソナリティを務める、interfmにて毎月第2・4日曜日の夜10時から放送中の『レディオ デ チャカチー』。7月10日のオンエアではMichael Kanekoが登場した。両名による、ハナレグミ – “光と影”のセッションも話題となった収録風景をお届け。
PROFILE
Michael Kaneko
湘南生まれ、南カリフォルニア育ちの日本人シンガーソングライター。
デビュー前にボーカリストとして起用されたTOYOTA、PanasonicのTVCMに問い合わせが殺到。ウィスパーながらも芯のあるシルキーヴォイスが早耳音楽ファンの間で話題となり、デビュー前からFUJI ROCK FESTIVAL、SUMMER SONIC、GREENROOM FESTIVALなどに出演。その後、『Westbound EP』でCDデビュー、そして1stアルバム『ESTERO』では音楽性の幅を広げヒットを記録。卓越したソングライティングと圧倒的なパフォーマンスが注目を集め、プロデューサーとして森山直太朗、あいみょん、CHEMISTRYなどを手がける。さらに大橋トリオ、ハナレグミなどのライブやレコーディングにも参加。CM楽曲や映画・アニメの劇伴音楽も手がける。2021年よりコラボレーションプロジェクトを始動し、第1弾「DRIVEAWAY feat. 藤原さくら」、第2弾「SANDIE feat. さかいゆう」、第3弾「GIRLS feat. 大橋トリオ」をリリース。MUSIC ON! TVで音楽番組のMCをつとめるなど、音楽活動にとどまらず活躍の場を広げている。
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ハナレグミ
[永積 崇 TAKASHI NAGAZUMI](1974年11月27日、東京生まれ)。
高校2年の頃よりアコースティック・ギターで弾き語りをはじめる。
1997年、SUPER BUTTER DOG でメジャー・デビュー。 2002年夏よりバンドと併行して、ハナレグミ名義でソロ活動をスタート。これまでにオリジナルアルバム8枚をリリース。2005年、9月24日に東京・小金井公園にてワンマン・フリー・ライヴ『hana-uta fes.』を開催。台風の影響による大雨から一時は開催自体が危ぶまれたものの、なんと2万人もの観衆が会場に集結。予想以上の大成功を納めた。 2009年、シングル「光と影」・アルバム『あいのわ』をリリース。4年半ぶりとなる全国ツアーでは12公演を遂行し、ファイナルの日本武道館では約1万人の観客を圧倒するステージを披露した。2017年10月には7枚目のオリジナルアルバム「SHINJITERU」を発売。アルバムを引っさげての全国ワンマンツアー「SHINJITERU」が全国計8カ所で開催され大盛況に終了。2018年は全国14都市を巡るワンマンライブツアー「ハナレグミ2018ツアーど真ん中」を敢行、さらにはフジファブリックとのスペシャルユニット「ハナレフジ」でのファーストツアーを完走した。2019年は世界的なタブラ奏者“U-zhaan”とのライブ「タカシタブラタカシ」で全国を行脚。2020年2月、東京スカパラダイスオーケストラがバックを務める“HORN NIGHT”、LITTLE CREATURESの鈴木正人率いるバンドに美央ストリングスを迎えた“STRINGS NIGHT”と称した、自身がシンガーに徹して歌い切るハナレグミ東阪ワンマンホールツアー2020「THE MOMENT」を開催。2021年3月、8枚目のオリジナルアルバム「発光帯」を発売。盟友・池田貴史(レキシ)作曲&プロデュース、原田郁子(クラムボン)作詞によるタイトル曲「発光帯」、クラシエ薬品漢方セラピーCMソング「Quiet Light」を含む全10曲を収録。現在、弾き語りツアー2022「Faraway so close」開催中。その深く温かい声と抜群の歌唱力を持って多くのファンから熱い支持を得ている。
INFORMATION
The Neighborhood
2022年6月29日(水)
Michael Kaneko
通常版:OPCA-1053 / 4580246161339 / ¥2,000(+tax)
2CD限定版:OPCA-1054 / 4580246161346 / ¥2,500(+tax)
origami PRODUCTIONS
Tracklist
1.RECIPE feat. ハナレグミ
2.DRIVEAWAY feat. 藤原さくら
3.SHIGURE feat. さらさ
4.GIRLS feat. 大橋トリオ
5.SANDIE feat. さかいゆう
6. NEIGHBORHOOD ※ Interlude
7.Breakdown feat. Daichi Yamamoto (Shingo Suzuki Remix)
8.Through The Fire
2CD限定版のみ、日本の70〜80年代のシティポップ楽曲を弾き語りでカヴァーした5曲収録のEPが付属。
Sounds From The Den EP vol.3: City Pop Covers
※ ( )内はオリジナル・アーティスト
1.DOWN TOWN (シュガー・ベイブ)
2.風をあつめて (はっぴいえんど)
3.SUMMER BLUE (ブレッド&バター)
4.ひこうき雲 (荒井由実)
5.Midnight Pretenders (亜蘭知子)