今年2021年8月に仙台在住のサウンドアーティスト・Nami Satoが、出身地である仙台市若林区荒浜を舞台にアンビエントライブとライブペイントを交えた生配信を行った。
会場となったのは、2011年の東日本大震災による津波で流された住宅の跡地に建てられたスケートパーク・CDP。震災をきっかけに音楽活動を開始し、2013年に生まれ育った荒浜での記憶をテーマとした『ARAHAMA callings』をリリースした彼女にとって、「生まれ育った土地で音楽を奏でる」ということは特別な意味がある。
時間の経過とともに荒浜の土地へ広がっていくアンビエントサウンド
2021年8月22日、快晴。夏から秋へと移ろいゆく静かな空気のなかで、撮影チームが淡々と配信準備を進めていた。
配信を企画したのは、仙台を拠点に海外にも活動の幅を広げるサウンドアーティストのNami Sato。2021年3月にリリースしたアルバム『World Sketch Monologue』のリリースパーティとして、荒浜のスケートパーク&プレイグラウンド・CDPから生配信を行う。
会場には地元の子どもたちと、近所の常連たちが数名でBBQをする姿があった。子どもたちがスケートボードを滑る音と、炭火がパチパチと焼ける音が聞こえる中で、Satoのシンセの音が広大な荒浜の地に響き始める。
Satoと同じく仙台出身のイラストレーター・亀井桃の用意したキャンバスは、バスケットゴールの下に取り付けられた。CDPをイメージして描かれたのは、スケートボードにうつ伏せで乗る女の子の姿。日が暮れて、Satoの奏でる電子音が増幅していくにつれ、徐々にイラストには混沌としたモヤのような色が重なっていく。
近くの小高い丘(そこには「避難の丘」という標識があった)へ上がると、気づけばあたり一面が真っ暗になっていた。建物らしき灯りはほぼ見えず、CDPの周辺だけがカラフルな光を放っている。
耳をすませると常連たちの笑い声とともに、柔らかく重いシンセサイザーの音が聴こえた。そして静かに音は止み、気がつくと代わりに鈴虫の鳴き声、雑草が擦れる音が耳元に入ってきていた。
“音を還す”イメージでライブ配信に挑んだ
配信から1ヶ月後の9月22日、生配信を再編集した映像作品『‘Nami Sato World Sketch Monologue online release party in CDP’ Special Edit Archive Video』が発売された。そして本日、映像作品のダイジェストムービーが一般公開されることとなった。
Satoは2016年から、CDPで開催される<CDPの夏祭り>で毎年アンビエントライブを開催している。今年はコロナ禍の影響によりオフラインでの開催を断念。代わりに今回の配信が行われた。今回、彼女を見守り続けてきたCDPのオーナー・貴田慎二と、Sato自身に、企画の背景について伺った。
[30秒SPOT] ‘Nami Sato World Sketch Monologue online release party in CDP’ Special Edit Archive Video
──配信収録と映像編集、お疲れ様でした。そもそもCDPで配信を行う、というのは初めての試みですよね。
貴田慎二(以下、貴田) そうですね……Namiちゃん(Nami Sato)のライブは何度かやっているんですけど、お客さんを入れずに何かをやる、ということが初。不思議な感じはしました。でも配信の映像を観て「やって良かったな」って純粋に思いましたね。
今まではNamiちゃんのライブが、CDPで開催する<夏祭り>の一部だったんです。それが今回は全くの別モノとして切り離された状態で行われた。その意味でも新たな試みでした。でも、偶然遊びに来ていた人たちが「良かった」って喜んで帰ってくれたので。
Nami Sato(以下、Sato) あぁほんとに? 良かった良かった。ローカルの人達に喜んでもらえるのはめっちゃ嬉しいです。
──Namiさんは、今回最新アルバム『World Sketch Monologue』の収録曲を中心にセットを組んでいらっしゃいましたよね。ライブで意識したことはありましたか?
Sato 毎年CDPや荒浜でライブをやる時、やっぱり「自分が生まれた場所」「自分の音が生まれた場所」という意識は強いんです。だから“音を還す”みたいなイメージは持っています。特にCDPはお墓も近くて、<夏祭り>が開催されるのも毎年お盆の始め頃。今回も当初の予定ではお盆の時期に重なっていたので、なおさら“音を還す”ということは意識しながら配信に挑みました。
<夏祭り>ではなく<リリースパーティ>という選択をとった
──貴田さんが最初にSatoさんと知り合ったのはいつから?
貴田 Namiちゃんのライブを初めて見たのは、近くの廃小学校(旧荒浜小学校)だったんです。それを見て、主催者だった後輩に「どうなってんだ」と(笑)。まさか荒浜出身で彼女のように良い音楽を作る子がいるとは思わなかった。
それで、CDPのように建造物が周りに一切ない場所で音楽を聴いてみたいと思ったのが始まりだったんです。その時は夏祭りっていうよりも、Namiちゃんのライブをメインに企画して。その次から広い意味で<夏祭り>として開催するようになりました。
Sato もともとライブハウスやクラブなどの文化施設があったわけではなく、音楽の活動をしている人自体が本当に少ない地域なんですよね。私みたいなのも周囲からの扱いとしては「何世代かに一人出てくるちょっと様子のおかしいやつ」で……(笑)。だから、いま荒浜でライブ出来ているのは本当に嬉しい。音楽を受け止めてくれる人や場所が存在することはありがたいです。
──では、今年はなぜ「オンライン夏祭り」のような名称ではなく、Satoさんの<リリースパーティ>という形態にしたんですか?
貴田 オンライン配信のイベントだから……っていうのも勿論あるんだけど、夏祭りってそもそも来るために入場料がかかった時点で<夏祭り>とは呼べないじゃないですか。
今回はいろんな人に配信で協力してもらうから、売り上げ的にお金を発生させる必要があった。でもそこでお金を発生させるなら<夏祭り>としてではなく<リリースパーティ>としてお金を発生させた方がいいと思いました。
Sato 実は、荒浜にも元々夏祭りがあったんです。この辺り一帯が住宅地だった頃、中学や高校でできた彼氏・彼女を連れてきたりする場所で。PTAのおばちゃんが焼きそばを焼いている裏で「誰の息子さんがどこの娘さんを連れてきたわよ!」とかみたいな噂話が立ったり(笑)。
夏祭りって、元々供養から始まった文化だけど、やっぱりそこに住んでる人や元々いた人達が主役なんですよね。だから今回<リリースパーティ>という名前にしたのも、貴田さんの考えに賛成。地元の人を積極的に呼べない会は、やっぱり夏祭りじゃないんですよね。
土地との対話が生み出した“ナチュラルミスティック”
──その上で、今回ライブペインターとして同じ仙台出身の亀井桃さんをアサインした理由はなんだったのでしょう?
Sato 桃ちゃん(亀井)は去年の夏に、仙台のメディアで対談を企画してもらったことがきっかけでした。その時に「カバーイラストを荒浜のスポットにしたい」という編集部側の要望を受け、CDPの風景を桃ちゃんに描いてもらうことになったんですよね。実際にCDPに連れてきてみたら、桃ちゃんと貴田さんのバイブスが合って。
貴田 俺、桃ちゃんにもライブペイント終わった時に言ったんだけど、桃ちゃんのイラストに描かれる人の“眼”ってすごく良いんですよ。実はNamiちゃんのライブとは関係なく、桃ちゃんの描いた絵は飾りたいと思ってたんだよね。
もしその機会があるとしたら、11月に毎年やってる周年イベントかな〜っていう程度に考えてたんだけど、たまたまNamiちゃんのライブを配信で行う話が決まって。それでライブペイントの提案をしてみたら、トントン拍子に話が決まっていったという。
──じゃあ、タイミングとしてはピッタリだったんですね。配信時に描かれた作品は、今もバスケットゴールの下に飾られていると聞きます。
Sato 実はすごく面白い後日談がありまして。配信を行った日曜日の夜に雨が降ったんですよ。貴田さんが桃ちゃんの絵に雨除けを作ってくれてたんですけど、ちょっと絵の具が流れちゃって。
でも全部流れきらなくて、「CDPにあったからこそ完成した絵」みたいな仕上がりになったんです。それを見たローカルの人が“ナチュラルミスティック”って言葉を使ったんです。その言葉が本当にしっくりきて感動しました。
貴田 直訳すると「自然の謎」的な意味になるやつね。勝手な俺の解釈では「神秘」だと思ってる。その神秘的な現象が絵の中で起こったのは感じた。配信の時に桃ちゃんが完成させた絵に自然の力が加わったことで、ニュアンスの違う絵になった。それはウチのパークっぽいなって思ったね。
Sato そうそう。私はその現象そのものにCDPらしさを感じる。自分がどういう音楽を作りたいかって考えた時、そのナチュラルな部分とのコネクトを絶対に切りたくないな、と思った。
──確かに「土地との繋がり」はSatoさんの音楽からも強く感じます。そういったミラクルも含めて、今回の配信はSatoさんらしさを感じました。
Sato 私の音楽はそうやって土地との対話から生まれたものだと思うんですよね。これからもそういう対話のプロセスを通し、何が出来るかを実践したい。今回の配信では、場所そのものがもつ“ナチュラルミスティック”を感じました。
貴田 土地との対話……って話でいうと、震災以降、宮城の沿岸部でもいろんな音楽イベントが開催されているんです。やろうと思えばCDPでも音楽イベントを開催できるはず。
ただ、単純に有名なアーティストを呼ぶだけだと、その土地の音とはマッチしないんです。荒浜には荒浜の色がある。そういうのが大事で、荒浜という場所をちゃんとわかっている人じゃないと難しいんですよね。
今の荒浜はしっとりした空気があるからすごくNamiちゃんの音が合う。それは改めて今回の配信を通して強く思ったことでした。今回の映像は、荒浜の人じゃなくもっと多くの地域の人に観てもらいたいです。
Photo:堀越咲紀
Text:高木望
INFORMATION
‘Nami Sato World Sketch Monologue online release party in CDP’ Special Edit Archive Video
2021年9月22日
¥2,000(tax incl.)
収録場所:
CDP Skatepark & Playground[Arahama, Sendai, Japan]
撮影:
濱田直樹[株式会社KUNK]
佐々瞬
菊地翼
編集・演出:
濱田直樹[株式会社KUNK]
詳細:
本編:66分
画面サイズ:1920×1080
動画規格:MP4
データ容量:978MB
Twitch生配信・撮影日:2021年8月22日
配信元リンク: こちら詳細はこちら